第2話 二月三日 日曜日(2)

 帰りの丸ノ内線の中、二人の間に言葉はなかった。

 国語がダメだったのか、本人はできたと言っていた算数ができていなかったのか、面接での印象が悪かったのか、それとも親の学歴や職業が関係あったのか、……正則は不合格の原因をあれこれ思い巡らせていた。

 小学三年生の京也にとって合格発表は初めての経験である。自身の受験ではないが、これまでの姉の勉強ぶりや両親の気の遣いようを目の当たりにしてきただけに、きっとこれは何かの間違いではないかと諦め切れないでいた。

 その頃、いくら待っても鳴らない電話に妙子と真澄は予想もしなかった「本命」の結果を悟り始めていた。

「ひょっとして、公衆電話に行列ができてるのかな……」

 そんな妙子の言葉は気休めにもならなかった。

 もうそろそろ帰って来てもいい時間だ、そう思った妙子は窓から外の様子を窺った。日曜日の午前中で人通りはない。高架を飛ばして行く車輌を何本か見送った。

 すると、駅の方から親子らしき二人が歩いて来るのが遠く視界に入った。視力のいい妙子は、それが体を左右に揺らしながら足早に進む正則と、その後をついて来る京也であることを確認した。

「ダメだったのかな、京ちゃんが下を向いて歩いて……」

 妙子は独り言のように言葉を漏らした。

 真澄は学習机の椅子に座って大きな瞳を潤ませていた。

 その時、正則は妙子が自分達の方を見ているのに気がついた。

「電話がないから、母さんが心配してこっちを見てるよ」

 正則の言葉に京也は顔を上げて家の方へ目をやった。が、遠くに見える妙子に京也はどうしてよいか分からない。すると、正則がいきなりコートのポケットから右手を出して高く突き上げた。そして前腕を頭の上で二度、大きく、忙しなく振った。妙子達の一縷の望みを断ち切るには十分だった。

「残念だったな……」

 子供部屋に正則が入って来ると、真澄は肩を震わせ、真っ赤な鼻をすすった。

 京也は正則の陰で足を止めた。一体、いつから泣いていたのだろう。それくらい彼女の頬は濡れていた。

 ――昭和四十九年二月三日、日曜日のことである。(つづく)

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