第4話 選抜試験

 翌日、正則は選抜試験の受験票と受験要領を貰って来た。受験票の試験会場の欄には「K大学三田校舎」とゴム印が押されている。「四年三期 選抜試験について」と題された受験要領を見ると、――試験日が一月十五日で午前八時三十分開始の十時六分終了、試験科目は国語、算数、理科、社会の四教科で、時間と点数の配分は、国語と算数が各三十分で百点ずつ、理科と社会が各十八分で五十点ずつ、合計一時間三十六分で三百点満点と案内されている。細かな時間割は示されていないが、開始と終了の時刻からすると、各教科の間の休憩時間や答案回収の時間はないことが読み取れる。また、合否は合計得点により決定され、その上位約九百名が「会員」、以降合わせて二千名までが「一般」として入室の資格を得られると記載されていた。

 この辻大木戸進学教室は、オリジナルの教材である「自習シリーズ」を予め購入させ、各自が週単位で指定された範囲を学習し、毎週日曜日にテストとその解説講義を受けるという方式を採用している。そして、採点と順位付けがされた答案、正解や得点分布を示す資料、成績上位者を載せた順位表が週報として毎週木曜日、速達で自宅に届く。基本的にはこれを繰り返すだけである。このシステムは会員、一般に共通のものであるが、毎週日曜日のテストの問題が両者で異なる。勿論、会員の方が一般生より難易度の高い問題を解く。殊に算数においてその差が顕著である。中学受験では算数の得意不得意、出来不出来が勝敗の分かれ目になると言っても過言ではない。中学の入試問題と小学校で扱う検定教科書とで、その内容や難易度の乖離が最も甚だしい教科が、算数なのである。


 京也は、正則から受験要領を手渡されると、出題範囲の記載に注目した。そこには「小学校四年生までの教科書の内容」とあった。

「おーい、真澄。辻大木戸の自習シリーズ――そっちの押し入れに取ってあるだろ?」

 正則は子供部屋にいる真澄を呼んだ。この日のために真澄が使った自習シリーズを捨てないでおいたのである。

「あるけど、……五年と六年のだよ」

 真澄は三ヶ月遅れの五年一期から辻大木戸に通い始めたため、四年生用は持っていない。

「ああ、分かってるよ。五年のでいいから――」

 真澄は、表紙に「自習シリーズ 五年前編」とある国語、算数、理科、社会の四冊を持って来た。国語が他の教科に比べてやや厚みがあったが、いずれもB5サイズで二百頁前後のブック形式の教材であった。

 京也は、正則の手を経て四冊を受け取り、先ず算数の頁をパラパラとめくった。数列、立体図形の体積、つるかめ算など、各単元の冒頭に例題を交えた解説文が載っている。あとは難易度による段階式の問題集の体裁である。表紙の厚紙はよれよれで、中の頁には何度も書いて消した跡が窺える。一方、他の三科目の表紙はどれもピンとして、中を開けると紙面に眩しい白さの残る頁もかなり目に付いた。京也が不思議そうにしていると、それを見ていた正則が嘲るように言った。――「これじゃあ、できない訳だよな」

 真澄は、何よ今更、とでも言いたげな、ふて腐れたような面持ちを下に向けた。彼女は算数は得意教科だったが、それ以外はからっきしだった。実際の受験では試験科目が算数、国語の二教科のみの学校を選んだ程である。

 京也は重くなった空気を感じながら、自分はこうなるまいと思いつつ、理科と社会はこのきれいなテキストブックに目を通しておいた方がよいのではないかと迷っていた。(つづく)

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