最終話 死亡フラグを風に任せる派

 前回の、ま戦機!

「秋葉原の宝物庫・ラジオ会館を賭けた漫画勝負!

 推した漫画で満足させるという条件は、堅物相手にはキツ過ぎた。

 それでも…

 漫画の神様、ありがとうございます!」



 カンダホル艦隊が敗北した夜が明け、次の日の正午。

 カンダホル艦隊が去ってから、撫子原石准将は地球に向けて休戦協定の内容を伝えた。


「カンダホル艦隊の安全な撤収を認める代償に、過去二十年間に売り飛ばされた漫画家の、斡旋先リストを入手した。これで奪還が可能だ」


 細身の優男に見える将官服の中年男は、リアルタイムで何も隠さずに記者会見をしている。

 ガン◯ムカフェを貸し切って。

 あの娘の父親だと、世間様が妙に納得した。

 帰ってきた(重巡洋艦アラギーサが中破しているので、機動兵器で降下してきた)元漫画家志望・撫子原石准将は、カンダホル艦隊を立ち退かせた後の戦いを始めている。

 この男にとって、カンダホル艦隊の撃退と帰郷は、通過点に過ぎない。


「カンダホル艦隊から離脱した機動兵器を多数雇ったので、戦力は充実している。だが、一つだけ足りないモノがあります」

 シャアザクカレーに山葵醤油をかけて食べながら、撫子原石准将は足りないものに言及する。

「あ、ごめんね、食べながらで。空腹だと、イライラしちゃう派だから」

 どうぞどうぞと、報道陣が苦笑する。


 モスバーガー末広町店の二階で昼食を取っている菫(スパイシーチリドック オニポテセット)は、携帯端末越しに、やや老けた実父の顔を凝視する。

「鼻毛が出ている」

 ジュン(モスバーガー オニポテセット)が、卓に突っ伏す。

「第一声が、それか」

「いやいや、全方面放送で鼻毛が目立つって、致命的だよ? お母さん、絶対に怒るよ」


 未だ見ぬ娘に鼻毛の事で失望されているとは知らず、撫子原石准将の話は続く。


「足りないのは、地球人です。こういう宇宙規模の拉致事件では、五人以上の同郷の者が迎えに行くのが最低条件です。

 円滑な漫画家奪還交渉を叶えるには、私の他あと四人の地球人が必要なのです。

 三ヶ月後、私と重巡洋艦アラギーサは、漫画家奪還の旅に出ます。それまでに、参加者は名乗り出て欲しい」


 キメ顔で決めた後、山葵醤油が効き過ぎてのたうつ撫子原石准将を、横で護衛を務めるココハが本当にウンザリした顔を隠さずに見下す。

 所属先が非公認になったので、仕方なく本当に仕方なく、ココハは愛機の搭載が可能な重巡洋艦アラギーサに出戻りした。

 中破させて少なからぬ死傷者を出した軍艦に出戻るだけでも気まずいのに、ソリが合わない上司に再合流。

 秋葉原で三ヶ月、好きに遊ばせてやるという条件を提示されて、ココハは辛うじて妥協した。妥協した。

 妥協した。

「准将。自害なされますか? 介錯ならば、ココハに心得があります」

 妥協したので、上司の笑いを取ろうと、冗談を言ってみる。

「水だろ、普通。その位わからないの?」

 撫子原石准将は店の従業員に水をもらいながら、ココハの悪心象に火を注ぐ。


 SNSでは、ココハのマジ不機嫌空間発生を読まない撫子原石准将の対応に、色々な意味で盛り上がる。

「エルフの目、殺し屋の目やで?」

「コービー・ブライアントが昔、連敗中の監督を、あーゆー目で見てた」

「地球人ならハゲとるで、エルフ」

「地球人なら、胃が変形しとるで、エルフ」

「信長が光秀のインディペンデンスデーに最後まで気付かなかったの、これ見ると納得するわ」


 大手マスコミが順番に質問を重ね、旅の規模、危険度、参加希望人数が多寡の場合の対応について一通りの質問が終わった後で、東スポが質問に入る。


「あのう、どこをどうすれば、十五年で漫画家志望が帝国軍の准将まで出世するのでせうか?」


 撫子原石は、その質問を待っていた。

 電子書籍のプレゼンを、デカデカと背後に投影する。


「俺の十五年間の歩みは、拉致られた結婚初夜から昨夜の艦隊戦直前まで、電子書籍にまとめてあります。ドキュメンタリーとコミカライズの、二種類です。コミック版は…」


「シャイニング碁石!?!?」


 撫子原石の存在は霞み、シャイニング碁石の地球向け漫画(ドクメンタリーのコミカライズだけれど)復帰にマスコミとSNSの焦点が移る。


「シャイニング碁石先生、来たーーーー!!!!」

「いや、確報か、これ?」

「この絵、この作劇、このエクセレントな表紙。どれもシャイニング碁石先生の御技だ!」

「じゃあ、『未定定住バルディーン』完結するの?」

「単発じゃね?」

「元担当編集者、生きてる?」

「修羅場だ。これ、修羅場になるわ」

「つーか、姿を表すのか、先生?」


 誤解が広まりつつあるので、原石は火消しに努める。

「いえ、復帰というより、一時帰郷を保証する往復切符代という意味で…」

 かなり最低な取引が行われたようだが、世間様の注目は別である。

「帰って来ているのか?!?! 今??」

 マスコミの皆さんが、総立ちで准将に詰め寄る。

 シャイニング碁石の一時帰郷というメガトン級ニュースに、准将の十五年間への興味は吹き飛ばされる。

 以後の記者会見は、シャイニング碁石の関連質問ばかりとなった。

 十年以上コロボン星と疎遠だったジュンよりも、最近立ち寄って本人を持ち帰った撫子原石の方が遥かに詳しかった。

 滞在先の場所以外、准将は残らず情報を提供した。


 質問が粗方出尽くすと、撫子原石は記者会見の終了を告げる。

「じゃあ、これから帰宅して、十五年ぶりに恋女房とセックスしますので」

 どうぞどうぞと、報道陣が爆苦笑する。


「あ、やばい」

 自宅では、昼の牛丼を食べながらテレビで旦那の記者会見を見ていた美夕貴さんが、重大な準備不足に気付く。

「透け透けネグリジェ、洗濯しなきゃ。…どこに仕舞ったかなあ?」


 菫とジュンがモスバーガーの卓に突っ伏して動かないので、後ろの席でミツバゴが漫画を読むのを中断して心配する。


「どうする、ご両人? その精神状態で、会いに行くか? 歩いて五分で、首の骨をへし折れる距離にまで接近可能だ」


 ココハと同じく、朝飯前に重巡洋艦アラギーサへ再就職したミツバゴは、いきなり有給休暇90日という破格の待遇を勝ち取り、秋葉原観光を満喫している(自己申告)。

 満喫しているという割に、ことごとく菫とジュンの『連れ』に徹している。

 菫は、父がミツバゴに『貞操帯』になる事を命じたと勘繰っている。


「お母さんが先に会ってから、会う」

 母をリトマス試験紙にして、対応策を練ろうとする菫だった。

「つーかねえ、今更感が半端ないのよ。分かる?」

「分かる」

 ジュンは突っ伏したまま、複雑に同意する。

 菫と違って、二度と会えまいと覚悟してコロボン星を出て十二年。


『次に会う時は、地球に建てた墓の前だぜ』

 

 とかカッコ付けておいて、あっさり再会しそうな流れ。


「あ、親父の金を返さないと」

 ジュンの携帯端末が、勝手に開く。

 音声オンリーで、相手は勝手に用件を告げる。

『よう、久しぶり。まだ老けてねえから、長生きできそうじゃねえか? めでたい。ところでホテル代が足りないから、1%だけ金返せ。今、秋葉原のワシントン・ホテルのデニーズにいるから…

 (受話器を手で覆いながら)おい、電話中だ、遠慮しろモブども。サインはしねえよ、プライベートなんだから。今の俺を写メれば充分にゴールドなメモリアル完成だろ。

 おお、済まない。

 モブに囲まれて、二酸化炭素濃度が高まった。

 JC彼女同伴で構わないぜ。おごってやる』

 携帯端末を通じて、シャイニング碁石は息子を更にうんざりさせる。

『つーか、お前昨晩、俺の作品をチョイスしなかったな? 嘘でも推せよ〜、親不孝者!』


 ジュンは、金を振り込んでから相手をミュートすると、菫に宣言する。


「デートの邪魔は、誰にもさせない」

「よし、世界の中心になろう」

 復調した菫は、ジュンとバローム・クロスを交わす。



 決戦明けの秋葉原は、撃破された機動兵器の片付けも終わりつつあり、道路や建物の補修・インフラ修理が各所で行われている。

 民間人の死傷者だけは、皆無で済んだ。

 戦死者が出た箇所では、敵味方の関係なく、花束が手向けられている。

 星崎金魚(集中治療室で死神と交渉中)が倒れた場所には、腐女子用抱き枕も供えられており、万世橋警察署が撤去を検討している。

 営業休止の店も少なくないが、菫とジュンが行きたい店は、概ね開店して通常より稼いでいる。

 昨晩の傷跡が塞がらないうちに『戦勝の地』をカメラに収めようという野次馬が訪れて、人出は差し引きゼロに近い。

 先刻、シャイニング碁石が目立つホテルで身を晒してしまったので、今後も増量確実。

 菫とジュンのデート姿を撮る者も多いが、背後でボディガード然として控えるミツバゴが怖くて、声をかけるような不躾は起きなかった。



 コスプレ専門店で菫の着替えを待つ間。ジュンはSNSを覗いて、菫が今日、中学三年生の始業式であったと知る。

「…いいのかな?」

 横で鎧コスプレ用具を鑑定していたミツバゴが、適当にフォローする。

「いいだろ、あのレベルの天才なら。むしろ義務教育のペースに合わせる方が、効率悪い」

「そうじゃなくてえ…」


 更衣室から出て来た艦娘姿(軽空母・祥鳳)の菫を見て、ジュンの頭から常識的な教育論が蒸発する。


 輝かんばかりに蕩けた笑顔を向ける執事服少年に、菫は苦笑しながら訊ねる。

「そんなに気に入ったのなら、レンタルじゃなく、買う?」

「買う(断固)」

 ジュンは、この二週間で一番真面目な顔で、即決する。

「まあ、シミが付くからな」

 ミツバゴの下ネタを、二人はスルーした。



 宇宙忍者ブロガー・サラサは、今夜のブログ生放送の場所はどこにしようかと、考えるのが面倒になったので『来海』に来て飲み始める。

 こうすると、ほろ酔い加減の頃にクルミが現れて、適当な取材場所を適当に託宣してくれるパターンである。

 蟹バーのカウンター席でチーズ三種盛り合わせを肴に三杯目のハイボールを空けた頃、クルミは伝言のメモだけを送って寄越した。


『今、異世界でナイト・テスラと冒険中。しばらく、帰らない』


 サラサは、無表情ながらも寂しそうに酒杯を再開する。

「結局、サラサより楽しむ気か」

 サラサは、今夜の取材場所をガンプラ売り場に決めた。




 三ヶ月後。

 菫の中学校の一学期の終業式の午後。




 月面五大都市連合での修復と改装を終えた重巡洋艦アラギーサが、地球へと、筑波基地へと降下する。

 地球なら戦艦に区別されてもおかしくない膨大な砲列の偉容な機能美が、ミリオタならずとも魅了する。

 既にフィギュアの売上で前代未聞の数字を叩き出している重巡洋艦アラギーサだが、改装したので又々フィギュア関係者が嬉しい悲鳴を上げている。


 その軍艦を地球に持ち込んだ准将は、自宅の玄関前で恋女房にクドクドと念を押されていた。


 旦那の身嗜みの最終チェックをしながら、美夕貴さんは耳元に吐息を塗り込む。

「二学期が始まるまでには、必ず菫を戻して下さいね」

 美夕貴さんは笑顔で、原石の『漫画家奪還遠征』を菫の義務教育に差し障りのない旅程へと変更を強いる。

「必ず」

 ズボンの上からキンタマを強く握られ、原石は叫びながら頷く。

「一回でも破ったら、離婚してセフレを相手に楽しむから」

「勘弁してつかーさい。勘弁してつかーさい」

 恐怖でガクブルする原石に、美夕貴さんは抱き付いて思い切り密着する。

「嘘。ちゃんと、まめに小刻みに帰って来てね。お腹に二人目もいるし」

 大天使みたいな笑顔で、美夕貴さんは旦那に命令する。

「今度こそ、最初から最後まで、私と子供を見守りなさい」

「はい」

 出世しても帰郷しても家に金を振り込んでも、美夕貴さんに一切頭の上がらない撫子原石だった。

 めでたし。



 送迎車に乗り込むや、撫子原石は准将の顔に戻る。


「良いのですか? 三年間の遠征計画を、学徒の長期休暇に合わせて小刻みに行うなどと」

 ようやく原石のペースに慣れて胃薬を飲まなくなったココハの問いに、准将はハッキリと誤魔化す。

「計画とは仮定であって、決定ではない。最長三年なんて計画は、目安だよ。一ヶ月半で戻る計画もね」


 原石は、計画も約束も守れない場合を想定している。

 最悪の場合も。


「有志に後を任せる手は、使いませぬか?」 

 ココハの気遣い的問いに、原石は不機嫌に答える。

「生憎と、元漫画家で地球人で将官という逸材は、俺しかおらんのだ」

 ココハは頷きつつも、ツッコミを入れる。

「いえ、准将は元漫画家ではなく、元漫画家志望です(にやり)」



 筑波基地の上空に、緋色と金色に輝く皇帝機アテルイ・シグマが姿を見せた。

 遠征の参加表明どころか消息不明だったアルディアの登場に、筑波基地は対応に追われる。


「…乗る気かよ」

 神谷三雲は、渋い顔でアルディアの再出現に悩む。

「地球にいても有害だが、宇宙に行ったら行ったで、何かに地球を巻き込みそうで…怖い!」


 宇宙航行用に改装した竜宮丸に乗り込もうとしていた太田クラリス(外交交渉担当)は、見送りに来てボヤく神谷隊長の真意をカッチリ受け取る。

「ご安心を。隙を見て、見殺しにします」


 ほっと息を抜く神谷と違い、時雨凛(補欠パイロットとして同行)は太田クラリス外交官の言い回しに引っ掛かる。

(それって、積極的には何もしないという、意味では?)

 怖くて、底意味を聞く気にはなれない。


 筑波基地の面々の思惑なんぞ気にも留めず、アルディアは機体を人型に変形させると、竜宮丸艦内にノンストップで着艦する。

 急着艦にビビる整備班は、艦が全く揺れなかったのでアルディアの技量に驚嘆し直す。


 竜宮丸艦内が元カンダホル艦隊の機動兵器ばかりだったので、アルディアは面食らう。

「この有様だけを見ると、どちらが勝ったのか迷うな。見知った顔も僅かである」

『もっと切実な変更点に、自力で気付きましょうよ』

 アテルイの指摘に、アルディアは理由に考え至る。

「おおっ、戦友たちは、戦死したから居ないのか。弔いに参加していなかったから、実感が薄い」

 一週間だけ仲間だったパイロット達に黙祷し、顔と名前が思い出せない薄情さを隠蔽する。


「どうせ顔も名前も覚えていないでしょ」


 無遠慮な口調に、アルディアは覚えがある。

 目を開けると、腐女子のメガネ女が…


「実は私も、全員は覚えていないけど」 

 下半身にガン◯ンクな改造を施された星崎金魚が、未来の地球皇帝に挨拶する。

 アルディアは、興味津々に、金魚の下半身を撫で回す。

「隠し機銃二つに、携帯バズーカ一門か。やりおるわ」

「触診でそれが判るとは、流っ石、テロ皇帝!」

「テロではない。我に額突かぬ世界と戦っているだけだ」


 そこまで話して、二人は本題に入る。

「行くの?」


「地球の漫画家は、我の所有物、に成るはずの人材だ。我が助けに行って、聖恩を授ける。自然の成り行きだ」


 アルディアが僅かにツンデレの入ったドヤ顔なので、星崎は行く理由に当たりを付ける。

 言わないけど。


「スタンディング・モード!」


 星崎金魚(整備班見習いとして同行)は、下半身のメカ車輪を変形させて二足歩行に。

 アルディアより、20センチ身長が高くなる。


「なんと、ハイヒールでもあったか」

「夏コミには、ガンヘッドのコスプレで行くつもりだったのにね〜」

 三年はコミケに行けない遠征を選択したので、星崎金魚の愚痴トレンドは、コミケ不参加で独占されている。

「無理をせずに、コミケを楽しめばよいではないか。丁度、我も加わる事だし、今辞めても人数の帳尻は合おう」

「だってええ、遠征の賃金や危険手当が魅力的で」

「? 博士の父君は、そんなに軍資金が豊富なのか?」


 アルディアの疑問に答える人物が、リムジンで竜宮丸の側まで寄る。


 リムジンに乗ったシャイニング碁石が、見開き四ページを費やしてリムジンから降りてくる。

 美形ではなく、中年肥りが全く止まらない風采の悪い中年男だが、アルマーニのスーツで固めて差し引きゼロにまで持っていく努力は実っている。


 膝を落として頭を垂れる神谷とクラリスに、シャイニング碁石は法王の如く寛大な動作で起立を許す。

「立ちなさい、俺のファンたちよ。今の俺は、『銀河漫画家同盟軍』のエージェントに過ぎない。軍資金を渡すだけの存在だ」


 売り飛ばされた後、各々の星で『神クラス』と讃えられるまで仕事を為した地球の漫画家たちは、ネットワークを形成して、厖大な軍資金をプールした。

 その金で協力者を集めて創立したのが、


 銀河(Galaxy)

 漫画家(Manga artist)

 同盟軍(Allied forces)である。


 略してGMA

 日本ではガンマ軍として認知される。


 シャイニング碁石は、別れを惜しむ女性ファンたちと握手し、ハグし、キスしてハグしてヒップ撫でてフレンチ・キスをして電話番号を交換してから、重巡洋艦アラギーサの方へ向かう。

 崇拝者たちとのスキンシップの為だけに、竜宮丸に寄り道したのだ。


 アルディアは、ジュンの父親が視界から消えてから、感想を言う。

「遺伝というのは、ギャンブルであるな」

「計画的に操作しても、アルディアみたいのが出来るから、意味ないね」

 同意しつつもバカにしてくる金魚を見据えつつ、アルディアは肝心のジュンを探す。

「神無月博士と丁稚は? あの父君に蹴りを入れていないようだから、近くには居ないようだが」


 金魚は、アルディアが誤解しないように慎重に言葉を選ぶ。


「菫ちゃんは、墓地に行ったよ。ジュンの墓参り」


 アルディアの鋼鉄色の瞳孔が、固まる。


「…ジュンの墓参り?」


 勘違いし始めているので、金魚はより細かく言い直す。


「ジュンの墓に、墓参り」


 アルディアが、手で顔を覆って、屈み込む。

 アルディアの全身が、震えている。


「…寿命か…丁稚めが…勝手に…」


 震えが、大きくなる。

「我のペットにするはずだったのに!」

 大剣ヤマタが広範囲に展開し、無防備に泣き崩れるアルディアを庇う。


「…あのう、なんか誤解しているでしょ? アルディア? アルるん? 皇帝陛下ちゃん?」




 花と緑に溢れて生気に満ちた公園墓地に、菊久里ジュンの墓は在る。


 向日葵の花束を手向けながら、菫は合掌する。

 ガーベラ・シグマも、合掌する。


「良いお墓だね、ジュン。日当たりは良いし、自転車で二十分の場所だし」


『あ、墓石の影に、アマガエルがいるよ。縁起良いね』


「和風茶店で団子や餡蜜も食べられるし、牡丹の季節には、全国から観光客も来て賑やかだよ」


『アマガエルを狙って蛇が来て、蛇を狙って鷹が来て、鷹を狙って鷹匠が寄って来るね。見ものだよ、此処は』


「管理も行き届いているから、落書きもない。

 合格だよ、ジュン。

 わたしも、死んだら此処に入るよ。

 おやすみ、ジュン」


『安らかに。ガーベラの、初めての人』


「そのボケ、不謹慎だから止めてくれる?」 


 まだピンピンしているジュンが、戦死したカンダホル艦隊のパイロット達に線香を供える。

 元同僚達への供養に、買ったばかりの自分の墓に先に入れてあげたのだ。


「迷わず地獄に落ちてくれ」

 ジュンは合掌し直すが、かける言葉が酷い。

「フハハハハハ、今度は、お前らが負け犬だ! 地球の地獄を永遠に味わえ!」

 菫が、マジ爆笑しながら墓を指差す。


 このカップルに弔われて成仏できる奴がいたら、見てみたい。


『ガーベラは、真面目にご冥福をお祈りしますからね。化けて出ないでね。寝込みを襲わないでね。返り討ちにしちゃうぞ』


 一番マシな弔いをしているのが機動兵器だけという墓参りを、主人公たちは切り上げる。


「さあて、仕上げはアイスだね」

 薄い白ワンピースで背伸びをする菫の脇の甘さをチラ見しつつ、ジュンは他の視線を感じて夏空の下を索敵する。


 並木の木陰から、ジュラシック模様の日傘を差したファーランとQ索と、見知らぬ子供二人(白髪の八歳的少女と、黒髪の五歳的男児)が、菫たちを見ている。

 子供達の薄い肌艶と八重歯と顔付きからして、ファーランのオヤツではなく、実子と見て間違いない。


「オレの星と同じペースかな?」

 三ヶ月で二人作る量産体制は、コロボン星では普通である。

 菫も木陰のファーラン達に気付いて、両手を振る。

「おーい!」

 Q索と子供達が手を振り返し、ファーランは指鉄砲を片手で構えながら、笑顔を返す。

「一緒にアイス食べに行こうよ」

 菫の誘いに、吸血姫一家は応えずに、笑顔のまま姿を掻き消す。

 ナイト・テスラを封じていた時よりも、彼等は距離を置こうとしている。


「……まあ、記憶を消されなかっただけ、マシか」

 遠征に参加してくれなくてもいいから、一緒にアイスを食うぐらいの関係は保ちたい菫だった。

 しょんぼりする菫の手を、ジュンは恋人握りをして促す。



 菫を励ます気の利いた言葉はないものかと歩きながら考えるジュンの視界上方に、一本の白髪が見えた。

 糸くずでも蜘蛛の糸でもなく、自身の白髪。

(…ついに始まったか)

 コロボン星人にとって、白髪の始まりは寿命の折り返しを過ぎた証である。

(まあ、やっと一本だし。あと十五年は大丈夫と受け取れるし)

 自身の死亡フラグに気を取られて、菫もその白髪を凝視している事態に気付くのが遅れた。


 真夏日の直射日光で煮える大気の熱を気にせずに、菫はジュンの腕を抱き寄せて密着する。

「抜いてあげる」

 片腕を谷間に挟まれて身動きを封じられたジュンは、菫の細い指が白髪を抜き取る動作を阻めなかった。

「痛っ」

 余計に三本は頭髪を抜いている。

 構わずに、菫は指に掴んだ白髪を睨みつける。

「飛んでけ、死亡フラグ!」


 菫はジュンの白髪を、走る南風に任せた。

             





       ま戦機 第一部 秋葉原防衛戦 完




   Next 銀河日捲り遠征篇

                 May be… 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ま戦機 〜まだ戦える全ての機動兵器たちに〜 九情承太郎 @9jojotaro

作家にギフトを贈る

貰える物は、全部、貰いマッスル!!
カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ