五話 修羅である事を隠さない派

 前回の、ま戦機!

「ジュンが大金を手にしたので、パイロットを降りるんじゃなイカと気を揉んだけど、戦士の誓いを立てられた。つーか、告られた。キスされた。舌入れられた。ヤバす、ラブコメが始まった!?」



 地球防衛軍筑波基地。

 機動兵器大隊用会議室。

 午後四時のミーティングで、美夕貴さんのニュージーランド旅行の件を聞かされた神谷隊長は、一喝する。

「別世界の話を持ち込むなーー!!!! 羨ましくて泣いちゃうだろおおおおお?!?!」

 涙目の絶叫に、みんな引いた。

「ったく、無駄なんだよ。主役メカのパイロットが棚ぼたで億万長者とか。使い道ないくせに。どうせ操縦席でミンチになるか、ビーム兵器の直撃を喰らって蒸発するだけのキャラのくせに!」

「そういう目で、見ていたのか」

 ジュンも引いた。

 神谷隊長のジェラシーがダダ漏れになりつつも、事態は急変する。


「カンダホル艦隊に、新しい動きがあった」

 会議室のモニターに、衛星軌道上のカンダホル艦隊から、二機の機動兵器が茨城県中部に降下する様子がダイジェストで示される。

「一機は、いつものデカルト・ボーン」

 カンダホル艦隊の機動兵器の中で、半数を占める汎用人型兵器。

 減量に苦労する細身のボクサーに見える機体シルエットだが、地球人はこの機体が破壊された場面を、二回しか見ていない。

 他は全て、デカルト・ボーンが地球の機動兵器を粘土人形のように破壊する記憶ばかり。

 地球にとっては、銀色の死神である。 

「もう一機が、謎だ」

 全身メタリック・ゴールド塗装の戦闘機が、デカルト・ボーンに曳航されている。

「戦闘機?」

「可変型だぜ、多分」

「つーか、この機体はマジで初めて見る」

 首を捻るパイロットと整備班とオペレーターと関係者一同が、ジュンに視線を集める。

「金ピカ…」

 ジュンは、呆れていた。

 皆の視線に気付き、解説を始める。


「帝国軍の訓練で、よく使われる練習機です。オレも使いました」

「練習機?」

 どよめく一同に、ジュンは補足する。

「色はオレンジですよ、地球と同じで。これだけが、おかしい」

 それはおかしいと、一同云々肯く。


 神谷隊長が、更に奇っ怪な情報を重ねる。

「しかも、デカルト・ボーンは、これを残して帰投している。金ピカの戦闘機は、この地点から動いていない。十分前からだ」

 基地まで十五分で着く地点で、動かない敵機動兵器。

 一同の脳裏に、奇襲・鹵獲・初金星の可能性が浮かぶ。

「ジュン、練習機の性能は?」

 菫が涎を垂らしながら、皮算用を始める。

「総合評価オールEマイナス。イコカサと同レベルだね」


 星崎と時雨が、20センチ落ち込む。


「レストアをしていない前提なら、シグマ抜きでも勝てるよ」

 ジュンの見積もりに、集団武者震いが巻き起こる。

 同時に、活発に意見が飛び交う。

「と、見せかけて、中身は最新パーツ! 弱兵と見せかけて、此方を釣るつもりでねえか?」

「欺瞞作戦をする意味がないでしょ。素で強いのに」

 星崎の意見を、時雨が速攻で潰す。

「いや、欺瞞かも。近寄った頃合いで、艦砲射撃とか」

 ジュンが更に逆意見を言ったので、時雨が睨もうとするが、菫と目が合ったので、引っ込む。


「狙いはナイト・テスラか?」

 神谷隊長が、それらしい推論を挙げる。

 昼間の吸血機は、基地内の影に沈んで身を隠している。効率を重視するカンダホル艦隊は、基地の敷地を全て吹き飛ばすような無茶だけはしない。

 あくまで誘拐目的の私掠船艦隊であって、大規模破壊はしない事だけが、地球防衛軍の救いだ。

 どのみち、あまり勝っていないけど。

「と、すると奴さん、日暮れをまで、あのまま待機ですか?」

 相沢整備班班長が、夕飯のタイミングを気にして訊いてみる。

「そう、思えるなあ…」

 神谷隊長は、視線を隣の巨漢に送る。 


「いつもなら、標的まで直行。これはこの筑波基地への、延いてはナイト・テスラへの挑発でしょう」


 いつも黒子の地上支援部隊の隊長・不破雷観ふわ・らいかん少佐が、説得力のある体格と風格で断言する。

 で、巨漢は巨漢で確証が欲しくて、菫に視線を送る。


 菫は、初めて奪われた唇を人差し指で愛でつつ、考えをまとめる。

「始めに曳航されて来たのが、気になるなあ。地上でパイロットと合流したとは思うけど…」

「他の可能性が、有ると?」

 不破の脳裏に、カンダホル艦隊が来襲して以来、彼らが一切しなかった事が思い浮かぶ。

「だって、あんな練習機を、わざわざ地上まで持ってくる意味、ある?

 本当に練習機なら、地球防衛軍に食われるだけだし、中身が強化されていても、ナイト・テスラには勝てないよ。土台が練習機だし。

 艦砲射撃で仕留める為の囮という説に肯きかけたけど、もう一つ、バカな仮説がある」

 バカな事を言う時ほど、菫という少女は活き活きとする。


「ナイト・テスラに恨みを持つ地球人に、不要な練習機を売ったという説に、三千点」


 菫の説に、そんなバカなと喧々諤々しかけた所で、相沢班長が手を打つ。

「ああああ、それで金ピカにしたのか?! 新品で高性能に見えるように!!」

「せこ過ぎるよ!」

「ああでも、確かに練習機だと知らなきゃ、ビビるな」

「つーか、中古の練習機を売りつけたのか、カンダホル艦隊は?」

「漫画家を誘拐して売り払うような連中だぞ」

「それでも買った奴は…相当だぞ?」

「敵にも味方にもしたくないレベルのバカだな」


 意見が出揃ったところで、ジュンは性急に立ち上がる。

「じゃあ、確かめに行きます。神谷隊長、許可を」

 神谷隊長の顔が、大佐らしくキリリと締まる。

「よし。ジュンのガーベラ・シグマがフロント。星崎と時雨がバックで付け。地上支援部隊は、鹵獲の可能性を視野に入れて行動せよ。情報部には、カンダホル艦隊から機動兵器を買おうとしたバカがいないかどうか、確認を頼む」

 最後に頼まれた情報部の太田クラリス中佐が、金髪のウィッグに軍帽を被り直してから確認する。

「Q索とファーランは、起こさなくていいのですか? 昼間でも、戦力に問題はないと記録されています」

 神谷隊長は、メガネ女性佐官仲間に見得を切る。

「起きてこないのが、危機レベルが低い証拠さ」

 嵐の前の静けさという常套句を、太田クラリスは飲み込んで仕事にかかる。

 言霊にしなくても、それは現実になる。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 

 事態を軽く見ていたのは、地球防衛軍だけではなかった。

 カンダホル艦隊も、結構軽めでリーズナブルな作戦だと見込んでいた。


「本当に出来たのか。Eランクの余剰品だけで、練習機が」

 地球に休暇で降りた部下に買わせた『かっぱえびせん』をパクつきながら、ヴァルボワエ艦長は再々確認を取る。

 職人の意地で性能を僅かでも上げられると、地球防衛軍に鹵獲された時に厄介となる。

 特に、日本支部のコピペ能力は、マジやばい。

 機動兵器格納庫の主ともいうべき機動兵器職人の親方は、モニター越しに艦長室の主を睨み返す。

「趣旨は理解しておるわ。お望み通り、Eランクの余剰品だけで組み立ててやったぞ。バカバカしいから、三分で終わらせた」

 ムトーエビ(平均身長40メートルの巨大なるアカサタ星人)は、プラモデルを作る要領で機動兵器を製作&整備出来る。

 空母には欠かせない人材ではあるが、機動兵器に関しては艦長より、うるさい。

 超ぉ〜うるさい。

 今度のケチ臭い策には鼻で笑って取り合おうとすらしなかったが、酒の追加を条件に、ちゃっちゃと仕上げてくれた。

「ありがとう」

 ヴァルボワエ艦長は礼を言うと、ムトーエビが無用な凝り性を発揮しない内に、とっとと商品を地球へと売りにやらせた。


 用が済むと、酒盛り開始。


 酔ったムトーエビにウッカリと潰される恐れがあるので、相伴するのは不死身属性や鋼鉄属性、液体属性や気体属性の者に限られる。

 あと、どんな攻撃でも回避可能なテレポート能力の者。

「地酒の美味しい赴任先で、良かった」

 情報漏洩で咎められた上に、連れてきた従者が地球防衛軍に転職してしまったので評判ガタ落ちのココハが、呼ばれもしないのに酒盛りに混ざっている。

 ムトーエビは、機動兵器の事以外では寛容というか無関心なので、実質謹慎処分中のココハが酒を一気飲みし始めても咎めたりしない。 

 侍装束のココハは、観賞用としても役に立つし。

 胸元と腋が大きく開いたデザインで、袴もマイクロミニ。

 この露出の多さが艦隊の雄たちにどう見られているのか、ココハは全く理解していない。


「だいたい、あの執事、地球人のハーフだって、隠していたのですよ」

 酔ってボヤくココハのネタ提供に、ミツバゴ(鋼鉄剛健サイガノ星人・成人女性)が鉄アレイをボリボリ食べながら、ジュンの登録データを出してみる。

 履歴書にハッキリと、父は地球人と書いてある。

「あんた、文字情報が読めないのか?」

「失敬な!」

 ココハは、酔眼を凝らして履歴書のページを読み直す。

 読み直して、納得した。

「ふっ。認めたくないものです。地球ちきゅう地球ちたまと呼んでいたなどと。恥ずかしくて、誰にも言えない」

「まあ、飲め」

 色々と手遅れなココハの酒杯に、ドゴルニア少尉(不死身属性のリカベン星人、成人男性)が強い酒を注ぐ。

「…まだ、空けていませんが? と言うより、ハイボールにウォッカを入れましたか?」

「混ぜて飲む方が、アレンジが効いて面白い」

 ドゴルニアの下半身心に満ちた笑みに、ココハだけは全然気付かない。

 周囲も、誰も止めない。

 これも娯楽の一つである。

 ムトーエビは、別の娯楽を思い付く。

「お〜い、艦長。さっき作った玩具が戦い始めたら、此方にも中継を回してくれ。噂のナイト・テスラと、どこまで戦えるか、見物したい」

 メッセージを受け取った艦長が、モニター越しに睨む。

「余計な機能は、付けていないのだよな?」

「付けとらん。素組みだよ」

「Eランク以外の部品でも、混ざっていたのか?」

「部品のランク付けは、俺が全てを吟味したわけではない。Cランク以上ならするが、Eランクでは、ない。だが中には、掘り出し物が混ざるかもな」

「確率は、無視して構わない低さだろう?」

「酒宴の肴には、成る。三分で作った粗品でも、俺の作品だ。散り際が見たい」

 ヴァルボワエは、許可を与える。


 現場の中継が、格納庫の中央に大写しにされる。



 田舎の川の土手腹、六分咲きの一本桜の根元で、一人の少女が居眠りをしている。

 黒と金の入り乱れた獅子のような猛髪の下に、無防備だが近寄り難い威厳を保つ寝顔が。綺麗に整っているが、大型肉食獣の精気が溢れて止まらない。

 身に纏う将官クラスのデラックスな戦闘服は、黒地に黄色の獅子が描かれた態の、スズメバチ色彩。

 衣装よりも凶悪なのは、明らかに長さも質量も持ち主より大きい漆黒の大剣。幾つもの武器が組み合わさって成り立つ、極悪な機能を豊富に備えていそうな気配が有り有りの大剣が、傍に添い寝している。

 カンダホル艦隊が売った機動兵器より、買った少女の方が、恐ろ美しい。


 その姿を五百メートル離れた地点からライフルのスコープ越しに見た不破雷観は、自分が可変型機動兵器よりも、その少女からプレッシャーを受けている事に恐怖を覚えた。

「クラリス。見覚えはあるか? あれは只者ではない」

 スズメバチ戦闘服の少女は、地球防衛軍が接近しているのにも構わず、寝ている。

 寝ているライオンが草食獣の接近を気に留めないように、包囲を気にしていない。

 不破は、そんな想定外の強キャラへ、対応に困る。

 クラリスの返信はコマーシャル一回分しか待たせなかったが、不破は焦れた。


『確証が取れました。あれは、アルディア・ラブハート。アガルタの残党が生み出した、人造人間です』


 その情報を共有していた地上部隊の狙撃班が、命令を待たずに発砲を始める。

『攻撃は中止して。説明は最後まで聞きなさい』

 クラリスは、地上部隊の不手際にのみ、苛立ちを見せた。


「撃つな! 撃つな! 命令はしていないぞ! 撃つな!!」


 不破は、狙撃が全て外れた事を目視する。

 そして、アルディア・ラブハートは、寝たままだ。 

「…クラリス。あれは、鈍いのか? それとも、命中弾以外は、午睡を止める必要がないってか?」

『ナイト・テスラを釣ろうという相手が、通常兵器を怖がると思う?』

「泣きたくなってきた。逃げていいか?」

 半分本気に聞こえたので、神谷隊長が手元の情報で導き出せる最も都合の良い憶測を伝える。

『アガルタの残党に作られても、そいつらとは縁を切った、度量のある人物だ。交渉の余地がある。お話をしてきなさい』

「…待て。ナイト・テスラへの復讐が目的って説、消えるのか?」

『先入観を捨てて、交渉を始めよう』

「頭を空にするのは、得意だ」

『愛を持って接しなさい』

「ええ、ええ、口説けばいいんでしょ」

 歩み寄ろうとして、不破は肝心な事を思い出す。

「あのう、隊長は、交渉をしないので?」

『やだ。怖い』

「俺だって怖いよ?!」

 中間管理職たちがグダグダしている間に、他の下っ端が緊張に耐え切れずに暴発する。


 二キロ離れた狙撃ポイントで待機していた時雨凛のイコカサが、ロングブレード・ライフルの照準を固定し終える。

 狙いは、操縦者が午睡中につき、無人の機動兵器。

「話し合いなら、機動兵器を潰した後で充分です」

 発射する弾を、貫通力の高いニードル型徹甲弾にして、午睡中の相手がケガをする可能性を減らす。

「撃ちます」

 ジュンも菫も、誰も止めない。

 一週間前に戦いから逃げてしまった時雨凛のリハビリ行為と、周囲は受け止めた。


 気を遣われて却って気まずい時雨凛の視界に、眠れる獅子少女の寝顔が入る。

 時雨凛が失った、余裕と言うものに溢れている。


「そのまま寝ていろ」

 引き金を、引いた。



 その瞬間に、アルディア・ラブハートは、起き上がった。

 起き上がると同時に大剣ヤマタを握り、弾道と買ったばかりの機動兵器の間に割って入る。

 時雨凛の発砲から着弾までの、二秒弱。

 音速を大きく超えるロングブレード・ライフルの狙撃弾を、アルディアは大剣ヤマタで叩き落とす。


 全員、目撃したものを直ぐには理解出来なかった。



 ガーベラ・シグマの操縦席後部で、菫はジュンに訊いてみる。

「今、阪神ファンが、弾丸斬りをしたような気がしたけど、気のせいだよね?」

「阪神ファンって、何?」

 まだ地球のプロ野球を理解していない、ジュンだった。

 ちなみに、バスケとサッカーとラグビーの区別さえ、まだ付いていない。

「二十年に一度しか優勝しないスポーツチームを一生応援し続ける、悲しい生き物たちさ」

「それは悲しい」

『阪神への偏見を吹き込むなーー!!』

 阪神ファンのガーベラ・シグマが、菫を怒鳴り付ける。

「仔細は、戦闘を終えてから聞く」

 ジュンは、ガーベラ・シグマを戦闘速度で飛行させる。

 金ピカの練習機に乗ったアルディアが、真っ直ぐに狙撃したイコカサへ向かっている。

 その間に入って、足止めするつもりだった。

 だったが、

 ジュンの割り出した交戦空域を、金ピカの戦闘機がジュンの到着よりも早く通過する。

「ちょっ、その速さは何だ?!」

「通常の三倍速いの?」

 菫の発した定番のボケに、ジュンはマジで返す。

「五倍速い」

 菫は、ボケる余裕がないと理解した。


 時雨凛が二発目の狙撃準備を終えるより早く、金ピカの戦闘機が到着する。

 ロングブレード・ライフルのオート照準機能が、全く追い付かない。

 金ピカの戦闘機は、時雨凛の機体と交差する瞬間に、機首の単発レーザー機銃を発射して、ロングブレード・ライフルの銃口内に命中させる。

 長距離武器を使えなくさせてから、金ピカの戦闘機は空中で人型へと変型する。


「ふっふっふ」

 その瞬間を、星崎金魚はロングブレード・ライフルで狙撃した。

 変型中の機動兵器への攻撃は、昭和のアニメ番組なら御法度であるが、星崎金魚はリアルの世界で軍人をやっているのだ。

 情け無用。

「巨人ファンの弾丸で墜ちろ、阪神ファン!」

 余計な炎上発言をする星崎の射撃を、金ピカの機動兵器は、変型中であろうと難なく躱す。

「…どこがどう、Eクラス?」



 見慣れたデカルト・ボーンの原型っぽいスタイルの人型機動兵器が、時雨凛の機体を踏み付けにして睥睨する。

「無防備なアテルイを狙撃したのは、お前で相違ないな?」

 ノッペリとした顔の人型機動兵器から、覇気に溢れる少女の声が。

 時雨凛がどう操縦しようと、機体は地面により深くめり込むだけ。

「我は、音に聞こえたナイト・テスラに会いに来ただけだぞ。夜が来るまで桜を枕に寝ておったのに、余計な蛮勇である」

 イコカサの股関節が、踏み砕かれる。

「詫びを入れる事を許す。殺される前に、良心に従え」

 下半身が使えなくなったイコカサでも、時雨凛は足掻くのを止めない。


「私の良心は!」


 凛は、敵機のアキレス腱に向けて、手刀を打ち込む。


「戦えって叫んでいるんだ!」


 避けられると同時に、手刀を踏み潰される。

「ふむ。戦士に詫びろというのは、我の失言であったか」

 アルディアは、イコカサのコックピットだけを残すように踏み壊していく。

 大破しながらも、サポートAIは敵機の解析を叩き出す。


『敵機戦力査定完了。

 出力E

 機動力Aプラス

 耐久力E

 武装D

 総合Cプラス

 一発当てれば、いけます』


 ピーキーな敵機の性能に、時雨凛は切れかかる。

 互角どころか、一方的に踏み殺されかけている。

「おい、伍長! 何だ、このいい加減さは? 解説希望!!」


 ジュンは、敵機の間合いギリギリの距離で対峙しながら、返信する。

「操縦者の技量が、異常だね。加えてサポートAIも、並じゃないな。合わせて機動力だけはAクラス以上に跳ね上がった。魔人だね」


 アルディアは、時雨凛からジュンに興味を移す。

「ほう…我の間合いを、初見で見切ったのか」

 大剣ヤマタから移植したサポートAIアテルイは、主人の慢心を窘める。

『抜刀しろ。踏んで済む相手ではない』

 アテルイが奨めても、アルディアは腰の二刀を抜かない。

「いや、部下にしたい。特に目が良い。金色だぞ。我に侍る為に生まれてきたような丁稚だ」

『そうですね』

 アテルイは、メンドイのでツッコミを放棄している。

 アルディアは操縦席の扉を開けると、生身を晒す。

「筑波基地の戦士たちよ。覇王である我に下れ。君たちは、栄えあるラブハート帝国建国の士となるのだ」


 人造人間アルディア・ラブハート、

 時に十五歳。  

 発言は中二病そのものだが、実力が有り余っているので洒落にならない。


「あー、なるほど。ナイト・テスラをシメて、筑波基地を支配下に置こうと。脳みそが昭和五十年代の週刊少年チャンピオンなのだな」

 神谷隊長は、自称覇王アルディア・ラブハートのキャラを掴む。

「アガルタの皇帝用クローンパーツを集めて作った人造人間ですので、世界征服に成功する要素は十分です」

 太田クラリスの晒すロクデモナイ裏情報に、地球防衛軍の皆さんがウンザリする。

 カンダホル艦隊だけで手一杯なのに、時代錯誤のプチ覇王娘のカチコミである。

 付き合うのもバカバカしい。


「あ、でもカンダホル艦隊にすれば、ナイト・テスラの手の内が見られる訳だ」

 そこに考え至った神谷は、相手の嫌がる真似を指示する。

「菊久里伍長。命令だ」

 普段と違って初めて、神谷はジュンを階級で呼んだ。

「アルディア・ラブハートを、口説き落とせ」

 ジュンは、返事をしなかった。

「伍長、復命は? リピート アフター ミー?」

 ジュンが聞こえないふりをしているので、神谷隊長はフランクな口調でベシャリする。

「敵の美少女キャラに粉をかけて、仲間にしてデレさせる。王道展開だよ、君」

『話かけるな、腐れメガネ』

 菫が、冷たい声音で威嚇してから通信を切る。

 とっても気まずい沈黙の中、神谷はクラリスに質問。

「あの二人、もう?」

「気付いていなかったのは、神谷隊長だけです」



 通信を傍受していたアルディアは、腹を抱えて笑っている。

「ぬかしおるわ。なかなか面白い指揮官である。良いぞ、麾下に加えたくなる人材が増えるのは、慶事である」

 先程から変わらず、操縦席の扉を開けたままである。

 ナメているという自覚さえない程に、ナメ切っている。 

 ジュンがガーベラ・シグマを、アルディアの間合いに一歩入れる。

 双方向通信越しにジュンは、黄金の瞳でアルディアを見据える。

「佳い眼だ」

 鋼鉄色の瞳に、喜悦が浮かぶ。

 アルディアは、ジュンの戦意を認めて操縦席の扉を閉める。


 貴重な手駒候補を傷付けたくないので、穏便に交渉を始める。

「まあ、スカウトの件は、急くまい。実力を示すのは、これからである。我は、ナイト・テスラと戦う前に、アテルイを消耗させたくないのだ。引いて見守ってはくれぬか?」

「連戦しただけで壊れる安物を買った自覚は在ったのか」

 ジュンは、アテルイへと更に一歩、機体を進める。

「五千万円で買えた機動兵器だ。使い捨てとしても、格安である」

 歩みを一歩一歩詰めるガーベラ・シグマに対し、アテルイは無防備に立ち尽くすように見える。

「ナイト・テスラと戦った機体は、呪われる可能性が高いからな。歴戦のサポートAI以外は、使い捨てる」

 ジュンは、相手の戦略を得心した上で、危険窮まる相手との心理戦を始める。

「オレは一週間前に地球に来たばかりだが、毎晩、ナイト・テスラと模擬戦をしている」

 ジュンは、覇王娘を、言葉で釣る。

「結果は六勝十二敗。実戦なら、二勝がやっとかな」

 

 アテルイが毛髪を逆立てながら、腰にジョイントされた二本の刀の柄に、手をかける。


「丁稚よ。挑発したな?」

 まだ執事服をパイロットスーツ代わりにしているジュンを、アルディアは生涯『丁稚』と呼んだ。


 アテルイから、隠せない闘気が逆巻く。

 ジュンは、ガーベラ・シグマのエンジン出力を上げて、限界機動の用意をする。

『あああああああ、気持ちいいいいいいいいいいいい』

 ガーベラ・シグマが、全身を震わせる。


 アルディア・ラブハートは、好敵手と認めた相手に、攻撃前に声をかけた。

「よかろう。今日は夜を待たずに、お主を相手に果てよう」

 声が届くと同時に、攻撃が及ぶ。

 アテルイの右腕から放たれた日輪の如き居合を、ガーベラ・シグマは左腕を犠牲にして流す。切断された左腕部品をパージし、続いて放たれるアテルイの左腕からの居合に対応する。

 アテルイが腰から刀を二メートル抜いた段階で、ガーベラ・シグマはその腕を押さえた。

 お互い、腰を低く落として全身で鍔迫り合いを始める。

 引いた方が喰われると、双方が理解している。

 共に機動力が最大の武器だと認め合う故に、この鍔迫り合いで体勢を崩した側が、一方的に攻撃を浴びる展開まで見切っている。

 二機の足元が、力の均衡にギシギシと軋む。

 一番近くに居た時雨凛は、大破した機体の中で震度四相当の地震を体感する。

 拮抗した大相撲の一番のように、組み合ったまま一分が過ぎる。

 ガーベラ・シグマはエンジンが煙を吹き始め、アテルイはフレームが不協和音を上げ始める。


 二機の全身を削って戦う凄まじい様相に、星崎軍曹は見惚れて狙撃のチャンスを忘れた。


「引き分けで、よくないの?」

 菫は、後部座席からオーバーヒートするエンジンを冷やす泥沼作業が終わりそうにないので、二人に提案してみる。

「丁度、夕陽が赤く成ってきたし、肩を組んで健闘を讃え合って、友情パワーを発生させよう。で、ラーメンライス大盛りを食べに行くんだ。

 わあ、ハッピーエンドだ」

 わざとらしく、拍手をパチパチパチと。

「…丁稚よ。その少女は、何だ?」

 アルディアは、互角の戦いにチャチャを入れられてムカつきつつも、確かに引き分けになりそうなので、怒りを分散させようとアホな話に応じてみる。

「この機体の開発者、神無月菫博士。シマパンブルーストライプだ」

 余計な個人情報の暴露に、菫がジュンの後頭部に一蹴り入れる。

「…美しい機体ですね」

 アルディアは、思わず素直に褒めてしまった。

 褒められた方は、素直ではない。

「ふん。褒めてもシグマには乗せてあげない。新宿三丁目で昭和チックに生きてろ、怪奇・段平女!!」

 アルディアの眼光が増したので、菫はジュンの陰に隠れる。

「わたしの代わりに、目からビーム出して」

「出ない」

「根性無しめ」

 アルディアは、何となく二人の関係を察する。 


「丁稚よ。戦場に女連れはイカんぞ。最強クラスと戦う時に、全力が出せない」

「逆だ、アルディア」

 菫がこっそり、ホーミング出刃包丁六本全部を射出し、アテルイの背後に回す。

「ナイト・テスラに勝ったのは、菫が一緒に乗った時だけだ」

 背後からの攻撃を、アテルイは使わずにおいた右腕の刀で総て斬り落とす。

 余裕をかましていた訳ではなく、機体に負担をかけない為である。

 現に、その動作で、アテルイの腰から背中に亀裂が走る。


「成る程。二人羽織であったか」

 アルディアは、苦笑する。

(引き分けではないな。ナイト・テスラと戦えなくなった時点で、我の負けだ)


 心残りがないように、アルディアは最後の質問をする。

「次の攻防で、終わりだ。その前に、丁稚の惚気を最後まで聞いておこう。二人は、どこまでの関係だ?」

 女子の好奇心というより、この戦闘が終わった後での、世界征服に向けたスカウト活動の一環である。

 アルディアは、機体を放棄した後、中破したガーベラ・シグマからジュンを『お持ち帰り』する気である。


(既に深い関係なら、無粋な真似はせぬ。んが、浅いなら強奪しても、許す。我が)


 そんなアルディアの傲慢な算段に基づいた質問だとは知りようもなく、ジュンは返事を検討する。

 数時間前にディープキスをした事をバカ正直に言うのも恥ずかしいので、その手前までの行動を、教えてやる。


「コンドームを使うかどうか、相談する関係だ」



 発言を聞いた全員の動きが、止まった。



「へこー」

 アルディアが、古式ゆかしい転け方をする。

 その動きをトレースして限界に達したアテルイの股関節が、自壊する。

 まさに、腰砕け(どやあ)。



 あまりのオチに、ジュンは財布からコンドームを取り出して眺める。

「お守りにしよう」

「アホ! アホ! アホ! アホ!!」

 大赤面した菫が、ジュンの後頭部をヘルメットで連打する。



 日没後。

 神谷隊長は、筑波基地最寄りの『ストライク・フリーダム・ディスティニー・ホテル』へ、大先輩のお迎えに行く。

 起き抜けに事情を聞かされたQ索とファーランは、食堂で客人と会う事にする。

「テロリスト認定して、さっさと処分する手もあるのに」

 Q索は、アルディアを客人としてわざわざ招き入れた神谷に、苦言を呈する。

「菫とジュンが、味方に引き入れる気でして。戦った者同士のシンパシーと申しましょうか」

「発生しちゃいましたか」

 Q索は、悪知恵を確認する。

「でも、神谷には、発生していないよね?」

 神谷は恐縮しつつも、否定はしない。

「勧誘策には乗ろう。だが次は、僕たちが起きてから、基地に招き入れろ」

「すみません、不用意でした!」

 土下座する神谷をスルーして、Q索とファーランはホテルから筑波基地に入る。

 移動中の夜道で、ファーランは、とっても嬉しそうである。

「正当防衛だから、血を吸っても問題ないわね」

「…いや、もう相手に戦意はないと思うが」

「挑発しよう」

 元アガルタの関係者を怒らせる語彙に関して、滅ぼしたファーランほど長けた者はいない。

「それはもう、正当防衛じゃない」

 Q索は、きちんと常識的な釘を刺す。

 ファーランの犠牲者を年に十人以内に抑えるのが、Q索の年次目標である。

 たまに、守れない年もある。


 食堂に入ると、アガルタの皇帝を女体化して十五歳に若返らせたクローン(アルディア)が、生傷だらけのジュン&疲労困憊した菫と並んで飯食っていた。

 三人とも、ラーメンライス大盛り。

「皇帝のクローンと戦って、擦過傷で済んだのか。偉いぞ、後輩」

 ジュンは、Q索の勘違いを訂正する。

「いえ、この傷は、菫に付けられました」

「ラブコメ傷だったのか」

 Q索は仔細を尋ねず、アルディアを観察する。

 覇気は有っても邪気は無い笑顔で、菫と談笑している。


 アガルタと殺し合わずに済んだ、もう一つの結末を見せられたようで、Q索は感傷的になる。


 アルディアは懐から金鑼目刺繍入り黒革財布を取り出すと、中から菫が産まれて初めて目にする紙幣を十枚、見せびらかす。

 ラブハート帝国軍票。

 百万ラブハート紙幣十枚。

 紙幣の中央には、セクシー水着のアルディアが印刷されている。

「どうだ(ドヤ顔)。世界征服を成し遂げた暁には、これが世界水準の紙幣となる。一度しか使えないタイムマシンを使って、わざわざ麻宮騎亜先生にデザインを発注した最高額紙幣なのだ」

「アルルン、かっこいい!」

 菫は無責任に笑い転げて拍手する。 


 やはりアガルタは潰して正解だったと、Q索は確信し直す。


 ファーランは食事中のアルディアを無視して、アテルイの入った大剣ヤマタの方に歩み寄る。

「まぁだ世界征服で遊んでいたのね、アテルイ」

『器の小さい卿と違って、一人だけを征服しても満足できぬのだ』

 ファーランが大剣の腹を足蹴にしようとするが、アルディアが片手で大剣を退かす。


「我の所有物を足蹴にするなら、宣戦布告と見做すぞ?」


 ファーランの瞳が、人間の擬態を止めて紅く濡れる。

「アテルイは、足の裏で転がされるのが大好きなのよ? 試してみなさいよ」

 鋼鉄色の瞳に、アルディアの覇気が輝く。

「我は、会った事がない者への悪口は、真に受けぬ性分だ。だから、伯母上が我に『下品で無礼な吸血姫』と思われるのは、今の振る舞いが原因だからな」


 ファーランの笑みが、怖さと美しさを増す。


「アガルタが現存していたら、あんたは生体部品で終わっていたわよね。感謝しないの?」

 ラーメンライス大盛りを中断し、アルディアは別の食事に食指を伸ばそうとする。

「過去の罪は問わぬぞ、伯母上。兄弟姉妹、友人知人、同僚と部下の全てを手をかけても、夜に哭かぬ性根。皇帝でも裁けぬ呪われぶりだ」


 吸血姫と覇王娘の険悪な顔合わせを、周囲が怖いもの見たさで見守る。


「さっきから伯母さん呼ばわりだけど、アガルタに血縁者は、もう父様しかいないわよ」

「我の遺伝子には、吸血卿が5%、吸血姫が3%含まれておる。他人には非ず。然りとて、姉上と呼ぶには恥ずかしいので、伯母上で妥協した」

「お姉様と、お呼び!」


 拘る点が小さいので、周囲が呆れる。


「我に、これ以上の妥協は有り得ぬ」

 話は済んだとばかりに、アルディアはラーメンライス大盛りに戻る。

 ファーランが、アルディアの視線に目力を合わせる。


「お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい。お姉様と呼びなさい(以下略)」


 吸血姫の目から、明らかに脳に悪い光線が出ている。


「紀元前生まれが、婆さんと呼ばれないだけ有り難く思え!」

 覇王娘は、意志の力を振り絞って抵抗に成功する。


 だが、ラーメンライス大盛りを食べている最中の踏ん張りであった為、鼻から麺が一本吹き出すという大惨事が起きた。


「あ…ああっ?!」


 世界征服へと邁進する覇王にとって、致命的な出来事である。

 食堂に居合わせた百人以上の関係者一同が、気まずそうに目線を逸らし、『見てないよ』『気にしていないよ』アピールを充満させる。


 ファーランだけが、うぷぷと小刻みに笑いながら、アルディアに憐れみの笑顔を贈る。

「呼び方は、伯母上でよろしくてよ、ラーメン閣下?」

 アルディアは、よろめきながら立ち上がり、大剣ヤマタを握る。

 ファーランも応じて、食堂の窓外にナイト・テスラを出現させる。

 食堂の肉料理が、ナイト・テスラ出現の余波で、一部ゾンビ化する。


 ジュンが最後に残しておいたチャーシューも、ゾンビ化してラーメンライスの残りを貪り始める。

「厳しい星だ」

 無念そうに、丼ごとゾンビ用ゴミ箱(中に聖水が入れてあるので、ゾンビ化した食材が多い日も安心)に投げ入れる。


 形勢が不利なので、アルディアは菫に頭を下げる。

「博士。シグマを、貸して下さい」

「金は?」

 デザートの焼きプリンに取り掛かっていた菫は、全く甘くなかった。

「カンダホル艦隊から買い物したから、もう金欠なんでしょ」

 有り金を叩いて、筑波基地の征服に賭けていたアルディアだった。

「出世払いだ。世界征服をした暁には、全世界の消費税を200%にしてでも、お支払いする」

「暴君め! 私の魂を買えると思うなよ」

 菫は、自称・未来の皇帝陛下の申し出を、敢然と断る。

「ドクターペッパーの自販機を、プレゼントする」

 菫はアルディアの運動靴にキスしかけて、実行30センチ前で我に帰る。

「ジュン! ツッコミが遅いよ!」

「ごめんね、全部オレが悪い」

 ジュンは適当に棒読みする。


 Q索は、二人の仲が良くなるとは期待していなかったが、険悪になる前に止める努力は始める。


「君たち。食堂でスー◯ーロボット大戦を始めてはいけない。座って、神妙に食事を摂りなさい」

 ファーランは、Q索の膝の上座って抱き付くと、被害者ぶった声を上げる。

「ダーリン、正当防衛よ〜? クローンって、乳酸菌が足りないから、すぐ怒るの〜」

「十分足りていると思うよ」

 ファーランを肩に噛みつかせてアヤシながら、Q索はアルディアとの交渉を始める。

「アルディア。ボクたちは、隠遁生活を中断して、カンダホル艦隊との戦いに臨んでいる。君も戦列に加わってくれると、助かる」

 アルディアは、Q索の言い分を吟味する。

「まあ、飲め。ぐいっと」

 菫が、脳への糖分補給にココアを差し出してくれる。

「うむ」

 アルディアは、断り方を検討する。


 彼女にとって、地球防衛軍とカンダホル艦隊が潰し合うのは、理想的な展開である。


 その戦略を見透かしたように、Q索は話を進める。

「とりあえず、一年間。ここで客将として戦わないか? 中立の立場で漁夫の利を狙うのは、それからでも遅くない」

「破壊探偵には騙されまいぞ。我の助力で、戦役が一気に終わる可能性もある。一年は長い。三月でどうだ?」

「ふむ。それで手を打つか」

 妥協したように見せて、アルディアは別口で断りを入れ始める。

「で、ファイトマネーは、如何程出せる?」


 皆の視線が、片隅でお茶を飲んで時間を潰している神谷隊長に急速に集まる。


 視線を彷徨わせ、眼鏡を拭いて時間を稼ぎ、地球中の元気を分けてもらいながら(嘘)、返答する。

「えー、そのう、機動兵器の分野は金食い虫として地球防衛軍でも大変嫌われておりまして、融通の効く軍資金の予備は、何というか、ビンゴ大会を開ける程度のものしかございませんし、追加の緊急予算を申請するにも、堅固な根回しと腹芸を必要としまして、そのう…」


 菫が、神谷の言い訳に業を煮やして、湯豆腐を顔面に投げ付ける。

 湯豆腐の角が神谷の頭に当たり、昏倒させる。

 菫が湯豆腐の二発目を振りかぶり、皆が「ひいいっ」と遠退く。

 ジュンだけは、地球人つーか日本人の豆腐に対するリアクションが分からない。

 とりあえず、菫がこの場で主導権を握ったと理解する。

 相方が主導権を握った以上、ジュンも攻勢に出る。


「ファイトマネーは、一戦につき二千万円。敵機撃破でも二千万円。中破や小破は、戦功にカウントしない方が、アルディアの場合は燃えるでしょ」

 アルディアは、ジュンを見て鳩みたいに目をパチクリさせる。

「他に問題は?」

 アルディアは、友と認めた少年を諫止させようとする。

「丁稚。父君の金に手を付けるなら、気を付けろ。軍資金を私財で贖うと、すぐに消えるぞ」

 実際に、今日私財を軍事費で消費し尽くしたアルディアの忠告である。

 ジュンの顔色は、変わらない。


「カンダホル艦隊の保有する機動兵器は、七十機。アルディアが全機撃墜しても、総額は十四億円。貯金の九割は残る。

 他に問題は?」


 アルディアは、ジュンが自分を離そうとしないので、心地良くなってしまった。

(まあ、いいか。寄り道しても。我、まだ若いし)


「我に相応しい機動兵器を、寄越せ」

 ジュンが菫を向くと、投げ損なった湯豆腐を食べ終えた菫が、口の端に湯豆腐をチョッピり付けながら、キメ顔で宣言する。

「組み立て中のシグマ二号機の部品を、アテルイに流用する。アルディアがフルタイム全力で戦っても、壊れない機動兵器に成るよ」


 アルディア・ラブハート、地球防衛軍に参戦決定。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ムトーエビは、深酒の眠りから唐突に醒めた。

 三分で拵えた粗品の末路に腹を抱えて笑った後、酒のピッチを早めて寝てしまっていた。

 機動兵器格納庫の壁際から身を起こし、誰も下敷きにしていない事を確認してから、貯まった受信メールを開く。


『エリザベート社の宇宙ミキサー! これで体液…』

 削除。

『スペース出刃包丁料理人、マックス富田の…』

 削除。

『ブレードランナーのアルティメット・ギャラクシアン・ディレクターの親戚カット版…』

 削除。


 最後に、ヴァルボワエ艦長からの、メールが一件。


『大隊規模の戦力を動かす。地上戦闘を想定した整備を頼む。重機動兵器も、一機投入する。


         追伸 急ぎではないから、通常勤務時間内に仕事をしろ。

            残業は許さん』



「なら、一週間後だな」

 ムトーエビは、寝直しに入る。

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