六話 お墓の前で泣かれると、優しくしちゃう派
前回の、ま戦機!
「世界征服を企んだアガルタ皇帝のクローンと、友達になってしまった。アニメやラノベで経緯は知っているけれど、アルディアは拘っていない。取り敢えず二号機を渡したけど…色々と不安(汗だら)」
新戦力歓迎会をまとめてやってしまえという提案には大賛成だが、整備班もまとめて全員参加と聞いて、相沢整備斑班長は神谷隊長の顔色を仔細に観察する。
昼行灯そのものだった腐女子の眼鏡中年女が、妙に活き活きと研ぎ澄まされている。
食堂でタヌキうどんを食べる時の顔ではない。
不吉なう。
「相沢さん。もうすぐパパでしょ。奥さんとの幸せを最優先にね」
天ぷら蕎麦を食べている時にそんなセリフを投げられたら、食欲が壊れる。
「…何考えてんだよ、隊長」
神谷は、ニヤニヤと笑って、腹を見せない。
「何って、地球防衛軍の隊長が考える事は、ワンパターンだぜ?」
やる気を出さない方が不運を招かない人間というのも、世の中には存在する。
いや、不運に見えるだけで、フラグは既に三十本は乱立していたが。
先日、地球防衛軍の偉い人が、沢山沢山沢山沢山沢山集まるドーハの国際会議(市民体育館を間借りした)で、神谷隊長は、とってもとってもとってもとってもとっても怒られた。
怒られる理由は、新型機動兵器に十四歳の美少女を乗せた事でも、
異星人ハーフの少年伍長を臨時採用した事でもなく、
吸血機の駐屯を許して基地内にゾンビが発生しているハプニングでもなく、
将来テロリスト指定が確実な凶状持ちを客将として迎えた事でもなかった。
「戦うな、とはどういう意味でしょうか?」
神谷が訊き返すと、怒号が溢れた。
この二週間、軍人として充実していた神谷三雲は、忘れていた。
二十年連続の敗戦が、どこまで地球防衛軍を腐らせたかを。
千人以上は入った議事場は、神谷三雲を弾劾する為の公開処刑場と化していた。
筑波基地の司令官(閑職)は、基本的に神谷の好きにさせてくれているが、その他の基地からは『余計な火種を振り撒くんじゃねえよ』と警戒されまくっていた。ご近所さんから、「まあ、筑波と違って、ここの基地の人たちは、給料泥棒なのね」「しょぼいわね」「しょぼいわね」「なんで生きているのかしら?」とか言われて肩身が狭くなっているので、筑波への逆恨みが燻り始めている。
筑波基地の司令官は、この事態を見越して有給休暇を取ってシーランド旅行に行ってしまい、同行していない。
神谷はフルネームを失念しまったが、議事場でセンタートップの髭面が、厳しく講釈を垂れる。
「戦って勝つ可能性が極めて低い以上、我々に出来るのは、戦死者を少なく抑える事だ。宇宙艦隊の大敗北以降、我々は小競り合いに徹してきた。技術力で追いつき、戦力が十分に整うまで、この方針は変わらない。そうしなけレバ、一番貴重な戦力である『パイロット』を消耗してしまう」
「追い付きましたが? しかも、神無月博士の発明したシグマは、量産が可能です」
神谷三雲は、思わず素直に愚直に率直に、反論してしまった。
とってもとってもとってもとってもとっても気まずい沈黙の後で、センタートップの髭面は不愉快を腹の底に仕舞い込んでから、説教を再開する。
「技術が追い付いても、軍事力が備わったと勘違いしてはいけない。戦争では、国力差という存在が、とても需要だ。技術力で自惚れた結果、ドイツや日本が第二次世界大戦でフルボッコにされた経験を思い出したまえ」
「敵は私掠船の艦隊ですので、国力は地球の方が遥かに上ですが…」
殺意が充満していくのを感じて、神谷は口を閉じる。
もう遅いけど。
センタートップの髭面は、持病の心臓発作の薬を飲みながら、小癪なメガネ女への説教を最後までやり遂げようとする。
「いいか? カンダホル艦隊の情報網は、優秀だ。戦力を蓄えようとしても、整える前に潰しに来る。被害が増えるだけだ。シグマの量産は、止めておけ。特に筑波基地は、市街地に隣接している。埼玉や群馬の基地とは違う!」
筑波の実情は、埼玉や群馬と差は無いのだが、揉めそうなので神谷は口を開かなかった。
開かないつもりつもりだったのに、髭面の次のセリフでブチ切れた。
「薄情な言い方だが、どうせ被害者は漫画家だけだ。漫画家が週に一人の割合で宇宙人に拉致されても、地球の平和に影響はない。無理に対抗して、戦死者を増やす必要は、ない」
議事場の多くの者が、恥じらいながらも同意を示す。
神谷にとって、棄教を促す暴言として受け取られると、気付いていない。
そのような物言いが罷り通る状態を、平和とは言わない。
負けっ放しでは同僚たちと同様の神谷でも、この現状を平和と呼ぶ者を、許す気にはなれない。
連敗しようと低脳だろうと仕事する気が無くても、他人に踏まれたままの現状を『平和』と呼ぶクズにだけはなれない。
(神無月博士。君の狂気を、此処で撒くぞ)
神谷は、議事場のみならず、地球防衛軍全体が割れかねない提案をぶち撒ける。
「全世界でシグマの量産を始めれば、たとえカンダホル艦隊が攻撃を始めて基地や工場が数十カ所破壊されても、最低でも千機以上のシグマを揃えられます。機動兵器を、たった七〇機しか保有していない艦隊を、怖がる必要は無くなります」
カンダホル艦隊が大規模攻撃をした場合、何万、何十万、何百万人が死ぬのか、重要なデメリットを語らずに、神谷は主戦論のみを述べる。
「勝てるチャンスを前にして、無駄で無意味な自粛を強いるおつもりか? 古今東西、戦時下の自粛などという行為には、全然意味がありませんでした。負け犬の自傷行為に過ぎませんから。
私掠船艦隊如きに、いつまで膝を屈している?!
今、反撃の準備を始めなければ、私掠船艦隊如きにナメられたままですぞ。
拉致された被害者の総計は、もう二千人を超えています。この状態を平和とは呼びません。この状況を防げない軍隊が、何と呼ばれているか明言しましょう。
無能軍と呼ばれているのです」
神谷の形相が、決定的に変わった。
神谷三雲が顔面神経痛になった、初めての日だった。
発言内容を吟味する数瞬の後、地球防衛軍は主戦派と防衛派に別れて、収拾の付かない激論が同時多発する。
その日の午後のミーティングで、神谷は事態が急変したというか、地球防衛軍が内紛状態に陥った事を、筑波基地の面々に伝える。
「つー訳で、地球防衛軍は暫く機能不全に陥ります。カンダホル艦隊に攻撃されるのを覚悟でシグマを量産したい男前な主戦派と、今まで通り漫画家を守れなくても余分な人死にさえ出なければいいやという、クソチキン防衛派に別れます。
この筑波基地は、主戦派です。
防衛派に与したい奴には、毎朝耳元で『懲戒免職にな〜れ』と囁く刑にするので、そのつもりで」
最後のはマジなのか分からないが、神谷隊長が隊員たちに畏怖を与えたのは、これが最初になる。
「斯様な時節に内輪揉めとは、悲しいね。ちなみに、センタートップの髭面は、その直後に心不全を起こして亡くなりました。ザマアミロ。いや、黙祷を(にやり)」
放火犯が他人事のように語るので、皆が菫の豆腐投擲を期待する。
期待されて期待された事を為す菫ではない。
中学三年生になった神無月菫は、椅子に座ったまま踏ん反り返り、ドヤ顔で隣のジュンに啖呵を切る。
「全世界でシグマが量産された暁には、ジュンの泡銭なんぞ霞む位の銭が入るからね。ぶはははははは、見ちょれよ、このこのこの〜。
預金残高を見比べて、見下してくれるわ〜」
「態度悪っ」
やや引くジュンを、菫が無理やり人間椅子にして更に踏ん反り返る。
明らかにファーラン&Q索の悪影響である。
ジュンの方は、迷惑そうな顔をしつつも、拒んだりしない。
美少女に椅子にされて、抵抗する少年はいない。
「我より先に世界征服しそうだな」
アルディアが、後ろの席からバカップルの戯れ合いを興味なさそうなフリしてガン見する。
中二病皇帝だって、ラブコメはしたい。
調子に乗っている菫に、神谷は悲しい通達をする。
「もしもカンダホル艦隊が量産型シグマの完成前に工場を破壊した場合、製作する前の破壊ですので、設計使用料は払われません」
菫が人間椅子の上に立って、吠える。
「許さんぞカンダホル艦隊! 父のみならず、わたしの儲けまで! 特に、わたしの儲けまで!!」
義憤と私憤と私欲に燃える菫を他所に、星崎軍曹が意見具申する。
「シグマの生産箇所が狙われるのであれば、この筑波基地が最優先で狙われるのでは?… …… あ」
言ってしまってから、星崎は恐怖心で金縛りになる。
隣席の時雨凛に至っては、胃袋から逆流してきたロッパーを、喉元でなんとか呑み下す。
みんな恐慌を起こす寸前なので、神谷隊長はフレンドリーでカードキャプターな笑顔で宥める。
「絶対、大丈夫!
筑波基地の今年の軍事費は、シグマ二号機の部品を作っただけで打ち止めだから。四月上旬なのに、もう打ち止めだから。
優先順位から言えば、米国とか中国だよ。あーゆー大国が本気出すと、戦闘ユニットを千機単位でドカドカ作ってくれるからね。
絶対、大丈夫!」
時雨凛は、女子トイレへダッシュした。
宇宙人が日本に攻めてくるアニメをタラフク見て育った連中である。
集団ガクブルが止まらない。
アルディアは例外的に、大喜びしている。
「これは小遣い稼ぎが出来そうだ。我への支払いが済むまで、無駄使いするなよ、丁稚?」
「生きてりゃね」
ジュンはガクブルこそしていないが、膝の上に乗ったままの菫が抱きついて震えたまま離れないので、対応に困る。
とりあえず、優しく抱き締めていると、アルディアが後ろから茶化す。
「ボーナス特典として、ガーベラ・シグマの護衛をしてやろうか?」
「攻撃に徹してくれ。持ち味を殺さなくていいよ」
アルディアは、妖しい眼でジュンを舐る。
「大規模攻勢が襲来しようと、我や吸血機は切り抜けるだろう。丁稚は、そこそこ敢闘して五、六機ぐらい撃墜し、死ぬな。神無月博士は医療ナノマシンで蘇生可能だが」
「オレに、降りろと?」
わざわざ死亡フラグに言及されて、ジュンは一層困る。
「我がいるから、必要ないであろう? しばらくは神無月博士と、婚前旅行にしけ込むのも手だぞ?」
ジュンを心配するというより、菫を唆している。
「そこまでして、戦果を独占したいのか?」
ジュンは、アルディアのセコい算段を見抜く。
一人でカンダホル艦隊の機動兵器を全機撃墜する見積もりである。
そういう段階の、アホなのだ。
アルディアにとっては軍資金を再チャージできる収入源であるから、積極的にライバルを安全圏に誘導する。
「一番の自衛は、逃げる事だぞ。ナイト・テスラの長年の逃げっぷりを見れば、分かろう?」
どう言い返そうかとジュンが注意を怠った隙に、菫が両腕で、ジュンの肋骨を締め上げる。
「痛ってえ、こらっ」
「死なないって、意地張って」
菫は、顔を見せないように、ジュンの胸に埋める。
「死なないよ」
「生き残るって、空約束して」
涙が流れないように、ジュンの執事服(定着してしまったので、二週間経っても地球防衛軍の制服を着ていない)でこっそり拭う。
「生き残るよ、絶対に」
「でも、まあ無理か」
ここで引く事も、菫には出来る。
後は、地球防衛軍がシグマの量産に踏み切る勇気を持つだけである。
地球に戦力が満ちれば、聡いカンダホル艦隊は地球を去るだろう。
その後なら、父親とは楽に会える。
ジュンが、強いて戦士でいる必要は、ない。
でもやっぱり、菫はジュンと遊ぶ未来を選ぶ。
「いや、生き残るから」
ジュンの抗議に、菫はゼロ距離で悪そうな笑顔を見せる。
「生き延びたら、好きなコスプレで一日デートしてあげる」
「じゃあ、『艦これ』の
「即答かよ!」
ジュンは、菫の黒い長髪をサラリと五指で梳きながら、白状する。
「初めて会った時から、軽空母のコスプレをさせたかった」
「ぬしも、秋葉原の里の者よのう」
菫は、ジュンの性癖を「うむむむ」と受け切った。
若いカップルの影響で、ミーティングの話題が、『恋人とどういう約束をすれば、死亡フラグは回避出来るのか?』という現実逃避の議題に入りかけたところで、整備班班長・相沢繁が、一同を叱り付ける。
「狼狽えるな、小童ども! 筑波基地の今後については、神谷隊長にお考えが有る!」
言ってから相沢は、このセリフでは誰も安心しないのではという懸念に駆られたが、皆はとっくに藁をもライフセーバーにする段階だった。
「いつものように、基地の司令官は、自分に丸投げです。つーか、旅行中なので、いつも以上に丸投げです。勝手に仕切らせてもらいます」
一皮剥けたというか、眼鏡が普段より理知的に見えるのは、勘違いではない。
「まず、カンダホル艦隊が攻めて来たら、この筑波基地は保ちません。破棄します」
主戦派と言いつつ、撤退戦を考えている神谷三雲だった。
全員、
「転けるな。
勘違いするな。
シグマの量産が果たされるまでだ。
小隊規模の襲撃なら迎撃できるが、中隊規模で攻められたら、全滅してしまう。貴重な試作機であるガーベラ・シグマが討たれたら、せっかくの気運が元に戻ってしまいかねない。
逃げて逃げて逃げまくり、聖地・秋葉原に逃げ込みます」
過去二十年間、カンダホル艦隊は、秋葉原でだけは、狼藉を働いていない。
漫画の聖域に遠慮をしている訳ではない。
地球で最も宇宙からの観光客が来訪しているスポットなので、イカに私掠船でも明らさまに無法な行いは出来ないのである。
(地球人以外の)人目 イズ ストロング!
「まずは予行演習として、日没の十五分後から緊急撤退訓練を始めます。
行き先は、秋葉原のカニ料理屋『
そこで新戦力歓迎会を行います。
留守番役としてクソチキン防衛派を残していきますので、気兼ねなく撤退しましょう」
カニ料理。
その愛すべき単語が、皆のガクブルを完全に止めた。
一人を除いて。
「カニ料理?」
ジュンが、未だ食した事がない異形の料理に、ビビる。
端末で画像情報を見た途端に、ジュンは血相を変えて菫に質問する。
「レールガンで殺してから食うのか?」
「ジュンの星には、海産物とかないの?」
菫が撤収に必要なデータを手早くノートパソコンに収縮しながら、相棒の故郷の食生活を訊いてみる。
「コロボン星の海は、完全に異界だ。地球では海水浴があると言った父は、嘘吐き呼ばわりされるレベル」
「あらー、シャイニング碁石先生、寿司の無い星に売られちゃったんだ」
菫が、深刻に同情する。
「ん? この間、お母さんが買ってきた寿司詰め、平気だったでしょ?」
「美夕貴さんを信用しているから。失礼がないように死ぬ気で食べた」
「わたしが買ってきたら?」
「逃げる」
菫が北斗懺悔拳を使用しようとするので、ジュンは両手を掴んで防ぐ。
ジュンの局地的無知を知り、周囲の悪い仲間たちは、地球の海について有る事無い事吹き込み始める。
「日本の男は、一人でダイオウイカを倒して食らうのが、成人の儀なのだ。この儀を成さずして、合体は許されない!」
愛機へと走る直前に、星崎金魚が、真面目な顔で誰も信じてはくれない法螺を吹き込もうとする。
「ふうん」
ジュンは、一応は相槌を打ってあげた。
「どうして信じてくれないんだよ〜」
星崎は、エア号泣しながら駆け去る。
彼女はどんな目に会っても、らしさを失ったりしなかった。
「カニ料理は、初心者にも食べ易いように出てくる。何も心配しなくていい」
時雨凛は、腹を開けた強襲揚陸艦『竜宮丸』にイコカサを載せて固定しながら、ジュンのストレスを和らげようとする。
他人のストレス緩和に、気を配れる少女である。
「今まで何回、カニと戦った?」
時雨凛は、今のジュンの発言が冗談かどうか、顔を見て推し量る。
真顔だ。
「戦わなくていい。プロの漁師が、大量に捕ってくる。普通の食材だ」
「普通の」
ジュンが腑に落ちていないので、時雨は手振りで大きさを表す。
「この位の生き物だ。戦わなくていい」
拡げたシマパン一枚分の大きさに、ジュンが安堵する。
安堵したジュンの側を、太田クラリスが通りすがりに正しいけれど余計な情報を告げる。
「最大のカニは、最長三メートル以上、甲羅の厚さは四〇センチに達します。ちなみに、カニ漁師の死亡率は、パイロットより高いです」
仰天するジュンに、クラリスは眼鏡を夕陽に光らせてトドメ刺す。
「ちなみに、肉食よ。お気をつけあそばせ」
本当の事だけ言ってジュンをビビらせたクラリスは、足早に去っていく。
何をしに寄ったのか、作者も知らない。
「カニも酒も食らわんで構わねえって。他にメニューは幾らでもある」
相沢整備斑班長は、強襲揚陸艦『竜宮丸』に載せた整備車両二十九台を点検している最中に、ジュンに声をかけた。
「君は持て成される方だ。気楽にしな」
相沢は、誰に対しても誠実に応対する。
この人が父親なら、子供は幸せが確実であろうと、ジュンは信じた。
「高射砲の後ろに荷物を置くな! 次は警告じゃ済まさんぞ!」
強襲揚陸艦『竜宮丸』に余分な引っ越し荷物が大量に山積していくので、差配する不破雷観は怒声が絶えない。
「レールキャノンの上にポテトサンドを置いたバカは何処行った? 修正してやるから、自首しろ!」
ジュンが、整備員を庇って手を挙げる。
「故郷の、おまじないだ。命中率が、上がる」
不破は、忙しいので舌打ちしただけで不問に付した。
「おい、伍長。カニ料理を食う時は、赤褌一丁が基本だ。用意して行くといい」
真面目な仕事中に、アドバイス悪戯を忘れない指揮官だった。
「これも秋葉原に持って行けば、観衆に受けるのではないか?」
アテルイ・シグマは戦闘機形態で移動させるので強襲揚陸艦『竜宮丸』に載せる用はなかったのに、アルディアは要らんデモンストレーションを思い付いた。
戦艦の主砲に使えそうな長大な砲身を持つ機動兵器用バズーカを、強襲揚陸艦『竜宮丸』に秋葉原へ運ばせようとする。
「対艦戦闘でも起きない限り、使わないよ、これ」
私服の白ワンピースの上に白衣を羽織った菫が、高速徹甲弾仕様キリシマ・バズーカの持ち出しを渋る。
開発した菫が、無用の持ち出しには賛成しない。機動兵器と違って、大砲には愛情がない菫は、不出来な作品を持ち出す機会を潰して回る。
「我のアテルイ・シグマがキリシマ・バズーカを構えた姿を拝謁させてやれば、秋葉原のミリタリーオタクどもが、泣いて喜ぶぞ。我には、未来の臣民への娯楽提供の義務が有るのだ」
「そういう戯言は、天下を取ってから言え」
ネットの前評判で貼られた『貧乳博士の作った対艦巨砲』と言うフレーズにムカついているので、尚更アキバには持って行きたくない菫だった。
「ガーベラでは使わないのであろう? 我が使う」
「使ってもいいけど、アキバで披露したくない」
「難儀な」
通常の三倍以上ズレている女傑ツートップのプチ反目に、周囲はジュンの介入を目線で促す。
一人でも戦争を始める気概が漏れているお二人なので、放置して喧嘩にまで悪化した場合、カンダホル艦隊が攻めるまでもなく、基地が壊滅しちゃう。
ジュンは菫の肩を揉みながら、仲を取り持つ。
「一番重い兵器の運搬を試みるのも、演習のうちだ。シグマが量産されれば、キリシマ・バズーカも量産されるさ」
アルディア寄りの具体案に、菫がムクれる。
「秋葉原でキリシマ・バズーカのカッコイイ姿を見せれば、量産も弾むって」
「よし、許す」
菫は現金に、アルディアに上から目線で許可を与える。
「自分の子供より大切に扱いなさい」
「博士は度胸が良過ぎるな」
カニ料理が待っているので、アルディアは菫の態度に拘らずに発進へ赴く。
ガーベラ・シグマの操縦席に入る間際に、菫はピンク系統のロリータ服を着た幼女が、強襲揚陸艦『竜宮丸』の機動兵器格納庫で迷子になっているのを見かける。
「幼女だ! 幼女がいる!」
菫が血相を変えて、周囲に警告する。
「誰が誘拐してきた?! 共犯者にされてたまるか! 自害しろ! わたしだけは無実なんだから〜!」
菫が騒ぐので整備班が周囲を隈なく探すが、幼女は見付けられない。
「いや、そこに居るから」
菫が指し示す空間には、誰も見えない。
菫の目には、整備班の股間を蹴り上げて遊ぶ幼女がはっきりと見える。
「…幽霊?」
相沢班長が、気味悪そうに菫に尋ねる。
「おお、確かに、足元が浮いてフワフワしている。ロリータ服のせいかと思っていた」
ジュンが菫の視線の先に目を凝らすが、誰も見付けられない。
「誰も見えない」
「何で吸血機は見えるのに、幽霊は見えないの?!」
菫は、勝手に分析を進めて早合点する。
「そうかあ。ジュンはもう下り坂で、わたしは上り坂だからなあ。選ばれた者にしか見えないよね、座敷童子」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
話が進みそうにないので、マミマミは菫に口を開く。
「座敷童子ジャない。カンダホル艦隊旗艦コウジの副長、マミマミ大佐である」
幼女に大佐とか名乗られて、菫は吹いた。
「ぶはははははは、座敷童子ジョーク、きっつい」
菫は、マミマミを指差しながら爆笑する。
「何で宇宙人と妖怪の区別が付かないのよ、この原住民」
マミマミは、皆に姿が見えるように、特殊な香を焚いて場を支配する。
その姿を認めたジュンが、菫を背中に庇い、銃口を向ける。
その姿勢を快く見物しながら、マミマミは挨拶する。
「過保護ね。この姿は端末に過ぎないから、偵察と挨拶しか出来ないわよ。着任したばかりですぐに裏切るから、そんな事も知らないのよ」
日没の斜光が優しい色から昏い陰へと変わりゆく中、マミマミはジュンを見据えて通告する。
「キクリ・ジュン伍長。カンダホル艦隊からの、正式な解雇を通知する。お前の短い人生の最後の願いは、すぐに叶う」
マミマミの目に、鬼火が灯る。
「死んだら、この寛大で度量のグレートなマミマミの所に来てもいいわよ。魂を地球専用の使い魔として、再雇用してあげる」
菫が鬼のような気迫で睨みつけてきたので、マミマミは本体ごと涙目になる。
「何、何よぉ〜!? あんたなんか、こいつの墓の前で泣いて余生を送ればいいのよ!」
日没完了。
日没と同時に、マミマミの真後ろにファーランが現れる。
「悪い子はいねえかあ〜?」
紅い瞳の吸血姫が、地上の端末マミマミにガン付けながら、衛星軌道上の本体へと指パッチンを飛ばしまくる。
その日、カンダホル艦隊旗艦コウジのブリッジでは、三分以上もマミマミが弾き飛ばされまくり、乗員が避難して業務が一時止まった。
「だから、日没前に用事を済ませるように、注意したじゃなイカ」
息も絶え絶えにノビている(死んでいるけど)マミマミに、ヴァルボワエ艦長はナボナを差し入れる。
「お陰で、予定が狂った」
ヴァルボワエ艦長は、大規模作戦の発動を二時間遅らせた。
敵対する重巡洋艦が背中を狙って附近に潜んでいる状況で、マミマミ抜きの艦隊を分けて行動する気は無い、ヴァルボワエ艦長である。
「マミマミのお使いなんか待つからだよ」
軽空母コウジの機動兵器格納庫で出撃準備を終えているのに待ったをかけられたミツバゴ大尉は、ボヤきながら愛機デカルト・サイガのエンジン出力を一旦落とす。
四基のバグナム・エンジンを回す重装甲特化型機動兵器デカルト・サイガは、燃費の悪さでも群を抜いている。
今夜の作戦隊長であるミツバゴ大尉が、愛機共々間食を始めたので、他の面子もリフレッシュタイムに突入する。
「はっはっは、相変わらず、機体とパイロットの外見が、被りすぎだぎゃああ」
騒がしい猿が、ミツバゴ大尉に断りなくデカルト・サイガでロッククライミングを始める。
「タオラ少尉。切り込み役が、余計な怪我をするなよ」
騒がしくて落ち着きのないキュラソ星人の少年に、ミツバゴ大尉は注意を喚起する。鉄の犀のような外皮なので判別し辛いが、面倒見は良い。
「優しいですね。愛機を土足で登られても、許すとは」
不死身属性しか取り柄のないドゴルニア少尉が、ワイングラスを片手にミツバゴ大尉にすり寄ってくる。
ミツバゴ大尉は、鼻息一つでワイングラスを格納庫の壁に叩きつけた。
「あたしの仕切る作戦で、飲酒は許さない」
「まあ、安物ですから、構いやしません。それより、本当に随伴機は要りませんか? 小生、立候補しますが?」
「要らん。邪魔だ。機体の属性も被る。作戦通りに行動しろ」
ミツバゴ大尉は、一蹴する。
誠意を分かってもらえないが下心は知られているドゴルニア少尉は、悲しそうにミツバゴ大尉に別れを告げる。
「小生、いついかなる時でも駆けつけます。トイレで便秘に苦しむ地獄の時間でも。作戦が終わったら、私用携帯のアドレス、教えて下さいね」
ミツバゴ大尉の種族には異種族間のロマンスが存在しないのだが、ドゴルニア少尉は構わず口説く。本人のセオリーだとしても、ミツバゴ大尉にはウザかった。
「戦死しないかなあ、あれ。地球防衛軍じゃ無理か」
諦めの悪いミツバゴ大尉は、殺害方法の検討をしながら、間食の鉄アレイを口に入れる。
口を閉じていたので、あれをキクリ・ジュン伍長に当ててみようというアイデアが漏れたりはしなかった。
Q索は歓迎会がカニ料理店と聞いて喜んだが、ファーランが総毛立つ。
「ダーリン。カニはダメよ。あれは邪神の眷属よ。食べた量に比例して、カニ邪神の支配を受けてしまうの。罠よ。美味は罠なのよ」
「そう言われると、食べたくなるよね、カニ」
ファーランが、Q索の頬を爪で切る。
「ダーリン。真剣な、お話よ?」
切って出た血を、ペロペロする。
「ファーラン! さっきは、ありがとう!」
菫が、出発前のナイト・テスラの足元に、一升瓶を置く。
「わたしの血液を入れといたの。口に合うかどうか分からないけど、処女だから大丈夫だと思う」
ナイト・テスラの全身数十カ所から、涎が滲み出る。
ファーランが操縦席から飛び降りて、一升瓶を確保する。
「いただきまっする」
栓を取り、芳香を鼻腔で味わってから、一口ラッパ呑みする。
菫の血液に含まれた医療ナノマシンが旨味成分となり、ファーランの口腔を春の雪解け水のように潤す。
「うぅ〜〜まぁ〜〜いっっっっっっっっっぃ〜〜ぞぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!!」
ファーランは美味を味わって感極まり、菫をむぎゅっと抱きしめて頬ずりする。
「はあ…やっぱり、ディナーは尾頭付きよね」
牙が、隠せないレベルで伸びている。
首筋に、甘い唾液が掛かる。
菫は、ファーランの変なスイッチ、いや本性のスイッチを入れてしまったと悟り、失禁しそうになる。
「野生に帰る気なら、塵に帰すぞ、吸血鬼」
ジュンが、ファーランの後方十メートルから、心臓に銃口を向ける。
「弾頭は血液凝固剤入りだ。宴の間は激痛でのたうち回って過ごす羽目になる」
ファーランは粛々と牙を引っ込めて、真紅の瞳をぐるりんと回して一般人擬態に戻す。
菫の頭を普通に撫で撫でしながら、朗らかに言い訳をする。
「うっそ。吸血姫ジョークよ。味方を丸齧りとか、するはずナイアガラ」
固まったままの小動物な菫に、ファーランは『ぱふぱふ』をして緊張を解そうとする。
「…ファーランの『ぱふぱふ』…アニメの五話で観たアレだ!」
アホな記憶を思い出して、菫の緊張が消える。
身動きが取れるようになると、菫は脱兎でジュンの背後にしがみ付く。
ジュンは、そのまま菫を背負って、強襲揚陸艦『竜宮丸』に戻る。
ファーランが一升瓶を抱えて操縦席に戻ると、Q索は大笑いしてジュンを褒め始める。
「あいつ、礼儀正しいなあ。吸血姫の背後を取れたのに、撃たずに声をかけたよ。僕なら、心臓に三発は撃ち込んでから声をかけるよ」
ファーランは、Q索の太股を強く抓る。
「本当に偉いわね。恋人が心臓に三発喰らいそうな時に、笑って見物しているダーリンとは、大違いですわ」
「君の方が悪い時は、一夜の激痛くらいは放っておくよ?」
Q索は、恋人を甘やかしても堕落は許さない人である。
どんな仕返しをしようかと嬉々とするファーランに、ナイト・テスラが強請る。
『あの娘、どうせ今夜にでも処女捨てちゃうよ。ファーランが無駄に盛り上げた所為で。で、その一升瓶は非常に貴重になるから、分けてくれないかな?』
強襲揚陸艦『竜宮丸』が、高度五百メートまで上昇。
反重力推進で、秋葉原のカニ料理屋『来海』を目指す。
巨大なマッコウクジラに似た無骨でも優しいシルエットが、夜空を滑らかに泳ぎ出す。
護衛には、ナイト・テスラと戦闘機形態のアテルイ・シグマが、両脇を並行飛行する。
機動兵器の収納庫で膝を抱えるガーベラ・シグマの中で、菫は震えるのを止める。
ジュンの背中に密着するのを止め、後部座席に戻ろうとして、ジュンの膝の上に座り込む。
ジュンの股間の反応にも構わず、菫は居座ったまま質問を始める。
「ジュン。ロリ幽霊の言っていた、最後の願いって、何?」
取り様によっては、もうすぐジュンが死ぬような物言いである。
攻撃前のジャブかもしれないが、菫は相棒の健康状態を確認する。
秋葉原に通って声豚として生きていくという類のライトな返答を推測していた菫に、ジュンは結構重い返事をする。
「オレの星には、墓を作る風習が無いんだ。死んだ後は、墓に入ってみたい」
菫は、『何言ってんだよ、こいつ』的な目で、ジュンの返答に更に質問する。
「漫画文化とメイド喫茶がある星なのに、どうして墓が無いの?」
ジュンは、言い淀んで言葉を選ぶ。
「…平均寿命が、とても短い。いちいち墓を作っていると、場所も時間も余計に食われる。だから、一切残さない事が風習になった」
菫が、ジュンの顔を凝視する。
健康そうな、ヤンチャな十五歳の少年にしか見えない。
「で〜、そのう、コロボン星人さんの、平均寿命は?」
ジュンが、菫から視線を逸らす。
「オレには地球人の血が入ったから、平均よりも相当長く生きると思う」
菫の目線の強さが、キリリと増す。
「顔が老いていないのが、長生き出来る証だ。父の血の、お陰」
菫の目線に、『早く肝心の事を言わないと、拷問するぞ、ごらあ』ってメッセージが入る。
ジュンは、都合の悪い真実を、段階的に効率よく説明し始める。
「コロボン星人は、生後一年で、今のオレの大きさまで成長する。三歳で、義務教育を終えて成人だ。繁殖も就職も出来る」
菫は、犬か狼みたい、というツッコミを飲み込む。
「宇宙の知的生命体の中でも、相当に早熟だ。しかし、平均寿命が短いので、長期間の勤務を求められる職業には就けない。
オレは三歳の時から機動兵器のパイロットをして戦果もあげているけど、伍長で据え置かれた。昇進させても、コロボン星人は寿命で早めに死ぬからだ」
「何年?」
菫は、答えを急かす。
菫にショックを与えたくなかったが、ジュンは、いずれは話す事だったと腹を括る。
「平均寿命は、十三歳から十五歳だ」
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ???????!!!!???!!!?」
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