七話 人に選択肢を与える際には、細工をしておく派

 前回の、ま戦機!

「地球防衛軍の分裂。カニ料理屋で歓迎会。敵のロリ婆幽霊の来訪。ファーランさんの食欲。でも、一番驚いたのは、ジュンが地球に来た目的。私には、バカみたいに叫ぶリアクションしか、出来なかった…」



 強襲揚陸艦『竜宮丸』がナイト・テスラとアテルイ・シグマを伴って秋葉原上空に姿を見せると、秋葉原の里の者たちは、お祭り状態に陥った。

 ただでさえ秋葉原にいるというだけで祭のテンションなのに、古豪の吸血機と新顔の金ピカ可変型が登場である。

 SNSは、このネタで沸騰する。


「ナイト・テスラ来たーーーー!!!!」

「こえええええ、眼が生じゃね?」

「うわあああ、記憶が戻った!?」

「記憶の削除を止めたのか」

「何人か、失禁したぞ」

「俺もした」

「味方だよな、あれ」

「え、俺ら、餌?」

「いや、地球防衛軍だし」

「『我々は、地球は防衛するが、人類はノータッチなのだ』」

「誰のモノマネだよ」

「ファーランさえ見られれば、餌でもいいや。いや、嫌」

「大丈夫! Q索さんが止めてくれる!」

「少年探偵、生きているの?」

「もう中年探偵だろ(笑)」

「悪いか?」

「きゃあああああ!?」

「本人来た?」

「成りすましだよ」


 即席別名アカウントでSNSを覗いていたQ索は、返信の溜まったアカウントを削除しながらボヤく。

「どうして此の手のSNSでは、名前を伏せても本人と瞬時にバレるのか、全然分からないよ」

 ナイト・テスラの操縦席で、ファーランは首を一八〇度回す。

「どうしよう、ダーリン。進んで餌に成りに来るカワイ子ちゃんが、SNSに溢れてきたわ」

 本人である事を隠しもしないファーランは、十五分で三十万人のフォロワーを得てしまった。

 それだけ増えると、血を吸われたいと言い出すバカも湧いて出る。

「社交辞令だよ、吸血姫への」

 誤魔化しつつも、二、三人は仕様がないかなあと、ちょっと悲観するQ索だった。


 一方のアルディアは、SNSを見る事は出来ても、アカウントの取得が出来ない。

 テロリスト指定されているからではなく、サポートAIアテルイの配慮である。 

「アテルイ。我が下々の者とテキストで会話したとて、不都合はあるまい?」

『電子脳に浮かぶようだ。無礼な文を寄越した慮外者への報復に、自宅へ直接乗り込む、主人の姿が』

「慮外者なら、無礼討ちにしてもおかしくはない。だが、それは並の暴君がやる所業だ。我は、其奴のサーバーごと破壊する!」

『……どうぞ(どうせ、すぐに運営側に出入り禁止にされるから、いいや)』

 アテルイは、諦めてアルディアにSNSを使わせる。


 嬉々としてSNSを覗き込んだアルディアの目に、アテルイ・シグマへの評判が入る。


「シグマの二号機、可変型かよ?!」

「本当に変形するの? 実は普通の戦闘機だったら、ウケる」

「筑波の同志が、何度も目撃しておるわ。マジでデルタプラス」

「速すぎて、カメラ小僧泣かせ」

「ナイト・テスラより撮り辛いわ」

「武器は何だろう?」

「一号機が出刃包丁だから、まな板じゃね?」

「金ピカの機体で、まな板かよ(笑)」

「フライパンが実用的だ。最強武器と言ってもいい」

「オタマだろう、この作品の方向性からして」


 アルディアの血圧がチョビっと上がったので、アテルイは電子的に肩をすくめる。

「無知蒙昧な下々の者どもを、啓蒙せねばなるまい」

 アルディアは、強襲揚陸艦『竜宮丸』の側から少し離れて、秋葉原駅の上空でゆっくりと滞空する。

「この皇帝機アテルイ・シグマが、イカに崇拝すべき名機であるかを!」


 勝手に艦から離れたアルディア機を見て、神谷隊長は艦橋の予備席で冷たくコメントする。

「軍事行動は、無理だろうなあ、あの性格じゃあ」


 アテルイ・シグマは、衆目を集めてから、人型へと変形する。

 基になった帝国軍練習機の怜悧な面影は、シグマの部品が加わって戦乙女型の麗人へと変貌している。

 メタリックゴールドと緋色の融合は、凶状持ちのアルディアが自慢したく成る程に、美しく化けた。

 後に最も美しい戦乙女型機動兵器として名を残す機体は、初代の操縦者よりも有名になる。


 アルディアは、アテルイ・シグマをラジオ会館の屋上に静音で下ろして、立ちポーズを取る。

 途端にシャッター音が、電車の音よりも大きく秋葉原に積まれていく。

「(大笑)撮るが良い、録るが良い。我の愛機の美貌を愛でるのに、遠慮は要らぬ。我が許す」

 ドヤ顔のアルディアの顔が、SNSの反応を見て凍りつく。


「美人だけど、二本差しやで」

「アニメなら有りだけど、リアルで主武装が刀二本って、無いわ」

「敵のアサルト・ライフルに、万歳突撃か?」

「やっぱり、神無月博士の斜め下シリーズやな」

「無駄美人ロボか」

「フィギュアは、買う」

「俺、作るわ」

「次のワンフェス、楽しみ」

「お、早速、擬人化イラスト出た」

 

 アルディアは、小説投稿サイトで発表した小説が一ヶ月経過しても星評価一桁だった時の顔で、萎れる。

 秋葉原に集う民草も、地球製の機動兵器の強さを、信じていない。

「アテルイ」

『はーい』

「なんだか、悲しくなってきた」

 アルディアは初めて、菫の孤軍奮闘への理解に及んだ。

 増殖していく負け犬に囲まれた中で、己の才の活かし方を機動兵器造りに絞った。

(世界征服を目指す我よりも遥かに多くの冷笑を浴びたであろう)

 空手チョップ一発で死にそうな細身の(注意・アルディアの菫評)美少女博士の気骨に、アルディアは敬意を抱いた。

『カニ料理でしょ、これから』

「うん。そうだった」

 アルディアは、アテルイ・シグマを人型のまま、強襲揚陸艦『竜宮丸』の側に戻す。


 強襲揚陸艦『竜宮丸』は、旧万世橋駅の真上に滞空する。その敷地内には、電車が線路上で緊急停止した際に乗客を逃がす為の避難口が設けられており、地球防衛軍の艦船が停泊して乗り降りする場所としても活用されている。

 専用の避難経路を降りて万世橋前の歩道に出ると、ジュンは見覚えのある光景に足を止める。

 赤レンガの高架下、旧万世橋駅を商業施設として再活用したスペースには、お洒落な店舗が詰め込まれている。

 中でも神田川に臨む桟橋めいた通路に、ジュンの記憶は激しく萌える。


「ここ、ラブライブの劇場版で見た!」

「マーチエキュートだよ。気に入ったら、買っちゃえば?」

 菫が、しれっと大規模無駄使いを推奨する。


 ジュンが寿命の短さを明かした後、物凄いリアクションをした割に、普通に接している、ようにも見える。


「ファンが殺到していた場所だ」

「で、この反対側が、穂乃果が落ち込んでいた場所。コンビニがあるよ」

「へえ〜」

「で、そのコンビニが一階にあるビルが、今日の目的地。二十階建てビルのほとんどが、カニ料理屋『来海くるみ』の宴会場」


 菫が、ジュンの手をがっしりと握る。

 恋人握りで、ホールドしている。


「一次会が終わったら、酔っ払いの時間になる。わたしたちは抜けて、マーチエキュートで時間を潰そう」

 相当に積極的である。

 菫とのデートを断る理由などないのだが、ジュンはぼんやりとした脅威を感じる。

「いいけど、酒は飲むよ。オレの星では、三歳で飲酒可能なんだ」

 菫の手から伝わる熱量が、上がる。

「ジュンの酒癖は?」

「幸せ上戸。飲めば飲むほど、幸せになる」

「アホになるの?」

「菫みたいになる」

「なら、いい」

 菫は、ジュンの手を引き摺るように、歩みを進める。 

 絶対に離すつもりが、ない。

 あまりにも積極的なので、ジュンは貞操を失わないかと非常に心配になってくる。

(美夕貴さん、ゴメンなさい。責任は取ります)

 心の中で謝っていると、ビルのエントランスで当の美夕貴さんと再会して、ジュンが仰け反る。


「あら、あららら」

 アフレコの仕事が終わって、同僚と打ち上げの為に寄った美夕貴さんは、ジュンと菫のタダならぬ様子を怪しむ。

 特に菫の顔が、女性ホルモンの過剰分泌で輝いているのを、美夕貴さんは見逃さない。

「合体デート?」

「いえ、筑波基地の同僚たちと、宴会です」

 ジュンは脂汗を流しながら否定するが、菫は否定しなかった。


 菫は、否定を、しなかった。


(菫ちゃんーーーーーーーー!!!!???)

 美夕貴さんは、娘の覚悟完了をドーンと受け止める。

「…じゃあ、お母さんは、五階で飲んでいるからね。何かあったら、顔を出してね」

「お母さんっ」

 菫は、力強く何かを言いかけて、ちょっと変える。

「わたしたちは、十三階に居るから」


 娘と別れるや、美夕貴さんはエントランスを抜けて通用口から外の歩道に出ると、携帯電話で旦那に連絡を取る。

 宇宙への通話料は三分で三千円なので月に一度しか掛けないのだが、非常事態である。

「原石くん。あのね、菫がそろそろ、お年頃なの。早ければ今夜にでも、合体しちゃうかも。

 …

 うん、合体。

 …

 コンドームは渡してあるわ。神棚に上げていたやつ。

 …

 耐用年数?

 …

 コンドームって、そんなに寿命が短いの?!」


 重巡洋艦アラギーサの艦橋で通話に応じた撫子原石(ナデシコ・ゲンセキ)准将は、妻との間で使わないままだった避妊具のレクチャーをして、クルーからアホちゃうかという顔をされる。

 とはいえ、十五年間も電話越しにしか会えない夫婦の変な会話を盗み聞き出来るのは、いい娯楽になる。

「いや、そもそも使う気があるかどうか怪しいな。いつ死ぬか分からない彼氏の子種だけでもキープしようって、腹だな。現状は、精子だけ抜いて保存すりゃあ、いいじゃなイカ? 受精は二十歳過ぎてからの方が安全って、今の義務教育で教えていないの? その線で、ブレーキをかけさせよう。

 …

 いや、セクハラじゃないから。煌めく家族計画だから。菫は体が細めだから、コロボン星人の相手はキツイかも。

 …

 いや、ハーフでも、半分はあるよ。むしろ、長くなっているかも。とにかく、本人に確かめさせて。それでもビビらなかったら、もう、仕様がない。観念して、おじちゃんおばあちゃんになりましょう。

 …

 確かめる方法?

 それは菫本人しか…

 …

 いや、ダメダメダメ、美夕貴さんは確かめなくていいから。

 それに、今夜はカンダホル艦隊が…」


 通話は、そこで強制的に切断された。

 会話が軍事に及ぶと、いつもコレである。

 撫子原石准将は、愛妻との通話が終わった途端に、冬眠明けの熊よりも不機嫌な生命体と化した。

 携帯電話の子機を握り潰すと、足元のゴミ箱にちゃんと捨てる。

「あー、むかつく。嫌な選択肢だけ増えやがる」


 月の裏側。

 月面五大都市連合の港まで秘密裏に地球に接近していた重巡洋艦アラギーサは、臨戦態勢を整えて待機している。

 戦艦と見紛う程に主砲と副砲を増設し、外付けの魚雷発射ランチャーも大量に併設。

 搭載する六機の機動兵器も重武装で決めており、怨敵カンダホル艦隊を鏖殺する気で溢れている。

 こんな物騒な武装で押し掛けて来たにも拘らず、撫子原石准将は厚遇されている。

 地球防衛軍の宇宙艦隊が壊滅して以降は寒村同様だった月の港に、新しい顧客と景気を運んでくれた恩人なのだ。こういう恩を着せたおかげで、地元同然のアドバンテージを作った撫子原石准将は、今夜本懐を遂げようとしている。

 


 もう一組の年季の入った方のバカップルは、ビルのエントランス中央に飾られた巨大な蟹のオブジェの前で立ち竦んでいた。

「ダーリン。この店は、ヤバい。蟹邪神クルグトゥ・ミトヴァのシマよ」

 Q索は、店の看板『来海』を再度見て合点する。

「成る程。略してクルミか。よく日本に馴染んでいる」

「逆よ。人類が彼奴に付き合わされているのよ」

 ファーランは、大真面目な顔で真説を唱える。

「クルグトゥ・ミトヴァが地球に飛来してから、人類はカニを食べるようになったのよ。以来、人類の半数は、カニ食の常習者よ。中毒者よ。ジャンキーよ!」

 Q索は、いつものテンションでファーランを優しそうに揶揄う。

「ふうん。じゃあ、くまのプーさんに蜂蜜を勧めた邪神とかも、いるの?」

「…ダーリン。この二十年で、一番真面目な話をしているのよ?」

「…いやいや。どう聞いても、ボケだろ?」

「真面目よ。言い訳でも責任転嫁でも現実逃避でもボケでも韜晦でもネタでもなくて、真面目な話よ」

 本当に真面目な話をしているのに、普段の行いが祟って真に受けてもらえないファーランだった。


「正面玄関で、夫婦喧嘩すんじゃねえ」


 ガラス張りのエントランス中央に飾られた巨大な蟹のオブジェから、新キャラが湧いて出る。

「悪質な営業妨害には、おいら容赦しないからな」

 珊瑚で形成された朱色の長髪に、『参上』の文字を流しながら、褐色肌の長身美女がファーランに説教を始める。

 その美女邪神の身長172センチの長身には、美実の全てがビッシリ詰まっている。

 芸能事務所関係者なら、迷わずスカウトするであろう美貌。

 カメラマンなら、手持ちのメモリ媒体を全て使い切るまで激写するであろう、褐色のゴッドビューティー。

 アキバ系スマート本作家なら、絶対に次のコミケでネタにするであろう、超絶なるコケティッシュ大爆発。

 服飾を地味なタンクトップとジーパンにしようと、色香が全く損なわれない。

 それでも本当に誰もクルミに声をかけないのは、Q索とファーランにしか見える事を許可していないからだ。


 蟹邪神クルミは、説教から一転して、アイオライトの瞳に優しさを演出して、二人を言祝ぐ。

「セクシフルなクルミを前にしても欲情しないとは、大したダーリンを捕まえたな、吸血姫。二十年も上手くいくはずだよ」

 褒められて満更でもなく照れるファーランは、念押しを求める。

「ほ、本当にダーリンは、クルミ様に、勃たなかったのですか?」

 ファーランが敬語を使ったので、Q索が呆れる。

「お前、顔は上品なのに、根が下品だよな。まあ、おいらも人の事は言えねえな」

 クルミはフレンドリーに二人の肩に手を置いて抱き寄せる。

 気位の高いファーランが其の動作を許したので、Q索は相手が本当に蟹邪神だと納得する。


「ようやく、おいらの正体に納得したか? まあ、十五秒以内に納得してくれるような奴にしか、御目見得は許さないから当然だが」 

 その物言いで、Q索は気付いた。

「人の思考が読めます?」

「肯定だが、理解が足りていない。君が人の外見情報から健康状態を知るのと同じくらいの容易さで、おいらには、人の思考が分かる。読む・読まないではなく、同じ場所にいるだけで、知る。

 邪神にとって人の思考は、簡素な情報の一つに過ぎない」


 クルミは、二人を抱き寄せたまま黒白の椅子へと誘う。

「並の人間では卑屈に畏怖してしまうので、こういう接触は人も回数も選ぶ。

 だが、今夜、秋葉原に迫る危機を回避するには、迂遠な遣り取りが邪魔だ。巫女を紹介するから、君たち経由で地球防衛軍に合流させろ」


 秋葉原に迫る危機と言われて、Q索の頭に真っ先に浮かんだのは、ナイト・テスラの暴走だった。

「不正解だ、破壊探偵」

 ファーランの頭に浮かんだのは、巨大なマシュマロマンが秋葉原でドスコイかます光景だった。

「遊ぶな、吸血姫」

 と言うより、二人とも蟹邪神が真っ当な話をしに姿を現したとは考えていない。

「二人とも、おいらがウケ狙いで参上したと考えているな?」

 二人とも、不思議そうな顔をする。

「だってクルミ様は、イロモノキャラでしょ?」

「無理して神様らしくしなくていいです。ロボットバトル・ラブコメという、ジャンル分けからしてアホな作品なんですよ」


 二人がメタ視線で慰めると、クルミは切れて二人を椅子から蹴倒す。

 珊瑚で形成された朱色の長髪に、『めっ』の文字が流れている。

 二人を踏みつけて、クルミ様は託宣をかます。

「今宵、カンダホル艦隊が、総力を挙げて漫画家を狩りに来る」

 休暇中に『来海』に寄った、カンダホル艦隊の乗員から入手した確報である。

「彼奴等、地球から手を退く前に、漫画家を大量に『斡旋』する気だ。エリザベート社製の収容カプセルが、一万二千個納品された。加えて、機動兵器も全機出撃態勢を整えた。大嵐が来るぞ」


 Q索は、その情報について考える。

(菫ちゃんの狂気が、勝った訳だ)

 計算高いカンダホル艦隊は、シグマの量産を完全に止める事は出来ないと断じた。

 軽空母一隻、巡洋艦二隻、駆逐艦四隻、機動兵器七十機の小規模艦隊である。戦力バランスが傾けば、一瞬で全滅する。

 地球からは手を退く決断が、一番賢明。

 そして、最後の狩りのチャンスを逃す連中ではない。

 購入した収納カプセルを使いきり、最低でも一万二千人以上の漫画家が地球、主に日本から消える。

 過去二十年間の被害を、一晩で上回る大惨事となる。

(勝った方が、被害が大きくなるとは)

 菫は奪還の為に追撃をするだろうが、Q索はそこまで付き合うつもりはない。

(ファーランが、宇宙でデートがしたいと言い出したら、別だが)

 以上を考えて、Q索はクルミが読むに任せて反応を伺う。


 クルミが、ぶわわわと、美しい顔を崩して泣き始める。珊瑚で形成された朱色の長髪にも、『泣』に文字が流れている。

「この店の客だけでも百名以上。秋葉原全域で二千名以上の漫画家が存在している。最後だから、禁を破って秋葉原にも攻めて来よう。このビルも、おしまいだ。

 泣くしか選択肢が無いのだな、これが」

 珊瑚で形成された朱色の長髪に、『嘘泣』の文字が流れる。

「どなたか、都合よく優先的に守ってくれないかなあ〜?」

 とっても白々しく、蟹邪神はQ索をチラ見する。


(この邪神、状況を楽しんでいるな)

 Q索は、蟹邪神が善意で情報提供をし始めているとは、考えていない。

 むしろ、カンダホル艦隊が居なくなった後の絵図面を描き始めているのだろうと、推理する。

 おそらくは、守った漫画家の守護神としての、美味しい立場。

「ご褒美は出すぞ」

 口止めのつもりか、クルミから報酬を言い出す。 

「ナイト・テスラを一ヶ月、預かってやる」

 クルミは、二人に最高の餌を投げる。

「一ヶ月、二人だけで好きに遊べるぞ?」


「一年間、預かってください」

 Q索が、交渉に入る。

「ファーランに、出産の時間を与えたい」

 ファーランが、喜悦で倒れる。


 抱き抱えるQ索に、ファーランが体の全てを押し付ける。

「嬉しい、ダーリン、嬉しい。食べさせて、じゃなくて、合体しよう」

「んン」

 18禁でも15禁でもない此の作品では描写不可能な行為に、ファーランは踏み込む。

「おーい、店のエントランスで、子作りを始めるなよ〜。丸見えだぞ〜」

 クルミの珊瑚で形成された朱色の長髪に、『勘弁してくれ』の文字が流れる。



 カニ料理屋『来海』

 十三階、貸切フロア。

 カニ料理をメインとしたビュッフェが並び、上座以外は自由席というスタイルで、宴会の準備は整っている。

 やたらと機嫌がいいファーランを上座に、Q索、アルディア、菫、ジュンが並ぶ。

 開会の挨拶は、『マトモである事、常人が如し』と名高い、整備班班長・相沢繁が務める。

「え〜、それでは、筑波基地新戦力歓迎会を開きます…もう、皆よく知ってはいますが…」

 相沢さんの視線が、一点に泳ぐ。

 皆の視線は、気持ち悪い程に上機嫌な吸血姫の横で、カニを甲羅ごとバリバリ咀嚼しながらビール大ジョッキを飲む新キャラに集まる。


 四本角に赤い肌。

 パールブルーのボブショートパーマの中央で座っている目は、既に酔いの彼方に向けられている。

 この宴に参加する前に、飲み始めていたのは確実。

 鮮やかな群青のジャージを上下に着て、剥き出しの素足には柔らかそうな肉球がプニプニと。

 顔は童顔かつ無表情だが、地球人に見立てると二十代前半の美人に見える。

 ファーランの左脇で呑み食い出来るのだから、並の胆力ではないのは明らか。


 皆の注目を集めても、新キャラの食事は止まない。

 Q索が、代わりに新キャラの解説を始める。

「彼女は、サラサ・サーティーン。宇宙で、そこそこ名の知られたブロガーです。今回、我々への密着取材を決めました」


 という事にして、Q索はクルミの寄越した巫女役(情報の委託先)を紹介する。

 会って三分しか経っていないので、クルミと打ち合わせた最低限のプロフィールしか知らないけど。


「機動兵器も持参していますので、いざとなれば彼女も戦力になります」

 筑波基地の面々から、歓声が上がる。

 宇宙標準の機体が、これで四機揃った。

 パイロットは問題ありそうだが、Q索のお墨付きという幻想に、面々は縋り付く。

 この室内で露骨にサラサに疑いの目を向けるのは、ジュンだけ。ジュンだけは、吸血姫&破壊探偵のアニメを見ずに育った。Q索を信用はしても、盲信まではしない。

 その目付きに、サラサが実力行使に出る。


 カニの足一本を、手裏剣のようにジュンの眉間に投げる。

 ジュンが右手でカニ手裏剣を掴むと、サラサは、そのカニ手裏剣の上に爪先立ちして見せた。

「サラサ・サーティーン。通りすがりの、宇宙忍者ブロガーだ」

 武侠映画みたいな自己紹介に、宴会が湧く。

 沸いたテンションに合わせて、サラサは更に酒杯を重ねる。


 サラサ・サーティーンについてよく知る手間暇を放棄して、菫は一人で宴会を抜け出して美夕貴さんに会いに行く。

 会いに行くや、美夕貴さんは菫を小脇に抱えてトイレの個室に連れ込み、スカートを捲り上げ、シマパンを下ろす。

 目視点検である。

「…よし。無傷」

 胸を撫で下ろす美夕貴さんに、菫はシマパンを穿き直しながら宣言する。


「お母さん。ジュンが求めてきたら…全部許すよ」


 赤い顔で決然と宣言した菫に対し美夕貴さんは、肯定も否定もしない。

 菫の自主判断を、消極的へと誘導する手段を取る。

 美夕貴さんは、旦那さんから仕入れたばかりの重要情報を、菫に伝える。

「さっき、原石くんに教わったの。コロボン星人は地球人よりも、三〇センチ長いって」

「…何が?」

「ナニが」

「ナニ?」

「だから、連結棒が」

 美夕貴さんの言わんとしている事を理解し、菫は年相応の恥じらいで身悶える。

「無理しちゃダメよ。壊れちゃうわよ。地球人同士でも、穴と棒のサイズが合わなくて断念するカップルもいるのよ。余裕をもって、計画的にね?」

 美夕貴さんは赤面して固まる菫を、再び小脇に抱えてエレベーター前に運ぶ。


 そこでは、菫を追いかけて来たついでに、声優さんにサインを貰っているジュンがいた。

「ありがとうございます!」

「うぅ〜むっ。それではぁ〜、父上に、くれぐれもぉ〜、よろしく伝えてくれたまえぇ〜」

 三代目若本規夫御大は、最敬礼をするジュンを後にして、宴会場へ戻っていく。

 声優さんのサイン色紙を八枚も荒稼ぎしてホクホクのジュンに、美夕貴さんが菫を手渡す。

「大切にして」

 美夕貴さんが、念を押す。

「一切迷わずに、大切にして」

「はい」

 ジュンは神妙に頷くと、菫に色紙を持たせて『お姫様抱っこ』をする。


 移動中のエレベーターの中で二人きりになったので、ジュンは菫を安心させる。

「発情期は、冬の二ヶ月だけだから。それ以外の時期は、恋をするだけ」

 菫は、お姫様抱っこをされたまま、色紙の束でジュンの頭を叩く。

「女子トイレの会話を、盗み聞きするな」

 自然と耳に入ってしまうという言い訳を、ジュンはしないでおいた。



 十三階に戻ると、サラサ・サーティーンが『見えるだろうバイストン・ウェル』を絶唱していた。

 すっかり、筑波基地主戦派に馴染んでいる。

 至近距離で三十分以上酒を飲み交わしても、ファーランに食われたり、アルディアにフルボッコにされていない。

 社交性は乏しくても、順応性は極めて高い。

 菫が席に戻るや、菫の前に来て、話題を振る。

 話題というより、カンダホル艦隊の襲撃直前である状況を承知した上での、伏線張りである。 

「『鉄甲巨兵SOME−LINE』という作品を知っているか?」

 瞳だけを見ると日本人と勘違いしそうなサラサと目を合わせて、神無月菫は、言を発する。

「この世で一番面白い小説の一つです」

 初対面の人間との社交性は著しく低い菫だが、同好の士ならば話は別。

 止まらない、やめられない。


「クラスメートに貸す時に、忠告しましたよ、授業中に読むと、爆笑して先生にバレて没収されちゃうから読むなって。でも、授業が退屈だったから読み出しちゃって、自爆してやんの。そういう領域の小説なのです」


 菫の力説に、一同は深々と頷く。


「一番好きなシーンは、プリンス・エドワード島が戦闘の巻き添えで壊滅してしまい、観光地が台無しになっちゃうとこですね。住民が激おこ、主人公チームが慌てて逃げ出す展開がもう…」


 思い出して、菫が腹を抱えて爆笑する。

 無理もない。


 サラサは、無表情ながらも笑顔と分かる顔で尋ねる。

「秋葉原で同じ事が起きたら、菫は笑っていられるかな?」


 サラサは、携帯端末からカンダホル艦隊の様子を、リアルタイムで中継して見せる。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ☆ ☆



 二隻の駆逐艦が、艦隊から離れて行動している。

 その二隻を先導役に、後ろに機動兵器の列が続く。

 目視では一度に数えられない数の機動兵器が、出撃準備を終えている。

 機動兵器は各々、物品収納用のコンテナを持たされている。予備知識なしに見ると、行商のおばさんメカが始発電車を待っているようにも見える。



 菫は、その映像を観尽くし、戦力を測る。

「駆逐艦二隻、機動兵器四十八機、重機動兵器二機。恐らく、大量に持参しているのは、収納カプセル」

 中継を見据えたまま、菫は涙を流す。

「…シグマが量産される前に、狩れるだけ狩るつもりだ…」

 菫は、悔し涙を止められない。

 今、地球の漫画家たちに、止めが刺されようとしている。

 握りしめた拳から、血が滴る。


 二十年前。

 地球防衛軍宇宙艦隊は、軍艦百三隻、機動兵器五百九十二機を投入し、十五分で敗北した。

 強襲揚陸艦と機動兵器四機で、どこまで被害を減らせるのか?


 ファーランが、菫の手をとって、血を舐める。

 勿体ないという理由だけでなく、菫を落ち着かせる為でもある。

 Q索が、さりげなく予備知識を流す。

「敵にとって、この秋葉原が最も効率のいい狩場になる。まずは、此処を最優先で狙ってくるだろう」

 そして、クルミの情報に持論を重ねて伝える。

「此処で我々が善戦する姿をサラサに中継させれば、流れを変えられるかもしれない」


 何が変わるのか腑に落ちない者が多いので、Q索は解説を続ける。


「カンダホル艦隊の人材斡旋が、乱暴な狩りに過ぎない事を、生中継で全宇宙に周知させる。サラサの機体は強力な中継専用機なので、カンダホル艦隊の情報封鎖も貫通できる」

 クルミがそう説明したので、Q索は一応信じる。

 一応は。

「カンダホル艦隊の犯罪性を赤裸々にすれば、帝国軍も私掠船の免状を取り消すだろう。今夜守れなかった漫画家たちも速やかに奪還出来るようになる。今夜の我々の戦いは、可能な限り長く、サラサの中継を守る戦いになる」


 Q索が今夜の戦略を語り終えると、酔いがいっぺんに醒めてしまった皆の衆が、神谷隊長を見る。

 神谷は蟹を食べる手を止めて、にっこりと頷く。

「大丈夫。それでいいです」

 開き直っているのか、酔いが醒めていないのか、神谷三雲は戦争を始める。

「今度こそ、漫画家先生たちを守ります。秋葉原も巻き添えを食らうけど…一晩だけ、泣いてもらおう」

 神谷は、最後にジュンを見て、言った。

 死にそうな戦いでゴメンねか、菫と一緒に逃げろという意味の視線か、ジュンには判じかねた。

 

 Q索とファーランも、ジュンに声をかけてくる。

「結局、蟹は食べず仕舞いか?」

「食べなくて正解よ。鼻が効くわね」

 ジュンは、済まなそうに返答する。

「ええ、エントランスでの会話が耳に入ったので。食べる気になりませんでした」

 Q索が、拾い聞きよりも別の事を咎める。

「酷い戦になるとわかっているのに、彼女連れで来るな」

 いつもファーランと一緒に機動兵器に乗っているQ索にだけは言われたくないので、ジュンはシニカルに言い返す。

「Q索さんの奥さんと同じで、オレの彼女も不死身です」

 横で菫が、千葉真一の服部半蔵(『影の軍団』)のモノマネを決める。

 戦う方針が固まった以上、泣き跡すら残さず、テンションを上げる。

「違う、服部半蔵は、こうだ」

 そのまた横でサラサが、正しい服部半蔵の鬼面をモノマネして見せる。

 何か、変な改変が混じっているが、見てきたような顔面模写だった。

「サラサ。君、日本人だね?」

 Q索は、そういう推理をぶつけてみる。

 サラサが、無表情で分かり難いが動揺する。

「カニの食い過ぎで、その体に?」

 Q索が、当たりを付ける。

 クルミの告げた身分経歴なんぞ、一切当てにしてない。

 サラサが、無表情だが開き直ったと分かる顔で、Q索を睨み返す。

「地球も宇宙の一部だから、宇宙忍者ブロガーの肩書に、問題はない。ニンニン」

 もっと事情を掘り下げたかったが、サラサは窓からダイブして自機へとフケる。

 道路に違法駐車させていた群青塗装の機動兵器・中継機マーチキャンサーに「とおーっ!」と叫んで飛び移ったサラサは早速、機動兵器用の中継カメラを取り出して、竜宮丸に戻る面々を撮影する。

 その機体を一瞥して、菫は保証する。

「機体が宇宙製品なのは、間違いないですよ。頑丈そうだけど、相当古いかも」

「あれが本当に中継するって、どうしたら分かりますか?」

 ジュンの問いに、Q索は平然と答える。

「中継に気付けば、敵は最優先でサラサの機体を狙う。それが答だ」


 最後にアルディアが、最終確認に寄る。

「キリシマ・バズーカを持ってきて正解だったな」

「はあ…あれを使うのかあ…秋葉原で」

 菫が、何かを諦めて悲観する。

「評判なんぞ、活躍次第だぞ」

 悪評しか広めた事がないアルディアが言っても、慰めにならない。

「まあ、使い道や見栄えは兎も角だ…」

 アルディアは、ジュンに本題を振る。

「本当に、我は守らなくていいのか?」

 ジュンは、喉まで出かかった懇願を、飲み込んで頷き返す。

「攻撃に専念してくれ。皆殺しを狙ってくれ。それが一番、助かる方法だ」

「そうか。我には頼らぬか」

 アルディアは、少々寂しそうに、宴会を後にする。



 食うだけ食って強襲揚陸艦『竜宮丸』に戻ろうとする途中で、それは始まった。


 空気が、震えている。

 地面が、不安定なリズムを刻んでいる。

 人の肌が粟立つほどに異様な空気が、夜空に伝わる。


「ここ? ここ?! もう来たの?」

 地震を感知して一時停止したエレベーターの中で、星崎金魚がガクブルする。

「違う」

 同乗する時雨凛は、携帯端末から緊急警報を読む。

「富士山だ。富士山の秘密基地が、最初の標的だ」

「大隊規模の総攻撃…」

 星崎金魚は不謹慎ながらも、秋葉原で戦うまでに、少しは戦力を消耗させてくれるかなと、期待した。


 時雨凛、及び筑波基地の面々が得た第一報は、誤解に満ちていた。

 カンダホル艦隊は、富士山の地球防衛軍秘密基地に対して、一機しか差し向けていない。

 ミツバゴ大尉の操縦するデカルト・サイガは、駆逐艦に先駆けて奇襲をかけていた。

 地球防衛軍日本支部の最大迎撃能力を潰してから、本隊を降下させる手筈である。

 富士山の樹海地下に根付いた地球防衛軍秘密基地は、八割方破壊され、迎撃能力をほぼ喪失した。

 その猛攻の影響で、富士山の標高が120メートル下がった。

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