八話 死亡フラグを踏み超える派(秋葉原防衛戦 前編)
前回の、ま戦機!
「秋葉原のカニ料理屋で楽しく食べていたのに、敵の総攻撃が始まる直前だと報らされた。
目標は、秋葉原。
覚悟完了していたのに、今夜は、デート、出来ないかも…」
クルグトゥ・ミトヴァ(以降クルミ)は、地球に来た20万年前を覚えている。
そこでは、人類(D型)という知的生命体が、地上の主導権を握りつつあった。
まだ農耕も狩猟も原始段階で、スマホも担々麺もセガのロボピッチャも自力開発していない。それでも、神と宇宙人と詐欺師の区別が付く知性が芽生えているので、銀河帝国も経過を見守っていた。
規則なので。
先住している邪神たちに聞いてみたところ、食うならクジラや象の方が食い出があるから、あんましイジメるなと牽制された。
先達を出し抜くために、クルミは変化球を使った。
クルミは、自分の本体(全長三〇キロに及ぶ巨大宇宙蟹)に似た海洋生物『蟹族』とコンサルタント契約を結び、蟹族の進化に貢献する。と見せかけて地球の蟹族を眷属にし、人類に食わせるように誘導した。
クルミの影響下に入った蟹を食べた人類(D型)は、食べた量に応じてクルミの命令を聞く体質となる。
長い年月をかけて、クルミは人類の多くを蟹中毒者にした。中毒の度合いが高いと、麻薬のように自主規制してしまうので、食うチャンスがあれば逃さない程度の中毒に留めた。
蟹中毒者が十億人を超えたあたりで、そろそろ世界征服でもしようかなと思っていたら、極東の海産物国で、奇妙な天才が生まれた。
蟹中毒が霞む程の感動を、その天才は二次元の創造物で成し遂げた。
漫画という存在を、誰も無視できない領域にまで、その天才は進化させた。
その天才の才能は、次々と他の天才たちを誘発し、次世代の天才たちを生み出していく。鼠算の勢いで天才が増えていく中、その最初の天才は『神』とまで呼ばれるに至る。
クルミも、その天才の生み出す作品を愛読するようになった。
クルミは、初めて地球人を神と認めた。
この『漫画の神様』が切り拓き、変わっていく世界を、クルミは愛するようにまでなった。
こっそり征服する手段は、放棄した。
代わりに、保護し、見守り、聖地・秋葉原で彼らを持て成せる店を開いた。
クルミは、満足した。
やがて地球でのセガのロボピッチャ自力開発が確認され、文明連合への加入審査が始まり、百年後に承認された。地球の漫画文化が、正式に広範囲の星々に輸出されていった。
地球の漫画が広く認められるようになった頃に、異変が起きた。
カンダホル艦隊の来襲である。
カンダホル艦隊は、まずクルミの本体(地球人に見られないよう、金星付近で仮眠していた)に艦砲射撃を浴びせて、深手を負わせた。地球の漫画家を狩るには、誰が一番邪魔なのか知った上での先制攻撃だった。
完治するまでに百年以上はかかる負傷に、クルミの本体は金星の深海に潜む事になった。
今宵、Q索とファーランの前に出たクルミは、本体から切り離された端末に過ぎない。戦闘能力は機動兵器一機分相当しかないので、下手を打つと消される。
時機を待つうちに、神無月菫という少女が、反撃の準備を整えてくれた。
問題解決と思いきや、カンダホル艦隊は最後に大規模攻撃をする予定だと知れた。
どうしたもんじゃろのう、と店の酒を飲みながら悩んでいると、下僕で飲み友達のサラサがアホな酔っ払いなりに正解を吐いた。
「通報しよう」
このマジボケに対して、どういうキッツいツッコミを返したろうかと睨んでいると、サラサが危険を感じて悪知恵を練る練る練るね。
「奴らの悪行を生中継して、全宇宙の顰蹙を買わせよう。顰蹙されてしまえば、誰であろうと量刑の加減を考えずに辞職に追い込まれる。これ、全宇宙の真実」
クルミは、ビール瓶の底でサラサの角を何本折るかの思考を中断する。
「あいつら、そういう事には神経質なまでに対応している。怖いんだよ、地球外の目が」
クルミは、サラサのイイ加減な案を真っ当に検討してみる。
地球の漫画家が斡旋(拉致)される事に関しては、漫画文化が拡大するというメリットがある以上、他の星からは積極的な『遺憾の意』が出ない。
ソーセージになった家畜を可哀想には感じても、ソーセージ製作に反対せずに食べちゃうのと同じ。
ただし、その家畜が泣き叫んで苦しんでいる姿を見ると、意見が大きく変わる。
「よし、生贄だ。判り易いジャンヌ・ダルクが必要だ。鼻歌を歌いながら平気で死地に突撃する狂気に満ちた主戦派の美少女を探すぞ。ってか、一人しかいないけど」
クルミがサラサの案を邪な方向に推し進めるので、サラサは腰を浮かす。
その細い腰をがっちりと捕まえて逃さずに、クルミは命令する。
「忍者としてもブロガーとしても、腕の見せ所だ。頼むぜ。連中の無残で悲惨で残念な散り際を、宇宙にばら撒け。特に神無月菫の戦死シーンを」
方針を決めてから、クルミはアカシックレコードから神谷三雲が生涯で何匹の蟹を食べたかをチェックする。
「七匹分か。結構少ないな。まあいいや」
直通電話で、蟹邪神クルミは神谷に命令する。
「口実を設けて、戦力を集めて秋葉原に来い。いい死に場所を提供してやる。破壊探偵には、悟られるなよ。いや、悟られても、来い」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
地球防衛軍日本支部最大最強の戦力を誇る富士山の秘密基地(笑)が壊滅したので、カンダホル艦隊のグリーンリバー型駆逐艦『ヒカル』『シンナオ』の二隻は、予定通りに機動兵器大隊の先導を務めて降下を始める。
通常なら機動兵器単独でも大気圏突入&離脱が可能ではあるが、今回はデリケートな荷物の大量運搬が目的である。いくら低レベルな地球の戦力でも、収納カプセルの破壊は可能なので、念入りな露払いが欠かせないのだ。
往復を駆逐艦がエスコートして、獲物の運搬作業への危険性を少しでも減らす。
その戦略を、アルディアは最初から破壊にかかる。
大気圏突入を開始し、流星雨と化したカンダホル艦隊の駆逐艦二隻&機動兵器四十八機&重機動兵器一機に対し、戦闘機形態のアテルイ・シグマが横合から襲いかかる。
駆逐艦『ヒカル』『シンナオ』は、バリアを張りながら対空砲火でアテルイ・シグマを迎撃する。
二十条を越す対空パルスレーザーを、アテルイ・シグマは長大なキリシマ・バズーカを携行したまま回避する。
「ふむ。ナメられていると、こうまで対空砲火が緩くなるものか」
『当方には油断する余裕は一切ありません。好機を逃しめさるな』
「うむ」
キリシマ・バズーカの有効射程圏内に、カンダホル艦隊の駆逐艦を捉える。
捉えて0・1秒もかけずに、アルディアは引き金を二度引く。続けて、もう一隻にも、二度。
キリシマ・バズーカから射出された四発の高速徹甲弾は、駆逐艦『ヒカル』『シンナオ』のバリアを貫通し、艦橋とエンジンに命中する。
駆逐艦のバリア強度は、ジュン経由で菫が把握している。
計測された防壁の破壊など、容易である。
二隻の駆逐艦は呆気なく爆散し、より細かい流星雨と化した。
その二隻が爆散する様は、地球の総ての映像メディアが取得した。その爆散の巻き添えを喰らい、四機の機動兵器が爆散する。
その映像が何を表すのか、地球の人々は、しばらく理解できなかった。
理解し始めると共に、抑えようのない涙と歓声が上がる。
本物の反撃が、二十年を経てようやく始まっている。
サラサ・サーティーンの宇宙ブログ生放送番組『サラサのシマパン大放送』は、ここから放送を開始する。
いつもは秋葉原のサブカルを紹介しながら呑んだくれるグダグダな温い番組なのに、今夜はバイオレンスだったので、常連視聴者は仰け反った。
仰け反りつつも、【拡散希望】のテロップを見て、素直に宇宙のSNSでリツイート拡散をしてくれる。
普段から下半身シマパン一丁で生放送してくれるサラサへの、義理と好意と下心である。
駆逐艦二隻爆散の混乱に乗じ、アルディアはキリシマ・バズーカの最後の高速徹甲弾を、重機動兵器に放つ。
四つの頭を持つ陸亀のような重機動兵器は、バリアを何重にも重ねて高速徹甲弾を弾く。
弾いたのはいいが、その跳弾がカンダホル艦隊の機動兵器を二機撃墜してしまった。
「今のも、我の戦果にカウントされる?」
アルディアが、戦局をナメてセコい勘定に本気で悩む。
『後で気にして、後で!』
アテルイの最大の仕事は、アルディアが慢心しないように口喧しくする事になる。
四頭亀型重機動兵器カリエベンクに乗るドゴルニア少尉は、殊勝にも自ら名乗り出る。
「小生が、金ピカを引き受ける。みんなは、本来の作戦を続行してくれ」
重機動兵器カリエベンクの四頭(正確には、フレキシブル・エネルギー放出器)が、バリアから高速機動用の推進へと放出エネルギーを変える。ガメラのように回転飛行をし始めた重機動兵器が、アテルイ・シグマの迎撃に動く。
女性を見境なく口説いている描写しかなかった男にしては、真っ当な出番が回って来たようにも見えた。
見えただけ。
アテルイ・シグマの高い機動力は、並のパイロットの都合なんぞ、さっくり潰す。
バリアが薄くなったと見るや、アルディアは機体を人型に変形させ、重機動兵器カリエベンクへ肉薄する。
ドゴルニア少尉のそれまで培ってきた戦闘経験も機体の性能も、一切を捻じ伏せて、キリシマ・バズーカを槍のように突き刺す。
「やる。伏して拝領せよ」
中破した上に、刺さったキリシマ・バズーカの重量が加わり、重機動兵器カリエベンクはコントロール不能で落下し始める。
「要らんわーーーーーーーーーー!!!!!!???」
マジ絶叫しながら、ドゴルニア少尉は機体と共に落下する。次の出番は、地表に激突して不死身属性が発揮されるかどうかだが、主戦場から離れるので描かれないだろう。
「我が民草(SNS)の反応は?!」
『全米が泣いた』
アルディアがクダラナイ事を気にかけているので、アテルイは無愛想に棒読みする。
実際にはリアルタイムで全世界がアルディアの戦果に泣いて感動しているのだが、調子に乗るともっと馬鹿な事をやり出すので、アテルイは教えない。
「むう、後で我サーチするしかないのか。切ないな。我の大活躍を、我自身がリアタイ出来ぬとは」
まだ四十二機の機動兵器が大気圏降下中なのに、もう勝った気でいる。
無理もない。
敵の大隊は、自力での大気圏突入中に切り替えている最中なのに、アテルイ・シグマは戦闘機形態に切り替えて楽々大気圏を滑りながら自由闊達に敵機に接近して、片腕をニョキっと伸ばして斬りまくる。
立て続けに七機を斬撃で撃破した頃、大気圏を抜けて、赤い視界が夜空に戻る。
「まだまだ稼ぐぞ〜〜って、あれ?」
大気圏突入を果たした敵の三十五機中、九機がアテルイ・シグマへの足止めに連動して動く。
収納カプセルのコンテナを進行させる同僚に預け、本来の身軽さでアテルイ・シグマに対抗しようとする。
「本番だ」
敵がもう一切油断せずに行動しているので、アルディアも自然と気を引き締め直す。
九機は運動管制とアサルトライフルの火器管制を連動させて、ヒドラのように滑らかに攻撃を連ねる。
今度は、アテルイ・シグマの方が守勢に回る。
回避行動に専念しながら、アルディアは秋葉原で布陣する仲間たちに連絡を入れる。
「すまぬ。二十六機も、そちらに行った。我は足止めをされたので、第二ラウンドには遅参する」
衝撃弾の間弾ない連弾が、アテルイ・シグマの機動する空間に満ちていく。
「充分だ。ありがとう」
ジュンは、たった三分で駆逐艦二隻撃沈、機動兵器十三機撃墜、重機動兵器一機中破してくれた未来の皇帝陛下(自称)に、心から礼を言う。
「あれで消費税200%さえ言わなければ」
実力に反比例して将来性が破滅的なので、自分より短命になるのではないかと、ちょっと心配しているジュンだった。
「ドクターペッパーの自販機さえ奢ってくれれば、後はどうでもいいわ」
既に買収されている菫は、将来の国際指名手配犯に甘い。
万世橋の上り車線に、ガーベラ・シグマは立っている。
秋葉原には避難命令が出されており、車は既に走っていない。徒歩で移動する人の群れはまだまだ続き、ガーベラ・シグマに手を振りながら去っていく。時々全力で走って逃げるのは、漫画家で間違いない。
大気圏突入戦での勝利に沸きつつも、大好きな秋葉原で戦闘が始まる。
あと一分も経たずに。
秋葉原に敵が到達する前に迎撃するのではなく、秋葉原の真ん中で迎撃する。
「恥丘防衛軍の諸君」
サラサの機体から、突っ込んだら負けな挨拶が。
中継機マーチキャンサーは、巨大なカメラを構えて敵の降下してくる方向へと、進んで歩み出す。
てっきり身を隠しながら中継を放送すると思い込んでいた者が大半なので、呆気にとられる。
「さあ、シマパンの時間だ」
ボケているのか本気なのか、正気なのかも不明なサラサだった。
サラサの操縦する中継機マーチキャンサーが、秋葉原駅上空で待機するナイト・テスラを追い越して、最前線に出る。
ベテランのカップルは、サラサが機体を最前線に位置付ける訳を、破壊探偵はしっかりと汲み取った。
(中継機を矢面に出して、壊れたらとっとと作戦終了。帰る)
みんなの非難というか乞うような視線を意に介さず、Q索は結論する。
「サラサは、クルミにとってもジョーカーになる気だな」
「骨のある猿で良かったわ」
Q索とファーランは、わざわざ此処で戦わせるクルミの底意地の悪さには、気付いている。
今まで何人もの漫画家が無理やり勧誘されても、宇宙の世論はあんまし動かなかった。カンダホル艦隊に都合の悪い情報が濾過されている事情を差っ引いても、ちょっと同情されているだけである。
だとすれば蟹邪神のショーマンシップは、見栄えが良くて華々しく戦い抜いて悲惨に死んでくれそうなジャンヌ・ダルクの映像を発信し、宇宙世論の関心を引こうとしてもおかしくない。
菫とジュンは、この愛着のある聖地でなら、文字通り死ぬまで戦う。
絵的に最高の演出素材である。
「まだ処女だし、守ろうか?」
「ダーリンのエロオヤジ」
Q索とファーランは、いつも通り勝手に振る舞う事にした。
菫は現在、不死身の再生能力を持ってはいるが、いつ父親の課金が底をつくか分からない事も考慮すれば、可能な限り死亡フラグは立てないに限る。
クルミの筋書きで死亡フラグを回収する気は、全くない。
「みんな、気にするな。サラサのベクトルは、我々に有利に働く」
「ダーリンの推薦よ。盲信しなさい」
この二人が揃ってサラサの奇特な振る舞いを看過したので、皆も浮き足立つのを止める。
「ナイト・テスラを囮に使うつもりだったが、サラサがそのつもりなら、僕の方が隠れるよ」
Q索はそう告げると、ナイト・テスラをビルの影に潜らせた。
ジュンは、菫と目を合わせる。
「となると、オレたちは一機で盾役だね」
二十六機を相手に。
「大丈夫。スラスターマントのリフレクト機能は、巧く使えば無双できるよ。多分…出来る…よね?」
一話で一回しか使っていない機能なので、実戦で何回使用出来るのか、全く分からない。
「シュミレーターでは八割成功だから、まあ、何とかなるだろ」
菫と同様、ジュンも死亡フラグを無視した。
とういうか、菫&ジュン組は死亡フラグを気にかけるネジが外れている。
菫は医療ナノマシンの再生能力を信用しているし、ジュンは寿命の関係で既に生死を達観している。
アルディア、サラサ、Q索&ファーランが、作戦よりも菫たちを優先的に守ろうと動くつもりであるとは知らずに、二人は積極的に死線に立つ。
この齟齬が、敵味方双方に望まぬ結末を与えた。
中継機マーチキャンサーは、報道陣を表す腕章を機体に付けて、降下してきた先頭のデカルト・ボーンに取材を試みる。
「グッドモーニング、ミスター徳光!?」
古い芸風を持ち出されて、強襲揚陸艦『竜宮丸』の面々が転ける。
漫画家を生け捕る収納カプセルが大量に入ったコンテナを道路に置きながら、取材を申し込まれたデカルト・ボーンは頭を振る。
「取材は、広報を通して申し込んでよ。仕事中に困るよ、君」
勤勉そうな機体に、サラサはカメラを向けたまま喰い下がる。
「時間は取らせませんよ〜? サラサの後に続いて、発音してください」
「発音?」
「英語の練習です」
「…え? 翻訳機が有るのに、辺境惑星のマイナー言語を習得させようとか、意味が分からない。つーか、取材じゃないの?」
「サラサは、地球の風俗に従って取材をしているに過ぎません。取材の前に英語の勉強をさせるのは、逃れようのない不可避の風習なのです」
「いや、この仕事が終わったら、艦隊ごと地球を離れるから。地球とか、もうどうでもいいから。放っておいて」
カンダホル艦隊所属兵のゾンザイな態度に、竜宮丸の一同は、よっしゃと小躍りする。
カンダホル艦隊の悪い印象を銀河に広めるのには、今夜の作戦について取材するに限る。
「I am sam さあ、リピート アフター ミー」
サラサは、様式美に拘った。
「さっきのを掘り下げろ〜!?」
神谷が我慢できずにサラサに指示を飛ばすが、邪神の命令さえ平気で無視するサラサである。
サラサに絡まれたデカルト・ボーンの操縦者カケガエ・ナイン曹長(輝き叫ぶナクナラ星人・二八歳・独身男性)は、適当に合わせてあしらおうと、口を開きかける。
「あ、あいあむ…」
結構いい人だったかもしれない。
操縦席に、敵機接近の緊急警報が鳴り響く。
カケガエ・ナイン曹長が反応するより速く、影から出てきたナイト・テスラの大鎌が、デカルト・ボーンの装甲を切り開く。
『いただきます』
剥き出しになったエンジンにナイト・テスラが左手の爪を立てて、エネルギーを吸収する。
ついでにカケガエ・ナイン曹長の生命エネルギーも、残らず吸収した。
『ごちそう様でした』
ナイト・テスラは、ゲップをしながら抜け殻をポイ捨てし、再び影に潜る。
吸血機乱入のハプニング映像に、ブログ生放送『サラサのシマパン大放送』の注目度が爆発的に上がっていく。
サラサは、中継を続ける。
「わー、なんという事でしょう。取材対象が、殺されて、しまったー」
白々しい棒読みをしつつ、サラサはコンテナから出されたばかりの収納カプセルを漁る。
全宇宙に垂れ流しているブログ生放送に、収納カプセルの一つが微細な点まで紹介される。
「取材を続けまーす。あ、設定が、魔改造されていますね。本人の意思確認抜きで、コールドスリープやクローン再生する設定です。違法です。大変だー、カンダホル艦隊は、漫画家の斡旋ではなく、人身売買をしていたんだー。わー、ショック!」
どうやら企業犯罪の生暴露であると分かり、『サラサのシマパン大放送』の注目度が更に上がっていく。
上がり過ぎて、銀河帝国軍の苦情処理センターに問い合わせが殺到し始める。
軍の方も、上納金をもらっているから黙認しているとは言えず、「調査します」「確認中です」「公式発表をお待ちください」と返答させて、間を置いた。
カンダホル艦隊にとって、一番嫌な展開が進行している。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カンダホル艦隊旗艦・軽空母『コウジ』の艦橋で、ヴァルボワエ艦長は激怒を抑えて処置を急かす。
「君たち。放送のジャミングに成功しないと、私掠船の免状取り消しどころか、投獄もあり得るぞ?」
情報班が、青ざめながら報告する。
「放送の発信源は、金星の蟹邪神です」
「あの宇宙怪獣めが」
ヴァルボワエ艦長が、激しい歯軋りで艦橋の皆を怯ませる。
普段なら巡洋艦二隻を派遣して砲撃を加えれば済むが、重巡洋艦で背後を狙う撫子原石が、その間隙を突くのは確実。
副官のマミマミが、ヴァルボワエの袖を引く。
「黒字のうちに、地球から撤退しよう。今なら、被害は最小限で、再起も可能だ」
「…地上に降下した部隊を拾わずに、か?」
マミマミの瞳が、老獪に淀む。
「負け戦で掛け金を引っ込めるのは、生活の知恵だ。そもそも、中古の機動兵器しか降ろしていないではないか」
「そうだな」
艦長と副官のあまりの冷淡さに、艦橋のスタッフが凍りつく。
マミマミのリーズナブルな諫言を、ヴァルボワエ艦長は二秒熟慮する。
「もう一手指してダメなら、撤退しよう」
ヴァルボワエ艦長は、地上の機動兵器部隊に作戦の変更を伝える。
「青い中継機の破壊を優先させろ。狩りは後回しだ」
長期間【雑用】ばかり任せたせいか、パイロットたちの反応が鈍い。
「最優先だ」
重ねて命じてもリアクションが薄いので、ヴァルボワエ艦長は制限を課してケツを蹴り上げる。
「十五分以内に殺せ。でないと、我々は君達を見捨てて、地球を去る」
一方、地球のロボットアニメの聖地・富士山の秘密基地を単機で壊滅させたミツバゴ大尉は、ヴァルボワエ艦長の命令を聞いて憤慨する。
「いきなりだな、艦長。私が出向くから、時間制限は取り下げてくれ」
部下に冷淡なヴァルボワエ艦長でも、ミツバゴを粗略に扱う事はしなかった。
『君がトーキョーに出向くと、獲物まで大量に死んでしまうが…都市部でお行儀良く、器用に戦えるかね?』
ミツバゴ大尉は、強気で主張する。
「サイガノ星人の綺麗なカラテを、披露してあげるよ」
『ふむ。では、時間制限はなしだ。だが、急いでくれ。撤退は本当にやる』
「了解」
パワーの放出を極力抑えて東京・秋葉原へと向かおうとするミツバゴの前に、崩壊した秘密基地の中から閃光と共に一機の巨大機動兵器が登場する。
『勝ち逃げは許さーーーーーーん!!!!』
全長七十七メートルは有りそうな銀色の巨大人型機動兵器は、三分の一の大きさのデカルト・サイガを見下ろして凄む。
「超重機動兵器テンドウライガーと戦いたくないばかりに、奇襲で事を済ませようとは、太え根性だ」
パイロットの城島大作少佐は、大見得を切ってデカルト・サイガを正面から威圧する。
地球防衛軍の富士山の秘密基地の秘密兵器として出番を「うふふふふふふ」と待っていたのに、いきなり基地の敷地ごと力押しで潰されたのである。
城島大作少佐がギャグキャラでなければ、即死だった。
全身八十八箇所に装備された、エンジン直結の拡散ビーム砲が、全方位に向けられる。
「どうだ、この『天丼』の文字をモチーフにデザインされた、超重機動兵器テンドウライガーの格好良さを」
問答無用で攻撃を仕掛ければいいのに長口上が始まったので、ミツバゴ大尉は相手にしないで先を急ぐ事にした。
エンジン出力を30%に抑え、破壊力が徒手格闘の範囲で収まるように調節し、進路を塞いだ超重機動兵器テンドウライガーに回し蹴りを入れる。
受ける超重機動兵器テンドウライガーから見れば、足へのローキックである。受けてそのままカウンターの全方位拡散ビーム砲発射、という城島大作少佐の反応は、機体ごと吹き飛んだ。
一蹴りで吹き飛ばされた超重機動兵器テンドウライガーは、富士山の八合目付近へと激突して、爆発した。
戦闘場面は、秋葉原に戻る。
ヴァルボワエ艦長から中継機マーチキャンサーの破壊命令を受けた二十五機の機動兵器たちは、まずコンテナを一箇所(運送会社の集積場へ勝手に)に積み上げてから、近接戦闘用の武器を取り出す。アサルトライフル等を使わないのは、秋葉原の街並みへの配慮である。
あこぎな生放送が垂れ流されている間は、お行儀良く戦闘行為を行わないと、カンダホル艦隊が解散した後の再就職が厳しくなる。
そういう敵側の打算何ぞ知った事ではなく、神谷三雲大佐はチャンスを逃さない。
「ククククク、バカめ。一箇所に集積しおった」
過去二十年間、漫画家を宇宙の彼方へと直送していった違法収納カプセルが、竜宮丸から五百メートルしか離れていない場所に積まれている。
「レールキャノン、発射準備」
標的との間には民間のビルが沢山あるのに、神谷は急かす。
「まさか、ここからは撃たないわよね?」
太田クラリスが、神谷の正気を確かめる。
神谷は、顔面の筋肉を七割方不自然に痙攣させながら、心外とばかりに憤慨して見せる。
「失敬だな君は。隙間から砲撃しますよ、隙間から。当たり前じゃなイカ。何いちいち聞いてんの? 出番稼ぎ? 出番稼ぎ?」
太田クラリスは、反論せずに内心の閻魔帳に『今年中に背中から刺したるわ、ボケ』と書き加える。
竜宮丸がいそいそと船体をずらし、ビルの谷間から標的を狙える位置へと移動してから、船体を固定する。
敵の二十五機は、マーチキャンサー&ガーベラ・シグマ&ナイト・テスラに掛かりきりで、雑魚い機動兵器しか載せていない竜宮丸には、注目していない。
「レールキャノン発射後、爆雷を投下して違法収納カプセルを根刮ぎ破壊する。念には念を入れて、地上部隊は止めを刺しに行け」
「了解しました」
命令を受けた不破少佐が、部下たちとキャッキャと浮かれながら爆発物を有りったけジープに積み始める。
時雨凛軍曹は、待てずに指示を請う。
「大佐。レールキャノン発射後は、ガーベラ・シグマの護衛に戻ってよろしいでしょうか?」
神谷は、醒めたような視線を、モニター越しの部下に送る。
レールキャノンでカンダホル艦隊の所有物を破壊した後は、この竜宮丸も狙われる。機動兵器からの攻撃であれ艦砲射撃であれ、一撃で沈むだろう。
だからこそ、時雨軍曹は、その後の方針を先回りして尋ねた。
(ここよりも、菫たちと一緒に死にたいのか、この娘は)
そこに考え至ってから、神谷は『このまま何もしなければ、死亡フラグは回避できる』という選択肢が眼前にチラついた。
(…でもまあ、この一撃で漫画家の先生たちを一万人以上助けられるしなあ)
神谷の顔面の痙攣が、治る。
「まだ戦える全ての機動兵器たちに命じる。レールキャノン発射後は、竜宮丸を離れてジュンたちを援護しろ。生き延びたら、神谷大佐は漫画家を一万人以上救った英雄だって、SNSで拡散しろ」
神谷三雲は、自らの意思で死亡フラグを踏んだ。
「私は、それで満足だ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マミマミは、竜宮丸の動きを察知していた。
地上に降下した脳筋傾向が強いパイロットどもと違い、マミマミは戦場の全ての情報を把握するように努めている。
この肌理細かく老獪な油断の無さが在ればこそ、かつての地球防衛軍は十倍以上の艦隊戦力でも、カンダホル艦隊を崩せなかった。
「巡洋艦ナガハル、竜宮丸へ艦砲射撃を。十秒以内に済ませなさい」
命じて三秒後に、マミマミは前言を撤回するか迷う。
「来たのか?」
迷ったマミマミを見て、ヴァルボワエ艦長は事態を確認する。
マミマミは、命令をキャンセルして対艦戦闘を全艦に命じる。
「月面方向から、重巡洋艦アラギーサ急速接近中。巡洋艦ナガハルとヒロイエは、コウジの前で砲撃戦用意。駆逐艦ヒイロイとトフリクは、水雷戦開始。急ぎなさい!」
ヴァルボワエ艦長は、機動兵器の格納庫へ連絡を入れる。
「ココハを出せ。出番だ」
重巡洋艦アラギーサは、先制攻撃として仕入れた対艦ミサイルランチャーを全て一度に発射する。
合計240発の対艦ミサイルがカンダホル艦隊の旗艦コウジのみに集中して発射され、艦隊を防戦に追い込む。
夥しい数のミサイルが爆発する閃光で、地球からは一等星が一気に三桁増えたような夜景が生まれた。
「死ねや、宇宙人!」
重巡洋艦アラギーサの艦橋で叫んだ撫子原石准将は、艦長から非難の目で見られる。
「ごめん。未開の原始人は、この種の低レベルな差別発言がなかなか治らないんだ」
詫びを聞き入れたコルス・ホーイ艦長(トキメくカルパッチョーザ星人四十八歳、バツ3女性、副業ミシン屋)は、瞳から二十四個のキラキラを振りまきながら、攻撃命令を下す。
「主砲、副砲、全砲一斉射!
狙いは敵旗艦コウジのみ!
巡洋艦二隻の攻撃は、バリアで凌ぐ。
駆逐艦の水雷攻撃は、自動迎撃に任せ。
機動兵器の小隊は、対光速戦闘の装備のまま待機」
主砲5基10門
副砲4基8門
追加砲塔6基12門が、飢えた狼のように砲撃を開始する。
ミサイルへの対応で限界だったカンダホル艦隊は、その集中砲火を中和するのに十分なバリアを張れなかった。
旗艦コウジの盾となって、巡洋艦二隻が重巡洋艦アラギーサの牙に引き裂かれる。
護衛艦が駆逐艦二隻のみとなり、重巡洋艦アラギーサの猛火力が、軽空母コウジに直接届くようになる。
重巡洋艦アラギーサのスタッフが勝ったと確信し始めた頃合で、その機動兵器は全容を現す。
水銀色の羽根を大きく広げた駆逐用光速機動兵器Vマルシーネは、最初の攻撃で重巡洋艦アラギーサの主砲5基&追加砲塔6基全てを破壊した。
速度の桁が違いすぎて、対空システムは全く対応できなかった。
残る副砲を守ろうと迎撃に動く機動兵器小隊六機は、光速戦闘を止めて通常速度で応戦するVマルシーネ(それでも三倍以上速い)に、押されていく。しかも、カンダホル艦隊に残存する駆逐艦二隻&機動兵器九機+重機動兵器四機に、半包囲された。
攻撃をしてこないのは、ココハの邪魔になるからである。
重巡洋艦アラギーサは、Vマルシーネの出現で一気に不利になった。
「参ったなあ。ココハが頭を使ってくるとは、予想外だ」
前回の対戦で、光速機動兵器への対抗手段(チャフとジブリを撒きまくって、事故るように仕向けた)で性能を発揮しそびれたココハが、同じ土俵の戦闘速度で此方を翻弄したので、原石は落ち込みつつも素直に褒めてあげる。
褒めているつもりだった。
『聞こえるように言ったな、この極悪人め〜〜!!?』
艦橋の通信モニターに、ココハの怒った顔がデカデカと映る。
乗っている機体は、重巡洋艦アラギーサの艦橋前で、神銀レイピア(レーザー小銃付き)を向けている。
詰みである。
自然と、お互い砲火を収めた。
『幸福の為の降伏を勧告します、ナデシコ准将。停戦して三時間大人しくしていれば、妻子に生きて再会できますわよ?』
撫子原石は、黙考を始める。
視界の端のモニターには、地球防衛軍が違法収納カプセルを全て破壊した映像が流れている。
この破廉恥で低俗なブログ生放送は、銀河帝国のメジャーなニュース番組でも速報として取り上げられ始めている。
撫子原石は、ポーカーフェイスを保ったまま、事態を認識する。
(ここまで広まれば、帝国軍は、確実にカンダホル艦隊を切り捨てる。こいつらは、もう私掠船の立場は維持できない)
撫子原石は、交渉役がココハのままという状況も、推し量る。
(こいつらは、あと一手で、地球から撤退する)
撫子原石は、ニヤリと笑ってしまった。
『…ナデシコ准将。その笑顔は、殺せという意味ですか?』
ココハは、剣呑な目付きで悪い事を考えている元上司を睨み付ける。
『あと三分で、ご決断をっ』
元部下の過剰反応に、撫子原石はコルス・ホーイ艦長に助言を求める。
「あの反応は、あの日か?」
「准将と話しているからですよ」
コルス・ホーイ艦長は、人を苛立たせる才能に満ち溢れている盟友に、真実を告げる。
正直すぎるこの異才は、人を悠々と惹きつけると同時に、易々と傷つける。
「あなたは、人を立場でも年齢でも位階でも見ない。それを心地良く感じる者もいれば、不安と恐れを抱く者もいる」
コルス・ホーイ艦長の瞳から、キラキラが溢れる。
「ココハは、素のままで扱われると、ツンデレ反応をする娘ですから」
『そこ! 勝手にココハを代弁するな! 降伏について相談しろ! 仕事しろ、仕事!』
外野も内野も煩いので、撫子原石はマスクで口元を覆い、サングラスをして表情を隠す。
「さあ、交渉を続けようか、ココハちゃん」
ココハは、顔色を露骨に隠す元上司に、罵詈雑言と日頃の鬱憤と溜まりに溜まった言ってやりたい事を並べ始める。
三分経っても、ココハは自分が時間稼ぎに利用されている事に気付かなかった。
☆ ☆ ☆
ココハが遊ばれて時間稼ぎをされているというのに、ヴァルボワエ艦長には交渉役を交代する余裕がなかった。
宇宙ブログ生放送番組『サラサのシマパン大放送』は、まだ続いている。
二十五機の機動兵器が、三機を相手に次々と返り討ちにされていく。
特にその機動兵器の働きは、鬼神だった。
ヴァルボワエ艦長は、もう畏怖すら感じている。
二週間前には円盤型機動兵器マルボランにフルボッコにされた機体が、今は一方的に逆襲に転じている。
恐竜形態に変形して暴れまくるマルボランを、緋色の乙女型機動兵器が旋風となって八つ裂きにしていく。
まるで力関係が逆である。
二週間前との違いは、一つだけ。
たった一つだけ。
ヴァルボワエ艦長は、菊久里ジュンのデータを、手繰り寄せる。
【菊久里ジュン
帝国軍第七十七方面軍
機動兵器部隊第四十一大隊所属 伍長】
「ジュン伍長の戦歴を見せろ」
伍長だからと、短命な種族だからと気にもしていなかったデータを、ヴァルボワエ艦長は手繰る。
【撃墜機数 137機
カリエダ沖海戦、及びコーポダルメシア内線で多大な戦績を上げる。
帝国軍名誉勲章叙勲の話も有ったが、「コロボン星人の後輩たちが真似したら、更に短命になるから困る」という理由で辞退。
アイオライト鉄盟団の勧誘を断り、カンダホル艦隊へ赴任。赴任直後に地球防衛軍へ鞍替えする】
呆然としているうちに、マルボランが大破して機能を停止した。
秋葉原には、ガーベラ・シグマの出刃包丁で倒された機動兵器と、ナイト・テスラに吸われた抜け殻が積まれていく。
すでに、残存は三機のみ。
そして、ヴァルボワエ艦長が読んでいたデータが、閲覧禁止になる。
『あなたには、この先のデータを閲覧する資格が失くなりました』
データのリンク先、帝国軍公式データのサポートAIが、冷たく宣告する。
帝国軍が、世論の非難をかわす為に、カンダホル艦隊を切り捨てた。
ヴァルボワエ艦長は、涙をマミマミにしか見られないように、上を向く。
衛星軌道上から見ると、美しさしか見せない地球が、視界を埋める。
長い付き合いでも、マミマミが相棒の涙を見るのは、所属していた海賊船が撃沈された時以来だ。
マミマミが優しく手を握ると、ヴァルボワエは敗因を吐露する。
「こんな辺境に長居したから、田舎臭さが染み付いちまったんだ」
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