九話 秋葉原を聖地と崇める派(秋葉原防衛戦 中編)

 前回の、ま戦機!

「秋葉原防衛戦を銀河へ生放送する作戦は、上手くいった。顰蹙を買った敵艦隊は、非公認に。

 勝った。

 シマパンの力は、偉大だ。

 後は、最後まで死亡フラグを…」



 夜の秋葉原防衛戦は、一方的な地球防衛軍の勝利に見えた。

 襲ってきた二十五機の機動兵器を、三機にまで減らしたのである。足止めを食らっているアテルイ・シグマが加われば、数の上でも逆転する(イコカサ等の他の旧式機が勘定に入れられていない。実際に、ちょこっとしか効いていない援護射撃をしているだけだし)。

 それでも、神田や末広町などの秋葉原周辺から戦場を見守る人々は、これからが本番だと固唾を飲んだ。

 残った三機は、三機とも只者ではなかった。


 格闘に特化した孫悟空のような機動兵器と、

 吸血機よりも黯い漆黒に染まった機動兵器と、

 全長全幅全高が同程度に成る程の追加重装甲を着込んだ、デブゴンな機動兵器が。



「さあ、本番だぎゃあ」

 タオラ少尉は、格闘戦特化改装デカルト・ボーンでタップを踏みながら、星震棍スター・クエイク・ロッドを軽く振ってガーベラ・シグマを挑発する。

 只単に気楽にフットワークを披露しているだけで、残像が幾重にも発生している。

 鬼神の如く攻めまくり狩りまくっていたジュンが、間合いを置く。

 菫は、その行動がアルディアと戦った時と同じレベルでの慎重さだと目安を付ける。

「強いの? あの猿」

「運動量だけなら、オレやアルディア並」

 微妙かつ、含みのある高評価だった。

 ジュンは、慎重に距離を置きながら、ラジオ会館前に戦場を移す。

 のこのこと付いて来たタオラ少尉は。機体ごとラジオ会館の方をガン見して固まる。


 生まれて初めてショーウィンドウでチョコレートケーキを見た子供のような反応である。


 菫は、ジュンに確認を取る。

「彼、ジュンと同じ趣味?」

「うん。秋葉原を聖地と崇める派」


 菫の顔に、父親そっくりと悪評高い笑顔が浮かぶ。

 ジュンは、菫に悪どい作戦を耳打ちされて、引いた。

 引いたけど、有効なので採用する。

 地球防衛軍が此処まで有利に事を運べたのは、秋葉原を盾に戦っているからなので、もう開き直るしかない。


「さあ、かかってこい、タオラ!」

「おうよ!」

 ファイティングポーズを取るガーベラ・シグマに対し、タオラ少尉は集中力を取り戻して星震棍を上段に振り上げて・・・止まる。

「ジュン、一つ質問だぎゃあ」

「何だい?」

 聞かれるというかツッコミを入れられる事は覚悟していたので、ジュンは無愛想に応じる。

「ラジオ会館を、背にして戦うのは、わざとだぎゃあ?」

「わざとだ」

 タオラ少尉の機体が、一歩退く。

 二歩退く。

 よろめきながら三歩退き、JR秋葉原駅の電気街口を、うっかり蹴ってしまう。

 床と柱にアキバ系広告が貼り巡らされた一角が壊れてしまい、タオラ少尉は半泣き。


「秋葉原の宝物庫ともいうべきラジオ会館を盾にして、恥ずかしくないぎゃああ?!?!」


 言及されなくても途轍もなく恥ずかしいのだが、ジュンは(漫画的表現で)血涙を流しながら、開き直る。


「いざとなれば、そこのゲーマーズ本店も盾にする!」

「ぎゃあああ!?」

「セガ秋葉原も、ガンダムカフェも、パセラもアニメイトも、必要とあらば盾にする!!」

「ぐぎゃあああ?!?!」


 精神的ダメージを受けて機体ごと蹲るタオラ少尉を見て、菫はジュンがこの好機に全く動かないので指で突つく。

「チャンスでね?」

「いや、躱されるよ。つーか、星震棍スター・クエイク・ロッドの攻撃範囲内には、入りたくない」

 菫は、蹲ったり天を仰いだりと忙しリアクションのタオラ機を注視する。

 集中力を欠いて私情に入りまくりだが、それでもキラキラと輝く棍を地面や建物に当たらないように配慮している。

「危ないの? あの武器?」

「命中した相手を防御力無視で砕断するから、地面に当てると地球が割れる」

「……漫画的な表現で?」

「以前、木星クラスの惑星でも真っ二つに割るのを見た」

 菫は深く静かに塾考する。

「よし。ジュンを騙して下僕にした時の手を使おう」

「おい、こら」

『二人も釣れるかなあ』

 ガーベラ・シグマは、懐疑的にボヤきながらタオラ機に接近する。


「お世話になるだぎゃあ」

 あっさりと寝返ったタオラ少尉は、機体を降りてラジオ会館に入ろうとして、臨時休業の張り紙に激突して倒れる。

「天はっ、我をっ、見放したぎゃああああ」

 マジ号泣するタオラ少尉に、ジュンが優しく声をかける。

「大丈夫。明日にはケロっと営業再開するさ」

 タオラ少尉は、仰向けになって猿顔をジュンに向ける。

「ミツバゴが、こっちに向かっているぎゃあ」

 ジュンが全身に鳥肌を立てる。

「もう、いつ着いてもおかしくないぎゃあ」

 タオラ少尉は、諦めきって仰向け不貞寝のまま。腐る。そのまま、秋葉原と命運を共にする気である。

「都市部にデカルト・サイガを入れろと、誰が命じた!!!?」

 ジュンが絶叫する。

 ジュンの激昂に、菫が説明台詞を求めるよりも夙く、其の黯い声が。



「それは、お前の選択の結果だ。お前が声豚としての生き方を選んだ結果、均衡が崩れた」


 

 ジュンは、今の今まで、その機体を察知していなかった。

 自分が勝って生き延びているので、来ているとは考えていなかった。

「大佐?」

 菫は、ジュンと会って初めて、目から戦意が潰れそうになる様を見た。

 それは二週間前に、時雨凛の目に見た感情と似ていた。


 其の黯い声を投げた人物の乗る機体は、ガーベラ・シグマの背後を通り抜けて、タオラ機の星震棍スター・クエイク・ロッドを取る。

「使わないようだから、借りるぞ」

「家宝だから、洗って返せぎゃあ」

 タオラ少尉の言葉に、黒い麦わら帽子を被った細身の黒い機動兵器は、厳かに頷く。

 我に返ったジュンがガーベラ・シグマで攻撃するが、其の機体は悠々と出刃包丁を避けて上空へ移動し、獲物を追う。

「ナイト・テスラ、逃げろ! 大佐には勝てない」

 ジュンの警告に、ファーランは不機嫌に返す。

『三十分、早く言え、駄犬執事』


 上空で骨張った翼と醜い尻尾を伸ばした其の機動兵器、対吸血機専用機動兵器ミダス・ムイは、秋葉原に降下してからずっと、吸血機ナイト・テスラと戦闘を続けている。

 菫の乗ったガーベラ・シグマを守ろうと、ナイト・テスラが一番腕の立ちそうな敵に喧嘩を売った結果、双方のトップが最初から戦闘を続けていた。

 しかし戦闘というより…


 秋葉原のビルの影を潜行移動しながら、吸血機ナイト・テスラは中破した機体を再生する為にエネルギーを費やす。

 手傷を負わされては逃げながら手近の敵機から『補給』する作業の繰り返しで四機撃破したのは流石だが、ナイト・テスラのプライドはスタボロ。


『やっぱりなあ。やっぱり。専門のハンターに狩られて消えていくんだ。対吸血機専用機動兵器かあ。宇宙は広いなあ』


 愛機が泣きを入れているので、ファーランは操縦桿を優しく撫でるふりをして抓りあげる。

「四回手合わせして四回とも惨敗って、相性が悪すぎるわね」

「ファーラン。機体に八つ当たりしちゃダメだよ」

「ダーリン。もっと責任転嫁しないと、ストレスが溜まっちゃう」 

 ファーランが座席を離れてQ索の膝の上で甘えようとするが、潜んでいる影空間に不愉快な波動が投げ込まれて、ナイト・テスラが揺れる。

『ぎゃあああああああああ、これいやあああああ』


 対吸血機専用機動兵器ミダス・ムイの操縦者は、吸血機を炙り出す為の品物を、ナイト・テスラの潜む影に投げ込んでいた。

 牛乳を拭いて絞らずに一週間放置した雑巾である。


「吸血鬼は、腐った牛乳が平気だ。腐った雑巾も平気だ。だが、この二つが合わさった存在が放つ腐臭には、美学が耐えられぬ」

 なんだか酷く偏った偏見にも聞こえるが、効果が有ったので美青年は反対意見を聞かない。

 対吸血機専用機動兵器ミダス・ムイの操縦者は、不健康で根暗そうな美貌を無意味に歪めながら、無駄に耽美に呟く。

「哀しい存在よ」

『おんどりゃあああああああああ』

 とらのあな一号店の影から飛び出たナイト・テスラは、上空の対吸血機専用機動兵器ミダス・ムイに大鎌を振るう。

 対吸血機専用機動兵器ミダス・ムイは、攻撃を舞うように躱しながら長剣でナイト・テスラに二度斬撃を浴びせる。恐るべき手練れである。

 いずれも深手で、機動力が半減する。

 動きが鈍ったナイト・テスラに、対吸血機専用機動兵器ミダス・ムイは星震棍スター・クエイク・ロッドを向ける。

「五度目で最後だ。私から四度も逃れた事を、地獄で同類たちに自慢するといい」


「四度も獲物を逃すような間抜けに殺されたら、自慢どころか株が下がるわ」

 ファーランの嫌みに、相手は無反応だった。

 Q索は、時間稼ぎを然りげ無く行う。

「自慢しろと言われても、名前を知らない。名乗っていただこう」


 機体とお揃いの黒い麦わら帽子を被っている操縦者は、静かに力強く、誇りを込めて名乗る。

「私は、ダイザエモン。吸血機ハンター、ダイザエモン」


 腹を抱えて爆笑を堪えるファーランの頭を撫でながら、Q索は確認する。

「ダイ・ザエモン?」

「ダイザエモン」

「ダイザ・エモン?」

「ダイザエモン」

「ディー・ザエモン?」

「ダイザエモン。名のみだ。姓は捨てた」

「故郷も捨てた?」

 Q索も笑いの発作に襲われているが、堪えてどうでもいい質問を続ける。

「故郷は…知らぬ」

 吸血機ハンターディ…いやダイザエモンは、苦悶の表情で苦悶する。

「母は…蒼く眠る美しい水の惑星だと言い残した…」

「名付け親は、母親?」

 その質問に、ダイザエモン大佐は答えない。

「母は、地球人だった…私の名を口にする時、いつも笑っていた」

 笑っていたというより、笑い転げていたのではないかと考え至り、Q索はとうとう爆笑して噴いてしまう。

 ダイザエモン大佐は、笑いが治まるまで待ってあげる。

 善意ではなく、吸血鬼やその郎党を、ポジティブな気分で地獄に送らない主義なのだ。

 彼の母が吸血鬼に殺されて以来の鉄則である。


 背後から忍び寄ったガーベラ・シグマの中で、菫が堪えきれずに鬼のように爆笑する。

 奇襲に差し障りがあるので、ジュンは強引にキスで唇を塞ぐ。

 空中で忍び足をしていたガーベラ・シグマが、これでは戦えないのでムーンウォークで退がっていく。


 後輩が頼りにならないので、Q索は最終手段をファーランに要請する。

「あれやろう。勝てない」

「中ボスっぽいギャグキャラに使うのは、勿体ないけどね」

 ファーランは、笑うのを止めて、全身を吸血姫の装いに化かす。黒いパイロットスーツが、一際絢爛なゴスロリ衣装に変わる。

 吸血機の中に咲いた黒い薔薇は、両手で作った指鉄砲を天敵に向けて固定する。




「吸血姫ファーランが、言の葉で厳命する」

 その言葉と共に、吸血機の中で眠る吸血鬼が全て覚醒する。

 吸血機に、壮絶な量の呪怨が溜まる。

「君よ、死ね」



「む? 吸血鬼粒子反応が、九万から十八万に上がった?」

 吸血機ハンターディ…いやダイザエモンは、ナイト・テスラが両腕を組んで此方に向けたので、距離を取る。

 吸血機からの攻撃は全て通用しない改装が施された機体ではあるが、ロケットパンチが出そうな雰囲気には警戒するのが銀河の常識。

 常識なんぞ無視して、吸血機ハンター・ダイザエモン大佐(出身惑星不明、年齢不明、生涯撃墜機数256)の三つある心臓が、三つ同時に停止する。

 パイロットスーツが緊急救命活動に入り、急停止したダイザエモン大佐の身体を再起動しようと足掻く。

 それでも身体は、捨てられた便器の蓋のように、動かない。

 これは死んだな、と、自覚しながらダイザエモン大佐の意識は途絶えた。


 対吸血機専用機動兵器ミダス・ムイは、パイロットの蘇生を諦めると、タオラ機に武器を返却してから、身を屈めてスリープ状態に移行した。


 カンダホル艦隊のみならず、銀河で最強ベストテンに入るダイザエモン大佐が殺されたので、ジュンは呆然としている。

 地球では『わあ、意外と強かったのに。やっぱナイト・テスラはパねえわ』程度の感想で済んだが、太陽系の外では、放送を見ていたほとんどの者が絶句している。

「ちょっと。早く隠れて。あの技を使った後のナイト・テスラは、ヤバいから」

 菫は、この後の事態を知っているので、ガーベラ・シグマをビルの影に隠す。


 ナイト・テスラの放った最凶禁呪『死言の厳命』は、機体に埋め込まれた七十二体全吸血鬼の呪怨を、敵機動兵器の内部にすら侵食させる即死系必殺技である。

 一度に起床した吸血鬼たちの飢えは尋常ではなく、ナイト・テスラの全身に細かく紅い亀裂が入る。

 飢えを満たすために、ナイト・テスラは最後に残ったデブゴンな機動兵器へと急降下する。



 サラサは、襲い掛かる機動兵器を器用に躱しながら、放送を続けていた。秋葉原防衛戦は、意外にも勝利で終わりつつある。

 中継機マーチキャンサーを追いかけているのは、もう一機のみ。

 そのデブゴンな機動兵器の名前が『レバカロ改二』だと知ったのは、その操縦者が戦闘中にSNSで教えてくれた。

 戦闘中の敵と相互フォロワーになるのは、サラサも初めての経験。

「あ、背後から吸血機が」

 うっかり、味方の奇襲を教えてしまった。

『大丈夫、大丈夫』

 レバカロ改二の操縦者、キンキン・バッハマン少佐(何故かよく好かれるふくよかなハンサモ星人、成人男性、三十四歳)通称『渚のバッハマン』は、悪名高いナイト・テスラが爪と牙を立てに接近してくると、追加装甲を開いてエンジンを剥き出しにする。

『好きなだけ吸ってけ』

 そんな都合の良い話がある訳がないので、Q索とファーランは必死にナイト・テスラを制止させようとするが、究極奥義を使って究極に餓えている吸血機は止まらない。

 エンジンから貪欲にエネルギーを吸収し、満腹するまでたっぷり十秒。一機分を一秒かけずに吸い尽くすナイト・テスラにしては、長飯である。


『うむ、ご馳走様。少々脂身が多かったが、その方が好みだ。コレステロールの話題は、避けていいよな?』


 餓えが満たされたナイト・テスラは、理性と憎まれ口が戻って、自分の置かれた環境を客観的に観察する。

 親切な機動兵器のエンジンは全く萎びておらず、エネルギーに満ち溢れている。有り余ったエネルギーを鎖のようにナイト・テスラに巻き付けて、身動きを封じている。


『無償の施しだと思っていたけど、有償? そういう重要な事は、食べる前に言ってくれないと。お互い、気まずいだろう?』


 相手はナイト・テスラを満腹させてなお、貧血すら起こしていない。

『言う暇がなかったしなあ』 

 キンキン・バッハマン少佐は苦笑しながら、吸血機への束縛を強める。

『この機体は、補給機。三十機分のフルチャージが可能だ。味方でない機体がチャージをすると、こうして拘束する。だから、俺は撃破機数が低いんだ。普段は』

 普段は、という前置きの後で何が来るのか、Q索には察しがつく。

「ダイザエモン大佐の仇討ちか?」

『ああ、そうだ。大金星おめでとう。しかし、許せん。死んどけ』

 吸血鬼への拘束が、破壊音が聞こえるレベルに強まる。

 地球防衛軍の援護射撃は全く通じず、ガーベラ・シグマの救援もレバカロ改二の厖大なバリアに阻まれて、届かない。

『無理するな、ジュン。この戦いは、お前たちの勝ちだ。でも、大佐の仇だけは、討つ』 

 ナイト・テスラの操縦席までダメージが入り、ファーランがQ索の膝の上で死ぬか食べながら死ぬかを思案し始めた頃。

 サラサの機体、中継機マーチキャンサーが、レバカロ改二に向き合う。

 

「吸血機を放して。相互フォロワーさんを、攻撃したくない」

 バッハマンは、サラサの機体を見直し、脅威となる武装が全くない事を再確認する。

『変な意地を張るな。この戦いが終わった以上、君らにとっても吸血機は用済みだろ』

「警告はした」

 サラサは、撮影用カメラから、クルミの魔改造で仕込まれた武器を射出する。

 高性能のペイント弾が、レバカロ改二の全身に命中していく。

 威力が全くないと認識してしまったため、レバカロ改二のサポートAIは、攻撃と看做さずにバリアを不必要と判断した。

 今夜の秋葉原防衛戦で、最もエゲツない攻撃だとは、判断出来なかった。


 ペイント弾の命中した場所に、放送禁止用語がペイントされていく。


『サラサのシマパン大放送』の現在の視聴率は、銀河全体で28%を更新している。

 文字通り、大好評放送中である。

 その生放送中に、帝国軍軍人の機体が放送禁止用語で埋め尽くされていく。

 蟹邪神クルミが念入りに作ったペイント弾なので、どう足掻いても簡単には落ちない。


「これがサラサの必殺技、放送禁止用語バルカン」

 サラサは、ドヤ顔で自慢し始めた。

『…これは…』

 バッハマンのSNSに、心ない中傷や的外れの批判が殺到する。

 悪いのはペイント弾を撃ち込んだサラサなのだが、どちらが悪いのか考えもせずに放送にケチをつける馬鹿には事欠かない。

 バッハマンの通信端末には、非公認となったカンダホル艦隊を通り越して帝国軍から直接『騒ぎが大きくなっているから、すぐに機体をカメラから隠せ』というお節介も入る。

 そして何よりも騒ぎ出したのは、レバカロ改二のサポートAIだった。

『もう、耐えられません。この地域から、離脱します』

『なあんだとおおお?!?!』

『こんな落書きされたままで、仕事なんか出来ん!』

『仇を討つまで、待てんのか?』

 操縦者を無視して、レバカロ改二は衛星軌道上へと上昇していく。サラサのシマパンに見惚れて殺せなかった主人に、サポートAIは愛想を尽かしていた。

 それでもバッハマンはナイト・テスラを離さずにいたが、中継機マーチキャンサーが巨大な蟹バサミでエネルギーの鎖を切断。

 ズタボロで落下するナイト・テスラを、ガーベラ・シグマが空中で受け止める。


 菫が、ナイト・テスラの内部に安否確認をする。

「無事? 早まって、Q索さんを食べちゃった?」

 通信に、衣服の乱れを直すファーランとQ索が映る。

 Q索が、未成年に言い訳を始める。

「いや、ピンチを合体で切り抜けようと」

「燃えたわ。このシュチュエーションは、燃えたわ」

 ファーランは、満足している。

 ファーランは、満足している。

 このバカップルをアニメ化した会社は地獄に落ちろと思いつつ、菫は通信を切る。

 ジュンは、一言もツッコミを入れずに、周囲を警戒する。

「あと、一機が問題だ」

 ジュンの戦意は戻っているが、緊張感は過去二週間で最高に高まっている。

「最後の一機が、問題だ」

 高度を取り、最後の敵の接近を察知しようとする。

 見渡す夜景の中で、激しくも破壊的な動きがあったのは、富士山麓と秋葉原のみ。

 その中間で、何も起きていない。

「…勘弁してくれよ、そんなに嫋やかに移動するお姉さんじゃなかろうに」

 テンパるジュンの背に、菫が体を押し付ける。

「解説しないと、セクハラするぞ」

 背中に二つのマシュマロを感じて腰が砕けたジュンが、息を大きく吐いてから、解説を始める。

「ミツバゴ大尉は、秋葉原に興味がない。今までの連中と違って、平気で力を振える。打つ手を一手でも間違えると、秋葉原が壊滅する」

 今度は菫がテンパって索敵を始めた。



 最初に、その機体の接近に気付いたのは、星崎金魚軍曹だった。

 神田川の上流から、鮫のヒレならぬサイの角を出しながら、潜行して静かに近付く機動兵器らしき機影を発見した。

「何だろう? 富士の生き残り?」

 可能な限り静かに移動しているミツバゴ大尉のデカルト・サイガとは知らずに、星崎金魚は声をかける。

「戦闘は終わったよ? あとは、鋼鉄参謀みたいな機動兵器だけだってさ。見つけ次第フルボッコにするから、出て…」

 そこまで聞いて、ミツバゴ大尉は隠密行動を止めた。

 神田川の水面をゆらりと割いて、重機動兵器デカルト・サイガは一歩で上陸する。

 鋼鉄の犀を擬人化したしたようなその剛壮なデザインは、サイガノ星人の姿にクリソツなのでサイガノ星人によく購入される。


「ったく、負け戦ってのは、何もかも持って行くねえ」

 不機嫌に水滴を振り払い、星崎の機体に浴びせて通り過ぎる。

 他愛ない挑発だったが、星崎は勝ち戦の興奮で実力差を忘れていた。

 背後から撃とうとロングブレード・ライフルを構える動作の最中に、重機動兵器デカルト・サイガは予備動作なしで裏拳を放つ。


 裏拳がムチのようにしなって伸び、星崎機の胴体に命中。コックピットを圧し潰す。


「貴様っーーーーーー!!」

 真横を取った時雨凛が、ロングブレード・ライフルの銃剣で、デカルト・サイガの脇腹を突く。

 その切っ先を、デカルト・サイガはゼロ距離のパンチで破壊する。

 時雨凛はバックステップで距離を取り、続くジャブを寸前で躱す。それでも拳圧でイコカサの頭部装甲が三枚剥がれた。

「こんなヌルい戦い方をしていたら、そりゃ勝てんわな」

 ミツバゴ大尉は、舌打ちして歩を進める。

 時雨凛は、専守防衛に徹している敵を見て、その目的を測る。

 ミツバゴ機の視線を辿れば、それは容易に知れた。

 その鋼鉄の両眼は、秋葉原上空で待つガーベラ・シグマを見据えて熱を帯びている。



 その戦いを見守りながら休戦の調整をしている撫子原石准将は、話を中断してヴァルボワエ艦長に尋ねる。

「地上に停戦命令は出したのか?」

 モニター越しのヴァルボワエ艦長は、秘蔵のカステラを愛おしそうに食べながら、含み笑いをする。

「出した。それでも、ミツバゴ大尉は戦う気だ。今の彼女は、一人の自由な戦士。気に入らない奴を殴るのに、遠慮は要らない」

 撫子原石准将が、モニターのカステラに鼻クソを飛ばす。

 コルス・ホーイ艦長は交渉決裂かと身構えたが、ヴァルボワエ艦長は気付かずに食べ続けた。

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