四話 神に成っても最前線で戦う派
前回の、ま戦機!
「家出した主役メカを連れ戻す最中に、伝説の吸血機に遭遇!
うっかり肩に出刃庖丁が刺さっちゃって、吸血機が暴走。三分逃げ切れば、制御が戻るけど…怖かったよぉ〜〜!!」
菫が起床して洗面台に向かうと、洗濯機の中に見慣れぬシマパンを発見した。縦シマの、男物のシマパンである。
「むう、彼奴もシマパン派であったか。つーか、軍人らしからぬパンツだ」
居間に入ると、ジュンが端末のアプリを使って朝食にアレルギー成分が含まれていないかチェックしていた。
「シマパンキャラなのに、人のシマパンを非難するのか?」
昨晩からの居候は、地獄耳だった。
「おはよう」
「オハヨう」
ジュンは、菫のパジャマ姿を見て固まる。
『引き抜かれるマンドラゴラ』の着ぐるみパジャマだった。
「人は皆、起床する時は、マンドラゴラなのだよ」
「いただきます」
菫の語る哲学をスルーして、ジュンは牛丼(五種サラダ・オレンジュース付き)をフォークで食べ始める。
「お母さん、わたしも牛丼一丁」
「はあい」
菫の分を運んでくる美夕貴さんは、既に隙なく普段着に着替えて薄化粧を終えている。
同じ屋根の下に男が一人加わっただけで、ここまで武装のチョイスが違うのかと、菫は己を省みる。
(ここはピンクの苺パジャマの方が、受けが良か…)
菫の脳内に、ピンクレディーの『S・O・S』が流れてくる。
(いや、そこまでサービスしてやる筋合いは、ない)
「ゴチソウサマでした」
ジュンは食べ終えると美夕貴さんに一礼し、考え事で手が止まっている菫の顔色を窺いつつ、食器を流しに運ぶ。
席に戻ると、菫が食べ終わるのを待つ気で待機するつもりが我慢できずに話を進める。
「今日、アイテムの買い出しに、付き合ってくれないか?」
菫が、牛丼を抱えたまま、立ち上がる。
「地球の知識は、秋葉原しか知らないし」
菫が、牛丼を食べながら、美夕貴さんの所に逃げてくる。
「お母さん! わたし、避妊具持っていないのに、デートに誘われた」
美夕貴さんは、目を瞑って感慨にハマる。
「遂に、この日が来たのね。赤飯を炊いた日から、覚悟はしていました」
美夕貴さんは、神棚の前に置いていたコンドームを下ろす。
そいつをジュンに手渡すと、美夕貴さんは切ない眼差しで訴えかける。
「菫は安産型じゃないから。生は、あと三年は待って」
「あのう、本当に、買い物をサポートして欲しいだけなのですが…オレの言い方が悪いのかな?」
ジュンが全く悪くないと気付くには、一週間ほどかかった。
一週間後。
ジュンが横断歩道のルールや物価の相場、ドクターペッパーの売っている自販機の把握、菫の外れ具合や美夕貴さんのボケ加減を学習し、ナイト・テスラとの演習で機体の完熟訓練を終えた頃。
ジュンは、カンダホル艦隊でも地球防衛軍でもない相手から呼び出しを受けた。
漫画業界の編集者たちに。
ジュンの父・シャイニング碁石先生に縁のある出版社が合同で協議し、秋葉原のイベントスペースを借り切って『シャイニング碁石先生の無事を祝う会』を開催した。
生存確認すら取れない程に離れた星へ売られたので、ジュンが現れるまで情報が皆無だったのだ。
という訳で、主賓はジュンである。
主だった漫画雑誌の編集長・副編集長クラスが顔を揃え、社長・会長クラスも数人来ている。
かつての担当編集者の中には、そこまで出世した者もいるのだ。
暴動を避ける為、ファンは参席させていない。
その事に不満を抱くファンが集って国会議事堂前でデモ行進を行ったが、与党は一切コメントを出していない。
「想定していない事ばかりだ」
美夕貴さんに選んでもらったブレザー姿で、ジュンは慣れぬ正装での振る舞いに緊張する。
「あのバカ親父が、まだ尊敬されているなんて」
出版界の偉いさんに挨拶されて慰労されつつ、ジュンは額面通りのイベントではない雰囲気に飲まれかかる。
編集者の皆さん、目が笑っていない。
上座に座らされてもビュッフェが豊富に整えられても、ジュンは落ち着かない。
「しかも、トラブル臭がヒドい」
菫は、ボヤくジュンのネクタイを引っこ抜く。
「ご挨拶が一通り終わったみたいだし、そろそろ本題に入るよ、きっと」
強奪したネクタイを、菫は適当に折り畳んでリボンにしてしまう。
それを胸元に付けてから、菫は胸に集まるエロい視線に気付く。
上品なパールホワイトのワンピースドレスを母に着せられた菫は、露出度が高い胸元を押さえながらジュンに問う。
「ジュン、これポロリの危険が有りや無しや?」
「説破! 乳首が露出しない限り、ポロリとは見做されない」
「よし…いや、谷間が」
意識しないようにしていたのに、振られてジュンはバスト80の谷間に視線を向けてしまう。
それはもう、なんでも挟める魔法の空間だ。
「ほら、見たよ! ガン見したよ! いつもは私のバストはスルーするくせに! 谷間は危険だよ!」
菫は白衣を上に着ると、前ボタンを閉める。
周囲から、失望の呻き声が上がる。
「本題に入れよ。リムジンを迎えに寄越したのは、JCの谷間が目的じゃないだろ?」
ジュンの催促に、編集者たちは目配せして代表者を促す。
業界最大手『なろよむ』編集長・
右頬の大きな十字傷は、シャイニング碁石先生が拉致される際、抵抗して付いた勲章であるという説は、デマである。
「その物言いは、お父上にそっくりだ。いや、嘘ですが」
失笑しか出なかったが、田原坂は本件に入る。
「碁石先生が宇宙人に誘拐され、売り飛ばされた時、我々は納得してしまいました。あれだけの方だ。そりゃあ、狩る方から見れば、最高の獲物だ。
同時に、碁石先生は戻ってくると信じていました。
パープルアキラ先生や、ウッドストーン御大の例もありますので。宇宙人に売り飛ばされたネタを栄養にして、逆に銀河的に知名度を上げるだろうと。
信じておりました。
笑い話になると、信じておりました。
しかし、まさか…売り飛ばされた先で、重版童貞とは…信じたくない」
漫画の話題で此処まで空気が重くなるのかと、ジュンは漫画の国ならではの体験に、引く。
この空気の重さを、編集者たちが普通に共有している。
「疑うと、キリが無いのです。あの人、複数の締め切りに追われる生活に戻るのが嫌で、手を抜いているのではないかと。一社か二社に仕事を依頼されるクラスで落ち着くために、適当に原稿の質を落としているのではないかと。
この物言いが失礼である事は承知しております。後で先生に再会したら、土下座して頭を蹴られても仕方がない暴言です。
それでも、ご子息にお聞きしたい。
シャイニング碁石先生は、今も本気で漫画を描いていますか?
地球に戻る気は、有るのでしょうか?」
社交辞令は一切通用しないし求められていないし、傷つく内容でも受け止める気概はあるだろうと、ジュンは父の実情をそのまんま伝える。
「全力で漫画を描いている父の姿を、オレは見た事がありません。
オレが知る父の全力は、メイド喫茶の経営です」
編集者一同が、固まる。
惚ける。
脱力する。
脱毛する。
「コロボン星での父は、漫画家としてより、メイド喫茶文化をもたらした人物として、知られています。星都だけで三店舗、星全体で二千店舗を経営しています。女性や男の娘の雇用を増やした功労者として、男爵の地位も得ました。コロンボ星では、『メイド喫茶の神』です」
編集者の一人が、ブラジリアン柔術でジュンに喰ってかかる。
「長期休載中の作品はどうしてくれるんじゃああああ?!?!」
スペース麻酔銃でアッサリと返り討ちにしつつ、ジュンは無情に話を結ぶ。
「父は、もう趣味でしか漫画を描いていません。大好きなメイド喫茶の経営で成功し、三人目のメイド嫁までもらいました。地球に帰郷して漫画家として活動を再開する見込みは、薄いでしょう」
シャイニング碁石の休載作品を抱える出版社の編集者が、一斉に崩れ落ちる。内一名は心臓発作を起こし、AEDで救命する事態となった。
田原坂編集長は、陰鬱に締めくくる。
「漫画家・シャイニング碁石は、死んだ」
ジュンは、申し訳なさそうな顔をして頭を下げる事しか出来なかった。
菫の方は、大惨事にも一切関知せず、肉料理をタッパに詰めて持ち帰る作業に徹している。
「ジュン、一〇キロは持って帰ろう」
「セコい気がする」
「お母さん、喜ぶよ」
「よし」
周囲の編集者たちの多くも、ビュッフェのヤケ食いに移行する。
ジュンも、ようやく落ち着いて、タッパ詰めを手伝いながら飲み食いを開始する。
「ふうむ」
タッパに詰めるだけ詰めて食い始めた菫は、殺伐とした編集者たちの食いっぷりを見て、白衣を脱いでワンピースドレスを有りのまま晒す。
場が、急速に和んでいく。
「お母さんがどうして谷間が見えるドレスを装備させたのか、分かったよ!」
菫のサムズアップに、ジュンは和やかにサムズアップ返す。
田原坂編集長は、そのタイミングで『本題』を切り出す。
「死んだり、劣化クローン化したオチより、ずっとマシで良かった。我々にはハッピーエンドではないが」
ジュンは、緊張が解けた間合いで放たれた奇襲を、喰らう事になる。
「オレに、何か出来る事が?」
ジュンの予想では、父への陳情か伝言だと踏んでいた。
田原坂編集長は、今日初めてニコリと笑う。
「碁石先生が受け取るべき印税を、我が社で預かったままなんだ。毎年、税務署に事情を説明しているが、その分も課税されたら、会社が潰れる。いつまでも寝かしておきたくない。君に委託するから、引き取ってくれないか? 巨額なので、親族が委託を拒否しているんだ」
実際には、誰が委託するかで泥沼の係争が繰り返された挙句、裁判所のジャッジで出版社が預かる事になった。
ビビられて逃げられると困るので、田原坂編集長は経緯を大幅に省略する。
ジュンは、地球でのシャイニング碁石の名声に実感のない異星人ハーフは、軽く返答してしまう。
「いいですよ。銀行口座に振り込んで下さい」
田原坂編集長は、ジュンの教えた口座を聞くと、即、会社に連絡して振り込みを指示する。
「ふう。ようやく、税務署を怖がらずに済む」
一気に血色の良くなった田原坂編集長と対称に、ジュンは端末で入金金額を確認して目を丸くする。
「菫。この金額、数えてみて。何か、おかしい」
「自慢かい?」
端末の情報を見た菫は、食欲を無視して無心で入金金額を数える。
若い二人が何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も金額の桁を数え直すので、田原坂編集長は正確な数字を口頭で教える。
「我が社だけでも、二十億円です」
菫が舌打ちする。
「二千億だと勘違いしちゃった。シグマを自前で量産できると思ったのに、ぬか喜びかあ」
軍需産業に頭まで浸かり、金銭感覚も狂っている菫だった。
その日、ジュンは印税他、シャイニング碁石が受け取るべきだった報酬を全部受け取った。
総額、二百三十億円。
税金を天引きして、この金額。
羨ましい。
帰りのリムジンの中で、ジュンはブツブツと繰り返す。
「これは親父の金、これは親父の金、これは親父の金、これは親父の金」
菫が正面に座って足を組み替えても隣に座っても耳に息をかけても目前に谷間を見せても反応が鈍いので、田原坂編集長に手渡された映像ソフトを車内で流す。
いきなり大金を手にした人向けのガイドビデオは、主人公が呆然としたまま横断歩道を赤信号なのに渡って車に轢かれるシーンから始まった。
『思わぬ金額を手にすると、注意力が疎かに成ります。常識を一つ一つ、思い出しましょう』
「あ、ナレーションが、お母さんの声だ」
菫の指摘に、ジュンは、ようやく巨額の預金から意識が逸れる。
「よし。今日から、ずっとガーベラ・シグマに乗ったままでいよう」
「論点が違うわっ!」
映像はやがて、大金目的に近付いて来る詐欺師やアンカーベビー狙いの女性陣へと移る。
『避妊具を付けていれば安全とは限りません。特にコンドームは、針で簡単に穴を開けられてしまいます。
ハニートラップには、近寄っちゃダメだぞ』
ジュンは、美夕貴さんから渡されたコンドームを取り出し、吟味する。
「これ、試してみようか」
菫は、白衣を着込んで防備を固める。
「水道水を入れて試せばいいと、思うなあ」
「うん、そりゃ勿論…」
菫が赤面しながら追加装甲を固める意味を察し、ジュンは慌ててコンドームを財布に仕舞う。
ジュンが発情していないのを視認してから、菫は確認する。
「パイロット、続けるの?」
「何だよ、その質問は」
「だって、どんな生き方でも選べる金額の、お金が有るじゃない」
菫が、とても珍しく真っ当な意見を口にしている。
菫は、彼自身には見えない程に大きな選択肢が選べる事に、考え至っている。
「…ああ、そうか」
ジュンは、その金を使って他の生き方に切り替えるという発想に、初めて気付く。
『あなたが得たお金は、膨大ですが有限です。自分自身の未来の為に、有意義に使って下さい』
ビデオ映像から、美夕貴さんの声がアドバイスをくれる。
客観的に考えるなら、ど田舎の惑星で勝率の低い機動兵器に乗って戦うボトムズな日々を送るより、この金で好きな星で楽隠居した方が賢明だ。
ジュンは、やや泣きそうにも見える菫の不安そうな瞳に、自分の瞳を合わせる。
その瞳を歪ませない為に、ジュンは優先順位を迷わない決意をする。
「菫。オレは君の戦士になると決めてしまった。ノリノリだ。降りる気はない。二百三十億円が懐に入っても、気持ちは変わらない。
カンダホル艦隊を倒して、必ず父親に会わせる」
菫は、反応に困って、白衣で顔を隠す。
照れているのか泣いているのかニヤついているのか分からないが、こう返す。
「ジュンは、わたしよりイカれているよ」
「菫。今の顔を、見せて」
「察して」
「見たい」
「見なくても分かれ」
ジュンは、菫の顔の下半分が無防備になっていたので、唇を奪った。
奪われたのは、最初だけだった。
午後三時前に家に戻ると、筑波基地の機動兵器が二機、立哨をしていた。
全長十四メートル。ジャングル塗装の人型機動兵器・八九式弓兵型機動兵器イコカサ。
周辺住民の日照権を妨げないよう、体育座りをし、ロングブレード・ライフルに洗濯物を大量に干している。
「家電としては最高だよね、地球の機動兵器は」
「わたしの製作じゃないから、幾らでも愚弄していいよ」
眼鏡のパーソナルマークを付けたイコカサから、眼鏡をかけた女パイロットが降りて挨拶をする。
「
菫は星崎を『神谷隊長の腐女子仲間』と覚えているので、事情は察する。
信用が置ける者だけを寄越してくれた、のではなく、厄介払いであろう。
漫画本のパーソナルマークを付けたイコカサの操縦席から、三つ編みポニテの清楚な美少女パイロットが挨拶する。
「
菫は、ガーベラ・シグマの初期パイロットへの悪い感情を、表に出さないようにする。
時雨凛の方も、菫への感情を押し殺している。
責めたらキリがなく、負い目を感じれば切腹まで行きかねない気まずさが、お互いの間に生まれている。
菫は、話し易い星崎に話を振る。
「何で機動兵器まで持ち出したの?」
「だって、彼、超リッチマンに成ったじゃないですか。寄って来ますよ、強盗とか、誘拐犯とか、種絞り美女とか。半端な武装では、無法者に喰われちゃいます。つーか、自分だって食いたいです!」
星崎金魚は、腰を突き出して力説する。
「う〜む」
菫は、いっそ基地内に引っ越そうかとも考えるが、カンダホル艦隊の標的にされる可能性は増えているのでセルフ却下。
「お帰りなさい」
美夕貴さんが洗濯物を回収がてら、菫とジュンを出迎える。
菫とジュンが、土産の肉入りタッパを差し出しながら、頭を下げる。
「謝らないの」
美夕貴さんは、謝られる前に止める。
「どんな変態が家に来ても、私は今まで菫に謝らなかったでしょ? 日常を侵略しに来る方が悪いの。被害者なんだから、堂々としなさい!」
強気の美夕貴さんはそう言ってくれるが、申し訳ないのでジュンは一計を思いつく。
「あのう、美夕貴さん。家賃の事なのですが」
ジュンがその場で、美夕貴さんの口座に振り込む。
「迷惑料も込みで、一年分を先払いします」
「気を使わなくても…」
端末で入金額を確認した美夕貴さんは、ウホっと小さく叫ぶ。
「もう、お金持ちになった途端に大盤振る舞いして。六十万円かあ。温泉旅行にでも行ってみようかな」
「美夕貴さん。六百万円です」
美夕貴さんは、その日から二週間のニュージーランド旅行を計画し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます