三話 愛している人に退屈しないよう心を砕く派

 前回の、ま戦機!

「ガンダムカフェ前での人材募集で、異星人ハーフ執事をGET! 声豚だけど、腕は確か。これで宇宙人に反撃開始なのに…主役メカが家出するな〜〜!!?!」



 夕闇を飛ぶガーベラ・シグマの知性は、これが家出であると告げている。

 どうせ基地のレーダーで追跡されているし、つくば市市民の目撃情報は絶えない。

 安心な家出だ。


『分かんないよ、菫』


 家出しながら、ガーベラ・シグマは菫と通信を続ける。


『宇宙人は、みんな大嫌いだったのに』

 ジュン及び整備班の生暖かい視線を感じながら、菫は『娘』との会話を続ける。

「変な感情を、変な形で受け取るな、バカ娘! 察しろよ! 大雑把な殺意で、深い意味は全然ないから! せっかく参戦してくれた異星人ハーフを、disるな!」

『怒鳴った』

「はあ?」

『自分が教育でミスしたクセに、怒鳴ったーっ! ガーベラだって、人種差別はいけないって、頭では分かっているもん!』


 ガーベラ・シグマが、大泣きプログラムを発動する。

 己で設定した無駄クォリティに顔を引き攣らせながら、菫は何とかガーベラ・シグマを宥めようとする。

 機体を一旦地上に戻さないと、墜落の危険があるので強制停止できない。


「あー、うん。わたしが悪かった。全部わたしが悪い。郵便ポストが赤いのも、日本の首都が京都から東京に変わったのも、初代マ○ロスが作画崩壊しまくりだったのも、きっとわたしのせいだー」

『バカにしているのか、炭素生命体』

「バカにしているんじゃないよ! お前がバカなんだよ!」

『作ったマッドサイエンティストがバカだもーん!』


 親子ゲンカが終わりそうにないので、ジュンは神谷隊長に許可を求める。

「空いている砲兵型を貸して下さい。落としてきます」

「君の星では、家出した娘さんに砲撃を加えるのか?」

 酔い覚ましの昆布茶を飲みながら、神谷は断る。

「流れ弾も怖いので、不許可」

 というより、神谷は肝心な事にようやく考え至る。

「つーか、君の編入は、もっと検討してからだよ」

 異星人ハーフを即戦力として即採用しようとするノリに、責任者として待ったをかける。

「今此処で実績を積めば、話が早く済みます」

「そうじゃなくて、素性とかの問題で」

「オレは地球から誘拐された漫画家・シャイニング碁石の息子です。遺伝子を検査していただければ、親子関係が確認可能です」

 神谷隊長が、驚愕で固まる。

 横で菫が、両手で大きく丸を作って肯定して見せる。

 神谷隊長は、土下座して号泣し始める。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああん」

「え、何? 何の風習?」

 狼狽するジュンの両手を、神谷は涙と鼻水を垂れ話しながら握る。

「サイン下さい。尊敬しています」

「親父のだよね?」

「御子息様ので構いません。家宝にします。保存用と観賞用と見せびらかし用に、三枚」

「…親父、このレベルで尊敬されていたの?」


 ジュンの父が漫画家契約をしている星では、単行本は出ても重版童貞の、微妙な立ち位置の三文漫画家だった。

 地球では初版百万部、アニメ化・映画化・ドラマ化は当たり前の売れっ子だったとは、想像できない。


「神です。あの方の漫画でならば、いくらでもアキバ系スマート本を描けました」

 高校・大学の漫研時代をリフレインしながら神谷隊長が感涙し、整備班もノリ泣きをする。

「宇宙人に誘拐された時、ファンは泣きました、日比谷公会堂で、送別会をしたぐらいです」

「奪還は?」

「半日で諦めました」

「早過ぎるだろ!」

 ジュンのツッコミに、神谷隊長がマジ土下座でマジ謝罪を始める。

「申し訳ありません! 先生が拉致されても、他の惑星でも漫画家は続けられるから大丈夫と、タカを括っておりました! 他の星でも売れっ子になって、先生の漫画が読めると甘い予測をしておりました!」

「もういいです。それは」

 暫定的に許して頭を上げさせる。

「地面に下ろせば、こちらの勝ちだ。一機貸してくれ」

 どうぞどうぞと、ジュンは機動兵器の待機格納庫へ揉み手で案内される。

「好きな機動兵器を使って下さい。隊長権限で、文句は言わせません」

「待って、隊長。馴染みの機体を、いきなり新米に」

 文句を言おうとしたパイロットの一人を、整備班が包囲殲滅して簀巻きにする。

 ツッコミを入れると却って面倒なので、ジュンは待機する十八機の機動兵器を見回す。

「あれだ」

 最も寸胴で重く背が低く、主武装が右肩の低反動カノン砲という、ダサい機体。

「六〇式砲撃型機動兵器バンガク、通称ロクマル。機動兵器というより、歩く砲台よ?」

 菫の解説&疑義を、ジュンは斬って捨てる。

「砲術を侮るから、地球防衛軍は勝てないんだよ」

 操縦席まで登ろうとして、ジュンは一応確認する。

「これ、人力?」

 整備班一同がジュンを袋叩きにしようと群がる。

「待った! 待ちなさい!」

 菫が、間に入って押し留める。

「生まれて初めて地球に来たのだから、カルチャーギャップは大目にみなさい!」

 次いでジュンの頭を両手で掴むと、言い渡す。

「わたしも乗ります」

「いや、一人の方が…」

「ジュンの操縦テクを、間近で採点する」

 両頬を引っ張られながら、ジュンは菫が人に『選択肢』を与えないタイプだと、了解する。


 陽が完全に落ちた。

 ガーベラ・シグマも口喧嘩と飛行モードに疲れてきたので、帰ろうかなと考えていた矢先。

 ガーベラ・シグマのレーダーが、ロクマルの接近を察知する。


「駄馬と言った事は、謝罪する。傷つけるつもりはなかった」


 その機体から、ガーベラ・シグマに暴言を放った異星人ハーフが、通信で謝罪を入れる。


「だが、これから行う演習の結果によっては、もっと酷い事を言うかもしれない」

『演習? そんな機体で、何を』

 

 ガーベラ・シグマは、ロクマルのショルダーカノンにロックオンされた。


 ロクマルの操縦席で、ジュンは嬉しそうに意地の悪い笑顔で話しかける。

「宣戦布告してから、三秒も待ってあげた。遅いぞ。カゲロウみたいに飛ぶのがやっとか?」

 タンデム仕様の後部席で、菫はガーベラ・シグマへの応援に回る。

「動体視力が良いから、すぐに捕まるわよ。逃げ回りなさい」

 三秒後、ジュンは二度目のロックオンを果たす。

「人間より遅い機動兵器って、存在価値ないよな?」

 周囲に飛行物体がない事を確認した上で、ガーベラ・シグマは、生まれて初めてレッドアウト寸前まで夜空を駆け回る。

 音速が一を超えて二を越えようという時に、三度目のロックオンを経験する。

「八の字程度で機動したつもりか? ハエや蝶を見習え。ランダムも混ぜろ」

『言われなくても。混ぜているよ! やったよ!?』

「そういう甘ったれた言い訳を聞き届けてくれる敵は、存在しない」

 ジュンは、ガーベラ・シグマの甘えを一切許さなかった。

 金色の瞳が、緋色の機体を逃さない。

 四度目のロックオン。

 動体視力が、地球人と根本的に違う。

「ひ、拾いモノだあ…」

 思わず豪快に笑ってしまう菫の方を、ジュンが振り向く。

「合格?」

「うむ。褒める!」

 異星人ハーフは、菫の笑顔を至近距離で浴びた。

 ジュンは、この居場所から逃げられなくなった。


「主役メカのパイロットは、半神か」

 神谷隊長は、ジュンの腕前に鳥肌を立てつつ、これが麾下に入る意味に、また飲みたくなってきた。



 ガーベラ・シグマは、雲の中に逃げ込む。



 ジュンは、雲の中で機動兵器が潜み易そうな空間へ、ペイント弾を三発撃ち込む。

 ペイント弾は、到達設定空間に達すると、散弾状に弾けた。


「どんな塗装になった? 斑模様? エアスプレー状かな? シマ模様だったら、大笑いしてやる」


 雲からガーベラ・シグマが抜け出て、ロクマル目掛けて突進をかけてくる。

 白いペイント弾は、ガーベラ・シグマをシマシマにしていた。

『デストロォォォォーーーーーーーーーーイ!!!!』

 両手で出刃包丁を腰に抱えて、急降下してくる。


 ジュンは、後部席の菫に訊いてみる。

「誰だ、あんな馬鹿丸出しの特攻を教えたのは? 無駄に死ぬぞ?」

 昨日、本当に二十回無駄に死んだ菫は、涙目&赤面して俯く。

 事情を察したジュンは、相乗りのレディを責めずに、弟子へのレクチャーを続ける。

「じゃあ、キツめのペナルティを…おっ?」

 ガーベラ・シグマは、ギリギリで昨日の失敗を思い出し、動きに修正を加える。

 動きに緩急を加え、分身じみたブレや不規則な機動を展開しつつ、ロクマルに接近する。

「ほう、やれば出来る子で良かった」

 ジュンは、初めて菫の娘を褒める。



 変則的な錐揉み旋回で急降下するガーベラ・シグマが、夜空の途中で何かに衝突した。



『???!!』

「?」

「?」「?」

「?」「?」「??」

 影マントを身に纏い、身を隠していた機動兵器が、ニアミスで姿を表す。

 退廃的な黒白を基調に、金銀の装飾をポイントした黒髑髏の機械騎士。

 優美な飛行姿だが、春の夜だというのに墓場の臭いを撒き散らしている。

 機械騎士は再び影マントで身を覆う。

 ガーベラ・シグマのセンサーには、朧げな影しか見えなくなった。



『こいつ、そもそもレーダーに映らなかったよ?!』

 ガーベラ・シグマは、異常を基地に報告する。

「ロクマルのもだ。他は?」

 ジュンは、操縦席の扉を開けて、肉眼で視認しようとする。

「…菫。ガーベラの前方に滞空してガン付けている機体が、見えるか?」

 菫は後部席から身を乗り出し、ジュンの肩越しにガーベラ・シグマのいる上空を見る。

「ガーベラしか見えないけど?」

 ジュンは自前の端末装置をロクマルに接続し、己の視界をロクマルのマルチモニターに投影させる。

 菫の目にも、黒髑髏の機械騎士が見えるようになった。ついでに、基地の全員にも。

 整備班の連中も、首を傾げて所属不明機の正体について喧々諤々。

「機体丸ごとステルス迷彩って、米軍機の隠密か?」

「筑波で試すか?」

「なら事前連絡するだろう、現にニアミスしたし」

「米軍機にしては、装飾に凝りすぎだろ」

「あいつらの軍用機、バケツ並のデザインだからな」

「カンダホル艦隊の偵察機?」

「あいつらはステルスしないぞ。必要ないから」


 神谷隊長だけは、物心ついた時から無駄に蓄えたロボット知識から、正解に至る。


「ナイト・テスラ」


 整備班一同が、『知っているのか雷電?』的に神谷隊長の出番を見守る。

「裏社会の保有する機動兵器の中では、死神扱いの隠れ名機だ。非公式だが、カンダホルの機動兵器を三度撃退しているそうだ。撃破はないが、無敗の三連勝」

 どよめく整備班。

 相沢班長が、首を傾げる。

「どうして、そんな機体の情報が、広まっていないんです? 地球最強を名乗ってもおかしくないのに」

 神谷隊長は、眼鏡を揺らして笑う。

「あれに関する記憶そのものが、記憶させる相手を選ぶそうだ」

 それはロボットというより、オカルトの領域の存在だった、


 ジュンが攻撃に転じないように、菫が相手について説明する。

「パイロットは吸血卿の長女。

 吸血姫ファーラン・フルスロットル。

 機動兵器の軍団で世界征服を目論む秘密組織『アガルタ』が、世界を切り取る為に放った二十六総将の一人。

 その抗争が、世界の文化を著しく破壊すると悟ったファーランは、血盟を結んだ少年探偵・山吹Q策と共にアガルタの壊滅を目指すのだった!」

「…何で、ラノベのあらすじみたいなの?」

 ジュンは、怪訝な顔で情報を咀嚼する。

 菫は、薄ぼんやりした記憶から、急に浮上した知識を並べる。

「わたしが知っているナイト・テスラは、事実を基にしたラノベなの。アニメ化もされた。プラモデルだって作った!

 ……んんん?

 …あれ?

 でも、今まで忘れていた。

 うわあ、やだ何、この記憶?

 わたしが一度見たロボットアニメを忘れるとか、有り得ない!」

「深刻な記憶干渉じゃないか! 神谷隊長、撃破してよろしいか?」

『ダメだ。広義の同士討ちになる。話し合え』

 と指示を出しながら、神谷は前にもナイト・テスラのパイロットを地球防衛軍に勧誘して失敗した過去を思い出す。



【十八年前の海藻、いや回想】


「地球を一回救ったんだ。戦いはもう、十分だ」

 好条件を持ってきた神谷に対し、Q索は全く興味を示さなかった。

 裏社会の機動兵器軍団から地球を守った白髪の少年探偵は、優しさとニヒルさを綯い交ぜにした表情で、特大ハンバーガーの五個目の摂取に専念する。ファーランに毎日献血しているので、食事はいつも多めに摂るのだ。

 ファーランの方は、更に望み薄かった。

 ゴスロリ衣装の権化ともいうべき黒薔薇な装いで、全世界的に有名なファミリー向けファストフード店の店内で完璧に浮いている。実年齢と違って二十代半ばにしか見えない美貌とデカい態度の相乗効果で、その場の雰囲気を激しく侵食している。

 そして、若くてガクブルな神谷を思い切り見下ろして宣う。

「こんな安くてリーズナブルしか取り柄のない店に人を招待しておいて、配下に成れですって? 蔵書の全てを『まんだらけ』に売り払ってからゾンビ化させちゃうぞ、腐女子」

 言葉とは裏腹にフルーツシェイクを満更でもない顔で一気飲みしつつっ、お断る。

「客将扱いですので、メリットしかありません。カンダホル艦隊の暴虐を食い止める為に、是非お力をお貸しください!」

 土下座する神谷に、Q索はオブラートに包んだ断りを重ねる。

「ナイト・テスラは、僕とファーランの日常的な乗用車として使うのが一番です。あの機体は…」



 Q索の言葉を思い出して、神谷は胃の中の物を全部吐き出した。

(そうだった。忘れた方が健康でいられる機体だった)

 整備班が慌てて介抱&掃除をし始める中、神谷は彼らの出現理由に考えを巡らせる。 

(あの二人の性格からして…好奇心で寄って来て、ニアミスに至ったのか?)

 白衣の美少女博士。

 新型の高性能機動兵器。

 異星人ハーフのパイロットが、ここにいる。

「野次馬か!?」

 神谷隊長が、真相に至った。

 彼らは、マジに機動兵器を乗用車として使っていた。



「バレた以上、挨拶をして無用の衝突を避けよう。無許可の空中散歩ぐらいは、大目に見てくれるよ」

 ナイト・テスラの後部席で、少年探偵改め、中年探偵の山吹Q索は、ファーランに穏便な対応を促す。

 童顔のまま二十年も一緒に歳を重ねた白髪の恋人に、前席のファーランは顔だけは余裕を見せる。

 美しい能面のような美貌と、余裕のない時ほど余裕を見せようとする癖は、ファーランがQ索と出会った時から変化していない。

 二十代半ばに見えるスレンダーボディも、変化はない。その永遠の身体が、黒いパイロットスーツの隙間から湯気が出るほどに、発汗をしている。

 萎びた死体の手に見える操縦桿を握り、何とか放さないように力を尽くしている。

「別に接触事故については、言及しませんわ。こちらにも責任が二割は有りますし」

 九割以上こちらの所為だが、Q索はファーランのボケに一々突っ込む手間はかけない。

「でも、事故だからといって、こういう傷をテスラが許すかどうか…」

 ナイト・テスラの右肩に、出刃包丁が深々と突き刺さっている。

 あくまで、事故であるが。

『痛い。許さん。殺させろ』

 ナイト・テスラは、主人の操縦に抗い、苦痛を与えた相手から代償を得ようと我を張る。

 悍ましい操縦桿が、ファーランの白い手に爪を立てる。

「くうっ」

 ファーランが悲鳴を漏らしたので、Q索は通信回線をオープンにする。

「緋色の機体のパイロット。この機体のサポートAIは、肩の傷の事でブチ切れている。もう抑えられないから、機体を放棄して逃げろ。人的被害だけは、避けたい」


 ガーベラ・シグマは、無人だとバレたら、相手が速攻で潰しに来ると知った。

 ガーベラ・シグマの査定では、ナイト・テスラの方が戦闘力は、やや上回る。

 と言うより、黒髑髏の眼窩から青白い眼球がマジ睨みしながら痙攣しており、怖い。

 恐怖が、さっき迄の葛藤を吹き飛ばす。

 急降下してロクマルの前に膝を付くと、操縦席の扉を開ける。

『入れて…いいよ』

 ジュンが、一秒とかけずに入り込む。

「はい、力抜いてえ」

『早っっ?! 痛っっ!?』

「言葉を選べ、お前ら」

 菫が追い付きながら、操縦席の後部に回り込む。

「おい、危ないぞ」

「即席タンデム機能も付けたもん」

 席の後ろ部品を拡張し、座席にして体を固定する。

「ヘルメットは?」

 本格的な戦闘になるので、ジュンは準備不足を許さない。

 菫は、機体を乗り移る際に、ロクマルに備えてあったヘルメットを脱いで置いてしまった。つくづくパイロットには向いていない。

「座席の後ろのこの辺に…あ、昨日割れたままだった」

 ジュンは、自分のヘルメットを菫に被せ、せっかちに顎紐を締める。

「き、きつい」

「小さいな、頭」

「なんか、苦しい」

「じゃあ、少し緩めてと」

 緩めても菫の顔がどんどん赤くなるので、ジュンは紐の加減が分からなくなる。

「ひょっとして、照れてる?」

「顔が近い」

 そう言われると意識してしまい、ジュンは菫の頸をプニプニしてしまう。

 菫は、ジュンの手を抓ろうとは考えたが、なんかやめた。

『男の子に頭と首を弄くり回されるのって、初めてですよ、きっと。げへへ』

「お前、後でリセットするから」

 菫とガーベラ・シグマの喧嘩が再発しそうなタイミングで、ナイト・テスラからの通信が入る。

 ジュンは一目で、その白髪の三十男が文字通りの百戦錬磨だと知れた。

 機動兵器の操縦席で居間にいるように寛げる者は、そういない。

『降りるどころか、逆に乗ったな。本気か?』

 Q索の問いに、ジュンは操縦席の扉を閉めながら応える。

「そちらは、降りられないのですか?」

『日没から夜明けまで、降りない方が安全。そういう機体だ』

「どんな機体ですか」

 ジュンがボヤき、菫が返答する。

「大丈夫、知っています。アニメ見ましたから。…えーと…え〜とねえ・・・あれ?」

 通信の向こう側で、Q索が苦笑する。

『ファーランに血を多めに吸わせる事で力を付けさせて、機体の支配権を取り戻す。三分、逃げろ』

 Q索は、ファーランの吸血シーンを見せないように、通信を音声オンリーに変える。


 菫が、手をポンと打つ。

「思い出した。吸血シーンになると、いつも画面が替わったり、CMに入るんだった」

 相手から、艶めかしい男女の喘ぎ声が聞こえてくる。

 音声だけでも、相手は現在、操縦していないと察せられる。

「始まるぞ。舌を噛むなよ」

 ジュンの警告に、菫は歯を食いしばる。


 ナイト・テスラの眼窩が、青白い眼球から、汚く血走ったまま腐り蕩けた眼球へと変わる。

 同時に、右肩の装甲に突き刺さった出刃包丁が腐食し、塵に還る。

 ナイト・テスラは、影マントを鴉の翼のように拡げて、ガーベラ・シグマの正面まで降りて来る。

 地上十メートルで滞空し、一礼してから会話を始める。


『先程は、不幸な事故にあった』


 怒りを押し殺して和やかさに努める、切れそうな女の声だった。


『お互いに、不幸だった』


 ナイト・テスラは、歪んだ指でお互いを指差す。

 機動兵器とは思えない、生々しく不愉快な仕草だ。


『こちらは無灯火運転。そちらは危険運転が、不幸の原因だ。こういう場合は、警察に事故証明書を発行してもらい、保険会社に事故原因を調べさせて、修理費の割合を決めてもらうのが、大人の対応だ。彼らは良い仕事をするぞ。ほとんどは、示談で済む』


 ナイト・テスラは、音もなく接近し、ガーベラ・シグマに顔を近付ける。


『だが、問題がある。こちらは、保険に入っていない。何せ、三人のうち、二人は死なない身の上だ』


 ジュンと菫は、コックピット越しにナイト・テスラの口臭を嗅いだ。防腐剤の芳香に近い。

 勘違いではなく、この機動兵器は、何もかもが腐敗している。


『和解の手段がたっぷりと用意された現代社会で、示談が成り立たない関係。

 悲劇だ。

 我々は、戦うしかない。向こうが悪いんだーっと見苦しく叫びながら、殺し合うしかない。不幸が積み重なる、実に嫌な関係だ』


 影マントの一部を緩めて、死神のような顔を覗かせた機動兵器は、やけに人間臭い仕草で、人差し指を「チッチッチ」と揺らして見せる。


『素敵な解決策が在る。拝聴しなさい、お嬢さん』

 

 一分が経過した時点で、ナイト・テスラは本題に入る。


『お嬢さんのエンジンを、食べたい。電源を切らずに、そのまま。回るエネルギーの循環を、君の苦悶を振りかけながら啜りたい。それでこの件は忘れてあげよう』


 ナイト・テスラが、影マントの中から大鎌を取り出して切り掛かる。

 ジュンは避けずに間合いを詰め、ナイト・テスラの頭部を真空飛び膝蹴りで蹴り抜く。

 その勢いで、ガーベラ・シグマを上空へと逃す。

 戦闘機を凌ぐ上昇速度で、ガーベラ・シグマは夜空を駆け上がる。

 菫は、ジュンがガーベラ・シグマのエンジン出力を105%で回しているのを見て、後で殴ろうと誓う。


 更に一分後。


 月の輝きが増す高度まで達する頃、ナイト・テスラが追い付いて来た。

「菫。残りの一分は、白兵戦を試していいか?」

「イケイケ、イッたれ〜」

『怖いよ〜〜〜〜』


 ジュンは、ガーベラ・シグマに出刃包丁で二刀流を選択させる。

 そこまで装備してから、ジュンは質問を我慢できなくなった。


「これ、ナイフというより包丁に見えるけど?」

「包丁だよ。包丁こそが、最強のナイフだよ」

 菫は、大真面目に主張する。

 ジュンは、ちょっと迷うが、菫の狂気に付き合う路線に戻る。

 大鎌を振るうナイト・テスラが、腐った目に欲望を湛えて急接近する。

『♪アージーの〜 開き〜〜♪』

 もうエンジンの踊り食いだけで済ませる気がないらしい。

『怖いよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』

 泣き言を言うガーベラ・シグマに、ジュンは問いかける。

「ガーベラ。オレたちには、共通点がある」

『菫の奴隷?』

 そうだねと言いかけて、ジュンは締める。

「戦う為に、生まれてきた」

『もっと気の利いた気休めを言ってよ』

「知るか」

 大鎌の旋風を躱しながら、出刃包丁がナイト・テスラの右上腕部の装甲を切り裂く。

 

 切り裂かれた装甲の下からは、部品や配線ではなく、遺体と棺桶の破片が覘いた。


 全く予想外の代物を見てしまい、ジュンが距離を取りながら菫に質問する。

「あれは本当に人力の機動兵器なのか?!」

「大丈夫、大丈夫。人間じゃないよ。吸血鬼の遺体だから。七十二体の吸血鬼の遺体が、ナイト・テスラの原動力だから。人権団体は、気にしなくて大丈夫」

 全然大丈夫ではない設定を、菫は嬉しそうに明かす。

「いやあ、ダークな設定だったなあ。子供の頃は、お漏らししながら見ていたよ。あ、この記憶、要らない」

『もうやだ〜〜〜〜!! 自爆ボタン押して〜〜〜〜〜!!』

「オレも押したくなってきた」

 大鎌の波状攻撃を躱しながら、ジュンは急降下して時間稼ぎに入る。


「あと三十秒」

 活き活きとカウントダウンに入るジュンに、菫が聞いてみる。

「不思議。ジュンは、Q索さんの事を知らないのに、言い出した時間を信じるのね」

「吸血鬼の群体みたいな機体を、恋人と一緒に長年宥めてきた人だ。勇者を信じない奴は、バカだ」

「ジュン…」

 菫は、ジュンのロボ根魂(ロボット根性物魂)に惚れそうになりつつ、エンジン出力が115%にまで上がっていたので好感情が保留になる。


「お前は、この機体を爆発させたいのかーーーーーー????!!!!!!????」


 ジュンは、心外そうに返答する。


「機動兵器のエンジンは、焼き切るまで使ってナンボだぜ?」

『ウヒャヒャ、なんかスースーするー』


 ガーベラ・シグマに、変なスイッチが入っている。


「下げろ下げろ下げろ下げろ下げろ下げろ下げろ下げろ下げろ、この大馬鹿野郎!」

「いや、下げたら大鎌でズンバラリンだから。ここはエンジン爆発のリスクに目を瞑ろう」

『なんだかだんだん気持ち良くなってきた〜。うひゃうひゃひゃひゃ〜』



 戦闘開始から、きっちり三分後。

 ジュンは、ガーベラ・シグマを元の位置に着陸させる。

 機体の各所からオーバーヒートが原因の煙が上がっており、整備班が総出で冷却専用水をぶっかけ始める。

 操縦席の扉が開き、中からジュンが菫に蹴り出される。

 難なく着地したジュンに、菫が上から雷を落とす。


「大馬鹿野郎おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! お前のオモチャじゃねえんだ、加減しやがれ!!!!」


 ジュンは、激昂する菫を見上げる。

 見上げる。

 礼節として、目を逸らす。

「菫。見えている」

 菫は操縦席に戻ると、スカートの乱れを直してから、ガーベラ・シグマに命じる。

「踏み潰して」

『筋肉痛で動けないから、自分の尻で潰して』

「ああああああんんんもおおおおおおおおおお」

『喜ぶよ〜、お尻で潰してあげると〜』

「よっしゃ、潰したるわっ!」

 菫は、本当に操縦席から飛び出した。

『…こんな母親に作られた割に、マトモだよなあ、わたし』

 ガーベラ・シグマは、実母のラブコメを見守りながら黄昏れる。


 

 隣には、腐敗臭が薄まって機動兵器に戻ったナイト・テスラが、静かに降りる。

 機体の支配権を取り戻したファーランは、ナイト・テスラを強制停止させてから、Q索と共に下に降りる。

 神谷は、最敬礼で出迎える。

「お久しぶりです、ファーラン・フルスロットル様と、破壊探偵」

「僕をその渾名で呼べる貫禄を身に付けたか」

 Q索は、旧知に笑顔で応じる。

 ファーランは神谷を相手にせず、菫に食ってかかられるジュンを注視する。

「あの少年か。ナイト・テスラの斬撃を全て躱したパイロットは」

 Q索が止める間を与えずに、ファーランはジュンに仕掛ける。

 ファーランが爪の伸びた右の人差し指を頭に向けると、ジュンは躱した。

 ジュンは軽く睨みながら、ファーランを値踏みする。

 アングロ・サクソン系の真白貌の器量良し。背格好は低めで手足も細身。伏し目がちの紅い瞳に落ち着きが有り過ぎて、怖い。目前でジャンボ旅客機が爆発炎上していても、脈拍が変わらない類いの落ち着きだ。

 ジュンは、隣で固唾を飲んでいる菫に、感想を漏らす。

「菫が吸血鬼になったら、あんな感じだな」

「わたしを面と向かってベタ褒めしおってからに…明日はクッキーを口に詰め込んでやろう」

「菫。クッキーの食べ方は、知っている」

「驚愕」


 ファーランは、肩の力を抜いてジュンから視線を逸らし、欠伸をしてQ索に寄りかかる。

「狼男じゃなかった。似ているけど」

 Q索が、スマホで拾った情報を見せる。

 菫のアキバ演説と、それに応じたジュンの記事を一読し、ファーランは鼻で笑う。

「あらあら、激しいわね。下心が」

「僕だって、ファーランへの下心で戦ったよ」

「で? 今も?」

「うん。新しいプレイを思いついた」

 ファーランが、Q索のワイシャツの中に手を入れて愛撫しだす。

「ふふふ、確かに、新しい餌が向こうから来るわ」

「久々に、本気で狩りにしよう」

 のんびりと基地内でイチャつき始めるバカップルに、神谷は敢えて用件を聞く。

「あのう、先輩方。そろそろ用件を。整備班にも、休憩を取らせたいので」

「ナイト・テスラの半径五十メートル以内には、近寄らないようにバリケードを張っておいてくれ」

「はい」

「僕とファーランは、近くのホテルで休憩するから」

「…置いていく気ですか?」

「たまには広い部屋でヤりたいんだ」

 地球防衛軍の基地を、マジで駐車場扱いするQ索の物言いに、神谷は意外と嬉しくなった。

「あのう、明日まででしょうか?」

 一晩だけなら、神谷はどうにか死人を出さない自信はある。

「済まないが、暫くは此処の夜間警備をする」

 駐車場扱いした上に、押しかけてきた。

「僕たちがローテーションに加われば、ジュン君も夜休めるだろう。単機じゃ辛いぞ」

 神谷は、それが参戦の申し出だと、理解するのに三秒以上かかった。

 涙腺が決壊するのを堪えて、確認する。

「記憶に留めておいて、よろしいのですね?」

 Q索は、冷めているけど優しさは残っている視線で、神谷に約束する。

「ナイト・テスラの邪気に当てられて、不快な怪談話に巻き込まれる羽目になるだろうが、当分は記憶を消す都合がない」

 刺激を増やして夜の営みを豊かにする為だとは、Q索は教えなかった。

 ナイト・テスラに上物の餌(カンダホル艦隊の機動兵器)を与えるのに、丁度いい便乗行為だとも、教えない。

 アニメ版で、やや英雄的な人物像で描かれているので、相手が都合よく感動するのに任せる。

「今度こそ、ムック本にサインして下さい」

「いいとも」

 Q索は朗らかに別れようとして、視界の隅に十歳くらいの幼女の幽霊を認める。


 ピンクのロリータ服に見物人の腕章は付いていないし、足は地面から六〇センチ以上浮いている。

 影もなし。

 基地内を気侭に観察し、メモを取っている。

 Q索は周囲を伺うが、他にはファーランにしか見えていない。

「下品そうな幽霊ね」

 ファーランが、右の人差し指を幼女の幽霊に向ける。

 深紅の目を細めて、幼女の幽霊を値踏みする。

「端末というか、あれ自体が影ね」

 次いでファーランは、指先を宇宙に向けた。

「吸血姫四十八の殺人技の一つ、無拍子の指弾」


 衛星軌道上に駐留する軽空母『コウジ』のブリッジ内で、マミマミはファーランの指弾を受けた。

 距離を無視した吸血姫の指弾が、幽霊の副長マミマミ(死んでからが本番のゴゴドバ星人)を吹き飛ばしてブリッジ内でバウンドさせる。

 よく跳ねた。

 たっぷり十秒は跳ねた後で、マミマミは何事もなかったかのように席に戻り、幽霊専用紅茶を飲む。

「下品な指技」

 二百歳のロリ婆であるマミマミは、年下の小童共に余裕を見せようとする。

 手が震えていたせいで、ティーカップからお茶が溢れて衣服を汚した。

 涙目になりながら、マミマミはブリッジ内の反応を気にする。

「なあに? 突っ込んでいいのよ? ツッコミ入れたいんでしょ?!」


 突っ込んだら土下座するまで不眠不休で呪われるので、みんなスルーする。


「ううううう、何て非常識なの!? 物理法則を無視して、指弾をぶつけるなんて」

 物理法則を無視して影に斥候をさせていた宇宙人幽霊が、地球の吸血鬼を非難した。

 放っておくと拗ねるだけなので、ヴァルボワエ艦長が声をかける。

「ナイト・テスラが合流した以上、捨て置けんな。出費が嵩むので、相手にしたくはなかったが」

 ケロッと機嫌を直したマミマミが、意見具申する。

「艦隊演習を、あの基地の真上でかましてやろうよ。あのドクロ人形が出て来たら、艦砲で基地ごと墓穴にしてやるわ」

 マミマミは、七隻の軍艦を同時に連動運用させる事が出来るので、可能ではある。地球防衛軍が総力を結集して反抗しても、問題ない。

 二十年前に地球防衛軍の宇宙艦隊が十五分で全滅したのは、技術差よりもマミマミの功績が大きい。

 必勝は間違いないが、ヴァルボワエ艦長は婉曲に左に受け流す。

「もっとリーズナブルな方法が、有る」

 燃費の悪い真似は絶対許さない相方に、マミマミは舌打ちしそうになった。

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