二話 ノリと勢いで人生を決める派

 前回の、ま戦機!

「20年負けっ放しの地球防衛軍に、遂にマトモな機動兵器が登場! でもパイロットが気絶するわ、代打は素人だわ、いきなり大破! くっ、次に乗ってくれるアホを探さなきゃ!」



 翌朝、五時に起床した菫は、朝食に即席クラブサンドをかっ食らうと、赤い自転車『梵天丸』のペダルを回して回して、五分で仕事場に入る。

 地球防衛軍日本支部・筑波基地の修理工房で、大破したままのガーベラ・シグマの修復プログラムを設定する。

 これが戦争アニメでの出来事なら、整備班が不眠不休で修復に当たる事態だが、誰も敗北した機動兵器の修理を急かしたりしなかった。菫も残業する気は無いので、放置して帰っていた。


『みんな結構、冷たいですね』


 ガーベラ・シグマに搭載したサポートAIが、菫にボヤく。


『人間の娘っ子で喩えると、暴行された後、破れた下着姿のまま、一晩放置されたようなものですよ』

「ふーん。じゃあ、寂しくないように、次の装甲はシマパン塗装にしとくよ」


 菫は、サポートAIからのクレームを、冷たくあしらう。


『外、外道ぉーーーー!!!!』


 うるさいので、菫はサポートAIの機能を強制遮断する。


「失敗したー。擬似人格は、奴隷に限るな」


 邪魔を排して、菫は作業を終える。 

 フル回復するまでの見積もり時間は、一週間と出る。


「ふむ。スカウト行脚に春休みを費やして、丁度いいか」


 そこへ、朝一で菫が来ているとは思っていなかった当直の整備担当者たちが、大破して横たわるガーベラ・シグマの見物に来て余計な感想を駄弁る。


「これかあ、菫ちゃんが、宇宙パパから送ってもらった中古品はあ」

「中古品を手直しして新作登録とか、場末の悪徳バイク屋かっての」


 ギャハハハと気軽に悪口垂れ流す二人組に、手近のスパナを投げ付ける。標的の頭から五メートル以上外れたが。

 ガン睨みの菫と向き合った整備担当者たちは、悲鳴をあげて逃げ出す。

 下衆な負け犬を放り、菫は悪口の妥当性を検討する。


「う〜む。そういう見方も有り得るか」


 当事者でなければ、菫だってその見方を無視できない。

 一年どころか、二十年も追いつけなかった技術差である。長年積もった劣等感は、根が深い。

 撃墜されずに大破で済みましたなんて実績では、筆箱でも売れない。


「早くパイロットを探して実績を積まないと、パチモン扱いされちゃうな」


 菫は一旦帰宅してからスカウト活動の算段をしようと、再び赤い自転車に乗る。

 駐輪場から発車前に、黄色のべスパに乗って出社した上司・神谷三雲と遭遇。

 人目があるので、菫はきっちりと敬礼して挨拶する。


「おはようございます」

「おはよう」


 低血圧で二日酔いでも顔色以外は佐官らしく整えた神谷が、敬礼を返す。


「今日は仕事ないので、パイロット探しに専念しまっする!」


 菫の礼儀作法は、十五秒と保たなかった。


「あんまり変なのを発掘するなよ〜」

「了解しました」

「まあ、変なのしか余っていないだろうけど」

「そらそうだ」


 それで今日は別れようかとも思った神谷だが、どうせ菫の見付けてきたパイロットで苦労する気がしたので、自転車の後部車輪を鷲掴みにして動きを止めてからアドバイスする。


「いいか、神無月博士。人材を集める時は、自分本位に趣味で集めろ。妥協は、お互いを不幸にする」

「…一見、わたしの個性を尊重したアドバイスに聞こえますが、いざって時に、わたしに責任を取らせ易いように、ですね?」

「責任転嫁が出来ずして、誰が大佐にまで成れようか」


 上司の『この件では庇わないからね』宣言を受けて、菫は『じゃあ、心置きなく好き勝手にやろう』と、方針を固める。


 築三十五年の中古一軒家に帰宅すると、母・美夕貴みゆきさんが朝食に牛丼並盛りを食べていた。

 パーフェクト美女である。

 教室や職場で、必ずマドンナとして遇される美人。年齢性別人種を問わずに愛される外見と内面を保つ美人。

 着衣の上からでも美乳と判る巨乳。

 三十路を越しても崩れなかったウェストと、熟れた美尻。

 柔らかくて抱きしめたくなる美卵型の美顔は、ナチュラルな笑みが基本形で保たれている。


(こんな美人妻がいるのに、初夜で宇宙人に誘拐されるとは)


 父の無念を思うと、菫の胸中は大炎上する。

 誘拐されなければ、弟妹が量産されていたであろう事は確実の美人妻である。


(こんな美人妻がいるのに、宇宙から帰って来ないとは)


 父の遠回り人生を思うと、菫の胸中はイライラする。

 漫画家として認められなかった段階で帰郷出来ず、帰りの旅費稼ぎの転職先(軍隊)で出世した事が、色々と裏目に出ている。


「お母さん。今日は、一緒に仕事場まで付いて行っていい?」


 菫が物心ついてから一度たりとも美人を辞めた事がない美母は、牛丼を食べる動作をキリリと中断して確認する。


「今日の収録は、秋葉原よ?」


 神無月美夕貴さん、三十五歳。

 中堅の声優さんなのだ。


「うん、秋葉原に用事」

「お母さんの周囲に、結構群れるわよ?」

「蹴散らす」

「今日は、菫の周囲の方が、群れるかも」

「薙ぎ払う…え? 何で?」

「昨日、巨大ロボットに乗って戦ったばかりでしょ」


 その戦闘で菫が二十回連続で死にかけたとは知らないので、美夕貴さんは気楽に別口の見方をする。


「しかも最後に服が大破した映像が流れちゃったから、見えちゃったわよ。シマパン」


 母・美夕貴は、大真面目な形相で牛丼をダッシュでかき込み終えてから、言いたい事を続ける。


「菫は、秋葉原の里の者たちに、『シマパンのキャラ』として認知されたのよ」

「わたしは一向に構わない」


 菫は、仁王立で宣言する。


「洗濯して干したシマパンを盗まれて、オカズにされる確率が激増するわ。しかも汚された映像が、ネットに流されるの」


 菫が、よろけて片膝を付く。


「くっ、わたしもお母さんのように、屋外で洗濯物を干せない人生を歩むのか」


 美夕貴さんは、干しておいた洗濯物が頻繁に盗まれてしまうので、対策として二階室内の南側窓辺に洗濯物を干している。

 売れ始めた若い頃から、ずっと。


「大丈夫よ。私、変態対策には慣れているから。一緒に撃退しましょうね」

「ありがとう、お母さん。話がズレてきたけど、ありがとう。さあ、出かけよう」


 変態撃退用トリモチ・バズーカまで取り出した美夕貴さんのノリを止める為に、菫は食後の茶も飲まずに出発を促す。


 母の心配は、秋葉原に着く前に現実となる。

 つくば駅に着いた段階で、菫は周囲の注目を無用に買った。

 いつもはお洒落で粋な母に集まるエロい視線が一部、菫へも集まる。

 試しにSNSを覗くと、

「JCパイロット健在」

「大破パイロット無傷」

「細くて可愛いわ〜」

「シマパン美少女不死身」がトレンドに上がっている。

 昨日と同じく、地球防衛軍の白衣を着たままの外出なので、そりゃバレる。 

 美夕貴さんもトレンドを目にして笑っている。


「大丈夫、大丈夫。気にしない、気にしない。カボチャ畑のカボチャが、こっちに視線を集めているだけだから」

「それなんのダークファンタジー?」


 菫は我が身に降りかかりつつある怪奇現象に引きつつ、隣席の母に身を寄せる。

 娘の頭を久々に撫で撫でしながら、美夕貴さんは忠告する。


「殴れる範囲にまで近寄って来た、無礼な変態だけを殴りなさい。それ以外のは、気にするだけ時間の無駄。クズに時間まで与えてやらなくていいのよ」


 数々の変態を撃退してきた歴戦の美母は、娘にキッチリと戦略を仕込む。



 駅でも車内でも写メで撮られ、SNSに上げられていく。菫がツイッターのアカウントをチェックすると、フォロワーの数が一晩で二桁増えていた。

 返信欄が、怖くて見られない。

 SNSがイカに変態的なセクハラに弱いツールであるかは、美夕貴さんから度々聞かされている。


「マトモに見ない方がいいわよ。精神的にクるから。検閲アプリにかけて、マトモな返信を選り分けてからにしなさい」


 俄か有名人になった娘に、経験者は対処法を逐一教えて、守る。

 電車が終点の秋葉原に着く頃には、『昨日あれだけフルボッコにされても無傷なのは、コックピットがセーフティシャッター装備でも不可能だ』とのお題が昇り、「シマパン防御説」まで浮上した。

 秋葉原駅の外に出た時には、耳に「シマパン無双だ」「シマパン美少女、来た!」と呼ぶ声まで拾った。


「幻聴かな?」

「私にも聞こえたから、確報」


 猛抗議をしようと発声する寸前で、菫は発想をダブルタイフーンさせる。


「…ふむ。逆に宣伝効果が増すか」


 立ち止まって写メを撮る通行人の数が、常時生垣を作る程に、群れる。

 秋葉原に来訪する生命体の半数以上は、生の美少女パイロットを見たら写メを撮らずにはいられない。

 正確には、ブチ切れて出撃したマッドサイエンティストだけれど、敢えて否定はしない。


「菫。悪い事を考えている時のドヤ顔が、原石くんにそっくり」

「はっはっは」


 菫は笑いながら深呼吸すると、離脱を告げる。


「お母さん。男を落としに行ってきます」

「あらまあ」


 生理が来ても思春期に入ってもブラジャーをするようになっても男との交遊に興味のなかった菫のセリフに、美夕貴さんビックリ。


「場合によっては、女も」

「無差別?」

「人数も、不明です」 

「ハーレム? 酒池肉林? サンドイッチ?」


 話がズれつつあるので、はっきりと伝える。


「ア…根性のあるパイロットをハンティングしに」

「昨日フルボッコにされたロボットに乗ってくれるアホを募集するのね?」


 機動兵器に疎い母にさえ見抜かれたので、菫は『ぐはああああ』と仰け反る。

(いや、お母さんでさえ気付く事に気付かないアホを募集するのだから、大丈夫。大丈夫)

 気を取り直す菫の腕を、美夕貴さんが組む。


「お母さんも行きます」

「仕事は?!」

「収録まで、二時間あるし」

 秋葉原の収録では、仕事前に徘徊してSNS投稿に励み、ファンとの交流で名と顔を売る美夕貴さんである。

「よし」

 獲物を美母に食い付かせるのも、菫の基準では、有り。



 秋葉原駅の電気街口より、歩いて一分。隣にAKBカフェがある店舗の前が、菫の目的地。

 目前に駅前で最も広い広場と立体歩道があり、人通りは抜群。

 人類が持つ、ほぼ全ての文化が集う秋葉原の中でも、五指に入る著名なカフェの前。

 日本初の、ロボットアニメをテーマにしたカフェの前で、菫は美夕貴さんに携帯で撮影してもらいながら、ネットに己の映像を送信し始める。


「著作権に触れるので名は出しませんが、このカフェの前で始めるのが最適であると、愚考しました」


 白衣の十四歳は、母の手に持つ携帯に向けていた視線を、秋葉原全体に向ける。


「初めまして。わたしは神無月菫。

 地球防衛軍日本支部、開発部特別顧問の肩書を持つ博士です。

 学業の傍ら、機動兵器の開発を行っています。目的は、カンダホル艦隊を壊滅させる事です」

 

 聴衆からは、戸惑いと失笑と、憐憫が返ってくる。

 赤の他人の感想に、菫は用がない。


「わたしの父は、新婚初夜にカンダホル艦隊の機動兵器に誘拐されました。漫画家として売り飛ばされたのです。実際には、漫画家を目指していただけのワナビーでしたが、区別が付かない宇宙人に注文されたのです。

 父は、売られた星で漫画家として作品を描き続けましたが、ネームの段階で全て没を喰らいました」


 聴衆からは、美夕貴さんの旦那に関するトリビアに、反応が割れる。同情よりも、ザマーミロの声の方が多い。一夜だけとはいえ、ハイパー美人妻に合体・発射・命中させたのだから、男なら同情しない。


「三年経っても漫画家としてモノにならなかったので、父は自由(クビ)に成りました。しかし、帰りの旅費が有りませんでした。父は傭兵になり、帰りの旅費を稼ぐ事にしました。

 父には、軍人としての才能は有ったようです。十年で准将にまで出世しました。除隊し、地球へ帰ろうとしました。

 しかし父は、カンダホル艦隊に阻まれました」


 菫は、邪魔が入らないように、祈る。

 秋葉原での生配信を選んだのは、宇宙人の観光客が多い事も見越しての選択。

 この秋葉原なら、カンダホル艦隊は強硬手段に出られない。

 

「カンダホル艦隊は、地球から漫画家を拐うだけではありません。

 地球への軍事力提供・技術供与・人材流入にも、目を光らせています。

 地球の漫画家が宇宙に散らばるうちに、地球人が違法に売買される現実も、知られていきました。

 この二十年間で、地球人を助けようとしてくれた方々もいるのです。ですが、カンダホル艦隊に妨害されています。

 中古の機動兵器を送ろうとした輸送船は、撃沈されました。

 一流のパイロットが義勇兵として来訪しようとしても、カンダホル艦隊の監視網が地球の周囲に張られているので、叶いません。

 地球は、外部からの救援に頼らず、カンダホル艦隊を打倒する道を歩まねばならないのです」


 立ち止まって菫を注視する秋葉原の通行人の中に、異星人が目立ち始める。

 地球の文化だけを目当てに観光に来た彼等にも、この話題は響く。


「父は、宇宙標準の軍事技術を地球にもたらす危険人物として、カンダホル艦隊に警戒されています。わたしと父との通信は、全て検閲されています。会話が軍事の話題に及ぶと、露骨に通信が遮断されます。手紙での質問も、軍事に関するものは届きません。

 これは逆に考えれば、父のもたらす情報が地球の軍事力を底上げし、カンダホル艦隊から漫画家を守れる星に成れる可能性だと考えております。

 わたしは、カンダホル艦隊の包囲網を突破する力を手に入れたい!

 お父さんを地球に迎えられる力を、手に入れたい!」


 菫の放送を見届けるギャラリーの中に、秋葉原に降りたらエルフと呼ばれるしかない外見の、華麗なるラン星人(成人女)が現れる。

 付け耳ではない細長い耳と、地球人離れした細長い吊り目。

 実際、通行人がエルフと連呼する。

 害のない、好意的な笑顔で、菫を見詰めている。

 菫と美夕貴さんだけは、放送に熱中して気付かない。


「昨日の戦闘で、わたしは自作した機動兵器で出撃しました。性能では、互角以上であると、自負しております。しかし、わたしの戦闘技術では、ガーベラ・シグマの性能を活かしきれませんでした。惨敗です」


 菫の双眸から、暴風じみた眼光が噴き出す。


「私は、戦士が欲しい!

 地球防衛軍が、ようやく開発に成功した真っ当な機動兵器を使い熟せる戦士が欲しい!

 二十年間、無力に踏み躙られても、まだ戦えると信じて戦ってくれる戦士が欲しい!

 キルレシオ八〇〇〇対二の歴史を塗り替えようと挑める、戦士が欲しい!

 死亡フラグしか存在しない無理ゲーな戦場でも、踏み越えて戦うと誓える戦士が欲しい!」


 アホを騙す言葉を、菫は出せなかった。

 アホが出現する事を乞い願う、狂気しか捻り出せなかった。

 

 それでも、群れる通行人の携帯を通じ、菫の『檄』は全地球へ、全銀河へ、全宇宙へと乗った。

 ただしカンダホル艦隊の邪魔が入らなかったのは、幸運でも偶然でもない。


「わたしの作った機動兵器で戦うパイロットを、募集します。地球人でなくても構いません。

 特に今現在、観光目的で地球に来ている、丈夫そうな宇宙人兵士を歓迎します。

 カンダホル艦隊が地球を包囲する前に引っ越してきた奇特な方も、歓迎します。

 受付は、わたし自身。

 雇用条件は、要相談。

 筑波で待つ」



 放送を終えると、菫は母に抱きつく。


「やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった、これじゃあ、只のバカだよ」


 美夕貴さんは、豊満な体で愛娘を超抱き締める。


「菫、カッコよかったよ。イグザクトリーだよ」

「うううううう、お母さんの身贔屓だけが慰めだよう」

「たっぷり身贔屓してあげるね」



 一仕事を終えた娘と母がスキンシップしていると、ギャラリーの中から短距離テレポートで一気に間合いを詰める宇宙人が。

 先ほど、菫を笑顔で見詰めていた、ラン星人の女性である。

 謎なTシャツ(四角い顔の怪人が、『なんで既読スルーなんすかー!』と叫んで泣いている絵がプリントされている)と地味なジーパンを着て、両手に萌え絵の買い物袋を複数抱えている。どう見ても、秋葉原だけが目的の、宇宙人である。

 とはいえ、彼女が可憐である現実は薄らがない。

 華奢な長身には無駄な肉付きはなく、健康的に絞られている。小さな顎に、地球人離れした切れ長な目と耳。

 既にギャラリーの写メは、エルフな彼女へと注目を移している。


「初めまして」

 挨拶の身振りだけで、清涼な光の微風が周囲に舞う。

 彼女の背中には、地球人には認識し辛い光の翼が生えている。

 体幹の揺らぎのなさから、菫は彼女が相当な武術の達人だと当たりを付ける。

「こちらこそ、初めまして」

 美夕貴さんは、背筋をキリッと伸ばして見返す。

「…初めまして」

 菫は、いきなり応募者だろうかと、期待する。

 エルフ女は、菫にだけ話しかける。

「佳き檄、そして佳き戦気ですね、ナデシコ・スミレ」

 父の姓で呼んだので、菫は彼女を『父が寄越した人材』かとも思った。


「ナデシコ准将が乗る重巡洋艦を、地球近辺から追い払った時の顔に、よく似ています」



 敵だった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「手強かったですよ、ナデシコ准将は。こちらの駆逐艦が二隻中破しました。ココハの光速の追撃も逃れて、今は木星方面へ退却しています」


 ココハには、悪気はない。

 ただ、戦いの狂気を放出する菫に、挨拶がしたくて顔を見せに来ただけ。


 菫は、目線に殺意が乗るのを自覚する。

 美夕貴さんも、同じ目をしている。


「怯えないでください。ココハは漫画家の勧誘には関わっていません。お嬢様と刃を交える機会は、ありません。ココハの任務は、地球に接近する商売敵の排除にあります。特に手練れが相手の時は、ココハが出撃します」


 母娘の感情にはお構いなしに、ココハは礼を尽くす。

 己の振る舞いにに失礼はないと思い込んでいる者特有の、鼻につく礼儀だった。


「ココハが武士に成ってから、銀河では大戦が起きていないのです。カンダホル艦隊に赴任してから半年で、ようやく撃墜数が十を超えました。ここは好い星です」


 悪意はないが、雲の上からの目線で、話しかけられている。


「ありがとう。貴女の飛ばした『檄』のお陰で、更に強者が地球へと集まるでしょう」

「わたしに、話しかけるなぁーーーー!!!!」


 菫の怒号に、ココハが半歩引く。

 ココハは、己がビビった事を自覚し、笑顔が止まる。

 

 見くびり過ぎて迂闊な接触を試みた事を戒める無線が、ココハの指輪型携帯に入る。


『ココハ。休暇は取り消しだ。懲罰として一ヶ月、外出を禁止する』

「…はい?」

 この人は足りていない人だと、菫はココハのソフト面を見抜く。

『せっかく情報規制を続けているのに、お前は艦隊の被害状況をバラした』

「えっ、あっ、はいっ」


 カンダホル艦隊旗艦『コウジ』(オミヤマイリ型軽空母)のヴァルボワエ艦長(テッテケ星人・熟女)は、美マンボウな顔立ちの眉間を寄せて、新米エースを叱咤する。


「実害が無かろうと、たるみ過ぎだ。許さん。戻れ」


 二ヶ月ぶりに艦橋から部下を叱る姿を見た乗組員たちは、自分たちも休暇中の発言をチェックされている可能性に考え至り、悲しくなる。

 部下たちの空気を迅速に察し、ヴァルボワエ艦長は、やや優しげにフォローする。


「チェックするのは、地球で休暇をする者だけだ。他の星なら、幾らでも悪口を言ってよろしい」


 そう言われて安堵しながらも、本当かどうかは信じ難い部下たちだった。

 幾ら辺境の田舎惑星であろうと、二十年間も一方的に狩場にしてきた手腕は、部下にも躊躇無く向けられる。

 新米エースのココハは、十分に分かっていないが。

 ヴァルボワエ艦長は、新参者への教育を締め括る。


「すぐに戻れ。これは正式な懲罰である。買い物の途中であろうと、すぐに戻れ」


 死んだ魚のような目で、ココハは両手の買い物袋を下ろす。

 その表情で、エルフは完全に台無しになった。


「ジュン。ココハは帰投するから、荷物を頼みます」


 ギャラリーに紛れて控えていた執事服の従者が、一瞬で主人の前に駆け付けて畏まる。主人と違い、短距離テレポートでは無く、人並み外れた高速である。

「それと、これを買っておいて」

 ココハは、アナログにメモを書いて渡す。

 菫は、買い物袋の中身とメモを盗み見て、戦略が閃めく。

「その顔」

 ココハは、菫のドヤ顔を見咎める。

 菫の顔を無礼に指差しながら、ココハは牽制球を投げる。

「カンダホル艦隊に所属する前はナデシコ准将の艦に居たから、見知っているわよ、悪い事考えているでしょ? ロクデモナイ事を謀っているでしょ? ココハの苦難に、クレイジーソルトを塗りこむ気でしょ?!?!」

(逆境に劇弱なんだな、この人)

 涙目で喚くココハに、菫は初めて精神的な優位を感じる。

「ジュンの買い物の邪魔をしたら、この列島を熱核攻撃で殺菌処分しますからね! 自重しなさい」

『漫画家が一番収穫できる島国を焼き尽くしてどうする。アホ。早く戻れ。アホ。命令を受けたら、即実行しろ。アホ』

 ヴァルボワエ艦長から、ツッコミと催促が入る。

 顔面蒼白になるココハに、菫が耳打ちする。

「ねえねえ、今からでも、お父さんの艦に戻れば?」

「それはない」

 ココハは、指輪型携帯に話しかける。

「マツカセワ、出て来い」


 ココハの命に従い、機動兵器に搭載されたサポートAIマツカセワが、ステルスモードを解く。

 水銀色の機動兵器が、秋葉原の上空で無音のまま滞空している。

 普段からYouTubeなどでカンダホル艦隊の機動兵器に見慣れている地球人も、それを見た後では、これまでは中古品しか見ていなかったのだと、思い知る。

 地球の漫画家を拐う「雑用」ではなく、外宇宙から来る商売敵と戦う為の、「戦争用」の機体。

 それは、背負った二十四連加速ブースターをカゲロウの羽の様に薄く広く展開する。機体の被弾面積は格段に上がってしまうが、光速兵器でなければ命中不可能と言われる程の機動力を持つ。

 その名は、Vマルシーネ。

 テレポート能力を持つ者にしか扱えない、駆逐用光速機動兵器である。

 三流の軍事力すら持たない地球の戦力では、Vマルシーネ一機で全滅する。


 同じコンセプトの機体を開発したばかりの菫は、Vマルシーネの完成度の高さを理解してしまい、胃液が逆流しかける。


(足りない)


 菫は、自覚する。


(何もかも、足りない)


 宇宙でもトップ5に入る光速機動兵器を間近で見た菫は、生まれて初めて、激情を超える絶望に見舞われる。


(足りないまま、終わってしまう)


 不屈の戦士を募集したのに、菫の心の方が潰れそうだった。

 美夕貴さんが、娘の手を握る。


「原石くんは、あんなのと戦って、生き延びたのね」


 菫は、母の手を握り返す。


(会ってみたい。これと戦える、お父さんと)



 ココハは、元上司の妻子が震えずに眼力を強めているのを見て、横笛を吹きたくなる。

(このお嬢様は、呼ぶな。色々と)

 菫の意志力に戦いの匂いを嗅いで慰めを得て、ココハは愛機へとテレポートする。

(ココハの選択は、間違っていなかった)



 主人と乗機が天空へと消え去るのを見届けてから、ジュンは両手に三つずつ持った買い物袋を「よっこいしょ」と持ち上げる。

 荷物を宅急便で送り次第、自分だけ秋葉原での休暇を満喫する肚だった。


「買い物を手伝ってあげようかあ?」


 菫が左側から、ジュンに声をかける。


「ほら、男は入り辛い場所かもしれないし」


 ニコニコと笑顔である。

 まるで萌えキャラであるかのように、ニコニコである。

 三ヶ月ぶりに顔の萌え筋肉を使ったので、ちょっと痙攣する。


 意図を察した周囲のギャラリーが、

「そこで、くるりんと回ってスカートをフワッとさせるんだ!」

「地下鉄の通気口の上で、パンチラ・ハプニング!」

「シマパンで攻めるのは、今だよ菫たん!」

「今こそ、シマパン神のお力を!」

「よろけて抱きついて、胸を押し付けるんだ!」

「眼鏡っ娘だ! お前は眼鏡っ娘になるんだ!」

 美夕貴さんが、アドバイス野次を飛ばす方向を優しく睨むと、ギャラリーは空気を読んで自重する。

 

「平気だよ。『とらのあな』のBL本専門館に入っても。店員にメモを渡せば済むさ。地球の事は、親父から教わっている。ほぼ秋葉原の知識に偏るけど」

 容姿も声も中性的で小悪魔属性っぽい執事少年は、目を剥く菫の目線に、身分証を提示する。


菊久里きくりジュン 

 帝国軍第七十七方面軍

 機動兵器部隊第四十一大隊所属 伍長】


 菫が身分証の裏面を見ると、注意書きが書いてある。


【カンダホル艦隊は一応、帝国認可の私掠船である。違法スレスレなので、ヤバくなったら見捨てるように】


(その程度のポジションの敵に、二十年も蹂躙されとんのか)

 菫は、ひたすらに、情けなくなった。

 落ち込む菫に、執事服少年は自己紹介を続ける。

「十五歳。父親は地球人だ。拐われた先で、メイドさんに手を出して出来たのが、オレ」


 少年の瞳からは利発な輝きが溢れ、口元には噛まれたら噛み付き返す癖の者特有の、不敵な笑顔の筋肉が。

 菫は、彼の中身は戦士だと知る。


「地球に来る為に、ようやく従者扱いでカンダホル艦隊に就職できた。情報が欲しいのだろうが、オレはココハみたいに迂闊な口は持っていない」


 歯軋りを我慢する菫に、ジュンはニコニコと笑顔を向ける。

 立場、事情、状況全てを差し引いても、同年代の美少女と面と向かって話せるのは、ジュンにとって嬉しい。


「デートは歓迎するけど、時間の無駄になるよ、たぶん」


 嬉しいからこそ、ジュンは菫に嘘を吐かずに対応する。

 男を口説く事に慣れていない菫は、半ば本気でスカートでも捲って見せようかと逆上しかける。

 美夕貴さんがジュンの右から、プロの声優さんの必殺技を囁く。


「ねえ、ジュンくん。声優さんのアフレコ現場を、見学したくない?」


 罠であると承知しつつも、ジュンは食い付く。

「…何の作品ですか?」

「サイレントメビウスQDの、三度目のリメイク」

 ジュンは、その段階で人生を決めてしまった。


 ジュンは、見学を邪魔されないように、そして、彼女たちが持ちかけるであろう寝返り話をした途端に帰還を命じられないように、指輪型携帯を外して踏み壊す。


「是非、見学させて下さい! カンダホル艦隊も辞めます! そして、雇用条件を相談しましょう!」


 相当にセッカチな声豚少年である。

 菫は、いきなり加速した少年の行動力に、目を見張る。そして、心配そうに、ジュンに尋ねる。


「正気?」


 ジュンは短く爆笑してから、菫と目を合わせる。


「君が欲しいのは、正気じゃないだろう?」


 狼のような金色の目を持つ少年の瞳を、菫は一生涯忘れない。



 八時間後。

 カンダホル艦隊旗艦『コウジ』の艦長室でヴァルボワエ艦長は、キクリ・ジュンが地球防衛軍の敷地内に入ったという報告を聞かされる。


「アフレコ現場を見学してから帰還するなら、営倉入りだけで済ませてやるつもりだったが」


 部下に地球の店で買わせた寿甘すあまを食べながら、ヴァルボワエ艦長は念の為に処分を保留する。


「地球防衛軍の情報を手土産に、帰還する腹かもしれない。監視だけに留めろ」


 わずか七隻の艦隊で二十年も地球を翻弄する艦長は、情報の使い道を心得ている。

 殺すのは下策なのだ。

 地球人は儚いので、コロッと死んでしまうけど。



 筑波基地に戻ると、ガーベラ・シグマの修復が終わっていたので、菫は呆れた。


「怪しい」


 一週間の見積もりが半日で済んだのだから、菫が怪しむのも無理はない。

 大きな声で疑義を唱えたにも関わらず、整備班は大真面目な顔で菫に対して整列して待機している。

 それどころか、他の部隊の整備班まで集まり、五十名を越す整備員が整列に加わる。

 全員、熱の篭った目で、菫を注視する。

 エロい目ではない。

 整備班班長の相沢繁が、代表して前に出る。


「整備班一同、緊急でガーベラ・シグマの修復を最優先にする事を決めました。出来上がりを確認して下さい。ご不満が有るならば、即、修正致します」


 皆の態度の豹変に思い至り、菫は気まずくなる。


「…アキバのアレ、見たの?」

「拝見しました」

「「「「「おおおう!!!!!」」」」」


 整備班一同が、雄叫びをあげる。


「何だ何だ、このノリは」


 菫が狼狽える。

 アホな戦士募集の檄が、整備班にまで飛び火するとは誤算である。


「ま、いいか(奴隷が増えた)」


 オススメ通り点検していると、ジュンがスルスルとガーベラ・シグマの操縦席まで駆け上がって覗き込む。


「お、コックピットは汎用じゃん。えらいえらい」


 ガキに上から目線で褒められて、整備班一同はイラっとする。

 誰何と怒号が上がる中、温厚なまとめ役の相沢繁が、代表して菫に質問。


「あのう、明らかに目が異星人ぽい少年の素性は?」

「わたしの戦士、第一号。異星人ハーフの、ジュン伍長」


 菫は、仮面ライダー一号の変身ポーズで、決める。


「地球防衛軍に雇用させます。わたしの代わりに、ガーベラ・シグマで怒りのデスロードしてもらいます」


 驚愕の声が基地内に満ちる中、約一名、つーかきっちり一名、反対を唱える。


『菫! 菫! 私のお腹に、知らない宇宙人が無理やり入ろうとしています。助けて!』


 ガーベラ・シグマは、菫の「死ねや、宇宙人!」という怨念が過剰に入ってしまった機体なので、ジュンの騎乗に猛烈な反応を示した。


『いやああああああああ!!!??? ゴムを付けずに、生で入るつもりよおおおお??!!』

「卑猥な言い草をするな、ばかもん! マグロに戻れ!」


 菫は喧しいサポートAIを強制遮断しようとするが、拒絶される。


「? あれえ?(ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ)」


 ボタンを十六連打しても、強制遮断できない。

 菫は、整備班一同を嫌な目で睨む。


「あ、それは自分が…」


 相沢繁が、原因を自己申告する。


「強制遮断のプログラムを、博士のショートカット版から通常に戻しましたので、その影響かと」

「だって、通常だと…」


 その頃。

 通常の機動兵器強制停止の権限を持つ神谷三雲は、酒を飲みに近所のバーへと早退していた。

 整備班に火が点いて忙しく働くのを目の当たりにした神谷は、飲み納めに出掛けたのである。ベテランの彼女でも、今日の内にアホな戦士が加入した挙句、事態が月齢よりも急変するとは、考え及ばなかった。


「あのアル中オバさんを探し出せ! どうせ酒場かバーだ! たまにコンビニの駐車場で胡座かいて一人酒してるから!」


 菫が整備班に命じると、十名が手早く探索に移行する。もう完全に臣従を誓っている。

 その間も、ガーベラ・シグマの拒絶反応は続く。

 操縦席からジュンを追い出そうと、腹踊りの要領で腹部を振り振り、腕立て伏せやスタイリーの機動で頑張る。

 中のジュンは、シートベルトも付けずに立ったまま、急で変則的な機動にも平気な顔で余裕を見せる。


「おーい。伍長とはいえ、帝国軍の正規パイロットだぞ。落馬させたいなら、半端するなよ。まさか、これが限界か? 駄馬」


 ガーベラ・シグマの動きが止まる。

 観念したのでは、ない。


『アイエエエエエエエエ! 宇宙人、殺すべし!』


 駄馬の二文字で、切れた。

 ブチ切れた。

 出刃包丁を逆手に握ると、自分の腹に突き刺そうとする。

 呆れた自壊行動に、ジュンは堪らず機外に出る。

 ジュンが離れると、ガーベラ・シグマは叫ぶ。


『インディペンデンス・デェェーーーーー!!!!』


 出刃包丁を持ったまま、夕陽に向かって走り出す。


 ガーベラ・シグマは、走り続ける。

 基地内をグルグルと。

 フェンスの側に来ると、ジャンプで飛び越す自信がないのか、グルグルと方向を変える。

 他の機動兵器が進路を塞ぐと、逃げる。

 追手も、生け捕りにしようと重火器を使わないので、決め手に欠ける。

 手を焼く地球防衛軍関係者に、ジュンが質問する。


「あと何分で、電池切れ?」


 さらりと地球製品を馬鹿にした。


「黙れ、小童ーっ!」


 不機嫌な顔で美少女台無しの菫が、ジュンに言い渡す。


「出刃包丁を持って走るだけなら、二週間は動きますぅ!」


 菫と整備班は、事態の収拾を工房で見守る。

 神谷三雲がカラオケバーでトライダーG7を歌っている現場を押さえたという連絡が入り、不祥事は基地内で収まる見込みが立った。

 順調なら、ガーベラ・シグマの暴走は、あと十五分ほどで済む。

 工房には楽観が漂い、発生した待ち時間に、新参者への質問が集中する。


「ジュンさん。本当に、地球に寝返る気ですか?」


 相沢の丁寧な念押しに、ジュンは素直に答える。


「地球に着いたら除隊して定住する気だったし、丁度いいよ。むしろ、良い条件で編入できそう」


 家族構成や、父親の地球での漫画家経歴、実戦経験の有無などを話しつつ、ジュンの方も質問する。


「あの娘、飛べないの? 延々と駆けっこしているけど」

「ストレス発散に、ジョギングしているだけよ、きっと」


 菫は適当に返しつつ、配下の相沢に確認する。


「飛ばないという事は、飛行能力は…」

「いえ、きっちり直しました」


 相沢繁は、申し訳なさそうに胸を張る。



 ガーベラ・シグマが、ジョギングから飛行に入る。

 基地外へ、飛んで逃げた。

 直っていると言わなきゃ、飛ばなかったかもしれない。

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