第12話

呆然としていたジークがようやく現実を受け止めてから急いで国王の元へと向かうと、執務室では何やら大臣たちとともに国王がせわしなく動いていた。


「父上!」

ジークが国王の元へと駆け寄ると、国王はチラリと横目でジークを見たが、すぐに顔を反らした。


「…ジーク、用事は後にしてくれ。今は緊急事態が…」

「父上!こちらも緊急事態なのです!シノ様が…シノ様が、消えてしまいました!」


ジークの叫びに漸く国王や大臣たちが手を止めてジークの方を見やる。

叫んでから気がついたが、幸いにも側にいるのは皆、シノのことを知っている者だけだった。


「それは…一体いつ頃の話だ」

「つい先ほど…20分程前になります!突然魔法陣が現れて、シノ様が光に包まれて…それでっ」


思い出すだけで涙がこみ上げてしまいジークが言葉に詰まっていると、国王は苦虫を噛み潰したような顔をし、俯いた。


「…そうか。やはりシノ様は、”神子様”だったのかもしれんな」


国王の言葉に、はっとジークが顔を上げる。


「…どういう意味ですか?」


(今までオレが何度説得しても、頷いてくれなかったのに…)

なのに突然国王から認める言葉が出るだなんて…


国王はそんなジークの気持ちを察してか、ジークから背を向けるとゆっくり窓へと近づき、カーテンを開けた。


「…窓の外を見てみろ」


その言葉に、ジークも窓の側へと近寄る。

先ほどまで空は雲に覆われているだけだったのに、今は激しい雨が窓ガラスを叩きつけ、地面が揺れるほどに大きな雷がいくつも落ちていた。

台風のような荒々しい風が木々を大きく揺らしているのも見て取れたが…よく見ると、そんな荒れた景色の中に人影がいくつも見えた。

暗くてよく見えなかったが、目を凝らして見ると、たくさんの人影のその先には巨大な魔物の姿が。


「……っ」

(城のど真ん中に、こんな大きな魔物がいるなんて…)


突然の魔物の出現に荒れた気候…国王たちの緊急事態はこのことだったのだろう。

ジークが息を飲んで見つめていると

「急に天候が悪くなったのも、魔物が出現したのも…20分ほど前からだ」と国王が呟いた。


(…それって…)


「…シノ様がいなくなった時間と同じ…」

ジークの言葉に、国王は無言で頷いた。



「…何故突然これほどまでに天候が荒れたのか先ほど気象庁に確認を取ったのだが…我が国は元々ここ数ヶ月の間、常に国のどこかに台風が上陸するような天候が荒れる予報だったそうだ。なのにここ1ヶ月程、台風の目が近づいてもなぜか国に上陸する直前に突如として消えてしまい、予報が全て外れて雨や曇りで済んでいたと。だからこの嵐は、突然ではないのだ、逆に一月もの間予報が外れて1つも嵐が来なかったことが不思議でならないとまで言われたよ」


国王の言葉に、ジークの目頭はまたぐっと熱くなる。

天気予報が外れて、嵐がただの曇りや雨に変わったのも…全て、シノが目を覚ました時期に重なるのだ。


「…シノ様が…この国を、守ってくださってたのでしょうか」


「…もしかしたら、そうだったのかもしれん」

今まで反発していた右大臣も、その言葉には反発することはなかった。



(やっぱりシノ様は、オレの神子様だったんだ…)

安堵の気持ちと共に、情けない気持ちも胸いっぱいに広がっていく。


(もっと自分が強く説得していれば、シノ様はもっと早く皆に認められていたのかもしれないのに…っ)

そうすればきっと、シノが自分がいらないだなんて思わうことはなかっただろう。

あんな悲しい笑顔を、涙を…見せることなんてなかっただろう。



「…今はとにかく、国民を守らねばいかん。ジークも持ち場についてくれ」

「…はい」


その日は結局、神子様を失った悲しみに暮れる暇もなく慌ただしく対応に追われた。

シノがいなくなって1時間も経たないうちに、魔物は城だけでなく王都や地方など、各地からたくさんの救援要請が上がり、それだけでなく嵐により土砂崩れや道路の断裂、河川の氾濫など様々な問題が報告された。


そんな寝る間を惜しむような状況下でも、「王子に何かあっては困りますので、少しお体をお休め下さい」とジークは無理にやり休憩を取るよう部屋へと押し込まれた。

ジークはもちろんこんな状況下で体を休める気になどなれなかった。



(…シノ様、ちゃんともとの世界に戻れたのかな…)

国民の安否を気にしながらも、僅かな休憩に思い出すのはやはり、シノのこと。

暇さえあればあの時の胸を刺すセリフや悲しい笑顔がまぶたの裏によみがえる。


(…もう一回だけでもいい。シノ様とちゃんと話したい)

あんな悲しい顔で終わりにしたくない。

シノ様が元の世界に帰りたかったとしても、オレにはシノ様が必要だって、そばにいて欲しいと思ってるって、ちゃんと伝えたい。


無意識にぎゅっと拳を握りしめて、どうにかしてシノにもう一度会える方法を考える。


(…やっぱり、もう一度召喚するしかないのかな…)


神子様を喚ぶだけでも奇跡に近いのに、そんなことがもう一度できるのだろうか。

何千年の歴史の中でも、再度同じ人物を召喚できたと記録に残っているのは、隣国のアラム王子ただ一人だけなのに。


(…だけどそれ以外、シノ様に会える方法なんて、きっとない)



緊急事態の対応で、魔力も体力も消耗しきっていた。…シノがいなくなったことで精神的にも参っていた。

こんなに疲労がたまっている状況でやっては危険なのは重々承知なのだが…ジークはやらずにはいられなかった。


誰にも告げずにひっそりと、自分の室内で召喚の儀式を始める。

人差し指に小さな傷をつけて、規則的に点々と血を滴らせる。

それからしっかりと胸の前で手を合わせて、シノの帰還を願いながら心の中で呪文を唱える。



「………」



しかし、いくら待ってみても神子様はおろか、魔方陣や光さえ、何も浮かんでこない。


「…何で…」


(今までこんなこと、なかったのに…)

召喚に失敗した時でも魔方陣や光は必ず現れたはずだ。

祭壇は集中力を高める効果があると言われているが、祭壇でなくても召喚は行えると聞いていたし…術式だって、今まで何度も行ってきた儀式だ。間違えるはずがない。




仕切り直すために隣の寝室へ移動し、ジークは深呼吸をしてから改めて召喚の儀を行った。


(…人差し指に傷を作って、この血を…)


今度は間違えることのないよう、慎重に確認しながら作業をすすめて、胸の前に手を合わせて、そして呪文を唱えた。



「………」


「………」


「……なんで…なんでだよっ」


術はきちんと発動しているはずなのに。

魔力が上手く流れていくのを確かに感じているのに。


この日ジークがどんなに願っても、魔方陣が現れることはなかった。

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