第15話

「私は…もう一度会えたら、謝りたいんです」

「…謝る?」


「…はい。神子様が帰ってしまわれる直前…私は神子様が元の世界へ帰りたいのだと思い込んで、神子様に"元の世界へ帰る方法を調べてみます"とお伝えしたんです。

…そのせいで、神子様は私にとって"自分はいらないのだ"と感じてしまったようで…とても辛そうな顔をして…そして魔方陣が現れてその場から消えてしまいました。

私は神子様がこちらへ来てからずっと元気がなかったのが気がかりで…神子様が元の世界へ戻りたいなら…元の世界へ戻ることで神子様が元気になるのなら、元の世界へ帰してあげたいって思っただけで…シノ様を要らないだなんて思ったことは、1度もないんです。

…だから誤解させてしまったことを、謝りたいんです」


「そうですか……神子様は、"シノ様"と言うんですね」

「…はい」

思わず呼んでしまっていたシノの名前。

シン様が優しく目を細める。

しかしアラム王子の瞳は、ジークの真意を見逃さないように、ジークをまっすぐと見つめていた。


「…しかし誤解を解くためや謝るためにこちらに喚び戻すのは、あなたの自己満足ではないですか?あなた自身はそれでスッキリするかもしれませんが、それで"シノ様"もスッキリするのか、わざわざ喚び戻されて迷惑と感じるのかはわからないではないですか」

アラム王子の厳しい一言にシン様は何か言いた気に口を開いたが、何も言わずに口を閉じた。


「…はい。その通りです。私の自分勝手な行為だとわかってはいるんです。

でも…もしももう一度喚び戻すことができたら…謝るだけじゃなくて、本当は元の世界へ帰って欲しくなかったって伝えたいんです。

ずっとそばにいて欲しいって、そう伝えて…できればそのままずっと、この国にいて欲しいんです」


「…それは、"神子様"が必要だからですか?」

その問いに、ジークはすぐに首を横へ振った。


「…いえ。初めはそうだったのかもしれませんが…

私にとってはシノ様が神子様だろうとなかろうと、もうどっちだっていいんです。

シノ様が神子様でなかったとしても、ただ私のそばにいて欲しいんです。

たった数ヶ月しか共にいられなかったのに、こんなにも惹かれる人がいるんだなって…

シノ様がいなくなってから、自分にとってこんなにもシノ様の存在が大きかったのだと改めて思い知ったんです。

…それでもシノ様がやっぱり帰りたいと思うなら…それはもう仕方がないと思うんですけど…でも、伝えずにこのままなのだけは、絶対嫌なんです」


ジークの決意のこもった眼差しをアラム王子も真剣に受け止めると、ふっと優しく微笑み、誰にも聞こえないような小さな声で

「…まるで昔の自分のようだ」と呟いた。



「……え?」

「…私も、あなたと同じような気持ちでした。

再召喚をしようとした時…王子としては間違ってるのかもしれませんが、正直、"神子様を召喚したい"という気持ちではなく、"もう一度シンを召喚したい"という気持ちでいました。シンを愛しているからそばにいたいと、その思い一心に…

だからその気持ちは、よくわかります」

アラム王子のその言葉に、シン様は顔を真っ赤にして俯いた。



「だから…あなたなら、大丈夫でしょう。

…あなたがいくら召喚を行っても魔方陣が現れなかったのは…おそらく、神子様があなたを拒絶してるからではありません。

召喚の儀はあくまで、神子様を異世界から召喚するための儀式だからです」

「……はぁ…?」


アラム王子の当たり前すぎるその言葉に何か意味があるの考えてはみたが、ジークには理解することはできなかった。

それを察したように、アラム王子は言葉を続ける。



「…ですので、あなたの神子様が異世界にはいないから、いくら儀式を行っても魔方陣が現れないのだと思います」

「……っ」

ジークは思わず目を瞠り、息を飲んだ。

(異世界にシノ様がいない…?それって…)



「…アラム様は、シノ様が亡くなられたとおっしゃりたいのですか」

拳を握りしめ硬くなったジークに、アラム王子は慌てて首を振る。


「いえ、そうではありません。"シノ様"が異世界ではなく、この世界にいるからではないかと思うのです」

アラム王子の突拍子のないその言葉に、ジークは思わず首を傾げた。


「…えと、つまり…アラム王子は、シノ様がまだこの世界にいるから魔方陣は現れないのだと…そうおっしゃるのですか?」

「ええ」

「ですが、シノ様は確かに私の目の前で、確かに…」

確かに消えたんだ。

魔方陣が現れて、消えたんだ。

手を伸ばしたのに、目の前で。



疑いの眼差しを向けるジークに向かってアラム王子は優しく微笑むと、シン様に目配せをして、意志疎通をしたように頷き合う。

それから2人でゆっくりと、後方に控えていた人物に目を向けた。


「…大丈夫。オレは何があっても味方だから」

シン様がそう声をかけると、帽子を目深に被っていた人物が、戸惑いながらもゆっくりと、帽子を外した。

そしてその帽子の下から現れた人物に、ジークは思わず息を飲む。



「………っ」



―――…その人物は、ジークがずっと追い求めていた、シノだったのだ。

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