第16話

「…なんで…なんでシノ様が、ここに…」

「…………っ」


嬉しさと共に戸惑いが込み上げ、ジークの眼に自然と涙の膜が張る。

シノのいる方に少しでも近づけるようにと、ジークはうまく動かない体を動かしてベッドの端の方へと寄ろうとするが、シノは帽子を握りしめたままじっと固まっていた。

そんなシノの背中をシン様が押して、シン様が先程まで座っていた、ジークのベッドサイドの椅子にシノを座らせる。


「……シノ様…」

「……っ」

ジークの呼び掛けにシノはビクリと肩を揺らすと、少し気まずそうに顔を俯ける。

そんなシノをみかねて、口を開いたのはシン様だった。



「……ひと月ほど前です。多分この国から神子様が消えた日…あの日、由伸よしのぶは突然、私の前に現れたんです」

「え……?」


”由伸…”

シン様の会話の途中に突如聞き取りにくい言葉が現れたが、辛うじて"シノ"という部分だけ聞き取れた。

(…きっと、シノ様が始めに言っていた、シノ様の名前だ…)

自分には上手く聞き取ることさえできないのに、難なく発音してしまうシン様に少し胸が痛む。


シノはあの日、元の世界へ帰った訳じゃなく、隣国へ行ったというのか…

(…でも、いったい何故…)



「突然見覚えのある魔方陣とともに現れたので凄く驚いたんですけど…でも突然人が現れた驚きよりも、目の前に日本人がいることが、凄くびっくりで…」

「……ニホ…ジン?」

「あ、すいません。日本人というのは…えと、元の世界で同じ国に住んでた人です。由伸は、私と同じ国の出身だったんです」

「え……」


そんな偶然があるのだろうか。

こんな短期間に神子様が2人も召喚されることさえも希なのに、神子様が消えた先が別の神子様の元で、その神子様たちが同じ国の出身だなんて…


「…だから、すごく嬉しくて。私はこの世界のことが好きですが…たまに元の世界のことを思い出したりすると、ホームシックになる時もあるんです。

…だから由伸が来てくれて、日本のことを話したりできるのが、すごく嬉しくて」

シン様がそう言いながらシノの方に向けて笑うと、シノの硬かった表情がほんの少し和らいだ。


「…もしかしたら誰かが召喚したんじゃないかとは思ったんですが、由伸はそのことについて最初話してくれなくて…国際情報でもそんな話は出ていなかったので、そのまま一緒にいさせてもらっていました」

「…そう…なのですか…」


驚きながらシノの方を見ていると、シノがゆっくりと顔を上げてくれた。

不安そうにゆらゆらと揺れるその瞳が、ジークの青い瞳とかち合う。


「…でも何故、隣国に…」


ジークの問いに、シノは言葉を選ぶように考えながらもようやくその口を開いてくれた。



「…あの日、オレが最後に言った言葉を覚えてますか?」

「もちろんです。…ずっと、頭から離れませんでした」


あの悲しい笑顔と言葉を思い出しながらも視線をそらさずに真っ直ぐ伝えると、シノは頷いてから目線だけを下にそらし、膝の上で手のひらをぎゅっと握りしめた。


「…あの日…オレは、あなたもオレがいらなくなったっんだなって、そう思って…

そしたらきっと、もうオレを必要としてくれる人なんてどこにもいないから…だからオレも、オレなんていらないって、今度こそ死んだ方がいいって、思ったんです」

「………っ」


改めて言い直されたその言葉に、胸が締め付けられるように痛む。

その言葉をすぐに否定したくなったが、シノがまだ言葉の続きを探しているのがわかったので、黙ってシノの言葉を待った。


「…そしたら魔方陣が出てきて…気づいたら、シンの元にいたんです。

だから何でとか聞かれても…そもそも魔方陣のこともよくわからないんで、わかんないんですけど…

…でも多分、オレが”誰にも必要とされないなら、オレなんかいらない”って思ったから…だからオレを必要と思ってもらえるような人のところへ飛んだんじゃないかって、思うんです」


「………」

少しわかるような、わからないようなその言葉に、シン様が「…確かに、あの時ちょうどホームシックになってた時だったなぁ」と呟いた。

だけどシノの言葉にはジークにはどうしても納得できない部分があった。


「…でも、もしそうだとしても…私はずっと、シノ様を必要としてました」


そんなジークの言葉に、シノは困ったような表情で首を傾げた。


「…でもオレは、あなたに必要とされてないと感じてしまった。だからあなた以外で、必要とされるとこに移ったんじゃないかって、そう思うんです。

…根拠とかないんで、憶測でしかないんですけど…でも、オレがこっちの世界に来た時も、多分そうだったので…」


その言葉にジークはハッとする。


「…シノ様は、こちらへ来た時のことを覚えてらっしゃるのですか?」


こちらへ来た時、シノは瀕死の状態だった。

何であんなことになってしまったのか、自分の儀式が上手くいかなかったせいじゃないかと、ジークはずっと気がかりだったのだ。


「…はい。覚えています。あの時も、オレはオレなんかいなくなった方がいいって、そう思ってたんです…」

シノは頷きながらそう言うと、またポツリと話し始めた。



「…ジークさんは、オレを”番”だと言ってくれましたけど…日本では…オレのいた世界では、男同士で結婚はできなかったんです。

結婚は異性としかできなくて…恋愛も、異性とするのが一般的でした」


「え…そうなのですか?」

ジークにとっては人間同士なのだから同性や異性など関係なく恋愛や結婚ができるのは当たり前だと思っていたのでとても驚いたのだが、この場にはジーク以外に驚いている者はいなかった。

つまり、それはシン様にとってもシノの言ったことが常識で、アラム様もそのことを知っていたのだろう。


「はい。…だけどオレは…同性愛者でした。

この世界にとっては普通のことかもしれませんけど…元の世界ではそうじゃなかった。すごく、少数派で…

同性同士の恋愛はだいぶ寛容になってきてたと思うんですけど、否定的な人もまだいて…オレの周りは、そういう人たちばかりでした。

オレが同性愛者だってバレてからはずっと、学校ではみんなに無視されたり…いじめられたりしてました」


「…同性愛者というだけで…?」

「はい」


信じきれずに聞き返すと、すぐに肯定されてしまった。

異世界は自分のいる世界とは違うものだとは思っていたが、まさかそんなことで否定的に見られるなんて、ジークには想像もつかなかった。


「…そんなオレにも、母は変わらず接してくれたし、1人だけだけど話しかけてくれる友達がいたんです。

その友達は…お金がないから貸してとか、ご飯おごってとか…何かを頼んでくることばかりでしたけど、それでもオレを頼ってくれてるのかなと思えて嬉しかった。…話しかけてくれるだけで、嬉しかった。

…だけど、あの日…」


「………」


手を握りしめて言葉に詰まったシノの背中をシン様が優しくさする。

シノはそんなシン様に頷くようにしてから深く息を吐いて、ようやく言葉を絞り出した。




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