君が望むなら
蜜缶(みかん)
第1話
「ジーク様、お時間でございます」
「ああ」
伝統ある王家の青い正装に身を包み、青黒い髪の毛と白いマントを靡かせながら真っ直ぐに廊下を進む。
目的地である大聖堂の大きな扉を開けると、中にはいつものように既に人が集まっていた。
ゆっくりと一礼をし、皆の視線を全身に浴びながら蝋燭が四方に飾られている中央の祭壇へと進む。
―…今日は週に1度の、神子様を召喚するための儀式を行う日だ。
この世界には古くから、平和の象徴として"神子様"を異世界から召喚する風習があった。
国々によってその言い伝わる内容に多少の違いはあるものの、召喚には己の魔力や体力を膨大に使うこと、そして神子様が留まる国には平和が訪れるということは、どの国の言い伝えにも共通していた。
しかし神子様は召喚の儀を行えば必ず現れるというわけではなく―…この国のように週に一度、国王や王子やその兄弟などが代わる代わる行ったとしても何百年と神子が現れないことはざらであり、自分の生涯の内にどこかの国に神子様が現れれば運がいいとまで言われるほどだった。
それほどまでに神子様が現れる確率は低いと知りながらも、それでも尚各国で定期的に召喚の儀が行われる程に、神子様という存在はこの世界の者たちにとっては盲信的な存在であった。
週に1度の儀式を数名の王族で回してると言えど、ジークは約2ヶ月に1回のペースで、もう何十回とやってきた儀式だ。最初の頃程の緊張や期待は既になくなっていた。
慣れた手つきで針で人差し指に小さな傷をつけると、祭壇の真ん中や周囲に規則的に点々と血を滴らせる。
それが終わると胸の前でしっかりと手を合わせ、目を閉じ、神子の訪れを願いながら心の中で呪文を唱えた。
「………」
呪文を唱え始めた瞬間、自身の周りに風がたち、魔力や体力を一気に吸いとられるような感覚に陥る。それと同時に祭壇の床の中央に、2~3m程の大きな魔方陣が浮かび上がった。
(…よし。ここまではいつも通り)
そのまま魔力を全部持っていかれないように踏ん張りながら、呪文を唱え続ける。
(
ジークの言葉に応えるように、魔方陣が光を放ちぐるぐると回りだす。
魔力や体力を吸いとられる量が急激に増えたが、強い精神力で耐え続け、自身が倒れそうになるギリギリのところでようやく力を抜き呪文を止めた。
「………」
ジークが止めたのと同時に魔方陣は光を失い、回るスピードを徐々に遅めて、そして止まった。
(…やっぱり、今日もダメか)
自身が儀式を始めたばかりの頃は、「自分こそが神子様を召喚するんだ!」と意気込んでいたが、最近はやっぱり自分には無理なんだろうなと思い始めている。
何度やっても結果は同じだし…数年前には隣国に神子様が召喚されたばかりだ。
生涯のうちどこかの国に神子様がいる時代があれば運がいいと言われてるくらいなのだこら…こんな短期間のうちに次の神子様が来てくれるなんてことはないだろう。
ふぅと一息ついてから、儀式の終わりを告げるように皆の方を向いて再度一礼する。
集まった人々も神子様が召喚されないことに慣れているため、残念そうな様子もなくいつも通りに礼を返してくれたので、祭壇から降りようと足を動かすと―…
「…あれ?魔方陣が少し光っていませんか?」
誰かがポツリと呟いた声が、ジークの退場を見守っていた静かな室内に響き、皆で一斉に祭壇に目を向ける。
いつもなら呪文を終えてすぐに消えてしまうハズなのに、祭壇上には魔方陣がしっかりと存在しており…そして、わずかに淡い光を放っていた。
いつもとは違う状況に、周囲がザワめきだす。
(嘘だろ…もう呪文はとっくに止めたのに…っ)
祭壇を降りかけていた足を止め祭壇を見つめるジークの手のひらに、冷や汗が滲んだ。
(…戻って儀式を続ければ、神子様が…?)
しかし、ジークは既に体力も魔力も残っておらず…そんなことをしたらきっと命を持っていかれてしまうだろう。
でもこんな前例はジーク以外でも今までに1度たりともなかったから、どうしていいのかわからない。
いつもと違う異常事態。疲れ果てた体。神子様に会えるかもしれない期待。
そんなものがぐるぐると頭を巡ったまま一歩も動けずに固唾をのんで見守っていると、魔方陣の色が徐々に薄くなり始めた。
(あ…消えてしまう…!)
消えるな!
咄嗟に心の中で叫んで祭壇へと体を動かすと…まるでジークの心のに応えるように、魔方陣が急速に回転し、まばゆい程の光を放った。
「―――っ!」
目も開けられないほどの強烈な光に、目を腕で覆い、ぎゅっと瞑る。
腕と瞼の上からでも感じる強い光が数秒して落ち着いたところでゆっくり目を開けると…
「…神子…様…」
魔方陣の上に、淡い光に包まれた人影が見えた。
「神子様だ…!」「まさか…?!」「成功したのか…?!」
ジークと同様に目を開け始めた人々が次々に歓喜でざわめきながら、その姿を一目見ようとその場で起ちあがり始めた。
…しかし、魔方陣の光が完全に消えると、そのざわめきは突如悲鳴へと変わった。
「キャー!」 「…誰か!医師を…!」
慌てふためくように周りが騒然となる中、ジークは腰を抜かす様にその場に崩れ落ちた。
「…神子、様…」
魔方陣の上に現れたその姿は、人の姿をしていたが…
全身が血に染まって片腕が不自然に曲がり、ピクリとも動こうとしなかった。
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