第6話

それから、ジークは暇があればすぐシノの元へ訪れるようにし、何日も共に過ごすようになった。

シノは徐々にジークにと過ごすことに慣れてきたようにも見えたが、あの日以来、シノの表情が変わることはなかった。

いつも淡々としていて、少し憂いを帯びているその顔。


(もう一度、あんな表情を見たいなぁ…)

感情の込もった表情。

…できれば、幸せそうな笑顔を。




そう思い、ジークは何か喜んで貰えることをしようと、部屋を訪れる時に綺麗な花を持って行き、シノにプレゼントしてみた。

「ありがとうございます」と言ってはもらえたが…その表情は若干戸惑っているような感じで、それはジークの望んだ表情には程遠かった。


今度はシノに似合いそうな宝石をいくつか見繕ってを持って行ってみると、「こんな高価な物は頂けません」と断られた。

そのシノの表情は硬く、喜ぶどころか嫌がってるのだとわかった。


その次はシノの好きな料理を聞き出し、シェフに頼んで次の食事に出してもらった。

「美味しいです」と言ってくれたので毎食その料理を組み込むようにしてみたら、シノは段々その料理に手を付けることが減った。

「…この料理、味がかわったりしましたか?お気に召しませんか?」と聞くと「いえ、おいしいです…が、毎食だとちょっと…」と言われてしまった。

明らかに困った表情。

どうやらすべて、ジークの考えは裏目に出ているらしい。




(…どうしたら笑ってくれるんだろう)


ジークが悶々とそんなことを悩んでいるうちにも、シノの病状は徐々に安定してきていた。

昨日は足の包帯が取れ、今日は顔のガーゼが全部外された。

そしてジークは、この時初めてシノの顔の全貌を見た。

ガーゼが付いていた時にジークが想像していたものと、同じであり、違ってもいた。


白い肌に茶色い目は、どちらかといえば中性的であるが輪郭は少し男らしい。

想像していた通り綺麗な顔だったが…想像以上に神秘的でオーラがあり、神子様とはこういうものなのかとジークは思い知らされたような気がした。


不躾にマジマジと見ているジークの視線から逃れるようにシノが少し顔を反らすと、その動きで今までガーゼが貼られていた部分に傷があるのが見えた。

もう傷は塞がって血は出ていないが…この傷は、綺麗に無くなるのだろうか。


(綺麗な肌に戻るといいけど…)

ジークが無意識にスッと手を伸ばし、優しく傷跡に触れると、シノは大袈裟な程にビクッと体を揺らした。


「すいません…!痛かったですか!」

慌てて手を離すと、シノはゆるゆると首を振った。


「いえ…ちょっと驚いただけで…」

申し訳なさそうな顔をするシノ。


(…何でオレはこんな顔ばっかりさせてしまうんだ)

こんな顔をさせたいんじゃないのに。

もっと楽しそうに、幸せそうになってもらいたいだけなのに。


「すいませんでした。突然触ったりして…」

拳を握り締めながら頭を下げると、ジークが思っていたのと違う言葉が返ってきた。


「いえ…ジークさんの手からあったかい何かが流れ込んでくる感じがあって…それに驚いたんです」


そう言われてハッとシノの顔を見ると…先ほどの傷の赤みが消え、小さなかすり傷の部分が、いくつか消えているように見えた。

(…気のせい、じゃない…さっきはもっと小さな傷がたくさんあった)

あれだけまじまじと見たのだ。見間違いではない。

その真実にドキドキと胸が高鳴った。



「…多分、私の魔力がシノ様と共鳴したんだと思います。お顔の傷が、少し良くなっていますから…」

「え…?」


“神子様”に関することは実際に記録に残されているものだけでなく、お伽噺のようなモノから現実離れした伝説までいくつもあり、どれが本当で正しいことなのかわからないことはたくさんあるのだが…

その中の一つに “神子様は呼び出した者のそばにいると、その者の魔力に共鳴し、力が増したり新たな魔法を使えることがある” というものがあった。


それが真実なのか嘘なのか…本当のことはわからないが、この世界では自分の回復力を高める魔法はあっても、人を治せる魔力はないのだ。

だからジークが触れたことでシノの傷が治ったというのなら…


「…そう言われれば、顔の痛みが引いた気がします」

「……っ」


(間違いない。やっぱりシノ様は、“神子様”なんだ)

神子様と共鳴した以外に、この出来事は考えられない。

だったらシノが神子様だと…今度こそ皆に胸を張って言える。

喜びのあまり、ジークの目には涙が滲んできた。



「…試しにもう1度、触れてみてもいいですか?」

「…はい」


治るように願いを込めながら、ゆっくりと傷口に触れる。

集中してみると、自分の魔力が自分の意志に関係なく動いてることをジークは確かに感じた。


…しばらくして、ゆっくりと手を離す。


手が触れていた箇所の傷は、薄い跡だけ残し、殆どなくなっていた。



その日、長く続いていた雨はようやく上がった。

…しかし相変わらず黒い雲が空にびっしりと埋め尽くされ、太陽が見えることは、なかった。

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