第5話


「…こちらが神子様を召喚された、この国の第二王子・ジーク様です」

「よろしくお願い致します」

「この国では召喚者が神子様の"つがい"になると定められておりますので、ジーク様が神子様の"番"となります」

「……よろしくお願いします」


あれから、神子様に体をしっかり休めて頂き、体調を考慮した上で改めて顔合わせが行われた。

今この場にいるのは、左大臣とジークと神子様の3人だけ。

ジークが深々と頭を下げると、神子様は軽く会釈を返してくれた。

その時に一瞬だけ綺麗な茶色い瞳がジークを射ぬいたが、すぐにその目は伏せられてしまった。


「…本来ですと神子様が召喚された場合は直ぐ様国内外に神子様のお披露目を行うのですが…今回は神子様がお怪我をされておりますので、治療を最優先すべく、神子様が回復されるまでお披露目は延期とさせていただきます」


「……」


「ですので、今は神子様の存在はまだ国の重役と医師以外の殆どの者に伏せられております故、神子様も自身が"神子様"であることを、神子様の周りに付く従者等に内密にしていただきたく思います。

…そのため、神子様を"神子様"とお呼びすることはお披露目まで控えることとなるのですが…神子様のお名前などお伺いしてもよろしいでしょうか?」


左大臣の話を頷くことなく、淡々と聞いていた神子様。

まだ頬にガーゼの残った顔は儚げでいてほの暗く、目も伏せられていて何を考えているのか読むことができない。



「…福井 由伸といいます」


伏せたまま視線を少しさ迷わせてから、神子様が綺麗な声でポツリと呟く。

きっとそれが名前なのだろう。

しかしジークや左大臣にとって聞きなれないその言葉は、言葉というよりも音色のように聞こえて、発音するどころか理解するのも難しく感じた。


「…フキャ…オシノウ?」

「……ふくい、よしのぶ、です」


ジークと左大臣は顔を見合わせて困惑する。

もう一度聞いてみても、やはりそのほとんどが上手く聞き取れない。

発音してみるもののそのたびに神子様に訂正され…

それでも上手く発声することはできず、最終的には初めから唯一上手く発音できていた部分だけを取り、「シノ」と呼ばせてもらうこととなった。


「シノ様、これからどうぞよろしくお願いします」

改めてそう告げる。

シノはジークの方へ視線を向けたが、ジークと視線が交わることはなく…こちらを見ているのにどこか遠くを見ているように感じた。





「シノ様、おはようございます!本日よりシノ様にお付きするようになりましたネネと申します!よろしくお願いします!」

「…よろしくお願いします」

部屋に入ってくるなり大きな声で挨拶したネネは、シノが返事をしたのを見届けると、窓際まで早足で進み勢いよくカーテンを開けた。

窓の外はまだ小雨が降り続いており、朝が来たと言うのに薄暗い。


「……」

「お加減はいかがですか?本日は朝食の後に医師がお見えになる予定ですよ」

そう言いながら、ゆっくりとシノの体を起こし、背中に枕を当てる。

一瞬シノが痛みに顔をしかめたように見えたが、直ぐ様元の儚げな表情に戻った。


「すぐに、お食事をご用意しますので!」

ネネはそう言うと食事の乗ったワゴンをシノの近くに寄せて、サイドテーブルに食事を並べ始める。

湯気のたったリゾットに、一口サイズに切られた野菜と果物、そしてジュースのようなものが置かれた。

しかしワゴンの上にはまだパンや野菜が残ったままだ。

シノがぼんやりその料理を見つめていると、コンコンとノックをされた後にギィっと部屋の扉が開いた。


「失礼します。おはようございます」

入ってきたのは、ジークだった。


「ジーク様、おはようございます!」

ネネは驚いた様子もなく当たり前のように返事をし、ベッドの近くにあったテーブルの椅子を引いた。


ジークはネネに「ありがとう」と言うもすぐには席につかず、シノのそばに寄って改めて「おはようございます」と声をかけた。


「…おはようございます」

シノがゆっくりと口を開くと、ジークは綺麗な顔をくしゃりと歪めて満面の笑みを見せてから、ネネの引いてくれた椅子に座った。

そのテーブルに、ネネがワゴンに残っていた料理を移し始める。

きっとその料理は最初からジークのために用意されたものだったのだろう。

全てを移し終えると、「では私はこれで一旦失礼いたします。ご用の際はこちらのベルでお呼びください」

そう言ってサイドテーブルにベルを置き、ネネは部屋を後にした。



「…では、温かいうちに頂きましょうか」


ジークは食事に向かって手を合わせて一礼をすると、パンをちぎって口に運ぶ。

2〜3回口に運んでからチラッとシノを盗み見ると、シノが食事に全く手をつけていないのが目に入った。


「…食事、お体に優しいものを用意してみたのですが、お気に召しませんでしたか?それともどこかご気分が…」


ジークの問いに、シノは慌てたように

「いえ…」と呟き、食事を口へ運んだ。


ゆっくりと咀嚼してからごくりと飲み込まれたのを確認してジークが安心していると、シノがこちらを向き、バッチリと目があった。



「…あの…今は他に人がいないので、"神子様"について少し話をしたいのですが、いいですか?」


申し訳なさそうにボソボソと呟くその声。

最初の会話以外、聞かれたことにしか答えることのなかったシノからの自発的な言葉に、ジークの心は歓喜に震えた。


「はい、もちろんです。今は従者も近くにおりませんし、私と2人きりの時は何でも」

「はい…ありがとうございます…」

ジークのハキハキした言葉とは反対に、シノの言葉は今にも消え入りそうだった。



「あの…オレは、本当に神子様なんでしようか?普通の…何の取り柄もない人間だと思うんですけど…」

「魔法を使える神子様もいらっしゃいますが、特に何もされなくても大丈夫なのですよ。神子様は国に居てくださるだけで平和が訪れるとされてますし、異世界より現れたのに言葉が通じることがその証とされています。シノ様は間違いなく、神子様です」


「はぁ…。…あの、"番"と言うのは…どういう意味ですか?」

「番とは、夫婦という意味です」

「……オレは男ですが…あなたも男性、でしたよね?」

「はい」

当たり前のように答えられ、シノはこの国では同性婚も当たり前なのだと悟った。

それからしばらく沈黙が続き、質問が終わったのかと思いジークが食事に目線を戻したその時、


「あの……あなたに召喚されたと言うことは、オレはあなたに、必要とされたからここに来たということですか?」


シノがまたポツリと呟いた。

ジークは慌ててシノに視線を戻し、はっきりと答える。


「はい。シノ様は私にとってはもちろん、この国にとっても必要な存在です」

すると、


「…そう、ですか」


今まで淡々と会話をして目を伏せてばかりだったシノの瞳が、ゆらゆらと揺れて…その瞳に涙の膜が張っていくのが見えた。

初めて見るシノの感情のこもった表情かお

すぐに反らされて見えなくなってしまったが、ほんの一瞬のことなのに、ジークの胸はぎゅっと苦しくなり、いつまでもその表情が頭から離れなかった。

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