第18話(完)

「…オレで、いいんですか…」

弱々しく呟かれた声は、それでも確かに、静かな室内に響いた。


「シノ様が、いいんです。私にはシノ様が必要なんです」

強い言葉で言い切ると、シノの目から溢れる涙はより一層強くなった。



「……オレは、あなたを好きになってもいいんですか…?」


ジークがこんなにもシノを好きだと伝えているのに…まだ元の世界での出来事を引きずっているのだろう。

そう呟いたシノの瞳は、不安気に揺れていた。



「はい……できれば、好きになってほしいです」


今度は遠慮がちに伝えると、握っていた手をギュッと握り返されて、ジークの肩にシノが頭をこつんと寄せた。




「……もうとっくに、好きです」



その瞬間、シノに握られた手からジークの体中にぶわっと暖かいお湯のようなものが駆け巡ったかと思うと、ジークの今までの体の不調がまるで嘘だったのかのように軽くなった。



(…あれ…体が…軽い?)


試しに体を支えていた方の手を外してみると、さっきまで起き上がった体を支えるのがやっとだったのに、ふらつくことなく座っていられるし、今なら立ち上がることも歩き出すこともできそうだ。


弱々しく握っていたシノの手を、今度は強く握りしめる。



「…シノ様…今、オレの体、嘘みたいに軽くなりました。なんかもう、どこも悪いところなんてなさそうなくらい…」


そう伝えると、シノの隣から「それがシノ様の力なのですかね」という声が聞こえてきた。

ジークはすっかり自分の世界に入ってしまっていたが、この場にはアラム王子やシン様もいたのだ。

急に我に返りジークが顔を真っ赤にしていると、シノがジークの肩口から顔を上げた。



「今も、ですが…ジーク様が目覚める直前も、シノ様がそうやって手を握っていました。握った手から淡い光が放たれたかと思うと、ジーク様の病状が一気に回復したのです。

…本当は今日私たちが到着した時は、いつ死んでもおかしくない状態だと言われていたんですよ」


「え…」

アラム王子にそう言われ、自分がそんな状態になっていたとは知らなかったジークは、目を瞠った。


(まさかそんな状態だったなんて…それをシノ様が、救ってくれた…?)

呆然としているジークをよそに、アラム王子はシノに向かって会話を続けた。


「シノ様の力は”治癒”なのですか?」

その質問に、シノは慌てて首を横に振る。


「え…?!わかりません…!オレは何も出来ないから、自分には能力なんてないって思ってたんで…

…でも、前にジークさんが自分の怪我を治すために魔力を送ってくれたように、自分にも送れないかと思って…そう願いながら手を握っていました」

そう言いながら、シノは自分の手を不思議そうに見た。


「そうなのですか。…しかし、魔力を”送りあえる”というのは、聞いたことがありませんね…」

「え?由伸、魔力を貰ったり送ったりできんの??すげー」

シン様はシノととても打ち解けているのか、シノに対してはジークに対する時と違いとてもフランクな話し方をしていた。


「王子、試しにオレにも送ってみてよ」

そう言い手を突き出したシン様に「…そんな単純にできるものではない」と言いながらも、アラム王子はシン様の手を握ったが、やはり何も起きなかったようだ。


「…”治癒”か…もしくは”魔力を受け渡し”できるような新しい力なのかもしれませんね…どちらにしても我々常人には起こしえない”神子様”ならではの力ですね」


「……っ」

アラム王子にも”神子様”と認められたことに、シノは感慨深げに瞳を揺らしながら自分の掌をじっと見つめ、それからその手をギュッと握りしめた。



「…そろそろ、この国の方々がいらっしゃる時間ですね。30分だけでもと、無理を言って私たちだけにしてもらったので」

「ジーク様が目を覚まして、"シノ様"も戻られたんだから…きっとみんな驚かれますね」


アラム王子やシン様の言葉に、シノの瞳が揺らいだのをジークは見逃さなかった。



「…シノ様」

「はい…」

「私はまだ先程の明確な返事を頂いてません。

今この場にあなたがいれば、きっとあなたの意志に関係なく我が国の"神子様"とされるでしょう。もしも…もしもシン様たちと共にありたいと言うなら、今のうちです。

…私のそばに、いてくれますか?」


その質問に、いつも節目がちなシノの真っ黒な瞳がジークの青い瞳をまっすぐ捉えた。


「…あなたが望んでくれる限り、私はあなたのそばにいたいです」


ようやくもらえたその返事にジークは歓喜に震え、シノの手を握りしめた。


「では一生、そばにいてください。私は一生あなたといたいと、願い続けますから」


その言葉に、シノの目からは涙が溢れ…そして、



(…あ…笑った…)


シノが笑った。

あの日のように涙を流しながら、笑った。

だけどあの日のような悲しさは微塵も感じさせない、幸せで堪らないようなその笑顔。


…これこそジークがずっと見たいと思っていた、シノの笑顔だった。







その後、シノは正式に”神子様”だと認定され、国内外に発表された。

以前隣国に神子様が現れてから数年しか経っていないことや、現代で2人目となること、そして男性であることなど、様々なことで世界に衝撃をもたらした。



元々外交にあまり参加していない第二王子が召喚者であったこともあり、新しい神子様はシン様ほどは表舞台に立つことはなく、神子様としての特殊な力が何なのかははっきりと公にされることもなかったが

その力は絶大なようで、国内には一切魔物が出なくなり、隣国と合わせて「世界一安全な双国」と呼ばれるようになった。



数十年後、国王が退位する際には、通例に習って「次の王は神子様を召喚したジーク様を」との声が国内外からたくさん上がったのだが

ジーク王子はそれを断固として断り、王弟として兄の新国王を裏から支え続けたのだが、

そのんなジーク王弟の隣にはいつも、優しい微笑みを浮かべた神子様が寄り添っていたという。




終 2016.12.23


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