第9話

それから、シノがジークが一命をとりとめたと聞かされたのはその日の夕刻のこと。

ジーク本人はまだやっと意識を取り戻したくらいで動くこともままならないため、左大臣が簡潔に伝えに来てくれた。


―…やはり、"急性魔力低下症"だったそうだ。


今までその病気は、召喚の儀の際に召喚者が魔力を大量に使ってしまうことでしか発症したことはないそうだ。

そしてそれを治すには基本的には安静にして魔力が回復するのを待つしかないらしく、今行っている治療も"魔力低下症"の治療ではなく、それに伴う症状の対症療法でしかないらしい。



そもそも魔力についてもよくわからないシノが何となくわかったような分からなかったような気持ちで説明を受け止めると、左大臣は「…では失礼します」と淡々と部屋を後にしてしまった。





それから間もなくすると、ネネがやって来た。

その手は夕飯を乗せたワゴンを押していたが、ワゴンにはいつもとは違い一人分の食事しか乗っていない。


「失礼致します。ジーク様はお体が優れないようで、数日自室でお食事されるようです」

残念ですね、と言いながらネネはサイドテーブルに食事を手際よく並べていく。

…ネネはきっとジークのことは詳しく聞かされていないのだろう。

もしかしたらシノの存在のように箝口令がしかれて、重役以外には極秘にされているのかもしれない。

そうぼんやりとシノが考えていると、夕飯を並べ終えたネネが今度は窓際に移動し、開いていたカーテンを手に取った。


「…相変わらずの黒い雲ですね。雨は止んだのに…一体いつになったら晴れるのかしら。うちにも神子様が来てくれたら…」

そう言いながらカーテンを閉め始める。


「……」


"この国は何の加護も得られないまま。天気すらも一向に良くならない"


ネネの言葉に、昼間右大臣に言われたあの言葉を思い出す。

シノにとってはよく意味のわからない言葉だったが、もしかしたらとても重要な言葉だったのかもしれない。



「……あの、神子様と天気って、何か関係があるんですか?」


シノが思いきって質問をすると、ネネは少しビックリした顔をしてからニコリと微笑んだ。


「シノ様は神子様のニュースとか、あまり見られないんですか?

隣国の神子様のシン様が来られた時、凄いニュースになってましたよ!異常豪雨で土砂災害なども凄かったのに、シン様が来た途端にみるみる雨雲がどこかへ消えて虹がかかったと!

私は神子様のことにすごく興味があって色んな文献を読み漁ってたりしているんですがね、

神子様自身の能力や魔力には各々によってかなりの違いがあるようなのですが、殆ど共通しててみられることが神子様の周りに魔物が近寄らなくなることと、天候が回復することだそうです!

それこそが"神に愛され、平和の象徴とされる所以の1つだ" と言う説もあるようです!」


「……そうなんですか」


シノはやけに興奮気味のネネから視線を外して、まだカーテンの閉められていない窓の方を見る。

窓の外は空は黒い雨雲に覆われて、夜だと言うのに月も星も見えず、昼間に見た状態と変わらない。夜だと言われなければ朝なのか夜なのかさえもわからないそんな空。


「シン様は"透視"もできるそうで、国内で起きている災害や事故を察知して沢山の国民を救われているそうですよ!凄いですよねぇ、神子様は!」

「……」



"あなたは本当に神子様なのですか?"


(……そう言われるのも、当然か)


神子様は平和の象徴だからいるだけで何もしなくてもいいとジークは言っていたが…そんなワケはなかったのだ。

…よく考えればわかることだったのに。

神子様が来ても何も変わらない、何も良くならないのなら、端からそんなものを喚ぶ必要などないのだから。


(なのにオレは、何も出来ないどころか―…)


「…そう言えばまた明日も召喚の儀の日ですね。"隣国に来たばかりだから神子様はしばらくどの国にも来ないよ"って言う人も多いんですけど、私はそんなのは関係ないって思うんです!願えばいつか叶う!って。死ぬまでに絶対この目でこの国の神子様を拝んでみたいのです!」

「……っ」


キラキラと目を輝かせるネネのその言葉に、シノはいたたまれなくなって、顔を俯け右手で左の腕をぎゅうっと抱き締めるように握った。


「あ、ごめんなさい!私つい夢中になってしまって!せっかくの夕飯が冷めてしまいますね!……あら?

左手の包帯、外れたんですね!怪我が治ったのですか?良かったです!では失礼します!」


ネネは勢いよく頭を下げると、シノの食事の邪魔にならないようにと、すぐさま部屋を後にした。


…だけどその日、シノの右手は左腕をぎゅっと握りしめたまま夕飯に手を伸ばすことはなかった。

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