第13話




コンコン


「失礼致します。…ジーク様、起きていらっしゃったのですか?少しはお休み頂けましたか?」


「え…あぁ。大丈夫だ」


呆然としたジークの元にやってきたのは、ジークを起こしにきた従者だった。

慌てて時計を見ると、気が付かぬうちにこの部屋に入ってからもう数時間経ってしまっていたようだ。


国の緊急時に貴重な数時間の休憩をもらったというのに、結局一睡もしないどころか、かえって体力や魔力だけでなく気力さえも消耗してしまった。

申し訳なく思いながらジークはしっかり休めた風に振る舞ってはいたが、内心はまだとてつもなく動揺していた。




ジークが初めて召喚の儀式を教わったのは、国の規定通り、15才の誕生日を迎えた日だった。

初めて呪文を唱えたあの日。

やり方を隣で指示されながらもぎこちなく行った初日でさえ、魔方陣はちゃんと現れてくれた。

神子様の召喚を目にしたのはたったの一度しかなかったが、魔方陣が現れなかったことなど、今までに一度たりともなかったのに。


なのに、魔方陣は現れなかった。



(…シノ様が、もうここには来たくないって…そう思ってるのかな…)


魔方陣が現れないのは、相手に拒絶をされているからなのか…


(…違う。今はきっと、疲れてるから…ちゃんと体調を整えれば、きっと…)


押し寄せる不安を自分でいくら否定してみても、いつまでも心の中に渦巻いて消えてはくれない。

しかし国の緊急時にそんなことを誰に相談できるはずもなく、ジークは一人胸に抱え込みながらも、執務に戻った。





城の魔物の討伐は数時間後に完了したが、その後も天候は荒れに荒れ、雨が完全に止んだのはシノがいなくなってから3週間後のことだった。

その間にも別の場所に魔物が現れたり、土砂災害や浸水被害が多く、休む間もなく執務に追われる日々が続いた。


今まで週に一度、定期的に開かれていた神子様を召喚する儀式は、この間にも…こんな間だからこそ、通常以上の期待を込めて行われていた。

召喚者はジークの叔父や、従兄弟。

そして今回はジークの弟の番だった。

どの儀式でも神子様を召喚することは叶わなかったが、当たり前のように光を放つ魔方陣を目の当たりにして、ジークは無性に泣きたくなった。


…ジークは誰にも言わず1人で、あれから何度も召喚の儀を行っていたのだ。




隣国には「アラム王子」とういう、神子様を初めて再召喚された方として有名な方がいる。

アラム王子は神子様が1度帰ってしまわれた後に、神子様を喚び戻すために毎日欠かさず召喚の儀を行っていたそうだ。

本来そんなことは魔力や体力を極端に削る行為なので、無謀というか、死に急いでいるようなもので。普通は数日で魔力低下症に陥るか、廃人になるか亡くなってしまうような荒業なのだが…それをやってのけたアラム王子は体力や魔力が相当凄かったのだろう。

だけどきっと、成功できたのはそれだけが理由ではない。

そんな無謀なことを諦めずに何年も続けてしまう程に、アラム王子の神子様に対する想いが強かったからに違いない。



ジークにはそんな大した体力も魔力もないが、気持ちとしては同じだった。


あの日以降も、一度たりともシノのことを忘れたことはない。

あの悲しい笑顔が、頭から消えない。

シノが帰りたいなら帰してあげたいと思ったくせに、

毎日逢いたくて、苦しくて、泣きたくなる。



だから毎日は無理でも、何日かに1度、必死に魔力や体力を寄せ集めて行っていた。

…一度急性魔力低下症を発症したことのあるジークが頻繁にやることは自分でも無謀に感じられたため、誰にも悟られぬようにこっそりと、そして無理しすぎないように気をつけながらやっていた。

その方が何ヶ月かに一度の定期的な自分の召喚の順番を待つよりもシノを呼び戻せる確率が高いと思ったし、何より早くシノに逢いたかったから。


…しかし何度やろうとも、ジークの前に魔方陣は現れてくれなかった。




「…次はジークの番か…」

弟の儀式を見届けた後に、国王がポツリと呟いた。

シノを召喚したあの儀式から数ヶ月が経ったため、再びジークに順番が回ってきたのだ。

国王の瞳は、期待なのか、不安なのか。

なんとも言えない色で揺れていた。



(…大丈夫、祭壇で、落ち着いてやれば、きっと…)

手のひらに力を込めて、ぎゅっと握りしめる。


災害の復興の目処がようやく立ち始め、仕事も落ち着き、ジークもようやく通常通りに休みを取れるようになってきた頃だ。魔力や体力だって、今こそ本来の力が発揮できるハズだ。


(…きっと大丈夫。大丈夫)


不安を押し込めるようにそう自分に言い聞かせ、ジークはその日以来、こっそり行っていた召喚の儀式を行わずに魔力と体力を最大限に蓄えて、儀式の日に臨んだ。






「…ジーク様、お時間でございます」

「…あぁ」


椅子からゆっくりと立ち上がり、青黒い髪の毛と白いマントと靡かせて、カツカツと廊下を進む。


大聖堂の扉を開けると、いつものように人が集まっていたが…心なしか皆、その表情が硬い。

ここにいる者は皆、前回のジークの召喚を見ていた者たちなのだ。

シノが召喚されたことを、そして消えてしまったことを知っている。


「………」


何度もしてきた儀式なのに、初めて召喚を行った日のような緊張感がジークを襲う。

大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、一礼をし、ジークは中央の祭壇へと向かった。



震える手つきで針で人差し指に小さな傷をつけると、祭壇の真ん中や周囲に規則的に転々と血を滴らせる。

それが終わると胸の前でしっかりと手を合わせ、目を閉じ、神子の訪れを願いながら心の中で呪文を唱えた。


「………」


呪文を唱え始めた瞬間、自身の周りに風がたち、魔力や体力を一気に吸いとられるような感覚に陥る。

通常ならこれで魔方陣が現れるはずなのだが−…



「………っ」


やはり、魔方陣は現れてはくれなかった。

だけど周りはまだ、そのことに気づいてはいない。



(…お願いシノ様。もう1度、逢いたいんだ…お願いだから…っ)


諦めきれずに術を継続していると、まるで術の時間に比例するかのように、今までよりもさらに膨大な魔力が吸いとられていく。

その影響なのか、ジークの纏っていたマントが突如突風に煽られたように音を立てて靡き始め、ようやく周りの人間にも今回の儀式の異常を感じ始めた。



「……頼む…頼むからっ…」


「…おいジーク!止めなさい!魔力が流れ出すぎている!!」


ガタっと音を立て、国王が立ち上がる。

ジークはそれでも術を止めなかった。


(…まだ!…だってまだ、魔方陣が出てきてない…魔方陣がなきゃ、シノ様は…っ)



「ジーク!!」

国王が祭壇に近づき強制的に術を止めようとしたその時、ジークの周りの風が突然ピタリと止んだ。



「…ジーク」


やっと止めたのかと、国王がジークの背中をそっと撫でて顔を覗き込むと、国王は目を見開き言葉を失い固まった。


ジークの顔は真っ白く生気を失い、呼吸も、そして心臓も止まっていたのだ。

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