第3話
「…ジーク、目を覚ましたのか」
ギィ…と重厚な扉から入ってきたのは、国王だった。
「…はい。すいません、こんな時に何日も眠ってしまい…」
慌ててその場で礼をすると、
「召喚の儀の後なのだ、気にすることではない。…神子様はまだ目を覚まさぬか」
「はい…」
国王が神子様の顔を覗き込む。真っ青だった顔
はだいぶ健康的な色になってきたが、頬や頭についているガーゼや包帯は痛々しい。
「…医師によると、神子様は隣国と同様、男性だったようだ」
「そう…なのですか…」
改めて神子様の顔を覗き込む。ガーゼや包帯に隠れていてあまりわからないが、女性と言われればそうな気がするし、男性と言われれば男性な気もするその顔。
(男性、なのか…)
数年前、隣国の神子様が世界で初めて男性の神子様として認定され、世界中に衝撃が走ったのを思い出す。
この国ではもちろん初めてだが、世界で2番目なのも間違いない。
「神子様が男性なのは一例だけとはいえ前例があるが…こんなに怪我をされて、意識がないなんて前代未聞だ。…それに、神子様が訪れれば平和で穏やかな気候になると言われているのに、王都は神子様が来てから毎日どしゃ降りの雨で、昨日は城の外れに魔物も出た」
「……っ」
神子様の近くには魔物は出現しない。
それが常識だったのに、それさえも覆されるとは…
異例ずくめの神子様。
いつも冷静なはずの国王の言葉とその揺れる瞳からは疑いの色が見てとれた。
「…父上は、神子様が、神子様ではないとお思いなのですか」
ジークの問いに国王は無表情のまま視線をこちらに向けたが、視線を落とすようにまた神子様の方へと戻した。
「…疑ってないと言えば嘘になる。神子様だと信じているというよりは、信じたいというのが本音だ。隣国の神子様の件で、突然今までと違うことが起こりうるのだと証明された。しかし、今回はアブノーマルなことが多すぎる。…神子様もこんな状況だから、まだ公には公表していない。あの場にいた全員にも箝口令をだしている」
「……」
神子様を対外的に公表していない。
それは神子様がまだこの国に訪れたことになっていないということ。
神子様が神子様と認められていないということだ。
(オレのせいだ。オレが神子様をこんな姿で召喚したから…)
悔しくて、悲しくて掌をぎゅっと握りしめるが、ジークは何も言い返すことは出来なかった。
「…神子様、おはようございます」
それからジークは毎朝神子様の元を訪れ、挨拶するのを日課にしていた。
あれからもう1週間は経っているのに、一向に目を覚ます様子はない。
しかし、状況が全く変わらない訳ではなかった。
医師には命の危機は脱しただろうと言われたし、顔や手足のガーゼや包帯の量が僅かながらに減った。
徐々に良くはなってきているのだ。きっと目を覚ますのも時間の問題だろう。
「今日も王都は雨ですよ。昨日よりはまだ落ち着いてるようですが…昨日のように雷が酷くなければいいですね」
ジークの言葉に、返事はない。
返事を求めるようにジークは神子様に手を伸ばし、包帯の隙間から除く指先に触れて、きゅっと包み込む。
握り返されることはないが、神子様の体温を感じることでなんだかほっとするので、だびにだびそうしていた。
一週間経った今、王都に降り続いていたどしゃ降りの雨は若干弱まってはいるが、まだ止むことはなかった。
隣国では神子様が訪れてすぐに異常気象が収まったという。
…それなのに、我が国では召喚する前は正常だった気候が、明らかに異常になった。
長い雨のせいで、土砂崩れや農作物の被害まで報告されている。
"疑ってないと言えば嘘になる"
国王のその言葉がジークの頭の中によみがえる。
それと同時に、疑いたくなる気持ちもわかる…一瞬でもそう思ってしまい、そんな自分に嫌気が差す。
(オレが信じないでどうすんだ…オレの神子様なのに…)
神子様に触れていた手に力を込めて、願うようにその手を自分の額に押し当てる。
「早く目を覚ましてください…神子様っ」
いつも通り、返事はこない。
握りしめていた手をおろそうとしたその時、握っていた神子様の手が、ピクッと動いたように感じた。
「……っ」
ガバッと顔をあげ神子様の方を見ると、神子様の目がうっすらと開いていた。
「神子様…っ」
声をあげると虚ろなままの目がゆっくりとオレの方へと向いた。
見たこともない綺麗な茶色い瞳にドキッと胸が高鳴る。
言葉を発することができずに無言で見つめ合っていると、数十秒後か数分後かに神子様がようやく口を開いた。
「…ここは、あの世ですか」
男性にしては少し高めの綺麗な声に聞き惚れて、一瞬何が何を聞かれたのかわからなくなる。
ゆっくりと間をおいてから問われた意味を理解し、
「あの世ではありません。あなたはちゃんと生きていますよ」と、ぎゅっと手を握りしめながら伝える。
「……」
神子様は握られた手に視線を移してから、もう一度オレの方を見て、そして目を伏せた。
生きていることに安堵をしているようにも、怪我を痛がっているようにも見えないその表情。
神子様がやっと目を覚ましたというのに、なぜだか言い知れぬ不安を感じた。
雨はいつの間にか、小雨に変わっていた。
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