The video game with no name

作者 赤野工作

1809

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★★★ Excellent!!!

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低評価だったゲームを、何故、低評価だったかを、時代背景、大人の事情を全てを冷静に分析した上で、それを上回る筆者の『ゲーム』への愛をぶちまけて、レビューで熱く語る。

私もゲーマーの端くれとして、レビューを読んでいて笑い、涙しました。面白いなんて言葉で片付けられない、ゲーマーのバイブルです。

★★★ Excellent!!!

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架空の書評というとボルヘスの短編やスタニスワフ・レム『完全な真空』辺りが思い浮かびますが、架空のゲームレビューとは……まずは設定の勝利。
かつて伊集院光のラジオ内に「3点ゲーム」という架空のクソゲーレビューのコーナーがありましたが、ああいう小ネタ的面白さを期待して読み始めるうちに、この話がそんなレベルを超越していることに気付かされます。自分はすっかり本作を見誤っていたのです。

面白いだけじゃありません。
この物語は、泣けるのです。

糸井重里の傑作ゲーム、バス釣りNo.1……じゃなくて、ええと『MOTHER』シリーズ3作のキャッチコピーを噛み締めつつ。

エンディングまで、泣くんじゃない。

Good!

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ゲームにおける恋愛。

その意味する所を語っているのでしょうか。

それにどんな意味があるでしょうか?

ゲームの恋愛を擬似恋愛と表現する人はいますか?

違う。という人もいれば。

そうでもない反応をする人もいると思います。

いわゆるギャルゲーというのは、何を指しているのでしょうか?

ギャルて何?

と今時の若い人ならいうのでしょうか?

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★★★ Excellent!!!

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 書籍化、おめでとうございます!

 表紙に惹かれ、手に取りました。
 レトロゲームのレビューなのに、紛れもないSF。SFなのに、確かに今と地続きの100年後の未来。
 自分のゲーム歴は、『ドラクエ』とか『FF』とか最初の方をちょっと触った程度(最後にクリアしたゲームは『クロノ・トリガー』)。なのに、読むのをやめられない!

 ゲームに夢中になって遊んでいるうちに、気がつくと100年の時が過ぎて、まだ見ぬ昔を思い出しているのです。
 ★3つでは全然足りません!!

 近所の書店で探して見つからなかったので、取り寄せてもらいました。お気に入りのゲームのように、手元に置いて、何度も読み返したくなる作品です。

 紙媒体は少し似合わない気もしますが、できたら100年後にも誰かに読んで欲しい。そしてよかったら、感想を聞かせてくださいね。

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★★★ Excellent!!!

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 二度目の心臓交換と人工小脳交換のための入院の際にこのレビューに気付き、投稿した次第であります。いまだ物理的な端末からアクセスにこだわる懐古老人故に半ばまでの感想ですが、どうかお許しを。
 さて、21世紀を振り返ると故レイ・カーツワイルの系譜に代表される「人工知能」の世紀、ウィリアム・ギブスンやウォシャウスキー姉妹らに影響を受けた「拡張現実」の世紀という見方が主流となっており、当時描かれたサイバーパンクもそういう視点からのものが多かったように思います。若い頃、若年性糖尿病(まさか特効薬があんなに早くできるとは!)を患った反動で、無限の速さで進歩するコンピュータに期待を寄せていた私も、そういった呼称が百年後には正しいものになるのだろうと信じていた時期があります。しかしながら、過ぎてしまえば私の「手元」にあるのは地層のように積み重なったゲームの山。当時を探しても、ゲーム「史」を主題に語られるサイバーパンクなんてあったか、私には見当もつきませぬ。(そちらに詳しい友人は先月他界してしまった。)
 そう、我々、ファミコン(私は博物館ではなく自分の家で見た!)所有者を親に持つゲーム第二世代の駆け抜けた21世紀という時間はまさにゲームの世紀でした。
 本サイトの昔懐かしい形式のレビューは、各年代のゲームのうち、駄作、怪作、迷作のレビュー、そしてそのゲームの登場する背景が事細かに描かれており、中には当時心無く叩いていた作品にも、こんな裏があったのかと驚かされるばかりであります。特に、今は無き懐かしのSNSのデータを漁ってくる、過去のニュースデータベースをしっかり添えるところは作者の知的収集力(随分と懐かしい死語だ)に驚かされるばかりであります。
 読んでいると、かくのごとき「クソゲー」が出るごとに今は無き「まとめサイト」で炎上という騒ぎに乗じていたころの若い頃の自分や、「AfterLif…続きを読む

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★★★ Excellent!!!

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未来のゲームレビューという体で架空の作品を紹介する作品ですが、文章全体に感じる強いリアルさが文章作品としての質を高めています。実在の人物が実在するゲームをレビューしているかのような筋の通った語りで、素直に読んでも楽しく、かつその入れ子構造を鑑賞しても楽しい作品です。

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★★★ Excellent!!!

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人間は喜劇を求め、実際世の中には喜劇こそが大量に存在する。
ならば悲劇は求められていないのかといえば、歴史上には名高い悲劇の作品が多数ある。
何故か?

その回答は色々あるだろうが、私はこう思う。
喜劇は消耗品だ。クチコミで広範に広がり親しまれ続けることもあるが、基本的に消費されて終わる。
しかし、悲劇の物語は消耗品ではない。
喜劇をスナック菓子とするなら、悲劇はむしろ毒薬である。
食らってしまった読者の心に悲しみや怒りや苦しみを産み出すことで、彼らの人生に抜けない棘のようにその痕跡と存在を残し続ける。
それ故に、あまりに刺激が強すぎる悲劇の物語は語られ続け、人類史に残り続けるのだ。

本作は、その「悲劇の物語」を「特異性が極まりすぎた結果として駄作と見做されたゲーム」に置き換え、「それを再評価するレビュー」という形式で発表されている作品である。

皆さんは駄作ゲームに触れたことはあるだろうか。
自分はある。その作品、数千円もした上に、アップルストアから消えてなくなりやがった。
はっきり言って被害者からしてみれば、クソゲーは悪の枢軸にも匹敵する恨まれ方をして当然のものなのだが、その批判はどうしても客観性に欠ける。
そこで本作では、そのクソゲーが産み出されてから数十年経った未来の人間がレビューをするのだ。
そのクソゲー1つ1つが未来技術によって産み出されているクソゲーなので、そのSF的発想に舌を巻くこと請け合いだが、このレビューではそこはさておき。

「大多数の人間が心の底からキレたり失望したものを」
「なぜ当時の人間が批判を行ったのかを深掘りした上で、後世の人間が再評価する」

つまり、この作品でレビューされているのは駄作そのものだけでなく、
「駄作を駄作と評価した過去の人間たち」そのものがレビューされている。
彼らは時に愚かで、時に執念深く、時にはあまりにも切ない動機で…続きを読む

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★★★ Excellent!!!

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この小説の魅力とはなんだろう。
斬新な発想? 伏線や構成の妙? 専門的な知識?
ふむ、もちろんそれらは重要な要因だ。この作品が優れた技量と多くの知識に基づいて生み出されたのは間違いない。
しかしながら、一つだけ挙げるとするならば、それはこの小説の本質的な部分にしたい。

すなわち、作者の人生そのものだ。

高く評価された多くの作品と同様、この小説には作者の人生が凝縮されている。
考えても見てほしい。
俗にクソゲーと呼ばれるゲームをこよなく愛し、この世全てのゲームを愛していると謳い、ゲームのために世界中を駆け回る。
ゲームさえ出来るなら、たとえ人でなくなっても幸せだと主張する。
そんな人間が、普通か? 見ていてつまらないだろうか。
違う。面白い。面白いのだ。
そんな作者の人生が、小説という皮を被りここに存在する。虚飾にまみれた皮の下には、現実という肉が潜んでいる。
フィクションとノンフィクションの高度な融合体。それこそがこの作品の面白さの本質である。

まあつまり、万国共通で最も面白い題材は『人間』ってことで。

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