第15話 神と勇者
窓から流れる心地良い風により清らかな髪が揺れていた。
「ふーん♪ふーふふーん♪」
マリーは鼻歌を歌いながら部屋で洗濯物を畳んでいる。
「…シュンッ。」
何も無いところから急にアズベルが現れた。
「ふ…?あれ?アズベルさん!お帰りなさい。」
「ああ、ただいまマリー。」
「びしょ濡れになって一体どうしたのですか?」
マリーは不思議そうに首をかしげた。窓から空を見ても、雨は降っていない。
「いや、魔物退治をしに少し遠くまで出向いたんだけど、雨で濡れちゃってさ。」
「魔物退治ですか…アズベルさんならそうそう負けることはないと思いますが、無茶はなさらずに。」
マリーはそういってアズベルを見た。
「分かってるよ。」
アズベルはニコリと笑ったが、体がプルプルと震えていた。
(あっ…可愛い。痩せ我慢してる小鹿みたいね。)
マリーはクスッと笑う。
「お風呂入りましょうか。」
「そうするよ。」
アズベルは少し嬉しそうな顔をした。
◆◆◆
時は同時刻。
「敵を一撃で、か…それでいて名声を求めない…」
ネフティは考え込んだ表情を浮かべていた。
(まるで英雄の真似じゃないか。…ん?)
「…おい、新兵!各地のギルド長共にこの事を伝えろ!そして、似たような事が起こっていないか洗いざらい調べて報告するように言っておけ!」
「は、はい!」
若い衛兵は敬礼をした後部屋を出て行った。
(ヒーロー気取りならどうせ他のギルドの依頼も達成してるかもしれないな。調べるのもありだ。調子に乗ったクズ野郎め。)
ネフティは英雄が嫌いだった。
子供の頃には他と同じように英雄に憧れていたネフティ。この世界での英雄は神の使い、勇者の僕という存在だった。世界の誕生や、神、そして勇者について書かれている過去の書物、聖魔伝記でも述べられていた。
◆◆◆
勇者降臨より
〖遥か昔、人類と魔族がまだ対等の関係だった頃、世界は安定していた。国家間や大陸を繋ぐ道が整備され、貿易が盛んに行われていた。
しかし、突如として魔族の統治者となる魔王が現れ、人類に対して侵略を始めた。魔王の軍勢は強く、人類に対抗するすべは無かった。
人類は魔族を恨み、叫び、呪ったが、何も状況は変わらなかった。魔王の侵略も進み、遂に人類は大陸の半分以上を奪われてしまった。〗
神の統治より
〖その昔、神は地上に住んでいた。沢山の神が存在し、人類を束ねていた。しかしいつの日にか神は姿を消してしまった。残されたのは神が住んでいた建物のみ。人類はそれを神の名残とし、神殿として祀った。それはいつしか宗教となり、神殿歴という年号にもなった。〗
勇者降臨より
〖魔王の侵略により、人類は大陸の半分を奪われてしまった。絶望的な状況下で生きることを諦め、女性を辱める輩まで出てきた。そんな時ある神殿から人が現れた。その人物は名をセトと言った。
神殿歴1764年、救世主の降臨だった。セトは魔族に対抗する為の力、神の加護を人類に与え、自ら人の子を率いて魔王討伐へと向かった。剣を極めし者、魔法を極めし者。
人類は必死に魔族と闘い、徐々に奪われた大地を取り返していった。しばらくすると、セトが魔王討伐に成功して帰ってきた。人類は喜び、セトと他の英雄を祀り挙げた。〗
魔族への復讐より
〖魔族は自らの大陸へと逃げたが、人類は深追いしなかった。そもそも魔族の大陸の厳しい気候に人類は対応できなかったからだ。そのかわり、捕らえた魔族に対してありとあらゆる復讐を始めた。
様々な拷問を行い、家畜以下で魔族を労働力とした。
様々な生物実験が行われた。これにより、人類の魔法学が大いなる進歩を遂げた。
すぐに捕らえられた魔族は全滅してしまったが、労働力が不足した富裕層が続出した為、奴隷という身分が誕生した。
その後、セトは神の使いとして人類を治めた。いつしか人々は英雄達の得意としていた剣、魔法を英雄双武として崇めるようになった。文明は栄え、人類は繁栄した。〗
魔王再来のお告げより抜粋
〖勇者セトの降臨からはや千年が過ぎた頃、セトが出てきた神殿にとある神が降りてきた。人々はひれ伏し神を歓迎したが、神は一言だけ告げて帰って行った。「近い内に魔王が再来する。それに伴い、勇者もまた現れる。人類よ、来るべき日に備え、戦う覚悟を決めよ。」〗
我々の使命より
〖神のお告げを聞いた人々は、驚き歓喜した。長年、宗教的存在でしか無かった神と勇者が実在すると分かったからだった。それにより、神は人類にとって絶対的な存在となった。その後人類は、神の名の下に魔物と戦い、魔族と戦い始めた。世界各国にギルドが建設され、冒険者制度が導入された。そして、我々は今も勇者の降臨を待ち続けているのである。最後にもう一度述べようか。人類よ、魔王の再来に備え戦力を整えよ。勇者は降臨する。〗
◆◆◆
200年ほどまえから、魔族との戦争が激化してきた。32年前、魔族の襲撃によって丸々一つの村が滅んだという。噂では生き残りがいたとの情報もあるが、定かではない。
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