第17話 クロスガル学園(ネフティの過去)

晴天の空の下、甲高い笛の音が鳴り響いた。


「月が照らすは紅の水面。水面が写すは紅き精霊。囚われし精霊よ、逃げ場を無くした精霊よ、その力我に与えたまえ。」

すぐさま行われた魔法の詠唱の後、片腕を目の前の人物に向け、魔法名を叫ぶ。


爆発熱球弾ヒートバレット!」

ネフティの手から弾丸の様に飛び出すは、燃え盛る炎の球であった。


ボバァンッ!!


標的を粉々に破壊した後に炎は消え、辺り一面を覆うように上がる土煙と伴に残骸が積もる。瓦礫の山ができた。小さな火が燻っている。

キャアキャアと叫ぶ声が聞こえる。



       ◆◆◆



ここは魔法学園クロスガル。マルトス国中から魔法を学びに人が訪れ、国外からも留学生を多く取っている巨大な教育機関だ。

その規模は年々大きくなっており、後数年もすれば国の管理下から外れる可能性もある。


そんな魔法の名門校にて本日、校内試験の実技が行われていた。クロスガルでの試験内容は大きく筆記と実技の二つに分けられる。そして筆記科目は歴史、魔方陣、魔法理論、一般科目の4つに、実技科目は射撃、威力、戦闘の3つに分けられている。


射撃の試験では、制限時間1分の間に直径一メートルの円の中から、縦に十メートル間隔で百メートル先まで並べられている的を撃ち抜くことにより判定が行われる。判定基準は、的を撃ち抜く精度、どの的まで魔法が届いたかの距離、消費した魔力の少なさを表すコストの三項目である。



       ◆◆◆


「よし、次が最後の組か…」

試験監督を務めるのは、立派な髭を携えた勤務歴20年のベテラン、ディガウスだ。


試験では、後組になればなるほど成績の良い者達となる。陸上競技の組順が記録順に並べられている事が多いのと同じである。

最終組に残っている顔ぶれは、毎回のようにランキング十位以内を占めている者達だらけだ。もちろん、ネフティもその一人であった。


各実技試験最後の組ともなると、ちょっとした見せ物になってくる。試験会場のスタンド席には試験を終えた多くの学生が座っていた。


クロスガルの試験は、一日一科目しか行われない。生徒が試験に全力を出せるようにと配慮された結果だった。 

いつもながらに筆記試験が最初の4日間で行われた今回、残す試験は実技だけである。そのため学生たちが集まる事が可能になったのだ。


「レーンと現在の順位を報告する!各々開始に備えろ!」

ディガウスがそう告げると、生徒達は準備を始めた。深呼吸を繰り返す者、魔法の試し撃ちをする者、特定の動作をルーティンとして行う者等、様々であった。

ネフティは胡座をかき、瞑想に入った。己の魔力を練り上げ、より密なモノに変えていく。毎回のように行う、試験へ向けての準備であった。


「スゥー…フゥー…」

呼吸の途中で息を止め、流れる魔力を感じ取る。丹田の辺りが熱くなり固く質量のある物体があるように思えてくる。魔力の練り上げは完了したようだ。


(もう少しだけ…)

まだ練れる余地があるのでは?と考えたネフティだったが、隣からの声によりあえなく中断することとなった。


「ネフティったら、ま~たその変なポーズしてるー!本当に意味あるの?」

「うるさいですねぇー、別に良いでしょう?僕がどんなポーズをしようとも。それに、ちゃんと意味はあるんですよ!これには!」


ネフティが少し苛立ちを覚えながら隣を見る。彼女の名はユリス。現在、準備体操で絶賛開脚中だ。

クロスガルでは学校指定の制服はあるが、特に服装に対する校則は無い。そのため、何を着ようとも個人の自由なのだが…

(…これはないでしょう!これは!)

ネフティはユリスの格好を見てそう突っ込んだ。


つい先刻まで普通の制服だったのだが、いつの間にか着替えていたようだ。それも、随分と過激な服装に。

いや、本人が機能面を重視した結果なのかもしれないが、これ見よがしに目の前でストレッチをするのはやめて欲しかった。


ユリスの服装はセパレート、陸上競技でよく着られている、ピチピチの黒いスパッツと緩いシャツのような物を身に着けていた。即ち、おへそ丸出しの格好をしていたのである。


(まったく…ユリスは恥ずかしくないのでしょうか?)

目の前で股を開き、前屈をしているユリス。身体を前に倒すたびに、スパッツが局所へギュッギュッと食い込んでいる。ピチピチのスパッツにより、その筋が軽く浮かび上がっていた。

また、お世辞にも豊満とは言い難いが、それでも少しの膨らみを帯びている部分の突起物がシャツの隙間から見えそうで見えないという状態でもあった。


(何とも扇情的で理性を煽られますね…)

ネフティはそんなユリスを無視することもできず、チラチラと横目でうかがっていた。



       ◆◆◆



「…8レーン、ユリス・ケフィア、現在第1位!9レーン、ネフティ・ティミン、現在第2位!」

「…むっ、呼ばれましたね。もうすぐスタートです。ユリス。勝負しましょうか。」

「おっ、ネフティ。やる気満々だねぇ~!良いよぅ、勝負してあげる。ただし!負けた方はさ…」

「勝った人のお願い事を一つ叶えるですよね?」

ネフティはそんなこと分かりきっているといった表情をしている。軽くストレッチをして目の焦点を調節していた。


「そうそう!良く分かってるねぇ~。テストは満点確実だから…より早く終わらせた方の勝ちってことでどうかな?」

「了解しました。それに賛成です。さあ、そろそろ笛が鳴りますよ。」

ネフティはサークルに入って、腕を構えた。ピシッと伸ばされた右腕は真っ直ぐに的を狙っている。


(あんなに固くなっちゃって…マジメになるのも良いことだけど、緊張で開始に出遅れちゃっても知らないぞ~。)

ユリスはネフティを見て心の中でクスクス笑いながら、サークルへと入った。


「それでは、最終組!射撃試験を行う!」

ピーッと甲高い笛の音が響き渡っ…

雷撃ボルト!」


ネフティは笛の音とほぼ同時に、詠唱が最も短い初級魔法を発動した。その後連続して数発放つ事により、的に当たる度に先頭の雷撃が速さを増していくように仕組ませる。


(最高のスタートが切れましたね。後は雷撃の速さがどこまで伸びてくれるか…)

「ボバンッ!!」

「…むっ、なっ?!」

思案したのも束の間、ユリスは既に的を射終っていたことに気付く。


「ドガッ!」

少し遅れてネフティも的を射終える。その差、およそ3秒。

(…一体なぜ?!早すぎます!)



       ◆◆◆



ふと、隣から勝ち誇ったような、人を馬鹿にしたような声が掛かる。どうやら、しばらくの間軽い放心状態だったようだ。いつの間にか試験は終了していた。


「プププッ…ネフティ~!、私の勝ちだねぇ~。」

「…あれはどう考えても速すぎます。僕は、最高のスタートをきったつもりです。負けることはあっても、あそこまでの大差でとは…」

「フフッ、落ち込んでるねぇ~!」

「僕はそんなことに時間は使いませんよ。でも…」


ネフティは落ち込んだり、後悔をするといったことは滅多にしない。そのかわり、そういった事柄に対しては鬼のように反省、考察を繰り返す。常に向上心に溢れていた。しかし、今回は事情が違ったようだ。必死に考察を行っているが、少し悔しさの念も感じられていた。


「…初級魔法の中で最速を誇る雷撃を容易く越す魔法…ん?確か…」

ネフティは試験の記憶を思い出す。


(スタートと同時に僕は詠唱を唱えました。でも、隣のレーンにいたユリスは…詠唱を唱えていない?!詠唱無しの魔法…いや!あれだ!)


「ユリス、試験では魔力をそのまま放出しましたね?」

「おっ!せいかーい!いやぁ、よく分かったね~。まあ、補足するとネフティと同じ方法を使ったんだ。」

ユリスはニヤニヤと笑っている。ネフティはそんなユリスを見て不満そうだ。だが、そんな顔をしたのも束の間、考え込んだ顔になる。


「しかし、雷撃と魔力弾では空気抵抗等を考えると雷撃の方が圧倒的に速いのでは?」

ネフティは疑問を口に出した。


(雷撃は光であり、電流。ただの魔力弾にそこまで速さがあるわけも無い…)

ネフティの素朴な疑問を聞いたユリスは、少し驚いたようだった。しかしすぐさま、意地悪な顔をする。


「あれれっ?努力の鬼のネフティさん?もしかして~…忘れちゃってるんですか?」

「何がです?人をこけにするのもいい加減にして下さい。」

ツンとお怒りの様子を気取るネフティだったが、その脳内では大惨事が起こっていた。汗をダラダラとかき、頬が紅く染まる。


(忘れているだと?!えっ、思い出せ!思い出すんだネフティ!えーと、魔力の特性…人体の血管にそって魔力は身体全体を循環している。えと、えー、頸動脈等の太い血管の周りには同様に魔力が多く溜まっていて、そのため、魔力吸収の際にはその部位を意図的に狙うのが効率的である。そして、んー、あ〖》←&!_?!@・…)


「もう~、やっぱり忘れてるんだね。」

「な、何の話ですか?ぼ、僕は忘れてなんていませんよ?!」

ネフティは声が裏返っていた。


「魔力とは物理法則をねじ曲げる特殊な物質であり、すべての物質の源である。私たちは魔力を媒体にして、雷や火、水といったものを作り出す事ができる。この方法を魔法と呼ぶ。」

「魔法教本第一章、魔力と魔法について、ですね。クロスガル中等部入学当初に習いました。」

ネフティはそれがどうしたというように淡々と答えた。しかし、声は相変わらず裏返っている。


「そうそう!よく覚えてるね!魔力は物理法則をんだよ。」

ユリスは意味ありげに文の冒頭を繰り返した。あからさま過ぎるその行為にさすがのネフティも気がついたようだ。


「まさかっ!火や雷が起こりえない条件下でも、魔力により可能となるという意味合いだけでは無く…魔力はそれ単体であれば、摩擦力さえも無しにしてしまうというのですか?!」

「さすがに気づいたようだね。まったく…校長先生が講話で言ってたじゃない。まぁ、一言だけど。」

「一言ですか?!しかし、そのような重要な事、講義で習うはずでは?」

「講義では習ってないよ。あまり、その事実は広めたくないみたい。校長先生も途中で他の先生に止められてたでしょ?」

そう言えば、そんなことがあったような気がする。ネフティは記憶を思い出して頷いた。


「しかし、良くそんな昔の事覚えていましたね…」

「当ったり前じゃん!」

ユリスはこれが普通でしょ?とでも言いたげにネフティを見た。


(…やはりユリスは凄いですね。)

ネフティはユリスを素直に賞賛する。それもそのはずだ。学年2位を務めるネフティが努力の鬼ならば、学年1位を務めるユリスは神の才を与えられし者である。その驚異的な記憶力の良さにより、彼女の名は王家にまで届いていた。


ネフティはそんなユリスに勝つことは一度も無かったが、彼女が才能だけに頼らず、努力し続けているのを知っていた為、嫉妬等といった黒い感情を抱くことは無かった。

一方のユリスも、「才能がユリスさんのようにあれば…」と言われる事が多く、自分を理解してくれているネフティを嫌うことは無かった。むしろ、好意的な感情さえも抱いていた。

 

「…まあ、今回は僕の負けです。約束は守りましょう。」

「おっ、潔いねぇ~!」 

「早くお願い事を教えて下さいよ。」

「まあまあ、そんなに焦らずに。どうせこの後の試験でも勝負するんだからさ、全部終わってから言うよ~!」

「毎回のことですけど…変なお願いはもう勘弁して下さいね?」

「さぁー?まあ、善処するよ~!んっふふぅ~♡」

ユリスは笑っていた。

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