第18話 ギルドは今日も平和です

「雨は止む気配がないな。」

商業都市ルージュのギルド長、メルは自室の窓の外を見ながらそう呟いた。

梅雨時ということもあり、ここ最近晴れた空を見ていなかった。


「ジメジメしてるからイヤ。雨は嫌い。」

エルフ幼女であるリペは、お茶をメルの机に置くとそう言った。

白色のワンピースを着たリペの首元には、メルの所有物であることを示す紋章が描かれている。

リペの職種は事実上、性奴隷であった。



              ◆◆◆



奴隷という身分は公に認められており、町でも普通に金を払えば購入が可能だ。

奴隷になる理由は、戦争の敗北、借金等である。


奴隷にも人権は存在する。

国の法律で、奴隷の所有者は奴隷の衣食住を保証する義務がある、と定められていた。

また、奴隷は貴族たちの間で生きる財産とされており、その家の裕福度を表す一種の指標となっていた。そして、奴隷の健康状態も高ければ高い程、良いとされていた。

奴隷は、住み込みの奉公人と言った感じである。


その中でも性奴隷は特別であった。

国としても、女性の人権を侵害していると思われることは避けたかったのだろう。

そのため、ほとんどの性奴隷は、国が直々に管理しており、国直営の娼館街にて働かされていた。


現在でいう水商売のような感じである。強制的に性奴隷になることは無かった。

あくまで、望んだ者達のみであった。

望んだ者達も、高給な条件に惹かれて、が多かった。


しかし、国の管理下にあれば、の話だ。


非合法に奴隷を扱う店も存在している。

そういった店は表に出ることは無かったが、地下や貴族の家で、転々と場所を変えながら、ひっそりと奴隷売買を行っていた。


そこでは秘密を漏らさない限り、どんな身分、種族でも入場が可能であり、

取り扱っている商品も、人だけではなく、エルフ、魔族等様々であった。

素性を隠しての購入者も多くいた。


リペはそういった会場で売られていたところを、メアによって購入されたのである。



             ◆◆◆


「ほう、そんな者がいるとはな。」

暗い部屋の中で、一人の魔族の男はそう言った。

細いがしっかりとした体つきのその肉体からは、強き者を思わせる赤い魔力が溢れ出していた。


「クククッ……」

男は笑みを浮かべて、堪えるようにして笑った。

誰かと話しているようだか、その男は通信魔導具を使っていない。

その事実は男が何者かと主従契約を結んでいることを示していた。

主と下僕の関係を作り出す主従契約では、両者の間でのみ自由に会話が可能となるのだ。

しかし、主の方が立場的に圧倒的有利となるため、契約を結ぶのは殆どが奴隷とその所有者であった。


「……確かにそうだな。人間の中にも強い奴がいるということだ。しかし、子供か。面白い人材かもしれん。」

男は嬉しそうに口元を歪める。

その歪んだ口の隙間からは尖った歯が覗いていた。


「ああ、上にはしっかりと報告しておく。お前はそのまま潜入を続けろ。」

そういうと、部屋の中に広がっていた赤い魔力が霧散していく。

完全に魔力が消え去った後の部屋には、月明かりが差し込むだけだ。


「トレントの群れを一撃。…ふっ、将来が楽しみだ。もっとも、将来があれば、の話だが。」

スッと立ち上がって窓際まで歩き、夜の月を見上げる。


「人間たちよ。その暖かな日常をせいぜい楽しむがいい。迫りくる危機を楽観視し続けておくがいい。魔王様の復活まで、あと少しだ。」



             ◆◆◆


浴槽に張られたお湯から湯気が立ち上り、部屋を埋め尽くす。

その温かな湯気が部屋にいる男女を優しく包み込む。


「やっぱり、お風呂は良いものだね。」

アズベルは頭を泡だらけにした状態でそう呟いた。

後ろではマリーが一糸纏わぬ姿で、桶にお湯を汲んでいる。


「私もそう思います。さぁ、アズベルさん。頭を流しますから、目を閉じて下さい。」

「分かったよ。」

そう言うとアズベルは目を閉じた。


シャンプーの泡切れは良く、二回ほどで完全にアズベルの頭の泡は流れた。


「きれいになりましたね。」

「うん。ありがとう、マリー。」

アズベルの濡れた髪をマリーが手で優しくとく。


「この後体を洗う訳ですが、手でお洗いしましょうか。それとも、胸で洗いましょうか。」

マリーはアズベルの前に回り込んで、膝をついた状態でそう言った。

その豊満な胸は、垂れることなく美しい形を保っていた。


「そうだなぁ。胸で洗ってもらうと柔らかくて気持ちが良いけど、洗い残しが心配だし……背中だけお願いするよ。」

「了解しました。」

ボディーソープを手に取り、泡立てていくマリー。

手の動きに合わせてタプタプと胸が揺れていた。


「それでは洗っていきますね。」

良く泡立ったボディーソープを手に付けたマリーは、撫でるようにしてアズベルの体を洗ってゆく。

上半身、腕、一つとばして、足、と順に洗う。

足までしっかりと洗い終えたマリーは、一呼吸おいてこう言った。


「少しくすぐったいかもしれませんが我慢してください、アズベルさん。」

「うん。我慢はするけど……」

アズベルは少し恥ずかしそうにしている。


マリーはアズベルのモノを優しく包むようにして洗い始めた。

「ひゃあ!」

アズベルがあられもない声を上げる。


「やっぱり、くすぐったいよお。」

「仕方ないです。アズベルさん、我慢ですよ。」

「で、でも……あっ…んぅ…」

アズベルは涙目になりながら我慢し続けていた。



              ◆◆◆


コンコンコン。

商業都市ルージュのギルド長、メルの部屋のドアがノックされた。


「入りたまえ。」

楽しくリペと笑っていたメルの表情は一変し、仕事のモードへと切り替わる。


「はっ。失礼いたします。」

そう言ってドアから入ってきたのは、情報局の職員であった。

その手には紙が一枚握られている。


「うん?朝の報告はもう終わったはずだぞ。」

「王都から、各地方ギルド長にと緊急連絡が入りました。報告書はこちらです。」

「そうか。」

メアは受け取った紙に目を通してゆく。


「トレントの群れを一撃で爆破、…名乗り出る事なし、…各地ギルドでも似たような事件があれば報告されたし、か。了解した。クエスト管理局の方へ声をかけておく。」

「了解しました。失礼いたします。」

職員はドアを閉め、部屋の外へと出て行った。


「なあ、リペよ。」

「どうしたの、メア。」

メアはリペの淹れてくれたお茶を口に含んだ。


「いや、永きを生きるお前ならばこの男をどう思うのか、と疑問に思ってな。」

「三百年ほど前に似たような人の話は聞いたことがある。でも、その人は魔族だった。今回も魔族かもしれない。」

リペは箒で床を掃きながらそう言った。


「そんな奴がいたのか。魔族とは興味深いな。」

「人間は魔族に偏見を持ちすぎ。中立を保ってきたエルフ族の歴史書では、魔族は比較的温厚と書いてあった。でも、トレントの群れを一撃で倒すのは結構強い。」

「それは済まなかった。しかし、リペが強いと認めるとなると、なかなかのものだな。」

メアは顎に手を当てて、窓の外を見た。


「クエストを達成しても名乗り出ないのは、いいと思う。」

リペは少し興奮気味にそう言った。


「ほほう、何故そう思う?」

「かっこいい。隠れたヒーローみたい。」

「フフッ…。確かにそうだ。」

リペは頬を興奮で赤く染め、メアはクスリと笑った。


「エルフ族に伝わる伝説があってね…」

「それは面白いな…」

商業都市ルージュのギルドは今日も平和であった。

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異世界で裏から世直し始めました 闇の影 @kt-k

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