目的への前進

第7話 マリーさんは良い人

意識が覚醒へと進み始めた。

暗闇の中で、声だけが聞こえる。


「…ウグッ、ヒグッ、グスッ…アズベルさん…」


(ああ、マリー。泣いてまで僕を心配してくれている。)


目を開くと、ベットの上に寝かされていた。横には、マリーが泣き疲れて寝ている。


(ごめんなさい。マリー。僕はもう過信しない。もうマリーを悲しませなくて済むくらい強くなってやる。)


マリーの頭をゆっくりと撫でながら、今後の決意を固めるアズベル。


「…ムニャ…う…」


頭を撫でる手に、スリスリとこすりつけるマリー。


「あはは…マリー、猫みたいだね…」


その姿は可愛らしく、アズベルは頬までもゆっくりと撫でていく。


「んっ…フにゃぁ…あ…?」

マリーは、パチリと目を開けた。

アズベルと目が合う。


「あ、おはよう。マリー。」

平然としているアズベル。


それがとても嬉しくて、マリーはアズベルに抱きついた。


「アズベルさんっ!」

「ブフッ…!マリー?!」


アズベルが驚いた声をあげるが、マリーは気にもせず泣き出してしまった。


「アズベルさん!グスッ…良かったぉ!無事で本当に良かったよぉ…」

「ありがとう。マリー。僕はもう大丈夫だから。」


心配してくれた礼を言い、マリーの背中をさすってあげる。

少し落ち着いてきたようだ。


「…ヒグッ、グスッ…あ!そうだ。アズベルさん。おめでとうございます!アラン様に勝ちましたよ!」


泣き腫らした顔で、必死に祝ってくるマリー。だが、アズベルは素直に喜べはしなかった。


「アズベルさん?」

「ああ、いやな。確かに剣王には勝ったが、あんなものは勝負としていえるのだろうか、と疑問に思ってな。」


アイリスに説教されたとは言えないので、少し表現を変える。


「…まあ、そうですよね。」


マリーも表情を暗くした。


「アズベルさんがその事を理解しておられるので言いますが、剣王と条件を同じにして戦ったとしたら、今のアズベルさんでは確実に負けます。今回の件だってそうです。あんなもので、とても勝てたなんて言えたものじゃありません!」


声を強め、怒気を含ませて叱る。


(やはり、そうだよな。)


マリーの言葉をしっかりと受け止めるアズベル。


「それに、プライドをそう簡単に賭けてはいけません!今のアズベルさんのプライドは、はっきり言って安すぎです!もっと大切な時に賭けるべきですよ!それでも!いざとなったらプライドよりも命を優先すべきですが!」


アイリスと同じ様な事を、同じく怒りながら言うマリー。

その目はやはり、アズベルの事を思ってのことだ、と告げていた。


アイリスの時と同じ様に胸に熱いものがこみ上げてくる。

アズベルは、涙もろいのかもしれない。


「ありがとう、マリー。もう僕は過信しない。本当の意味で強くなってやる!」


しっかりと礼を述べた後、決意を口にするアズベル。


マリーはその姿を嬉しそうな目で見ていた。




       ◆◆◆




「まったく、アラン様!アズベルさんに対して、あの攻撃はなんなのですか!」

「いや、あれは申し訳なかったと思っておる。だが、もうすんだ事だ。アズベルくんも幸い大きな怪我も無かった。どうにか許してくれんかのう。」


あの後アズベルとマリーは、教会の経営する魔法病院へと向かった。

アズベルの付けた傷が大きかったアランは、現在そこで入院していた。


病室に到着するやいな、マリーはアランに対して怒り始める。

まるで、今まで溜まりに溜まっていたものを無理矢理我慢していたかのようだった。


「もう済んだ事とはなんですか!アズベルさんが身体強化を使っていなければ、即死の危険性もあったのですよ?!」


アランの謝罪を聞き、更に怒りを強めるマリー。


こちらはただのメイド。相手は国の有名人、剣王。


(おいおい、マリー。怒ってくれるのはありがたいが、相手は剣王だぞ…)


さすがにこのままでは無礼にあたると思い、アズベルはアランを許すと同時にマリーをいさめる。


「僕はもう大丈夫ですので、アランさんもご心配なさらず。わざわざ謝罪ありがとうございます。それよりも、マリー。相手は剣王だぞ。失礼にあたる。もう少し落ち着いてくれ。」


マリーは一瞬驚いた顔をして、すぐさま黙り込んだ。


(アズベルなら許すのも当たり前ですかね。)


「いや、アズベルくん、本当に済まなかった。それに、マリーさんの件は大丈夫じゃ。なんと言っても、わしの元弟子だからのぅ。」

「は?」


思いがけない言葉を聞き、素っ頓狂な声をあげたアズベル。


「…それは本当ですか?」

「ああ。わしは現役引退後、数年前まで、町の道場で剣を教えておっての。マリーさんは、その時の門下生だったんじゃ。」


それは初耳だ。第一、アランがその様な事をしていたこと自体知らなかった。

アイリスの言うとおり、人の行動は僕の考えた設定とは大きく変わっているみたいだ。


「なるほど。マリー、そうだったのか?」

「はい。アラン様のおっしゃる通りです…」


隠し事を暴かれた様な顔をするマリー。

なぜ、そんな顔をするのだろう?


「どうしたんだ?それは、名誉な事じゃないのか?」

「確かにそうですが…」


マリーは顔を暗くする。

それを見たアランが、笑いながら言った。


「マリーさんはとても優秀な子じゃった。だが、それ故に少しやんちゃな一面もあってのぅ。わしも手を焼いておったのじゃ。」


フムフム。自分の過去は恥ずかしい、ということか。


「だが、そんなマリーさんにある時、変化があった。確か、同年代の少年に助けられた、と言っておったの。」


マリーは、恥ずかしそうな顔をした。


「アラン様!」

「まあ良いじゃないか。それでのぅ。マリーさんは優しい、思いやりのある少女へと変わったんじゃ。」


昔を懐かしむ様に頷いているアラン。


ほほう。そんな過去があったとは。

マリーの優しい性格は、その少年によるものだったんだな。


「…ということは!マリー、彼氏いるじゃん?!」


何が彼氏いない、だよ!


「か、彼氏だなんて…ベルとはただの友達です!」


名前で呼び合う仲なのか…うん、それなりの関係だな。


「相手の名前知ってるじゃないか!しかも、呼び捨てって!」

「深い意味はないです!」

「ほほう。ベルくんというのか。一度、会ってみたいのう。」

「アラン様まで!?」


マリーは顔を真っ赤にして、黙り込んでしまった。


これはもう、完全に惚れている。

よし!ベルについて調べておこう!


「…本当に…そんなのじゃないのに…でも…ベルが彼氏…嬉しいな…」


ベルの人柄によっては、殺してやる。


マリー大好きっ子なアズベルくんであった。





        ◆◆◆




翌週から、アランによるアズベルの訓練が本格的にスタートした。

最初は、身体の基礎作りからだった。

自分で思っていたよりも、身体は弱く、とても苦しい訓練になる。


一ヶ月後、基礎作りも進めながら、剣技の練習へ入る。

その頃には、大分身体も強くなり、基礎的な動きであれば、ある程度はできる様になっていた。だが、魔法を使わないとなるとまだまだだ。



        ◆◆◆




「でぇぇい!」


声をあげながらアランに木剣を振り下ろすアズベル。


「遅いのう。剣筋が乱れておるわい。」


そう言いながら、アズベルの剣を容易く避ける。

アランは、まだ剣さえ抜いていなかった。

魔法を使わないアズベルは、アランの足下にも届かない。たとえ使ったとしても、アランが本気を出せば、すぐさま倒されてしまうだろう。


前回の戦いは、アランが手を抜いていた。よって、勝利は意味をなさない。

この事実がアズベルに突き刺さる。

普通であれば落ち込むのだろうが、アズベルにとっては、過信しない様にするための良い戒めだった。


訓練にも身が入る。


避けられた剣の勢いで遠心力を使い、廻るようにして再度切りかかる。


威力は充分、剣の速度も速い。

みるみるうちに剣はアランに迫ってゆき…



ドガッ!


アズベルは宙を飛んでいた。


(なっ?!これは…!)


合気道では相手の力を利用して、自分は最小限の力だけで相手を倒す技があると聞いた。


(アランはたった今、それを実践して見せたのか?まるで、硬い壁に自分からぶつかっていった様だ。)

アズベルは、その身を持って実感していた。


ドシャッ!


地面に墜落するアズベル。

直前に身体強化を使ったため、痛みはあまり無かった。じっと空を見つめ、今の感覚に浸る。


「なあ、アランさん。」

「なんじゃ?」


アズベルが大丈夫だと分かりきっているかのように、普通に答えるアラン。


「さっきの技は、どうやったんだ?」

ある程度予測はついたが、詳しい事は全く分からない。ぜひとも、教えて欲しいものだ。


「フォフォ…自信のあった攻撃を簡単につぶされて意気消沈しているかと思ったが、それよりも先に技に興味を持つとはの。」


アランは嬉しそうな顔で、笑っている。


「なあに、簡単なことじゃよ。相手の力を使い、己は最小限の動きで、何倍にも威力をあげて跳ね返す。それを行うには、相手の攻撃にピタリとタイミングを合わせる必要があるのう。」


やはりか。しかし、口だけでは簡単に聞こえるが、とても難しいのだろう。

例えるなら、剛速球で自分に向かって飛んできている野球ボールを、バットを使って、腕の振りだけで打ち返す様なものだろう。

上手くいけば、ボールはとても良く飛んでいくが、失敗すれば、ボールは自分に直撃する。ましてや、その反動までも消し去るとなると、もの凄い難易度だ。


「僕にその技を教えてくれ。」

「…よし、良いじゃろう。アズベルくんには、体術を並行して教えていくとするかの。」

「ありがとう、アラン!」


前世でアズベルは、武術に憧れていた。

それを学ぶ機会を与えられたのだ。


(よーし、頑張って覚えてやる!)


アズベルは、やる気に満ち溢れていた。

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