第2話 赤ん坊とメイド

僕の両親への自己紹介が行われた日から、はや一ヶ月が過ぎた。


母さんの叫び声を聞いて、駆けつけたメイド長のシルフィさんはメイドという型にはまりきったかの様な人だった。

倒れた父さんの介抱をすぐさま部下のメイドに命じた後、気が動転している母さんをなだめる。その手際はとても見事だった。


そしてさらに嬉しい事に、母さんから僕が喋ったという話を聞くと、驚くどころか逆にその話を否定したのだ。

普通であれば、即解雇に成りかねない行為が逆に説得性を持たせ、母さんと父さんもあれは空耳であった、と納得する事となった。


本当に、シルフィさんグッジョブ!


そんなこんなで事態は収束を告げ、僕は世話係を命じられた新人メイドのマリーさんに預けられた。



       ◆◆◆




「なあ、マリー。僕がマリーに預けられてから、もう一ヶ月が経つな。」

「そうですね。アズベルさん。しかし、最初のあれはびっくりしましたよ。」


俺はマリーに一人称を僕にした方が良いと言われたので、自分の事を僕と呼ぶようにしている。


「そんなこと言いながら、お前全然驚いていなかったじゃないか。」


あの時の事を思い出すと、笑い出しそうになる。


「あれでも、結構驚いた方なんですよ。」

「ふふふっ。どうだったか。」



       ◆◆◆


喋っちゃった事件の翌日。


「じゃあ、マリー。この子を頼むわね。」

「はい!お任せ下さい、ヘルガ様。」


父さんは今日から、遠方へ出張に行く。それに、母さんと兄さんもついて行くらしい。さすがにまだ馬車の旅は、俺にはきついだろうということで、家に置いていく事にしたらしい。


まあ、貴族だし、自分の子供に構う時間も少ないんだろうな。それに、子育てはほとんどメイド任せらしいし。


そして、今日俺は、このメイドに話せる事を言おうと思っている。メイド長によって、俺が話すことにより生まれる被害はゼロになった。

例え、話す事に気づいた人が叫びぼうとも、すべてはメイド長によって事実がねじ曲がる。


後は、話せるということを認めさせるのみ。もちろん、他言無用でだ。

人は、何か大きな秘密を共有していると、何かしら仲間意識が芽生えてくる。それを利用して、新人メイドのマリーさんを、俺の協力者へと変えるのである。


フハハハッ!あー、楽しみだなぁ!


ここで、上手くやっておかないと後々の生活が息苦しくなるからな-。喋ってはいけない生活なんて、悲しすぎる。


若き娘、マリーよ。我の物となれ!



       ◆◆◆



「あ、良いですよ。」


マリーは言った。


「まあ、驚くのは分かる。だが…へ?」

「いや、だから、アズベルさんが実は喋れるということを黙っておいて欲しい、ということですよね?」

「ま、まさしくそうだが…マリーは驚いたり、恐れたりしないのか?」


普通はびっくりするだろ!生まれてまだ数日の赤ん坊が喋るんだぞ!?


「まあ、確かに驚きはしましたが、恐れるという程ではないですし。それに、アズベルさんの兄であるラガル様も初めて喋られたのは、生まれて2カ月のことでしたから。」

「そ、そうなのか…?」


兄のラガルもそこまでだったとは…


「はい。平均が生まれて半年ですので、ラガルさんの件もありますし、数日で喋られてもおかしくはないかと。」


成る程。この世界では、赤ん坊の言語習得が早いんだ。

俺も、こんな設定までは思いつかなかったなぁ。


「物わかりが随分と良いな…」

「メイドですので。」


理由、そんなんで良いの?!




     ◆◆◆




「しかし、物わかりが良い理由がメイドとはな…こっちがびっくりしたぞ。」

「貴族勤めのメイドが、いちいち驚いていたら仕事が成り立ちませんから。」

「それでも、限度ってもんがあるだろ…」


さすがはマリーだ。他のメイドではここまで楽にはいかなかっただろうな。

ましてや、メイド長とかだったら終わりだな。


「アハハハッ!」

「ほら、笑ってないで。アズベルさん!」

「ああ、悪い。魔法の勉強をさせてくれ、と僕が頼んだんだったな。」


魔法の概念は僕が創り上げたから、分かることは分かる。魔法を使うことも可能だろう。

だがアイリスの事だし、どこか設定が狂っている可能性があるからな。


一応、学んでおいて損はないと思って、マリーに教えてくれと頼んだんだ。


「それもそうですが。まずは、オシメを替えましょうか。」


…うん。赤ん坊だからな。






       ◆◆◆






「ふぅ。」


卓越した表情で、僕は遠くを見た。


「ナニした後だったら、そんな顔になるんですか?」


マリー!それだと意味合いが受け取り方によって変わってきてしまう!


「排泄に決まっているじゃないか。」

「まあ、そうですけど…それ以上の何かを感じましたから。」


何なんだ?!それ以上の何かって!何となくわかるけど、凄く自重した方が良い気がするからあえて言わないよ!僕は!


「まあ良いよ!さあ、勉強しよう!」

「そうですね。」


マリーは僕を抱いて、軽く揺らしながら話し始めた。

暖かいなぁ。マリー、柔らかいなぁ。


「今日は初めての授業なので、魔法の概念からお教えしますね。」


おお!早速来た!楽しみだなぁ!


「魔法とは、魔力を基にして現象を起こします。魔力は全ての生命体が持っていて、血液と同じように身体全体を循環しています。」


ふんふん。俺の設定通りだ。


「魔法を使う際には、一般的には詠唱が必要となります。」


…は?おい、ちょっと待て。

僕は魔法を使うにはイメージが重要で、詠唱なんてもん一々考えるのが面倒くさいという理由で、無しにしたはずだ。


「詠唱が!詠唱が必要なのか!?」

「はい。普通はそうですね。」


クソッ!アイリスめ!いきなりミスってんじゃねぇか!

詠唱がないと魔法が使えないなんて、英単語の暗記とほぼ変わらねぇ!




…ん?一般的にはそうだ、と言ったよな。


「おい!マリー!詠唱の代わりにイメージ力で無詠唱にすることが可能とか、そういうの!ないのか?」

「えっ?良く分かりましたね!その通りです。普通は詠唱が必要ですが、有名な魔法使い様とかは、明確な魔法のイメージを持つことにより無詠唱を可能としています。」


ぃやぁッたぁぁぁあ!!!

無詠唱、可能なんだ!!

ラノベの異世界モノの主人公がことごとく使用する無詠唱!これがなくちゃ、魔法じゃないよな!


「えっと、魔法には多くの種類があり、現在使用されているものは、4種類です。

一つ目が、自然魔法。一番基本の魔法であり、多様性に富んでいます。

二つ目は、召喚魔法です。魔方陣を用いて、魔物等を召喚します。

三つ目は、精霊魔法です。精霊と契約を結ぶ事により、使用可能となります。難易度は高いですが、その分強力な魔法を使うことが可能です。

四つ目は、禁術魔法です。これは、連盟によって使用に制限が掛けられており、協会や王族の許可がないと、魔法を使えません。勇者召喚がこれに当たります。

後補足として、遥か昔には存在したとされる古代魔法があります。その力は絶大で使用すると破滅をもたらすともいわれています。まあ、あくまで昔のお話です。」


うん。ここまで聞いたが、大丈夫そうだ。


「成る程な。魔法には属性とかはないのか?」

「ありますよ。しかし本当に勘が鋭いですね。びっくりです。」


そりゃ、その設定作ったの僕だし。


「まあ良いじゃん。それで、続きは?」

「はい。自然魔法には、火、水、風、土、光、闇、無、の計七つの属性があります。ちなみに、光は聖職者が、闇は暗殺者が好んで使います。無属性は、ワープや、魔力吸収マナドレイン、防護障壁等が当てはまります。」

「分かったよ!じゃあ、早速使ってみよう!」


ものは試しだ!!

うぉぉぉぉ!俺の右手より、炎よ!具現化せよ!イメージ!


「えっ?!ちょっと待って下さい!詠唱なしでどうするおつもりですか?ましてや、赤ん坊なのに魔法を使うと、魔力切れを起こしてしまい…」


マジかよ?!そんな設定作ったっけ?

いや、よく考えたら、当たり前の事だな。それ、やばいんじゃ…

ボゥッ!

…あ、れ?気絶してない?!


「…うぇーい!!出来たぞー!!」

「そんな…嘘でしょ…」


俺は、元々魔力が多かったって事だな!!


「良し!この調子で…」


我の左手よ!氷を具現化せよ!

イメージ!


バキィィン!


「出来たぞー!…ぉ?ぅぇ…」

あ、やべぇわ。これ。

カクッ…


「アズベルさん!ほら、やっぱり魔力切れになったでしょ!!」


ごめんなさい。謝るから、早く助けて…


アズベルくんの意識は、一時的にブラックアウトしました。

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