第12話 アズベル、父親に告げる

時は過ぎ、5歳の誕生会も無事に終わった、少し肌寒い紅葉の季節。

そんなある日のこと、アズベルは自室で本を読んでいた。今日はもう、魔法の訓練も済ましている。


「コンコン。」

ドアがノックされる。


「どうぞ。」

アズベルはドアに目も向けず、ひたすら本を読んでいた。


「失礼するよ。アズベル。」

「あ、父さん。」

ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、アズベルの父、グランだった。


「どうしたの?」

アズベルは少し子供っぽさを出しながら問う。


「マリーから聞いたんだがな?魔法が得意というそうじゃないか。」

「そんなことないよ。」

アズベルは否定する。


(マリー、何言ってるんだよ…目立つのは嫌だってあれほどいったのに。)


アズベルはアイリスに言われたあの日以降、常日頃から自分の実力を人前で見せることはないようにしていた。

どのみち自分は旅立つのだ。それなのに、面倒事を抱えていては支障が出てしまう。


(まあいいや。上手いこと誤魔化しておこう。)


「まだ、炎を手から出すことくらいしかできないよ。」

「ほほう!凄いじゃないか!」

グランは嬉しそうだ。


(あれ?これは…親バカだからか…)

アズベルは、しくじったのかと不安になったが、兄のラガルも4歳の頃に、簡単な魔法は使えたらしいから大丈夫だ、と安心する。


「…ん?ほう!魔方陣の勉強をしているのか!」

グランはアズベルの持つ本を見てそう言った。


「え…ま、まあね。全然理解できないけど。」

アズベルは少し悔しそうに答える。


「なあに!最初はそんなものさ!心配せずとも、王都に魔法学園と呼ばれる学校がある。アズベルも15歳になったらそこへ通えば良いんだよ。様々な魔法に関する事が学べるぞ。」

グランはアズベルに笑いかけた。


「あ、でも…」

アズベルは黙り込んでしまう。


(10歳になると旅に出るつもりだということをいつ伝えるべきだろうか…10歳で旅立つなんて、普通じゃ止められてしまう…)

アズベルは考える。


「どうしたんだ?アズベル。」

グランはアズベルを見つめ、不思議そうな顔をした。


(何か良い案は…いや、仕方ないか…)


「あ…ごめんなさい、父さん。その、相談事があって…」

「なんだい?何でも言ってみなさい。」

グランは父親らしい事ができる、と嬉しそうだ。


大きく息を吸って吐き、気持ちを落ち着かせたアズベルは一気に言い切った。

「僕は10歳になったら、として旅へ出るつもりです。」

「なんだ、そんなこと…え?!」

グランは驚いたままの表情で固まる。


「フォスター家の跡継ぎは、ラルガ兄さんにまかしておけば絶対に安心です。」

「まあ、あの子はよくやってくれているな。」

「しかし、僕は爵位を継ぐことはできません。これは当たり前の事実です。」

「確かにそうだが…まさか!本気か?」

グランは何かに気づいたようだった。


「はい。僕は爵位を継げない。だから、成人後は自力で生きなければなりません。その道として、冒険者として生きることを選びました。」

アズベルの目は、しっかりとグランを見すえていた。強い決意があった。


「…いずれはアズベルも独り立ち…と思っていたが、まさか10歳でとはなぁ…」

「僕は今、そのために魔法と剣技を学んでいます。そして、10歳の旅立ちの時には、僕の家名を剥奪して頂きたいのです。」 

「な、何を言ってるんだ!アズベル!」

グランは家名の剥奪とまでは予想していなかったのだろう。声を荒げていた。


「僕は冒険者として生きます。その際、フォスター家に僕の行動が巡り巡って迷惑をかける事はしたくないのです。」

「だが…」

「父さん。僕は本気です。どうか認めて下さい。」

しぶるグランに、アズベルは自分の意思を表明する。それを見たグランはしぶしぶ頷くこととなった。


「分かったよ、アズベル。でも、10歳までに相応の実力を身につけなさい。それができたら、旅立ちを認めるよ。」


アズベルの顔が輝いた。

「ありがとう。父さん。あと、この事は、父さんと僕だけの秘密にしておいて欲しい。無駄な心配はかけたくないんだよ。」

「分かってるよ。でも、旅立つ時は一言挨拶するんだぞ?」

そう言い、グランはニコリと笑った。


「もちろんだよ!よし、冒険者目指して頑張るぞ!!」

嬉しそうに笑うアズベルを見つめるグラン。その目はどこか悲しそうで、それでいて、どこか嬉しそうでもあった。


(この子も僕の父親と…同じ様な道を歩むのか。)

グランの父は国王に爵位を授与された身だった。冒険者として国に貢献した結果らしい。今はもう故人となっている。


(歩むのなら止めはしないよ。アズベル。…父さん。どうかこの子を守ってやって下さい。)

グランは窓から見える輝く星に、昔懐かしい父親を思いながら願った。

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