第11話 異世界は甘くない
「はぁ、疲れた。」
レミアとのお出かけも終わり、自宅に帰ってきたアズベルとマリー。アズベルは今、自室のベットに身を投げ出している。
「お疲れさまです。アズベルさん。レミア様とは仲良くなれましたか?」
「うん。結構僕も楽しかったし、レミアも喜んでくれたと思う。」
「そうでしたか。それは良かったです。」
そう言い、マリーはにっこりと笑った。息子の成長を見守る母親の様な目をしていた。
「折角できた友達だからな。大切にしないと。」
「ふふっ…いっそのこと、お嫁に貰っては?」
「ブフォッ?!何言ってるんだ、マリー。まだ4歳だぞ?」
アズベルはお茶を吹き出した。
(嫁って、早すぎるだろ!)
しかし、マリーは当たり前かの様に告げる。
「許嫁にすれば良いでしょう。レミア様も大丈夫そうですし。」
「それは確かに大丈夫だけど、そう言い問題じゃないんだ。」
(今許嫁なんて作ったら、僕が旅立てなくなる!それに…)
「レミアだって、今はどうだか知らないけど、気が変わる可能性もあるだろう?」
「そうですかね?余り心配はしなくても良いと感じていますが…」
「まあ、その話はまた今度にしよう!取りあえず僕は許嫁なんて欲しくないし、レミアとは普通の友達でいたいんだよ。」
アズベルは少し慌てた表情で話を切り上げた。
「分かりました、アズベルさん。」
マリーも納得してくれたようだ。
「それより、服汚れちゃったよ…お茶でビチャビチャだ…」
「それは、たいへんですね。着替えを持ってきましょうか?」
マリーが動こうとする。
「いや、確か…もう7時過ぎか。夕ご飯は済ましたし、ちょうど良いから風呂に入るとするよ。」
「そうですね。一緒に入りましょう。体を洗って差し上げます。」
「そうしてくれ。」
さも当たり前の様に風呂の用意を始める二人。恥ずかしさなど、アズベルは感じていなかった。
(マリーとお風呂かぁ。柔らかい胸で優しく洗われるの、気持ちいいんだよなぁ。今日もお礼に体を洗ってあげよう。)
(アズベルとお風呂。フフッ…この子ったら、いつもお礼として私の体を洗ってくれて…本当に可愛い子なんだから。今日も私が綺麗にしてあげるからね♪)
片方はアズベルが大好きな母親に、もう片方はマリーが大好きな子供になっていた。
今日もお風呂では、4歳の男児と18歳のメイドが戯れていた。
◆◆◆
それからの、日々はどんどん過ぎていく。
アズベルは、アランとの訓練をしたり、魔法の練習をしたり、レミアと遊んだりして、毎日を忙しく過ごしていた。
レミアはこのところ、1週間に一回は遊びに来ている。アズベルはとても喜んでいた。レミアも楽しそうだった。
4歳の誕生会からはや半年以上が過ぎた。
春の爽やかな風が吹く、心地よいとある日の午後のこと。アズベルは一枚の魔方陣とにらめっこしていた。
この世界で魔方陣は、人々の生活に欠かせないものとなっている。いわば、前世の世界の電気の様なモノだ。水を流す魔方陣を使って水洗トイレが、火を出す魔方陣でガスコンロの様なモノが作られたりしている。
また、魔方陣の技術発達もめざましく、10年ほど前に召喚魔方陣の改良によって、性能は落ちるが低コストの簡易版の作成に成功したおかげで、現在ではゴミ収集の作業も全て魔方陣によって行われている。
生活環境は、前世の日本に劣るものもあったが、勝っている場合も多かった。娯楽関係は乏しいが、衛生面等はとても進んでいた。
「うーん、難しいなぁ…」
アズベルは頭を抱えていた。
アズベルの見ている魔方陣は、数多くある魔方陣の中でも基本的なモノだった。魔方陣に関する事柄は、王都にある魔法学園でも‘魔方陣の理論と構造(基礎編)’という名で入学早々に習い始める。
「んと、何々…」
アズベルは魔方陣の教本を眺める。
「クソッ!だぁぁぁ!分かんないよぉ!教本もっと分かりやすく書けよぉ!」
アズベルは唸った。
「第一、誰だよ!エ□ン・ベーカリーって!可愛い美少女を教本に取り入れてんじゃねぇよ!萌えてしまうだろ!」
教本での登場人物に対しても、怒りを覚えていた。
異世界転生者なら簡単にできるだろ、と思う人もいるだろう。だが、そんなに世の中は甘くない。
魔方陣とは、魔力が流れる事によって初めてその効果を発揮する。まあ、今では魔力を電池の様にして蓄えておくことも可能になったが、基本的には魔力が必要だ。
魔方陣に魔力が流れる。これはつまり、魔力が流れなければ、魔方陣は発動しないということになる。魔方陣を書くことは、電気回路を書くこととほぼかわりはないのだ。
そんな難しい事をアズベルが簡単にできる訳もなく、勉強は難航していた。
◆◆◆
月光が冴え渡る時刻。アズベルはまだ机に向かっている。
「…前世のファンタジーモノでは、皆簡単に魔方陣を改良していた。もっと簡単にできるものかと思っていたが…これは、本格的に向かい合う必要がありそうだなぁ。」
アズベルは今後の課題を見通しながら、崩れ落ちる様に眠った。
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