第9話 アズベル、友達ができる

(うるさい。)

その一言で今の状況を表すには事足りた。


誕生会での挨拶も済まし、現在アズベルは解放されている。もうパーティーも終盤に近づいているというのに、さらに騒がしくなっていた。

周りには、人、人、人の群れ。

パーティーの出席者達は、ほとんどが貴族だけあって皆派手な服装をしている。

白一色に銀色の刺繍をしたドレスの若い女性。その隣には父さんがいて、視線が胸元に向いていた。


(後で母さんに言いつけてやろう。)

ニヤリと笑うアズベル。


「ほら、アズベルさん。何笑ってるんですか。」

マリーは隣に小さな女の子を連れてきていた。後ろではふくよかな体系をした、優しそうな女性が待機している。


もうアズベルも4歳である。

そろそろ同年代の知り合いを作りたいからマリーに紹介して欲しいと、頼んだのだ。


「随分と若い子を連れてきたな…」

「何言ってるんですか。アズベルさんと同い年ですよ!4歳です、4歳!」

「えっ?だから小さいと…」


(はっ!違う!)


「どうしました?」

「い、いや…何でもない。名前を教えてくれるかい?」


アズベルは女の子に笑顔を向けた。

恥ずかしいのか、マリーのスカートにしがみつく女の子。


「レミア…ハーディ。レミアって呼んで…」


顔を赤く染め、目を逸らしながら答える。


「へぇ、レミアっていうんだ。僕は、アズベル・フォスター。アズベルで良いよ。レミア、よろしくね。」

「よ、よろしく…」


そう言い、レミアはチラチラとアズベルを見てくる。目が合うと、すぐに目を逸らしてしまった。


(可愛らしい女の子だな。)

自分も同じ歳なのに、大人の発言をするアズベル。


「レミアと仲良くしてやって下さい。」

いつの間にか、後ろにいた女性がレミアの隣に並んでいた。


「あなたは?」

「申し遅れました。私はレミアの母のエリスです。この子ったら人見知りで…同年代の友達がまだいないんです。」

「ほほう。そうだったのですか。ご安心下さい、エリスさん。僕もレミアさんと同じで、まだあまり知り合いがいないのです。是非とも仲良くさせて頂きます。」


口調を変えて喋るアズベルを見て、エリスは驚いていた。


「それは、ありがとうございます。しかし、マリーさん。アズベルさんはいつもこの様な事をされるのですか?」


マリーは胸を張って応えた。


「その通りですよ、エリス様。なにせ、あの剣王直々の訓練を受けていらっしゃるのです。普通の子供よりもアズベルさんは成長が早く、大人びているのです。」

「まあ、それはそれは…とてもしっかりされているのですね。」


エリスも納得の表情で微笑んでいる。


一方、その褒められているアズベルはというと、レミアと仲良くなろうと躍起になっていた。


アズベルは生前、人付き合いが苦手だった。全く会話ができないと言うのではなく、他人とは一線を引いた状態でなら、むしろ達者に喋れるのだ。エリスへの口調がそれである。

しかし、いざその境界線を踏み越えて相手へと近づいた状態になると喋れなくなる。

そのせいで、特別嫌われる事も無かったが、仲が良いと言える友達もできなかった。


アズベルはそれを克服するため、まずは同年代の友達を作ろうと考えたのである。


「レミアは何が好きなの?」

にこやかに笑いながらアズベルは質問する。


「豚さん。」

一言だけ返すと黙り込むレミア。


(ぶ、豚かよ?!そこは猫とか、犬とかもっと別の動物があるだろ…)

驚いたが表情を崩さずに会話を続ける。


「へぇー。豚が好きなんだね。レミアは、どうして豚が好きなの?」

(なんだ?可愛いとか言うのか?)

しかし、レミアはその上を行く。


「おいしいから。」

「ブフォ!!」

アズベルは飲んでいたジュースを吹いた。


「っ?!大丈夫?」

「ゲホッゲホッ…」


レミアが真っ青な顔をして、背中をさする。


(な…何だと?!ぶ、豚が好きな理由がおいしいから、だと?!レミア、少しズレてるぞ!)

「だ、大丈夫だよ。レミア。少し驚いただけ。」


ありのままの理由を答えたが、レミアからすると不満だったようだ。

レミアはぷくーっと頬を膨らませて言った。


「豚さんは美味しいのに、どうして馬鹿にするの?」

「いや、馬鹿にはしてないよ!本当に!他人とは違う感性を持っているなって思っただけだから!」


怒らせてしまったと思い、精一杯弁解をする。

その弁解も暗に常識外れだと言っているようなものだが、レミアには感性なんて言葉はまだ分からなかった。


「そうだったの。怒ってごめんなさい。」

レミアは機嫌を直してくれたようだ。


(ほっ…何とか切り抜けたぞ。)

一安心し、息を吐く。

レミアも豚の良さを分かってくれたのが嬉しかったのか、少し打ち解けた感じがした。





       ◆◆◆





もともとレミアは良く喋れるのだが、恥ずかしいために上手く喋れずにいたのだろう。

一度話し始めたレミアは止まらなかった。レミアの両親の話から、お付きのメイドの話まで、多種多様な話をレミアはスラスラとアズベルに話した。

アズベルはその全てを実に楽しそうにに聞いていた。

レミアもアズベルも、初めてできた友達だったため嬉しかったのだ。


「またねー、アズベル!」

「ああ、レミア。また会おう!」


レミアの家はアズベルの家からあまり遠くないという。

近い内にまた会う約束をしてレミア達は帰っていった。


       


       ◆◆◆




「アズベル。お疲れ様。」

ヘルガが頭を撫でてきた。


毎年の様に自室でマリーと夜の月を眺めていたが、今年は母親が途中で部屋に来たのだ。


現在、マリーはドア付近で待機している。


「私は嬉しいわ。貴方がここまで立派に育ってくれて…」


そう言い、ヘルガはアズベルを抱きしめる。フニュンと沈み込むような感触がした。


「特に、今日の挨拶は見事だったわ。良くできたわね。マリーと一緒に考えたのだろうけど、それでも素晴らしいわ。」


背中をさすりながら語りかけてくる。


(僕一人で考えたんだけどね。)

心では思っても、実際に口には出さない。自慢はしない。そう決めたからだ。


「それがですね、ヘルガ様。あの挨拶はアズベルさんが一人でお考えになったのですよ!」

アズベルの気持ちも虚しく、マリーが言ってしまった。


(あっ!おい、マリー!言っちゃ駄目だろ!)


ヘルガは一瞬驚いた様な表情をしたが、すぐに穏やかな目をしてこう言った。

「いいのよマリー。アズベルを無理に持ち上げなくても。私は貴方がこの子を愛しているのを充分分かっているわ。」


どうやらマリーが嘘を言ったと思ったようだ。


(ムムム…バレなくて良かったけど、何だか…)


アズベルは少し不愉快であった。

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