アリよ、貪欲にしがみつけ。巨象に勝利するために。

熱い。
胸が躍った。
読みたかったストーリーがここにあった。
没頭して時間を忘れた。

彼らの体は泥臭くて汗にまみれて傷だらけで小汚ない。
肉体を追い詰めて剥き出しになった魂は、この上なくまばゆい。
「美しい」という称賛は、お門違いだと笑われるだろうか。
でも、それ以外に、研ぎ澄まされた彼らを表現する言葉を知らない。

赤道直下の国インドネシア、首都ジャカルタ。
閑古鳥の鳴くボクシングジムに居候する日本人アキラは、
ジムのオーナーである33歳のボクサー、ロニーの無謀に呆れた。
日本から試合の依頼が届くや、ロニーはそれを受けるというのだ。

ロニーは1年以上も試合に出ていない上、年齢が高い。
それなのに、新進気鋭の若い対戦相手とやり合う気でいる。
かつて日本で新人王のタイトルを獲ったアキラに、
勝つために本気でボクシングをしたいのだと、ロニーは訴える。

本気になって初めて気付いたロニーのテクニック、資質、気性。
中途半端にボクシングに引っ掛かっていただけのアキラが、
次第に真剣に、情熱的に、ロニーを鍛えることに向き合っていく。
敵地日本に乗り込んでの対戦まで、わずか3ヶ月。

課題があって、乗り越えていく。
困難が訪れるたび、助っ人もまた現れる。
人が人を裏切らず、友情を確かめ合い、繋がる縁が物語を紡ぐ。
愚直なまでにまっすぐ突き進むスポ根は、とにかく爽やかで熱い。

アキラは日本という裕福な国でボクシングを始め、
やがて事情を抱えて、見知らぬ国インドネシアへ渡った。
インドネシアは発展途上で、日本にはない問題も抱えている。
治安、宗教、生活水準、移民、経済格差、マフィア、テロ組織。

ロニーのボクシングを通じて、アキラの目に映る世界が広がる。
インドネシアという国を見、ロニーの過去を知った。
そして自分の過去を振り返り、人生の在り方を考えた。
現在と未来を照らす少女の笑顔に、幾度も励まされた。

私は、格闘技は知らない。
ボクシングの用語もわからない。
でもボクシングの情景が鮮やかに脳裏に浮かんだのは、
本作の文章が「描写」であって「説明」ではないからだ。

アキラやロニーたちにとって、ボクシングは
単なるスポーツではないのだと感じた。
ボクシングは生き様だ。
薮田との一戦には人生すべてが集約されているようにすら思える。

痛みがあって、弱点があって、限界がある。
だからこそ生まれる、限界すれすれの緊張感と、
限界に挑み続ける輝き、限界突破の痛烈なインパクト。
俺TUEEEは平べったくて、好きじゃないんだ。

熱くて痛くて、本気の本物が描かれている。
エンターテインメントとして、抜群に、すごく好きだ。
ジャディラ・アリ、象を打ち破らんと挑む男たちの勇姿に、
画面のこちら側から、能う限りの拍手と喝采を贈りたい。

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