第十話 「いずれ慣れて快感となるッッッ!!」

「申し訳ありません。お忙しい中、色々と無理をお聞きして頂いて」


「なに構わんよ。こちらも世話になっている、私たちに出来る限りはするつもりだ」


魔族5体による突然の駐屯地襲撃により、いくらかの建物やテントが崩壊し、それにより出た負傷者を診る為にいくつもの野外病院が建てられた。

ホワイトプリンセスに同行していた魔術師と召喚士の回復魔法によって、ほとんどの人間が回復に至った。

しかし魔族の持つ瘴気と言われる物に耐性が無い人間は、依然回復が怪しい状態のままで意識が戻らないと言った状態であった。

そのような者の体内に残る瘴気をホワイトプリンセスと呼ばれるレオナは、Elf(エルフ)と言う力でそれを浄化。それにより兵士たちは少しずつ回復の兆しが見えていた。

だが約一名、その力も受け付けず魔法も魔術も効果が無く、いまだ目を覚まさななかった。



「ローズに言われてまさかと思えば……やはりユウと同じ界客(そとびと)であったか」



変わった紋様の入ったクロークを羽織った銀髪の彼は眼帯に覆われていない右目を細めた。

その先には案内された先で寝かされている意識が戻らない、負傷兵が一人。

直診を行いながら僅かに魔力を送ったり、軽い治療魔法を行いながらルシードは状況整理を行う。

胸元を中心に大きく負傷し、それを塞ぐ為に緊急処置で縫ってはいるが正直芳しくない。

不幸にも襲撃の際、駐屯地にいた医師は巻き添えを受けて何名か亡くなっており、対処が遅れてしまった結果このような危険な容体に陥っていた。

だが死(し)の踊狂(ようきょう)による迅速な人員派遣により、駐屯地の欠員は補充されたが移動手段が限られるこの駐屯地では、麓の村に負傷者を連れて行く手立てが難しい。

理由としては村に向かうまでの道のりで、魔族に狙われる可能性が高い為に馬が使えない。

そして徒歩となる為、村まで半日以上かかる。

重病患者を抱えて半日以上移動など、どれだけ危険か言うまでもない。


これがこの世界の一般人であれば魔法を使い、ある程度の傷を治療してなどの手段が行えたがこの患者は界客(そとびと)。

それはこの世界では無い別の世界から来た人間を意味する言葉。

魔力を持たず魔法も魔術もほとんど使えず、魔法の効果を受け付けない人間を指す。

故にこの世界で怪我をしたり、病気にかかった場合は魔法などの力で治療する事が不可能で、患者自身の回復能力に賭けるしかない。



「ル、ルシード様。どんな感じでしょうか。こいつは、タムラは……」


「あまり良い状態とは言えん……あとこいつはどうも界客(そとびと)のようだがお前、知っていたか?」


ルシードの言葉に兵士は困惑の顔を浮かべながら首をただ横に振る。

仮にこの者が界客(そとびと)だと知っていたとしても意識の無い若者をどうにか出来る手立てがある訳でも無かった。

ルシードは瞑目し、同じ界客(そとびと)でありながら魔法魔術を扱えるユウの事を思い返す。

もしユウと同じ界客(そとびと)ならば……


「……すまないがもう一つ、こいつは魔法は扱えたか?」


「いえ、こいつは俺より魔法が下手でしたね。それが理由で一緒に兵士としてこの駐屯地に」


元来、界客(そとびと)は魔法を扱う事がほとんど出来ない。

彼との会話は改めてその事実を実感するだけの物となってしまい、ルシードは黙る。

問題は色々とあるが、魔法が効かない以上はこの男の再生能力に賭けるしかない。

……となれば多少でもそれの力になるようにと思い、ルシードは術札を懐から数枚出す。それを横たわる男の胸の上へ一枚、残りをベッドの周りに張り付ける。


「病壁の札と風精の札を貼っておいた。これで感染症の問題は多少なり起こりにくくなるはず。

とりあえず私に出来る事はここまでだ……すまないがあとはまた衛生兵の指示を仰いでほしい」


ルシードはそう口にするとその場所を後にする。

出来る限りはする、しかしそれ以上をするつもりも無い。

あくまでも我々の目的はこの駐屯地において怪我人を治療する事ではなく、魔王を討伐する事だ。

そしてこの場所はたまたま立ち寄った場所にしか過ぎない……そう切り替えると彼は先を急ぐ準備へ意識を向けた。








「よーしユウよ! 今日はお前のその力! このオレに見せてもらおうか! 

あの魔族をも打ち滅ぼした力を! さぁ! さぁさぁさぁさあっ!」


「えと、そう言われましても今のボクはルシードさんから召喚系は禁止って言われてるので使えるのは魔法と魔術スキルだけですよ……?」


「ユウー! がんばってー! 回復ならワタシがいるからねー! 

ヴィグフィスはまた下着1枚になったらぶっ飛ばすからねー!」



異世界に来て3日目。

ボクは昨日に引き続き駐屯地近くの見回り最中、魔物の群れと遭遇して交戦していた。

今日のメンバーは昨日と違いヴィグフィスさんとレオナを含めた3人。

前衛と回復ありの編成。

ルシードさん曰く、これからの戦いで仲間との連携もあるのでお互いにどのような短所長所があるのかをちゃんと知り、ボクが少しでも戦闘に慣れられるようにとこのメンバーになったらしい。

けど死(し)の踊狂(ようきょう)の話だとボクに魔法効かないって事だったから回復役にレオナって意味ないよーなと今更思う。


「さぁ来い魔物どもよ!

ここにあらせられるラキナ・ルゥ・レオナ様の一番の下僕、このガーディアンナイツの黒き疾風ことヴィグフィス・ランゼルと同じく下僕の一人、異界魔術師・ニイシロユウが貴様たちの相手をしてやろう!!」


「ちょっと待って下さい。あの、下僕とかボクそんなのにはなった覚えないですよッ?」


「……安心しろ、オレと同じようにいずれ慣れて快感となるッッッ!!」


「あの、話聞いてましたッ!?」




目の前で黙って睨み上げる狼みたいな魔物の群れを前にヴィグフィスさんが着込んだ鎧をガチャガチャ鳴らす。

また訳わからない事を言い出す彼に思わずツッコミを入れてしまう。

幸か不幸か後方で待機しているレオナには聞こえておらず、少しほっとする。


こんなふざけた事を口にしてるけど彼は目の前の魔物から視線を逸らさず悠然と剣を構えてそのまま前へ進む。


ヴィグフィスさんのお陰でボクも少しリラックス。

改めて目の前の敵と向かい合い、その数に固唾を飲み込む音が鳴る。

リラックスどこへやら……。

恐怖からか着ているレオナのお古のドレススカートの裾を思わず強く握り込んでしまう。

戦闘なのにこんな可愛らしいドレスを着てきて大丈夫だったんだろうか?などと目の前の光景から脳は現実逃避を始める。

ボクは頭を振って痺れた頭を現実へ引き戻す。


――15、いや20体近く居るのだろうか。

目の前の魔物は大きさ的には大型犬くらいで、こげ茶とグレーのカラーリングの狼。いや、どちらかと言えば毛並が凄く悪いシベリアンハスキーに近いか。

そして尾は地に擦るほどの長さで目が赤く、ペットにするにはご遠慮したい感じで凄く目付きが悪い。

その眼光からは間違っても友好的ではないのがわかる。


「……行くぞ!」


一つの踏み込みで5mくらい前進して敵の塊にヴィグフィスさんは突っ込むと、右手に持った大剣を左へ大きく振り回す。

彼はそのまま風を巻き起こしながら集団へ大きな一撃を叩き込む。

それに対応出来なかった4、5匹が剣戟と暴風を受けて地面をバウンドするとそのまま横たわり気を失う。

後方へ身を飛ばし、強襲を回避した残りの魔物たちは空中で身を捻る。

そのまま地面へ足を置くと、そこを起点にして身体全てをバネに変える

その勢いに身を預け、剣を振り切って隙の出来たヴィグフィスさんへ飛びかかる。

いくら鋼で出来た鎧を着込んでいると言っても彼は顔を剥き出しな上、10体以上の集団に襲われれば無事にすまない。

危ないと叫ぼうとした瞬間、彼の足が一歩踏み出す。

そして隙と思われたそのわずかな硬直は、溜めと変わり次の攻撃へ力を貸す。

一瞬何が起こったかわからなかった。


「うぉおおおおおおおおおおおおお!」


声を上げながら左回転で風を纏って暴力的に剣を一回振り回す。

その剣戟による風圧は辺りの空気も土も敵も巻き上げ、一閃は乱暴に全てを掻き乱し吹き飛ばす。

……気が付くと20近く居た魔物は、ヴィグフィスさんの巻き起こした2撃の剣戟によって全て地面に横たわっていた。


さっきまでSMプレイ大好きみたいな危険発言をしていた人とは到底思えないその佇まい。

彼は汗一つかく事無く、目の前の敵を無力すると大剣を軽々と右肩に乗せ、その先を見つめる。


「よし、今度はユウの番だな。さぁ次こそお前のそのレオナ様に忠誠を誓った下僕の力! しっかり見せてもらうぞッ!」


「だからボクはそう言うのになったつもりはな……」



また変な事言ってると思いながら大声で返すボクは声が詰まり、後退りする。

先程の攻撃を受けた魔物たちは軽く頭を振りながら身を起こし、唸る事もせずまたこちら側へ身体を向ける。

しかし先程と何かが違う……。

視線の先がヴィグフィスさんじゃなくて、ボクの方へ向いてる。

目の前に居るヴィグフィスさんを警戒しながらその集団はそれぞれ一歩、足を前に出す。

それに対してヴィグフィスさんは剣を構える事無く、ボクとその獣を見やる。

魔物たちはゆっくり、一歩。そしてボクはその挙動に合わせて一歩、後ろに歩を逃がす。

助けを求めようとヴィグフィスさんに目を向けると何も言わずに見つめ返してくる。

ボクはその視線の意味をすぐに理解する、が「いやムリ」と言った感情を含み、おもっきりブンブンと首を横に振る。



―――彼は言っている……早く戦えと。


そんなどっかのRPGかアニメのセリフを含んだ目で訴えられてもボクには対処できないデス。


自慢じゃないけど、クラスの発表会でどもりが酷く震えすぎでロクに発表も出来ず、『カスタネット新城』の異名をゲットしたボク。

そんな不名誉な物を手に入れた事のある自分には荷が勝ち過ぎる。

先日の魔族4体は逃げ回って何とか勝てたけど、あれはアイツらの動きが予想以上に遅かったからなんとかなった。

目の前に居るこんな生きる俊足、と言う言葉を形にしたような狼型の魔物に追い付かれたらボクなんてマッハで餌になる自信がある。

『猛獣に襲われて餌になる選手権』なんてものがもしあれば、ブッチギリでボクが1位だろう。



「ユウ!」


余りの恐怖に現実逃避へ脳味噌フル回転してるボクに可愛らしさと清涼を含んだ声が流れ込み、一気に頭が冷える。


「落ち着いて、ユウならだいじょぶ」


「う、うん……」


「ユウなら大丈夫だよ」


ゆっくり振り返ると後方でボクを見守るブロンド髪の彼女。

天使のような笑みを浮かべながらにっこり笑う。

その彼女の笑みに緊張と焦りの熱は一気に失われて、冷静さを取り戻す。

自分は今一度、残ってる熱を深呼吸で吐き出し、もう一度すっきりと頭の中を冷やす為、ゆっくりと息を吸い込む。


何とわかりやすい事だろう。


……後ろで見てる女の子に声をかけられて情けない格好を見せる訳がいかない、と自分を奮い立たせる。

女装して女の子を演じながら彼女とこれからも関わる。

だからここでカッコイイ所を見せたとしても、男として見られないだろう。

けれどボクは何故かな、ここで格好付けたくなってしまった。


視線を戻すと目の前の集団は5歩目の足を前に出し身を低くする。


距離としては10m近くあるが、構えからして彼らにとっては十分な射程距離な様子。

それに合わせてボクも右手を出し、先日召喚した時のように感じる力を集中する。

同時に群れはその身体の柔軟性を最大限に生かし、弾丸のように一直線にこちらへ飛ぶ。

恐怖は無い、そして目の前の敵を倒す為の力はある。


「―――|打ち砕く者(ミョルニール)」


右手に籠った力を解き放つと共に、ボクはネトゲの雷系上級魔術のスキル名を口にした。

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別の世界に行ったら男の娘をやるハメになったボクの話 @mentaiko_kouya

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