第二話 「ゲージがオーバーフロー」

拝啓お母様お姉様、シルクってすごく良い物なんですね。

着けた瞬間はひんやりとしていますがその感触と一緒になめらかな肌触りが包む。

ナイロンの感触に似ているけどもこの肌になじんでいく感じ……。

大昔から高級品の一つとして言われるだけあるなと甚く実感しました。

学校で教わったのって『すごく手触りが良くてなめらか、軽い、白い、高級』ってだけで、どういう物かなんて実物を知らなかったのに触れただけで気が付かせるって凄いですよね。


しかもコレが蛾の繭から出来てるなんて昔の人たちの努力には本当頭が上がらない……。

て言うか異世界(?)でもシルクがあるがあるんだねビックリです。



「……無事に目覚めたようだな」


お腹にいる女の子の感触を意識をしないよう、気が付けば自分は意味不明な事を脳内で羅列してると声をかけられる。

ボクはベットの中で片足をあげて、掛布団を盛り上がらせて中に女の子が居る事を何とか誤魔化している。


声をかけてきたクローク姿の男性の視線は鋭く、左目に眼帯を付けてるせいで眼光がやばい。

鈍く光る銀髪が更に威圧感を強調して、ボクは服を着てない寒さとは別の理由で身を震わせる。


怖くて目を逸らしたいけどガン見されているせいで逸らせない……何と言うか、見透かされるような感覚を覚える。

眼帯の男の人を前に硬直するボクを余所にさっきの子はお腹の上に顔を乗せる。

するとそのまま顔を押し付けてるもんだから柔らかい感触と一緒に、息もあたって下腹部が熱を帯びる。

ベッドに隠れる少女はボクの足に触れ、触れ合う肌と肌は汗ばむ。


しかしこの人達がどんな立場なのかわからないけど、流石にこれってばれたら色々マズいよねきっと。

隠れてる女の子はさっきの服装を見るからに、貴族の令嬢と言われてもおかしくない感じだった。

そんな子を下着一つの男がベッドに匿ってるとか、どんだけヤバいかなんてゆとりの自分でもわかる。


しかもさっき討伐隊とかなんとか言ってたけど……これがもし、ファンタジーな世界なら殺されかねない案件じゃ? そんな考えと一緒にドバっと汗が噴き出し始める。

すると女の子が少しもぞもぞと動く。

そして男のアイデンティティを覚醒させるように彼女は自分の柔らかい物をこれでもかと押し付けてくる。

ダメ、そのハードタッチは色々マズイので本当やめて下さい。



「ルシード! レオナ女王陛下は見つかったかー!」


さっき響いてたもう一人の声がこっちに近付き、テントのカーテンがめくれ上がり男性が顔を覗かせる。

彼はベッドの上のボクに気付き、一瞥する。


「こっちには居ないようだ! 他を探そうヴィグフィス……邪魔したな少年」


「い、いえ」


そう言うと銀髪眼帯の彼は何事も無かったようにテントを後にする。



「よし、俺は向こうを探す。ヴィグフィスは向こうを!」


「ああ! 任せてくれ!」


騒がしい二人の声は段々と遠ざかる。

―――もう大丈夫かな?




「……あ、あの、さっきの人達どっか行ったみたいだよ?」


掛布団をめくって中で頑張って伏せている彼女に声をかける。

流石にそろそろ離れてもらわないとボクも男なので心臓が持たないし、下のゲージがオーバーフローしちゃう。


「ぷはっ! あーもうルシード達ったら……ごめんね、急に匿ってもらっちゃって」


彼女は身を起こすと目の前で女の子座りしながらため息をついた。

目の前で軽く振る頭からふわりと良い匂いがする。

さっきのローズさんとはまた違う女の子の柔らかな匂いが仄かに漂い、何かの香水っぽい匂いが鼻をくすぐる。

生前、姉さんが持ってた紅茶と果物が混じった香りのする香水があったんだけど、その香りにすごく似ているな……なんて思い出されて少し懐かしくなる。


とは言ってもボクの姉さんは『男は二次元なのよ!』とか豪語しちゃうとても腐った女子高生だった。

そのせいで自分自身の身嗜みにあまり興味が無く、取り揃えている香水は瓶が可愛いとか香りが好きって程度で使う事はあっても機会が限られていた。

要するにコレクションがメインだった。

あとはよく眠れるようにとアロマを時々焚いたりしていたけど、原稿が汚れるからと言って自分の部屋では焚かないでリビングで焚いてたなーなんて思い出す。


そして呑気に思い出を噛み締め、自分はいくらか頭が冷えたと同時にこの状況に冷や汗が伝う。

流石にこの状態はヤバイ……そんな言葉で我に返る。

と言うのも彼女が身を起こしたと同時に身を隠してた掛布団は彼女の後ろに。

なので今の自分は女の子の目の前で女物のパンツ一つで対面してる。

……そっちの趣味の人だったら大喜びなシチュなのかもしれないが、ボクにはそう言った趣味は一切無いので公開処刑でしかない。



「ありがとう。私はレオナ。

ラキナ・ルゥ・レオナ。あなたは?」


「えー……えっと、その」


彼女は突然自己紹介を始めると笑顔と一緒にボクへ顔を近付ける。

その距離は20cmもない至近距離だ。

レオナと名乗ったこの子は子猫のように無防備に小首を傾げて見せ、目を合わせてくる。


―――えっと、女の子ってこんなにグイグイ来るもんだっけ?

一応、自分パンイチなんだけどそう言う事はヘーキなタイプなのかな?

なんか恥ずかしい自分がおかしいみたいな気がしてきたんだけどどうすれば……。


そんなしどろもどろした反応をしてると彼女は今一度首を傾げた。

そしてしばらく考え込んだ後に「はっ!」とした表情を浮かべ、ボクが言わんとしている事にやっと気が付いた様子で身を引いてくれた。


「あ……ご、ごめんなさい。起きたばかりで服、着てなかったのね」


「い、いえ」


「流石に女の子同士でもそんな格好じゃ恥ずかしいよね。ごめんね」



彼女はそう言うと赤くなりながら顔をそらし、その先にあるベットの脇に落ちてたローブを手に取って渡してくれた。


彼女の言葉に思わずクエスチョンが頭の中を回る……今、女の子同士って?

さっき股間を両手で押さえてたからバレなかったのかな?


確かにボクは姉さんと並んでると「可愛い妹さんねぇ」なんて良く言われた。

最近も女子に間違われる事があったし、まぁ……うん。

そんな事を思い返しながら服を着てしまおうと受け取ったローブを広げていると、ふと脇にあった鏡へ視線が向く。


「―――へ?」


自分は思わず間抜けな声が漏れてしまう。



「…………どうかしたの?」


「い、いや! えーと……な、なんでもないよ!」


自分は咄嗟に誤魔化しては動揺をひた隠しする。

……どう言う事だ?

いや、もしかしたら見間違いかもしれないと自分はもう一度、鏡へ視線を向けると……

そこには―――ミディアムボブのヘアースタイルをしていた約3年前の自分が映り込んでいた。

それはまだ姉さんたちが生きていた頃の自分。

姉さんに似た顔付きと肩に付くほど伸びた髪が相まって妹と間違われていた、女の子みたいだと一番言われていた時期の顔があった。

そう言えばよく考えたら自分の声も当時の女の子みたいな声になってる……そりゃこの子も間違えるよ。

かと言って性別を明かしたら色々と大変な事になりそうだし、今は黙っていた方が良いかもしれない。


そしてボクは彼女の勘違いに乗っかって性別を明かさない事にした。



「ニイシロユウちゃんって言うんだ! 変わった名前ねー。よろしくねユウちゃん! と言うか女の子なのにボクって言うの変わってるね」


どっち付かずにうまく誤魔化せたら良いかななんて考えだったけど、初っ端暗礁に乗り上げてしまう。

仕方ない……これはもう女の子で押し通すしかない。

そう覚悟を決めたボクは姉さんから女装させられていた時に叩き込まれた、女の子の仕草をうまく駆使する事にして会話を進める。



「あーうん、生まれた地域だとみんなボクって言うのが普通だったから!

よ、よろしくレオナ……年上だから流石に呼び捨ては良くないよね、どうしよっか」


「んー折角年が近いんだし、別に呼び捨てで良いのに」


「さ、流石にそれは年上だし悪いよ」


「えー? 気にしないで良いよ! それ言ったら私、年上のローズの事呼び捨てしてるよ?」


「う、うーん……じゃあ、レオねぇでどう?

ボクの姉さん呼ぶ時に『姉さん』ってのを省略して『ねぇ』って付けてたんだけどさ」


元の世界でボクは姉さんを呼ぶ時に雪ねぇと呼んでいた事を思い出し、それを提案してみる。

流石に呼び捨ては抵抗がある。


「うん! じゃあそれで!」


ぱぁっと明るい顔で満面の笑みを浮かべながらレオナはOKをくれる。

良かった……これでダメだったらどうしようかと思ったよ。

そんなこんなで彼女と色々会話をする。

ここはどこなのかーとか魔法の事を聞いたり、この世界の事を聞いたり。

レオナにとっては他愛ない内容の様子だったけど、異世界から来たと思われる自分にとってはその内容一つ一つが興味の対象だった。

そして気が付けばボクの方から色々聞いてる状態になっていた。



それから彼女に聞いた話でわかった事は


『自分はこの近くで倒れているところを助けられた』

『ボクの居た世界とは恐らく別の世界である』

『魔法とか魔術が存在する世界である』

『魔王と言う悪い奴がいて国が一丸となって倒そうとしている』

『彼女はその魔王を倒す為の存在の一人と言う事』

『今いるここはその魔王討伐の為に作られた駐屯地の一つ』

『そしてレオナたちは旅の途中にここへ寄り、休んでいると言う話』



いくらか予想していた内容もあったけれど魔王かぁ。

ますますファンタジーな感じだなと、ボクは元の世界で見ていた漫画やゲームを思い返す。

そしてネトゲをやってた事もあって魔法や魔術と言う単語にワクワクを隠せない。

さっきは無理だったけど、ボクも魔法を使ったり出来るようになるのかな?


そんな期待を胸に抱いていると忘れていた頭の痛みがズキンと響く。

しかもさっきよりやたらと酷い感じで、頭に棒でも突っ込んだような激痛が走ったかと思えばジクリとした不快な痛みだけが中に残った。


「……嘘、何でこんなに近くに反応!?」


気が付くとレオナはテントの天井を見つめ険しい表情を浮かべていた。

ボクはまだ痛む頭に手を当てながら顔を上げるけど……そこには何も無い。

そしてよくよく見ればレオナは天井ではなく、別の所を見ている感じだった。




―――と思った次の瞬間、テントの天井が消える。

いや、一気に焼き払われたと言う表現が正しいのだろうか。

開かれた視界には燃える数々のテントと剣を構えた兵士たちの姿があった。

その兵士たちとレオナが視線を向ける空には黒い溶岩石を切り出したみたいな人の形をした……ナニカが5つ。


「よう! 探したゼぇええホワァアアイトプリンセエエエスッ!」


空中に浮かぶ一際でかい黒いヤツはしゃがれた声で空気を震わせ、レオナに顔を向けると大きく腕を振る。



視界が一瞬暗転したかと思えば自分とレオナはテントのベッドではなく地面の上にいた。

何が起こったのか理解出来ないがボクらは吹き飛ばされたらしい。

その衝撃によって意識が飛んでいたみたいで、辺りを見回すとテントの中にあった家具のいくつかが粉々に砕かれ雨のように地面の上へバラバラと降る。


「チッ。咄嗟に結界術か……流石に頑丈だなァおい?」


「……くっ。―――ティック・――ロス」


フラフラとボクの目の前で彼女は立ち上がり、何か銀色の棒みたいな物を握り締める。

そして空中に居た喋るバケモノは地に足を下ろすと彼女の元へゆっくり歩を進める。


そしてその光景を前に自分の中で沸き立つ怖いと言う単語。


虐められた時も、自殺しようと飛び降りた時にもボクは恐怖を感じなかった。

けれど目の前の黒いバケモノを見ていると全身は震え、歯はガチガチと音を立てて警鐘を鳴らす。



「レオナ女王陛下をお守りしろおおおぉ!」


「お、おおおおおおおお!!」


「邪魔くセぇなぁガーディアンナイツ。……オイ」


その声に不快を露わにしたソイツが手を上げると、他の4体は迫り来る兵士たちに牙を向け、鋭い爪を振り下ろす。


突然目の前で始まる戦い。

剣とバケモノの爪が時々ぶつかり合い、響く硬い音が不規則に響く。

そして火花と瞬きが広がったかと思えば閃光と爆発が起き、血を噴き出しながら倒れる兵士たち。

先程まで当たり前に動いていた人影は、マネキンが倒れるみたいにゴトリと音を立て横たわると赤い血溜まりの中で動かなくなる。


「大丈夫だからねユウちゃん……任せて」



血の匂いと共にボクへ届くそんな彼女の言葉。

自分は目の前で起こる事に理解が追い付かず、恐怖に震えどうしたら良いかわからない。

なんだよこの世界、ラクに死ねると思って飛び降りたハズなのに何なんだよ、と心が叫ぶ。



恐怖の中、しりもちを付いたまま後退りする自分を守る彼女の手には銀の棒が握られていた。

それは長い十字架で、黒いバケモノへ向けながら彼女は何かを唱える。


同時にバケモノは高笑いしながら黒光りする大きな腕を彼女へ振り下ろす。


「シャインウォール!」


バキィン! と金属音が辺りに反響する。

一瞬、眩しい閃光が迸ったかと思うと彼女を中心に白いバリアみたいな物が現れる。

どうやらそれが今の一撃を弾いたらしく、黒いバケモノは忌々しそうに顔を歪めると不気味に笑う。


「わざわザ来たんだ……そうじゃなくちゃぁ面白くネえよな?」


ゴキゴキンと右腕を鳴らしながら白いバリアをバケモノは殴りつける。

その攻撃は容易に弾かれるが、バケモノはもう一つ、と再び一撃を叩き込む。


バキン! ゴキン! ガキン!


と、甲高い音が響き、ソイツは何度も何度もバリア目掛けて拳を振り下ろし続け、



『……ありゃあ終わったな』


頭の中でいくつもの重なった声が反響する。

どこかで聞いた事があるような無いような、そんな声。


同時に周りから悲鳴が響くと血飛沫が空を異様な色に染めて行く。

ネトゲで何度も見た事のある、当たり前の風景だった。

プレイヤーがモンスターを倒し、叫び声と同時に血飛沫が上がってモンスターが地面に倒れ込む。

それは生前、何度見たかわからない普通の光景だ。

ただ、ネトゲと違うのはそれがさっきまで生きていた人間だと言う事。


目の前の惨状、鼻の奥まで浸み込んでくるその匂い。

それは思い出さないようにしていた記憶のフタを開け、中からズルズルと痛みを伴った過去が引きずり出され、息が詰まる。

そして自分が自殺したと言う事実を誤魔化し、目を逸らしていたボクの感情に温度を与え、全身を駆け巡る脈は不快な焦燥と後悔を乗せて胸の内を掻き毟る。



「レオナッ!!!」



バギャンッ!! と何かが砕けた音と同時に女性の悲痛な声が木霊し、自分は我に返る。

そんなボクの視界には宙を舞うレオナの姿……。

そして彼女の小さな体は地面に叩きつけられ、どっかの空き缶みたく数度跳ねては自分の目の前に転がった。

呆然とする視界の端で銀の十字架がガラァンと間抜けな音を遅れて響かせる。

それは彼女の傍に転がり、先程のバリアみたいな物は砕け散ったガラスみたいに地面に散らばる。


「え……?」


放心する自分の近くに横たわるレオナは呻き声を一つ上げるとそのまま動かなくなる。

すると目の前のソイツはニタリと気色の悪い笑顔を浮かべ、ガラスみたいなそれを踏みしめてゆっくり足を運ぶ。




ダブる映像、重なる過去と今。


動かなくなった血塗れの人影、隣で同じように血塗れのままボクをかばっていた人影、ボクの頬に触れながら笑みを浮かべて息絶えた―――


雪ねぇ。



「う……わあぁああああああ!!」



気が付くとボクは震える身体を起こし、駆け出していた。

どうしてそんな事をしたのかはわからない、ただ一つはっきりしていたのは助けなきゃと言う感情。

無我夢中で走り出したボクの耳に聞いた事も無い鈍音が届く。

ドズンッ、と。


顔を上げれば視界の先にはニヤニヤと笑う黒いバケモノの姿が目の前にあった。

ソイツはボクの顔……よりいくらか下を見ながら笑い、自分はそれを辿るように視線を下ろすと黒光りする腕がそこに映る。

そしてそれを更に辿ると……そこにはぽっかりと大穴を開けた自分のお腹が。

空洞を作ったその中から薄紅色や赤色が零れ落ちる。


……何が起きたか理解が追い付かない中、込み上げた吐き気と共にボクは力が抜ける。

そして夥しい血と一緒に中身を地面へ撒き散らし―――倒れた。

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