第五話 「もういいやめんどくさいどうにでもなーれ」

「なるほどなるほど……。

この御方が先刻の魔族襲撃に対し奮闘された界客(そとびと)なのですねぇ」


先程から首を傾げる仮面の変人さんは、落ち着きのない動きでボクを何度も見ては顎に手を当てながら唸り声を上げる。


「―――おい死(し)の踊狂(ようきょう)よ。いつからオレはお前の椅子になったのだ?」


「おおっとコレは失礼しましたサテンフィン王国騎士団総長、ヴィグフィス・ランゼル様! 余りの素晴らしく、美しいその筋肉がワタクシめには匠の凝らされた彫刻の美しき椅子に見えましてー」


「元・王国騎士だ。オレとわかっているならば長々座っとらんでどかんか!」


おどける仮面の人は亀甲縛りの筋肉椅子ことヴィグフィスさんに振り落とされ、ゴロンと地面に転がると埃をはたきながら立ち上がる。

……マッテ、今なんか王国騎士とか聞こえたんだけどこんな海パンさんが騎士団? 聞き間違いだよね?


「死(し)の踊狂(ようきょう)よ、好い加減こちらへ掛けたらどうだ」

ボクが寝てるベッドの斜め向かいにある椅子へ腰かけているルシードさんが彼に声をかける。

その隣にはレオナも腰かけ、先程から静かにしていた。


「ワタクシめはこちらの椅子の方が好みだったんですがねぇ」


仮面の人は名残惜しそうに縛られてまだ床に横たわる彼をチラ見するがギロリと睨み返され、すごすごと着席した。






「しかし妙ですねぇ? ワタクシめが知る限りでは界客(そとびと)と言う者は魔力が殆ど扱えない存在の筈なのですが……これは驚きに御座います」



ボクの掌からはテニスボールくらいの火球が浮遊していた。

ルシードさんが試しに何か魔法を使ってみてくれと言ってきたのでネトゲで使ってた初級の魔法スキル、|松明の火(ケナズ)を口にしてみたら簡単に発動する。

するとその様子を見ていた一同は何故か唖然としていた。


「ユウよ、ちなみにその魔術はお前の世界ではどのくらいの人間が使えるモノなのだ?」


「え、えーと、初期ジョブのマジシャンが使える初期魔法の一つ……です」


「……お前の世界はどうなっているのだ? どう見ても第三相当だぞそれは」


ルシードさんはハァっと大きく溜息を付きながら顔を手で覆いながら俯いた。

どうやらボクの魔法……と言うかネトゲスキルはこの世界だとちょっとレベルがおかしい様子。

と言うか第三ってなんだろう?


「この世界の魔法魔術召喚は八段階に分かれておりまして。

簡単に御説明致しますと一から四までが魔法魔術、五から八までが召喚となっております。

ちなみに回復と治癒に関しましては分類がまた別になっており、白などと称されております」


ボクの疑問を察したのか死(し)の踊狂(ようきょう)と呼ばれていた仮面さんは指をクルクル回しながら教えてくれた。

なるほど魔法は四段階ある訳かぁ。

さっきボクの初級魔法見て第三とか言ってたけどもしかしてランク的には中級並み?

どう言う事なんだコレ……。

そんな悩んでるところに突然テントのカーテンがめくれて鎧を着込んだ青年が顔を覗かせる。


「し、失礼致します! こちらにホワイトプリンセスのレオナ様はいらっしゃいますでしょうか!」


「何事だ貴様! 要件を言え!」


「す、すみまうぉおおおおおっ!?」


テントの入り口であられもない姿で横たわる筋肉海パンさんは威厳のある声で青年へ一喝する。

青年は足元に縄で縛られた筋肉隆々な男が転がっている事に気が付き、絶叫するが気を取り直して要件を口にした。


「さ、先程の魔族襲撃の際に魔障に中てられていた者が数名いまして、祓っていただけないかとお願いに参りました!」


その言葉にレオナはルシードの方を向くと彼は軽く頷く。


「すみません死(し)の踊狂(ようきょう)よ。少々席を離れます」


「いえいえ御気になされないで下さい。

ワタクシめはヌネス・テヌカルリッジ・ノーデンディリス様より此度、英雄となられるラキナ・ルゥ・レオナ第一王女様のその雄姿をしかと見てくるように、と仰せ仕っておりました次第ですので」


手を大きく広げてどっかのアメリカ人みたいなオーバーアクションをしながら甲高い声で喋る仮面さん。

その言葉に気のせいかレオナは表情を曇らせるがそれを隠すよう足早にテントを後にする。

てか今、第一王女って言ってなかったこの人?


「すいません、さっきから王国騎士がどうのとか第一王女がどうのとか……。皆さんって確か魔王を倒す為に旅をしてるんですよね?」


ボクは恐る恐るレオナから聞いていた話の内容を含めて確認をしてみる。

唐突の質問に二人は何故か固まる。

けれど死(し)の踊狂(ようきょう)はその空気を壊すかのようにワザとらしく手を叩くと言葉を続ける。


「そう! この御方たちを率いるラキナ・ルゥ・レオナ様はサテンフィン王国の第一王女にありながら魔王めを倒せる力を御持ちのホワイトプリンセスの御一人! 

此度は自国を救うべく自らがその戦いに赴き、終止符を打つべく旅をされているのです! その功績は憎っき魔王めを打ち滅ぼした暁に英雄として永遠と讃えられる事でしょう!」


いつの間にか立ち上がってはババっと意味不明なオーバーアクションをしながら丁寧に説明をしてくれるが、キンキンと五月蠅い声が頭へ響いてこめかみを中心に痛みだす。

しかも骨仮面とその妙な動きが合わさりどっかの道化のようにも見えてくる。


「このお方たちって……みんなで何人いるんですか?」


「ルシード・コールソン様、ヴィグフィス・ランゼル様、ローズ・アズライル様の御三方とラキナ・ルゥ・レオナ様を含めて全員で4名に御座いますね」


ちょっとまって。

普通に考えて魔王倒すのに4人っておかしいでしょ。ゲームじゃないんだし、その人数は少なすぎる。

いや、もしかしたらみんなが相当強いからそんな少人数で大丈夫なのかな?

……なんて楽観視をしようとしてボクはすぐにその考えに違和感を覚えた。

じゃあ何でレオナはさっき、浮かない顔をしたんだ?


ボクは危うく彼のフザけた動きとハイテンションな喋りに流されるところだった。

そしてよく考えると違和感を覚えたワードに意識が行く。それは『英雄』と言う単語だ。

……そしてこの人はその言葉をやたら強調していた。

『そうあるべきだ』と言わんばかりに耳触りの良い聞こえの良い言葉で、何度も。



「気のせいか少なすぎじゃないですか? 何と言うか英雄と言う言葉で奮い立たせて、死にに向かわせてるようにボクには聞こえ……ます」


気が付くとボクはそんな事を口走っていた。

レオナの姿と言うかあの横顔を見た時にイジメられていたいつかの自分を見たからだろうか?

そして先程の恐怖を覚える体験をしたのもあってそんな事を思わず口にしてしまったのだろうか……。


皆はそんな言葉を言ったボクを見つめたまま動かない。

伺うように視線を動かすとその先のルシードさんは苦虫を噛んだかのような複雑な表情を浮かべていた。

そしてその沈黙の中で死(し)の踊狂(ようきょう)は立ち上がるとボクの眼前まで一気に仮面の顔を近付けてきた。


覗き穴からわずかに見える細い目。

ボクをまっすぐに見つめてくる瞳は先程のふざけた言動とは真逆の鋭く冷たい光を宿す。

ボクはそんな彼の眼の光に恐怖を覚えるけれど身体が動かない。不味い事を言ってしまったのかなと戸惑っていると頬に痛みが走る。


「おーおーこれはこれは! 伸びますねぇいやはや!」


「あにょ……。ひゅいませんいひゃいいひゃい!」



気が付くとボクは仮面の彼にビヨンビヨンと頬を引っ張って遊ばれていた。

捻じりながら抓ってくるせいでめっちゃ痛くて激しく抵抗しながら思わず涙目になってしまう。

そして飽きたのか急に手を放すと仮面の顎に手を当てて考え事のようなポーズを取ってふーむとか唸りだす。


一体何なのだよこの人は……。

彼が何をしたいのかわからないボクは腫れ上がった頬を両手で押さえ、痛みが治まるようにさすっていると頭上が光る。

視線を上げるとそこには仮面の彼が広げる手と手の間にパチパチと音を立て、青い剣のようなものが現れていた。

その光景は手品師がマジックをしているかのようで、ボクは目の前の光景に思わず見とれる。


「まぁ、これで充分ですかねぇ?」


彼はそんな事を口にするとそれを握って大きく振り上げる。


「待て! 踊狂(ようきょう)!!」


ルシードさんが叫ぶと同時に彼は何の躊躇いもなくボクへそれを振り下ろす。

そしてその剣は激しい稲妻を放ちながらボクの胸へと突き刺される。

何が起こっているのか理解が追い付かない。

立て続けにこうも唐突な事が起こっているせいかボクはヘラヘラ笑っていた。


……もういいやめんどくさいどうにでもなーれ。


諦めモードになった自分の視界は真っ白な光に包まれた。

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