第七話 「異世界に来て、初めての朝を迎えた」

「……くぁ……っ」


朝を迎え、ボクは大きく伸びをする。

左隣ではレオナが可愛らしい寝息を立てており、ベッドに広がるブロンドが息に合わせ小さく動く。


「―――今、何時だろ」


ぼーっとしながら枕辺りをゴソゴソと。

あっれおかしいなぁ? いつもココに置いてるんだけどな?

そんな言葉と共にスマホを探し、枕を動かしてハタと気が付く。


「そうだ、スマホ無いんだった……」


ボクが動いた音で目が覚めたのか、レオナは小さく身を捩りながらこちらへ顔を向ける。

寝ぼけ顔でその緑の瞳を薄く開けながら、にっこり笑う。


「……おはよう、ユウ」


異世界に来て、初めての朝を迎えた。





ローズさんに前日伝えられたやる事を頭の中で反復する。

ボクがやる事はレオナの護衛と、出来る範囲のお世話。


内容としては、朝起きてまずは身嗜みの手伝いと着替え。


それから朝食、朝食後の身嗜み、駐屯地での負傷者の治療。

そして昼食、負傷者の治療再開、夕食、お風呂、寝る前の手入れ、就寝。


軽く伝えられたこんな感じのタイムスケジュール。

まぁ要するに付きっ切りでメイドさんみたいな事? をするのかな。

とりあえずわからない事があったらローズさんがフォローしてくれるらしい。



「レオねぇ、ドレススカートがこの模様なら上はこのケープが良いんじゃない? 全部一色も良いけれど、ケープを白にして他は赤にするとほら、良い感じだと思うんだけど」


「レオねぇレオねぇ。後でつけるルージュはこっちが良いと思う。このピンクだとドレスの赤と合うけど、服の方がどうしても色がきつくなっちゃう。それならこの薄いオレンジっぽいのか、こっちのピンクにしてケープも合わせた感じってどう?」


「レオねぇ、ここ三つ編み垂らしてるならちょっとやりたいヘアースタイルあるんだけれど、してみても良い? 時間はそんなにかからないからさ」



ボクはレオナの服装、髪の手入れなどを食事前にこなす。

幸い、服は沢山あるのでその中からイメージを組み上げて行く。

レオナは凄く顔が整ってて、アイドル顔負けな可愛いらしい顔だ。

彼女の自慢のブロンドヘアーもボクが好きな胸辺りまでのロングヘアー。

しかも手入れもキチンとされてるお陰できれいだから色々と想像が膨らむ。


「―――ユウ、ちょっと良い?」


「うぇ!? な、ななな何?」


レオナの三つ編みを一旦解きハーフアップをすべく櫛に手を伸ばしてる所、声をかけられて思わず声が上ずる。

まずい、ちょっとハイテンションで色々しすぎた?

ローズさんは昨日の襲撃で色々とやる事があるって話だったので、ボク一人で出来る事を全部やってた。

もしかしてやっちゃいけない事があったのかな? と不安が過るとそれは更に焦りを呼ぶ。


「ユウって、侍女の経験があるの?」


「じ、侍女……? いや、ボクは中学生だからそう言うのは一切」


「気のせいか服の選び方一つにしても、髪の手入れもすごーく手馴れてる感じ。

私より年下なのに、色々と馴れ過ぎな気がするの」


鏡台越しにボクをじっと見てくる彼女。

疑ってると言うより、年下のボクが身嗜みに詳しいってのがどうも不自然に映ったらしい。

あと、自分より詳しいのが嫌だったのかな……?

その証拠に拗ねたようにして少し頬が膨らんでる。


「んーと……姉さんがそっち系に詳しい人だったと言うか。

ボクにそう言う事を教えてくれて、そんな格好もさせられてたからいつの間にかって感じかな?」


「お姉さんが侍女さん?」


「じゃなくてえーっと……女性の服装とかそう言うのに煩くて、色々作ってたりするオタクもとい腐女子?」


「オタク? 婦女子? ……ユウってば貴族の出だったりするの?」


話してる内にポロっと日本でしか通じないワードを口にしてしまう。

当然通じる訳もなく、色々説明してみても無理だった。

仕方ないので女性服限定の着付け屋を目指してた人、って事で姉さんの事は説明を終える。

コスプレ自作したり、同人描いたりするきょうびどこにでもいる腐女子なんだけどね。

ちょっと違うのは実弟を女装させて、如何わしい格好とかアブナイポーズ取らせたりとか、そんくらい。

あとボクは姉さんの服選びとか、髪の手入れも何だかんだ手伝ってたんだよなぁ。

リンスは何が良いだの、ヘアマスクはこれが良い匂いだの、スキンクリームは柑橘系は絶対NGだとかって姉さん煩かったっけ。香水も結構取り揃えていたけどお茶系と薔薇系が好きで一緒に色々試したりして男の子としてってのがいつの間にかログアウトしてたなぁなんて思い出す。


過去の出来事を前にお陰で今、助かってるのかな?

なんて感謝を覚えるのも束の間、フラッシュバックした恥ずかしい過去を前にボクは目を逸らした。










「はぁ、疲れ……た」


先程、昼食を終えて駐屯地の医療テントへレオナを送り出してボクはやっと一人の時間を貰えた。

朝からノンストップで言われた事をこなし続け、早くも心身共に悲鳴を上げる。


レオナの身支度から始まり、ガーディアンナイツ皆揃っての朝食。

普通に終わるかと思っていれば朝っぱらから肉ばかりレオナに勧めるヴィグフィスさんをなだめて何とか朝食を終える。

その後、駐屯地の負傷者を診ている医療テントに向かうとそこでまたトラブル発生。

今回の魔族襲撃によって不幸にも医師数名が亡くなったらしく、医療テントを仕切れる人が不在のせいで酷い有様だった。

そのせいで治療をするレオナを掴み上げては我先にと騒ぐ人たちをボクは何とか鎮めたりして、落ち着いた辺りで昼食の時間に。


とりあえずいくらか静かに昼食は食べれるかかな? なんて思ったのも束の間、肉料理の重要性を訴え出したヴィグフィスさんがまたパンツ一丁になってこれまた大騒ぎとなり、さっき昼食と言うトラブルイベントがやっと終了した。



「レオナの護衛と身の回りの世話は良いとして、どうして仲間のヴィグフィスさん相手にこうも疲れる事になってしまうのか」


夢遊病者の如くフラフラと覚束ない足取りで寝所へ戻った自分はそのままベッドの上へ倒れ込む。

脱力した身体が数度ベッドの上で軽く跳ねると、掛布団に染みついた甘い香りが全身を包み、鼻を通してその香りを吸い込んでは疲れと一緒に息を吐き出す。

紅茶と果物の匂いだよなぁなんて思い返しながら布団に身を預ける。

リンゴっぽい香りをメインにダージリンのような香りが混じる香りを前に深呼吸して、


「―――――良い匂い」


誰かに見られたら色々ヤバイってコレ……。

今更になって冷静になり、そんな一言を反復するがそう言いながらも顔はベッドに埋もる。

そしてレオナのお下がりの紺のドレスを着ている事も思い出し、色々と衝動が刺激される。

ボクの頭は一緒に寝てた彼女のあどけない姿をオート再生し始め、あらぬ妄想を添付し始めた。


「うん、起きよ」


これは流石にマズいと慌てて身を起こし、顔を向けた先で鏡台に映る自分と目が合う。

そこにはミディアムボブのどう見ても女の子にしか見えない幼いボクの顔。

我ながら女の子まんまだなぁなんて思ったりするけど、どこでボロが出るかわからないと不安が胸の内で広がる。


「……不安がってても仕方ないか」


ほんの少し休憩が出来たボクはちょっとだけ余裕が生まれ、ベッドから起き上がる。

駐屯地の負傷者を治療してるレオナを思い出すとこんなとこでサボっている訳にもいかないな……。

自分はそんな気持ちに駆られ、ボクはボクのやるべき事をする事にした。








陽が傾き、夕方の5時近く回った辺りでレオナが疲れた様子で寝所へ戻ってきた。

ボクはあらかじめ用意してた濡れタオルを彼女に渡す。


「ご苦労様、ユウ。色々大変だったでしょ?」


「へ? ボクは何もしてないよ」


「モンスター追い払ったって聞いたよ? ユウのお陰で助かったってルシードも言ってたし」


「あれはちょっとスキル使っただけだし……うん」


予想だにしなかった評価を急に向けられてボクはむず痒くなる。

お昼過ぎの見回りの際にヴィグフィスさんたちに付いて行ったら戦闘になった。

ボクはサポート的な感じで後ろからスキル撃ってたらアッサリ終わったんだけど、お礼言われるような事はしてないんだけどなぁ。

反応に困るそんなボクへ彼女は近付き、


「ううん、お疲れ様」


手を握って笑顔でそう向けてきた。

どう答えるのがベストなのかわからず、自分はどもりながら「い、いえ」と口にするだけで精一杯だった。

そんなやり取りを終えると夕食の時間となり、色々なものを終えるとあっと言う間に一日が更けて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る