第三話 「終わらせる者」



痛い、痛い痛い痛い痛い!!


「か……は……っ!」


激痛と同時に声にならない声を漏らすと水が器官に入った時みたいにむせ、ボクはそれを吐き出す。

咳き込みと共にガハッと吐き出せば、ビチャビチャと見覚えのある赤い液体に混じって何かの固形物が地面に飛び散った。

お腹が熱い、身体が軋む、視界がぼやける。

先程までの痛みはぽっかり空いた穴を中心に走り回ると熱さと寒さに変わり、それは痺れと震えが全身を襲う。

ガクリと力が抜け地面につい立てる腕は運良くバランスが取れたお陰で杖のように身体を支える。

そんな状態にも拘らず妙に意識ははっきりしていて、頭の中ではレオナを、あの子を助けなきゃと言う言葉だけが繰り返される。



『……おいおい、お前がそこまでする理由はねぇはずだろ? ニイシロ・ユウ』



熱が、痺れが、吐き気が、と様々な物がスクランブルされて死と直面しているボクの頭に響く疑問を問いかける声。


理由……? わからない。

確かに言われれば何で助けたいんだ?

彼女とは知り合って大した時間も経っていない。

けど、レオナも明らかに不利な状況なのに自分を助けようとしてくれた。

だからボクが助けたいと思うのも同じ理由なんだ、多分……


そう言葉が過ぎると同時に、意識の中を掠めて行く過去の映像。

そしてそれを思い出したと同時に自分は理解する。

ああ……そうじゃない、と。


自分は助けたいんじゃない。

ボクはまた、昔みたいに、3年前みたいに目の前で誰かが死ぬのが……


「人が居なくなるのは見たく……ないんだ」



吐き出した言葉と一緒にごふりと口からまた血が噴き出す。

ああクソ。

ボクに何かあれば、ファンタジーみたいな世界なら魔法か何かを使えれば良かったのにな。

そんな事を強く思いながら無力故に血塗れで赤く染まった歯を噛み締める事しか出来なかった。



「お? 何カ面白い事でもしそうダな……お前」


地を這うボクを楽しそうに眺めるソイツはニタリと笑うと興味を持ったのかこちらへ体を向ける。

それは死にかけたカエルを前に遊ぶ猫のような素振りを見せ、瀕死のボクを見てソイツは愉しんでいた。

何かしてくる様子もなく、ヘラヘラ薄ら笑いを見せると首を傾げる。




『お前は帰りたくないのかよ? そのままラクにしてれば―――』


帰る場所? そんなトコなんてとっくにない。

ボクには帰る場所も大事な人ももう居ない。

だから構うもんか……あの子を助けるんだ、レオナを。


『なるほど……な』


ざわついた声は小さく答えると黙る。

顔を上げれば目の前のソイツは相変わらずニヤケ面を浮かべ、「早く何かして見セろよ」と煽りを口にする。

そしてソイツの後方ではバケモノと兵士たちが戦いを繰り広げる。

その兵士たちの傍らにはボクと同じように夥しい量の血を流し、横たわる人影がいくつもあった……。



ボクはこの世界に来る前は死にたくて仕方が無かった。

そして行動に移り、自殺をした。

しかし何でだろう。どうしてだろうか。

あれ程、死を望んでいたのに……今は死にたくない。

死ぬのが怖いんじゃない。また何も出来ないのかと言うくやしさが、そんな感情が自分の中で声を上げる。



『わーったよ。

どうにかしたいなら間抜けに一人で練習してたあの感覚を全身に回せ。

そして散らばってるてめぇの血を代償にと強くイメージしろ』


ざわついた声はひどく投げやりな口調だったけれど、気のせいか悲しみを込めた様子でボクにアドバイスをくれる。

そしてボクは直感でそれをすればどうにかなると理解する。



言われた通りに集中する……あのローズさんがやってた事、

あの後に自分で練習してた時に感じた感覚を全身に……。

自分の血肉を、代償にと強くイメージして。


「あん? 小僧、どう言う事ダその魔力……」


傍観を決め込んでいた黒いバケモノから笑みは消え、ボクを見る目は細くなる。


集中する自分のお腹の穴からはペットボトルを横にしたかのようにドクドクと血が流れ出し、どんどんと血溜まりを広げていく。

そんな中、辛うじて上半身を起こす自分を風が包む。


『あとはおめーが好きなネトゲのスキル名でも強くイメージしながら口にすれば良い』


魔法か、魔術か……? ダメだ、避けられたら終わりだ。

ならあれしかない、召喚術だ。

ざわつくその声と同時にボクはスキルの名を叫ぶ。

ゲームの物で良いなら何もかも焼き尽くす……このくそったれなヤツを倒せる召喚スキルを。


「…………|終焉の炎(フヴェズルング)!」



声と一緒に自分の中からアツい何かが吹き抜ける。

同時に目の前で爆風が起きると熱を帯びた風は砂を巻き上げ、赤い熱風を中心に剣を持つ炎を纏った巨体が姿を現わす。

それは神話の一説に出てくる神の姿をした男の巨人。

軽く2mを軽く超えるその長身は岩を切り出したようなしっかりとした身体付きで、目の前に居る黒色のバケモノが小さく見える。

赤く染まる体はジリジリと熱を帯び、顔を上げると獅子のように大きく咆哮してはギシリと口角を歪める。

マグマを圧し固めたかのような赤い赤い巨体は周りを赤く照らし、纏う熱が集まると灼熱の鎧となる。

フヴェズルングとは北欧神話に出てくる『終わらせる者』と言う名をも持つ邪神ロキの名だ。




「……ハ? 召喚とかバカなありえ―――」


愕然とした声を上げるソイツを余所に、フヴェズルングは大きく手を広げると兵士と交戦している4体に向けて大量の炎の矢を撃ち出す。

それは雨のように降り注ぎながら蛇のみたいにうねり、兵士たちへ一切当たる事なく黒いバケモノを貫いて一瞬で無力化する。


先程まで命懸けで戦っていた兵士たちは目の前で崩れ落ちるバケモノと現れた赤い巨人に対して呆然とする。



「て、テメェエエエエエエエエエエエ!?」


黒いソイツは全身に血管を浮かび上がらせ、身体を膨張させながらボクを目掛けて襲う。

しかしフヴェズルングはそれを許さず、剣で阻む。

目の前で黒と赤の巨体がぶつかり合うと激しい火花が辺りに散る。

何度も繰り出される黒い一撃はフヴェズルングの剣によって悉く弾かれ、いなされる。

幾度も交わされる攻撃の中でソイツは渾身を込めた一撃を放つ。

すると応えるようにフヴェズルングは目にも映らない早さで剣を振る。


―――そして互いはそのまま固まる。

黒いソイツは拳を突出し、フヴェズルングは剣を振り下ろしたまま動かない。

不動に立つ二人はどこかの有名な美術館に飾られている彫像を思わせる。

熱風だけがゆっくり波紋のように広がり、静寂が広がっては時間が止まっているかのような錯覚を覚える。


轍のように広がる温い風が他の冷めた空気と混ざり、辺りを揺らす。

そんな中、黒い身体はぐらりとふらつく。



「ハッ! ふざけやがって……」



ソイツは今までにないほど顔を歪めてそう吐き捨てると、左半身が砂場に作られた砂山みたいに崩れ出す。

そしてバランスを失った残りも風に煽られそのまま傾く。


「……チッ、なるほどナ……お前が例の、そと……び……」


何かを口にしながらソイツは残りの半分も塵に変えながら消え、遅れて何かが甲高い音を立てて地面の上で小さく跳ねる。

塵となったソイツの姿を眺めていた赤い巨人は大きく首を上げると、高らかに勝鬨の咆哮を上げ姿を消す。


「やった……?」


目の前の脅威が消え去ると同時にボクは安堵の声が漏れる。

先程のソイツの姿は既になく、跡形もなかった。


軋む首を動かす先には小さくうめき声を上げるレオナの姿と何かを叫びながら駆け寄るローズさんの姿。

良かった、無事みたいだ。



そう思った瞬間、呼吸が詰まり口と鼻から我慢してた物が吹き出す。

痛みはとっくになかった。寒気だけが全身を覆って視界がブレる。


力が抜けて目の前にまで広がった血溜まりに目が行く。

ああそうだ、ボクのお腹に大きな穴が開いてるんだっけ。

……でもレオナが無事なら、いいや。


―――そしてボクは眠るように目蓋を下ろした。

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