第四話 「……御楽しみの所を失礼致しました」

「しっかりして! ユウ君!」


血の海にうつ伏せで倒れる虫の息の少年に声をかけながら黒いローブの女性は駆け寄ると右手に魔力を集中し、詠唱を始める。

……が、詠唱を終えて彼女は戸惑う。


魔法が効かない……?

小さくそう呟き、そんなはずはともう一度回復魔法をかける。

しかし自分の右手が魔法の明かりで淡く輝くだけで少年の身体からは熱が失われていく。


「ルシード! お願いこの子が……ユウが死んでしまう!」


その叫びに負傷した兵士へ回復魔法を施していた眼帯の男が慌てて駆け寄る。


「どう言う事だローズ」


「回復魔法も回復魔術も効果が無くて……どうするれば」


血に染まり蒼白した少年を抱えるローズは震えながら助けの声を上げる。

ルシードはその小さな身体へ目を向け、その崩れている腹を見て顔を歪める。

手遅れかと一瞬戸惑うが少年は僅かながらも呼吸をしていた……まだ間に合う。


彼女の言葉を確かめる為に回復魔法を施し彼も焦る。


―――ローズの言う通りに魔法が効かない。

懐から方陣を描いた札を取り出し魔術を実行するがこれも効果が無く、強く魔力を込めようとも上位魔法、魔術共に一切効果が無い。



どうする? ……他に手は?

彼の頭の中で様々な手段が交差する。

魔法も魔術も通じないとなれば手が無い。しかし迷う暇も無い。


「……ならば」

ルシードは腰にあるナイフへ手をかけると左腕の肉をそぎ落とし、それを少年の腹の周りへ置くと地面にも血を撒いて術を展開する。


「始まりの海にたゆといし母よ。今、苦しみを持ったその者の何もかもをさらい癒しを願う」


彼は自分の血肉に魔力を送り、そこへ魔法を展開して少年の血の中に自分の血を混ぜて術を展開する。

魔法も魔術も効かないならばその効果を受けるルシードの血肉でそれを実行し、情報は少年の血肉から持ってくる。

イレギュラーな方法であったが彼にはこれしか思いつかなかった。


顔を伝うとめどない汗。

尋常ではない魔力を消費するそれは通常の回復魔法や回復魔術など比にならない程の力を奪っていく。

腹を中心に止血を行い、少年の体中へ自分の血液を回すと即座に停滞魔法をかける。

そしてそのまま血管を通し、肋、肺、胃、器官などの他にも損傷している部分を探り当て、欠損している個所全てへ自分の肉を送り修復していく。

それに合わせて少年が地面に流した夥しい血液と衣服に付いている血は寄り集まり、一つの玉となって少しずつ体内へ戻る。







暫くしてガランと地面の上にルシードのナイフが転がり、音を立てる。


「良かった……っ」


ローズが声を零す横には先程まで腹に風穴を作り死に体となる一歩手前だった少年が眠るように横たわっていた。

その身体は傷一つ無くなっており、全てが元通りの形になっていた。


大量の魔力を消耗したルシードは重い身体を動かしながら目を細め呟いた。


「―――コイツは、界客(そとびと)だ」









「……んっ」

目蓋を通して差し込む強い光を感じてボクを小さく声を漏らした。

それに気が付いた誰かが「起きたか……」と話しかけてきて、その声に思わず目を開く。

白ばんだ視界に映る光景に軽く頭を振る。


「あれ……?」


流石に死んだと思ったんだけれど……。

ボクは確か何か黒いバケモノみたいなやつに腹パンされて、漫画とかアニメでしか見た事ないようなグロ画像状態みたいにお腹から何か飛び出てたような。

ぽつりぽつりと思い出される映像に意識がはっきりした瞬間、自分のお腹から飛び出ていたソーセージみたいな内臓を脳内リピートしてしまう。

それは予想以上のグロ映像で、一気に吐き気が込み上げてはオエって声が出てしまう。


「ちょっと、ユウ大丈夫!?」


突然吐き出そうになったボクを心配する声。

同時にその声の主の顔を見て安堵する……良かった、レオナ無事だったんだね。


「良かったレオねぇ。ところでボク、死にかけてたんじゃ……」


「私が魔法を使って何とか再生した。目が覚めたところ急で済まないが……一つ聞きたい、お前はどこから来た?」


ボクの疑問に銀髪眼帯の男の人が答えてきた。

レオナがボクのベッドに隠れてた時にテントの中に入ってきた人だ。

視線はあの時ほど怖くは無いけど……なんだその隣にいる男の人はどうして、赤いパンツ一つで腕組みながら仁王立ちでボクを睨んでるんだ?

ちょっと状況が理解出来ないけれどこれは嘘を付くとマズい流れな気もするし、ちゃんと話をした方が良さそうだ。


「ええっと、国は日本で住んでた県は埼玉です。こことは別の世界だと思います、多分」


「ニホン? ならばお前の世界では魔法が使えたり……」


「待てルシード! そんな事より先に聞くべき話があるハズだ!」


ルシードと呼ばれてる男性の横でボクをガン見していた赤パンさんがボディビルダーみたいなポージングしながら会話に割り込んで来た。

この人、眼帯さんがテントに入ってきた時にチラ見してった人だ。


「ヴィグフィス……お前が喋ると話の腰が折れるのだが―――」

「さぁ貴様、答えるが良い! これは貴様のモノか! どうだ答えるが良い!」


人の話をガン無視して目の前で筋肉を強調しながらヴィグフィスと呼ばれた変態パンツさんは何かを見せつけてくる。

ボクの横ではレオナが守るようにして身を寄せてる……そんなに寄られるとあの、緊張するんですが。

そんな状況にドキドキしながら突き付けられた物へ目を向ければ、そこには覚えのある物が。


「それ、ボクの学ランのボタンですね」


「ほおぉおれ見ろルシードォ! コイツだコイツがこの騒動の犯……にぶるん!?」


海パンさんが勝手に荒ぶりだしたかと思えは次の瞬間、勢い良く空中で回転して地面へ顔面スライディングを決めて倒れる。

何が起こったんだ? と横を見ればレオナがあの銀色の長い十字架を握り締めていた。

あれ、もしかしてこの子それを使ってぶん殴ったの?


「レ、レオナ女王陛下何故ですか! この者は危険なヤツかもしれんのですぞ!」


「うるさいヴィグフィス! ユウ脅えてるでしょ! 

女の子にそんな格好で迫って少しは恥を知りなさい! ルシードお願いッ!」


「……御意」


彼女は必至に弁解を述べるヴィグフィスさんを一喝するとルシードさんへ何かを指示する。

明るい顔で笑う可愛い女の子だなーと思ってたのにとんでもないバイオレンスガールだった。

しかも指示を受けたルシードさんが指を鳴らすと突然縄が現れてヴィグフィスさんはあれよあれよという間に縛られ……どうなってるんですかこれ。


そしてあっと言う間に彼は亀甲縛りみたいな状態になる。

海パンでそんな縛りプレイとか昔、姉さんがボクに見せてきたBL本を思い出すような状態。

そんなきわどい状態の彼は縛られて大人しくしている訳も無く、激しく暴れ回る。

海パン一丁のせいで角度が悪いとすっぽんぽんで縛られてるように見えてしまう。

……どうしよう、どんな反応して良いのかわかんないんだケド。


「では、気を取り直して……」


「いやーどうもラキナ・ルゥ・レオナ様を含む御一行のみなっさま!」


咳払いを一つして話を再開しようとするルシードさんの言葉と同時にテントのカーテンが勢い良くバサァ! とめくれ上がり、骸骨みたいな仮面を付けた黒いローブの人物が乱入してくる。


その人物の足元には縄で縛られてさるぐつわまでされたヴィグフィスさん、ベッドの上にはボク……その上には上半身を乗せた形で大きな十字架を持ちっぱなしのレオナ。

斜め向かいには突然の来客に呆然とするルシードさん。


全員が全員、固まり硬直する。


「……御楽しみの所を失礼致しました」


そそくさとその場を去ろうとするその人物をレオナとルシードさんは慌てて引き留め、縛られたヴィグフィスさんをそのままで言い訳にしか聞こえない説明を始めていた。

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