第九話 「ボクのゆとった肉体レベル」

「っはぁはぁっはぁ……!」


生前大した運動もしていなかったボクの身体は1分経たずの全力疾走で悲鳴を上げていた。

足はガクガクと震えて関節も痛い、呼吸する為に思いっきり口を開けるけどそのせいで口の中がカラカラに。

お陰で喉が張り付き息を吸うのもままならない。


「おいユウ! そいつらは襲撃してきたヤツよりかなり弱い。落ち着け!」


黒いバケモノたちから逃げ回るボクへ遠くからアドバイスをくれるルシードさん。

いや、そうかもしれないけど無理でしょこんなの。

2日前にボクに死と言う恐怖を植え付けたあのバケモノそっくりの黒いモンスターたちがひたすら逃げ回るボクを追いかけ回していた。

数は4体でアイツと比べたら動きもかなり遅いし、身体もかなり小さくて140cm前後のボクの身長より少し大きいくらい。

でも刷り込まれた恐怖はボクから考えると言う物を奪い獲り、ただ逃げ回るだけの生き物に変える。

癒えてるハズのお腹の傷を中心に、その時の状況や何もかもが鮮明にフラッシュバックされて行く。

先程まで調子乗って、ネトゲスキルをぶっ放していたボクの余裕はどっかに消えていた。




体力が付き、足がもつれて転ぶボクの元へ寄る影に対して逃げる為の手段を頭が検索しまくる。

そうだ、スキルだ。


「ラ、|銀の車輪(ラッド)!」


その事を思い出したボクは移動速度上昇系のバフスキルをかけて黒いモンスターたちから一気に距離を取る。

突然の加速にもみくちゃになりながら空中に飛ばされる。

けれどコントロールの仕方をすぐに理解出来たボクは、空中で浮かびながらハァハァと息を整える。

視線の先にはボクを見上げる4つの影。

―――怖い、怖い怖い怖い。


その恐怖は自分の中でしつこく反響する。

自分を殺そうとしたアイツと同じ見た目のモンスターだからと言うのもあったけれど、奥底で別の恐怖も顔を出している事に気が付く。

それは生前、自殺する原因にもなった……そう、ボクをイジメて居たやつらとモンスターの姿がダブって、いつの間にか吐き気にも似た何かがこみ上げて身が震える。

入り混じる二つの恐怖。その感情は早く、どうにかしなければ。と焦燥を更に増幅させ、体中に熱を送っては胸を鳴らしながらどんどんボクから冷静さを奪う。




「そうだ、召喚を……あの時みたいに強力なスキル! サ、|冷酷なる戦乙女(サンクリズル)!」


ボクはソードソウルの中で一位二位を争うスキル、ヴァルキリーシリーズの一つの名を叫んだ。

今のボクに冷静さなんてものは無い。

確実に、絶対に、目の前のヤツらを―――殺せるモノを。


スキル名を叫ぶとオーロラが辺りを包み、白銀の鎧を纏い白翼を広げた美しい少女が目の前に姿を現わす。

10代半ばほどに見える彼女の右手には不釣り合いな2m近い大きな槍が鈍色を放つ。

凛とした顔立ちに青い瞳、名の通り冷酷を色として宿したような目。

その瞳に酷薄を込めながら4体の影へ顔を向けると一笑して槍を大きく振りかぶった。

その動きに合わせて長い銀髪が描く美しい曲線にボクは見惚れ一瞬、我を忘れる。



―――次の瞬間、真っ白な閃光が地面から立ち上ると後から空気を割く振動が押し寄せた。

その爆風から守る形で|冷酷なる戦乙女(サンクリズル)はボクの前で壁となり、眩い閃光と爆発が収まると彼女は横へ首を傾げ。


そのままじぃっと地面があった場所を見つめる。

先程まで4体の影があった地面には一つの巨大クレーターが出来上がり、半球状の穴は熱で溶かされたガラスみたいにキラキラ輝く。

……文字通りチリ一つ残さず4つの影は消え失せ、その結果をつまらなさそうに目を細めると吐息を口にし、仕事を終えた彼女は光の粒と姿を変えて消えた。







「―――あれだな、お前は術に対して体力が低すぎるな」


突然の実技で短距離50m走でベストタイム10.8秒と言うボクのゆとった肉体レベルが露呈してしまった。

とは言っても隠すつもりも無かったし、平和な日本で育ってる以上そんなに体力がある方がおかしいんだ。などと脳内で言い訳を続けながらルシードさんの言葉を聞いていた。


「しかし術の方は言う事が無い。正直宮廷術師と肩を並べるレベルだ。

しかし、力に関してはそうだがそれを扱う諸々が欠けている。それを考慮すると私の指示が無い限りは使用禁止にしよう。試し打ちでこの威力となると実戦で使われた場合、仲間が巻き添えになりかねん」


「確かにこれは危ない……ですね。そうします」


苦笑しながら向ける視線の先はさっきボクの召喚によって大きな穴が開いた場所。

軽く10m近くの範囲を抉って焼き払ってるんだけど、爆心地の淵は衝撃によってめくれ上がり、周りにタケノコが生えてるみたいになってる。

宮廷術師とかなんかカッコイイ単語が聞こえたけど、先日のトラウマ諸々をほじくり返されるようなイベントのお陰で会話の殆どが右から左に流れていた。


彼の言う通り、こんなものを仲間がいる近距離で使ったらどうなるかなんて言うまでもない。

|終焉の炎(フヴェズルング)の時は被害が一切無かったし、とそこまで深く考えた事なかった。

でももし|冷酷なる戦乙女(サンクリズル)を呼んでいたらどうなっていたのだろう? と想像して身震いしたボクはルシードさんの言葉に従う事にした。


……30分後、召喚による爆発が魔族の襲撃と勘違いされて駐屯地からヴィグフィスさんを含む兵士さんたちが出動してしまうと言う大騒ぎ。

そしてボクは召喚は使うのはやめよう、と改めて心に誓った。








「……して、奴らの状況は?」


陽が射し込む一室、白髪の初老は鷲のような眼光で部屋に入ってきた仮面の若者に視線を向ける。

左手には高級感漂う杖を握り締め、その佇まいはどこかの上級貴族の一人と伺える。

部屋の中には彼が様々な方法で手に入れたと思われる芸術品や美術品の数々。

それらは窓から差し込む光を受けて淡く光る。


「は。カレール山の駐屯地にて魔族5体による襲撃を受けますが10分足らずで例の界客(そとびと)による召喚により全て消滅。その後、問題の界客(そとびと)はサテンフィン王国第一王女率いるガーディアンナイツに加入したとの報告です」


その部屋で若者は片膝を突く。

従者が王にこうべを垂れるそれと同じその光景。

絶対的な服従と敬意をもって彼は膝を折っていた。


「そうか。これで時詠(ときよみ)の言う通り、これから先どうなるかわからんようになるな」


フォッフォッフォと身体を大きく揺らして初老は満足そうに笑う。

年寄りが縁側で自分の庭を眺めながら笑うかのように。

しかし、その瞳の光は鈍く……冷たい。


「三ヶ国にすれば魔王討伐で姫君には、亡き者にでもなってもらう方が穏便に事が運び何もかもが丸く収まる。しかしそれではつまらぬからなぁ……お前もそう思うであろう? ナユキよ」


顎へ手をあてながら年寄りは一つ唸る。

今まで自分が張り巡らせた物事は結局は自分の掌の上で転がり、そして今と言う地位を築くに至っていた。

が、この年になっても常々思っていた。


つまらない、と。


昔は刃向う者が沢山いた。

その度に策を練り、自分の出来うる想定する全てで迎え撃った。

しかしある時期を境にそれは無くなった。


今回の件も自分が提示した通りに全てが進んでいた。

しかし彼はどこか何か、を期待していた。

何か引っ繰り返る事を。

だが取り巻く国々の重臣、王ですら機嫌を取るようにヌネスのやる事に何一つ反対せずヌネスが言う事全てに対し首を縦に振った。

何もかもが思う通り、物事は全て掌の上。


しかしそれを狂わせるてくれると思われる一つ、界客(そとびと)の少年と言うピースが現れる。


「ヌネス様が常々仰る『イレギュラーがあるからこそ面白い』

私は、出来うる事ならば予測不可能な問題はあまり起こしたくない性根にあります。故に御期待に添える返答は難く……申し訳御座いません」


「生真面目過ぎるなお前は。……少しは踊狂(ようきょう)のようなゆとりの一つでも持つべきだぞ。まぁ良い、お前は引き続き三ヶ国へ呼鳥(ゲート)準備及びElf(エルフ)の準備を急がせろ」


「はっ」


片膝を突き、こうべを垂らす彼はこの方はまた悪いクセをと言う言葉を飲み込む。

そして受けた言葉を拝命するとその場を後にする。


「……さて、どうなって行くか見物ではないか」


無音の部屋の中で椅子の軋む音が響く。

老人が身を預けたその椅子はキィ、キィ、っと同じ感覚でリズムを奏で、彼は今から始まる演劇を心待ちにしてる観客の一人のように思いを馳せて。

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