それはあの頃夢中に読み耽った、無垢な幻想の世界のような。

この物語を本にするなら、きっと革の装丁がよく似合う。子供の頃、図書室の薄暗がりで、机まで運ぶことも忘れて読み耽った、美しくて、楽しくて、恐ろしい世界。あの無垢な幻想の世界が、ここにある。

暗い暗い洞窟の奥の不思議、遠い昔の英雄達のおとぎ話、白くて優しい竜のこと、圧倒的な絶壁に挑んだ孤独な冒険者。描かれる世界の美しさもさることながら、その表現もまた巧みだ。

例えば子を想う母を描くなら、百の言葉で心を綴るより、帰りを待つその背を描く方がいい。鮮やかに描かれる情景に対して、あえて多くを語らない文体が、その場面を深く心に焼き付ける。

子供の頃、夢中に本を読んだあなたなら、きっとこの作品を好きになるだろう。あるいは、手垢と煩悩にまみれた一山いくらの売り物に疲れたなら、きっとこの作品が癒してくれるだろう。

寝る前に、子供に読んで聞かせたい。そんな、大人のための物語。

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