その魔道師危険につき……2

NEO

プロローグ

「それにしても、暇ねぇ」

 あたしは誰とも無くつぶやいた。

「まあ、いいじゃないですか。何もないのはいいことです」

 背後で鼻歌交じりにあたしの髪の毛を梳きながら、セシルがのんびり答える。

「まあ、それはそうなんだけどさ。なんて言うか、張り合いがないのよねぇ」


 魔道院院長の座を強引にマリアに譲り、このクランタのボロ宿ハングアップ亭に戻って早二年。

 時々舞い込む依頼を片付けながら、あたしたちは普通に生活してきた。

 『病気で』ということであたしと『介添人』のセシルには、毎月魔道院からそれなりの額の年金が支給されているし、以前みたいに草の葉っぱとか食べなくて済む。

 はっきり言って、この田舎町クランタなら並以上の水準で生活できるのだが……人間とは贅沢に出来ている。今度は刺激欠乏症ときたものだ。


「ったく、仕事があったらあったで割に合わないと文句を言う。無ければ無いで暇だとぼやきやがる。お前も面倒な性格してやがるなぁ」

 誰もいない店内。カウンター席に腰を下ろし、新聞を読んでいたハングアップのオヤジが、面倒くさそうにそう言った。

「面倒なのはお互いさまでしょ。で、なんか面白そうな仕事ない?」


 ハングアップはただの宿屋のオヤジではない。

 今でこそ現役を引退したものの、裏の世界ではちょっとは名が売れている人物で、今でもその時代のコネクションは有効である。


「そうさなぁ……クランタの裏山のゴブリン退治くらいならあるぜ。金貨3枚で」

 そう言って、オヤジは新聞を畳んだ。

「ゴブリン退治か。久々に暴れるかな……」

 説明しなくても分かる人は分かると思うが、ゴブリンというのは人間と似た姿をしたいわゆる亜人と呼ばれる種族で見た目は醜悪。小さくてすばしっこいのが特徴。

 1体あたりの戦闘能力は大した事がないが、数十から数百の集団戦を挑んでくるために並の剣士や魔道士では少々手を焼くだろう。

 金貨3枚では割に合わないが、まあ、鈍った体をほぐすにはちょうどいいか。


「分かった、その仕事受ける。期限は?」

 あたしがそう言うと、ハングアップは珍しく驚いた顔をした。

「おいおい、ホントにこんな仕事受けるのか?」

「ここでうだうだしてるいよりいいわよ。で、期限はいつよ?」

 あたしはそっと椅子から立ち上がり、ハングアップにもう一度そう言った。

「はぁ、物好きだねぇ。期限は一ヶ月。お前さんなら、三日もあれば終わるだろ?」

 そう言って、オヤジは金貨3枚をカウンターに置いた。

「三日だって。冗談よしてよ。今から行って片付けて来るからちょっと待ってて」

「マール様、支度は出来ております」

 あたしとハングアップが会話している間に、セシルがそつなく準備をこなしていた。

 いつでも出られる服装だし、装備もバッチリ。あとは行くだけだ。


「それじゃ行ってくる。夕飯までには戻るから」

 あたしはセシルを引き連れ、ハングアップ亭を後にした。

 ……それから3時間後、街の裏山で派手な爆発音が炸裂し、山の形がちょっとだけ変形したのだった。

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