第10話 新たなる仕事
楽しいタダ働きも終わり、平穏が訪れた……と思ったら、今度はオヤジから面倒事が舞い降りた。
「お前が現役復帰したみたいだから、ちと依頼がある。報酬は全額前金で一千万。ターゲットはこれだ」
ボロい食堂のテーブルに載せられたのは一枚の写真。一見すると水晶かダイヤに見えるが……。
「『ティターンの涙』か。よくこんな写真あったわね」
アンダモニウムという魔力を吸収する魔法石の一種で、最高級品の中の最高級品だ。比較したら、ダイヤなんて石ころみたいな高価なものである。これのサイズは握り拳くらい。こんなバカデカいヤツなんて2つとないので、高価過ぎて値が付かないから、逆にタダみたいなものと評判のものだ。魔道師なら大抵知っている。
「ターゲットって言われても、どこにあるか分からないわよ」
その希少性ゆえに所在は完全秘匿。魔道院が管理しているはずだが、担当者数名が知るのみで、院長すらも知らない徹底ぶりである。
「それがな、『草の者』が担当者と裸と裸で大胸筋と大胸筋をぶつけ合って、ようやく正確な保管場所を聞き出したんだが……」
……新しい表現ね。変に生々しいけど。
ああ、草の者っていうのは、簡単に言っちゃえばスパイね。
「……ここだ」
オヤジは建物の見取り図と、外観を写した写真をテーブルに置いた。
「ブッ!!」
何も口に含んでいなくてよかった。あたしは思い切り吹いてしまった。
「王立公文書図書館別館って、なに考えているのよ!!」
王城に近い場所にある王立公文書図書館。その名の通り、王国が発行した様々な公文書を収蔵している場所で、魔道院の書類も含まれる規則になっている。ガキンチョだった魔道院院長時代のあたしが発行した書類もあり、少し気恥ずかしい。
それはともかく、あくまでもそれは表の顔。裏の顔は別館にある。様々なお宝をこっそり保管している別名「超要塞」。魔道院の重要物保管室が「要塞」と呼ばれているので、その上という事だ。今まで侵入に成功した泥棒はいない。
「俺もそう思う。だが、依頼主が少々イカレていてな……」
「誰がイカレているですって?」
宿の入り口から入ってきたのは……はいぃ!?
「ま、マリア!?」
無言でセシルが剣に手を掛ける。
「ああ、オーブの件は不問よ。ちゃんと返ってきたし。それより、その『ティターンの涙』がどうしても必要なの。国王の許可が必要なんだけど、なかなか……」
マリアがやれやれと身振りで伝えてきた。
「……なんで?」
こんなもん、買い取り手も付かないだろうし、宝飾品にもならない。魔術の実験くらいしか用途がないはずだが……。
「秘密」
「じゃあ、この話しはなし。他を当たって」
予想通りの回答をしてきたマリアを、あたしは迷うことなく突っぱねた。
冗談じゃない。わけも分からず、あんな場所に侵入を試みたくはない。
「うーん、ある魔道実験じゃダメ?」
困り顔のマリアに、あたしは首を横に振った。
なんか、よけいに嫌だ。
「仕方ないわねぇ。これ極秘事項なんだけど、魔道院であるプロジェクトが進んでいてね。どうしても『ティターンの涙』が持つ魔力特性が必要なの。そのプロジェクト内容は……」
……ごくっ。
思わず唾を飲み込む。ほとんど日の目を見ない巨大魔法石『ティターンの涙』。その研究とは……。
「ノンアルコール麦酒の精製!!」
「メガ・ブラスト 久々スペシャル!!」
あたしは反射的に最強魔術を放っていた。この宿以外の街が瞬時に蒸発する。あっ、やっちった……。
「……そう来ると思った」
防御魔術の蒼い光りに包まれたマリアが、小さく笑った。
「あ、あのさ、もう少しまともな嘘ついてよ」
あたしは大きくため息をついた。
「嘘ならもっと本当っぽく言うわよ。今ね、魔道院では酔っ払って実験して死ぬ馬鹿が多くてね。なら、アルコール抜きの麦酒を作って、院内アルコール禁止にしようと思って……。研究の結果、どうも特殊な魔力特性を持ったものを媒介にしないと、なかなか上手くいかないみたいで……」
……それ、酒っていうのか?
まあ、いい。そんなに難しいかなぁ……。
「ちょっと待ってね……」
あたしは適当に魔術の構成を練り上げた。これでいいか……。
「オヤジ、麦酒一杯!!」
銅貨を指で弾いて渡すと、ハングアップが音もなく、ジョッキに注いだ麦酒を運んできた。
「ソイヤ!!」
組上げた構成を展開し魔力を放つと、微かな光がエールを包み、そして消えた。
「はい、飲んでみて」
あたしはマリアにジョッキを勧める。
「大丈夫なの? 本当に……!?」
一口飲んだマリアの顔が変わった。
「麦の苦みとコクが絶妙に調和されていて、しかもキンキンに冷えている。飲んだ感じは全くの麦酒。でも、全然酔わない。アルコールが入っている後味なのに……」
驚愕のマリアの肩をポンと叩き、あたしは言った。
「ねっ、そんな厄介な魔法石なんてなくても、ちゃんと出来るのよ。開発チームがよほどヘボなのね」
「……返す言葉がないわね。きっちり締めておかないと」
一瞬怖い笑みを浮かべたマリアだったが、すぐあたしの方に振り向いた。
「でも、この依頼は遂行してもらいます。ノンアルコール麦酒の件もありましたが、ほかにも色々案件があってね。どうしても必要なのよ。例えば……」
「例えば?」
あたしは指を鳴らして、全ての窓とドアを閉めた。どうやら、ここからが本題らしい。
「王家は、開発中の戦艦の動力に使おうとしている。あれだけの大きな魔法石なら、一度チャージすれば何年も補給要らずよ。それを「紛失」しちゃったら、どうなるか分かるわよね?」
「あれま、ノンアルコールよりよほど重要事項じゃない」
全く、切り出しの話題が悪すぎる。
「魔道院憲章、まだ覚えているわよね?」
はいはい。
「当たり前でしょ。今回は第二十九条『魔道院はいかなる戦争行為にも荷担しない』だっけ? あれに抵触する恐れがあると」
マリアが言いたいことは一つ。兵器とは戦争の道具だ。それに魔道院管轄の「ティターンの涙」が使われるのは、法的に問題があると言いたいのだ。
「まっ、確かに気分的には良くないわね。……わかった、引き受けましょ。但し、条件があるわ」
「条件?」
怪訝な様子でマリアが聞き返してきた。
「報酬は一千万プラス『ティターンの涙』。これでダメなら、回れ右して帰って」
文句の一つでも出たら、その時点で断られるかと思ったのだが……。
「あっ、それいい。あなたが持っている方が、いざこざが起きないわ!!」
……しまった。墓穴掘ったか。
「分かった分かった。作戦考えるから、今日はここに泊まっていけば?」
あたしが言い終わる前に、オヤジは部屋の鍵を持ってきた。
「あら、商売上手だこと」
小さく笑うと、マリアは鍵を一つ取ったのだった。
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