第9話 ハングアップ出撃?

「だぁはっはっは、面白いヤツだとは思っていたが、ここまで馬鹿だとはなぁ」

 寝不足の頭にハングアップのオヤジはキツい。胃もたれしそうだ。

「うっさい!!」

 ギャラリーは黙ってろ!!

 のどかな田舎の街にいきなり出現した「五階建ての建物」。これが、目を引かないはずもない。

 一応、夜のうちにセシルが簡易的な結界を張り、なるべく目立たないようにしてあるのだが、このオヤジは誤魔化せなかった。

 鎮座する窓のない建物。その入り口であるドアが、地面に埋もれるようにしてちょこんとある。これからが、お楽しみの時間だ。

「ドアの鍵解除だろ? 手伝うぜ」

 言うが早く、オヤジはゴソゴソと服を漁ってサングラスを取り出した。

 ……うわっ、こわっ!! 子供泣くレベルで!!

「ふぅ、コイツをかけると昔を思い出すぜ」

 何をやっていた……かは聞かないわよ。ハングアップのオヤジ!!

「じゃあ、あたしは電源確保してくる。宿のヤツ借りるわよ!!」

 やたら太く長いケーブルを引きずりながら、エリナが街の方に消えていった。

「おいおい、お前もサングラスくらい持ってるだろ。こういうのは気分だ。ちゃんとかけとけ!!」

 オヤジよ、そういうもんか?

 まあ、断る理由もなし、あたしはサングラスを掛けた。なんていうか、ただの怪しい二人組である。特にオヤジのせいで。

「なんだぁ。今時、一六桁の暗証番号プッシュ式なんて、やけにクラシックなもん使ってやがるな……」

 オヤジは鍵の種類を即座に見抜いた。こういった単純な機械式が、実は一番面倒だったりする。魔術で対応するのが難しい。

「まあ、ロートルはロートルに任せろ。お前は何かあった時のバックアップだ」

 張り切ってるなぁ……。

「分かった。ちょっとそこ退いて……」

 常に持ち歩いている遺跡探査道具からピッキングツールを取り出し、オヤジが手を掛けているパネルの下にある扉を開ける。中は配線だらけだったが、小さなオーブが鎮座していた。

「オヤジ、この金庫ただじゃ開かないわよ」

 オーブに手をかざしただけでも、いくつもの結界魔術の「構成」が流れ込んでくる。しかし、細かい解析をする前に電源が復帰した。

 ああもう、このタイミングで!!

「よし、いくぞ!!」

「ま、待って!!」

 遅かった。オヤジの手がピアニストのように素早く滑らかに動き、あっという間に一六桁の暗証番号を入力してしまったのだ。

「まっ、こんなもんだ」

 ……すご!!

 しかし、関心している場合ではなかった。ウィーンと音が聞こえてキーボードが引っ込み、今度は近代的なタッチパネルとディスプレイが現れた。

「だから、待ってって言ったのに!!」

 オヤジを押しのけ、あたしはパネルに取り付いた。

「20桁のパスコードを一分以内で……」

 今さら解析している暇はない。しかも、今回は数字だけではない。当てもない。手が出せない……。

「アンドラス商会会長……の息子の名前と生年月日!!」

 オヤジの声に、あたしの指が勝手に動く。ルイ・ディーン・アンダーソン……

 ピンポーンとフザケた音が鳴り、カチリと音がして扉が開いていく。

「よ、よく分かったわね……」

 あたしはオヤジを見た。

 すると、オヤジは返事の代わりに小さな箱を放ってきた。

 受け取ると、箱はエリナのものとは違うが、中身は見慣れた白い紙筒だ。あたしが中から一本取りだして口に咥えると、オヤジがライターで火を付けてくれた。煙い……。

「なに、簡単なこった。こういうのは、忘れないような言葉にする。息子にして捻ったつもりみたいだが、まだ甘いな……」

 オヤジも火の点いた紙筒を咥え、ニヤッと笑って見せた。格好いいというより、怖さ倍増だ。

「一体、昔なにやっていたんだか……。まあ、怖いから聞かないとして、エリナが帰ってきたら中に入りますか」

 私は紫煙を大きく胸に吸い込み……。

「ゲホゲホ!!」

「あーあ、お前もまだまだだな」

 うるさい!!


「へぇ、マジで金庫だったのね……」

 ハングアップのオヤジを加えて四人で中に入ると、そこは文字通り見上げるような巨大金庫だった。問題のオーブはすぐ見つかり回収したが、肝心の金貨がない。なにか、小難しいことが書いてある紙ばかりである。

「あー、約束手形か……」

 エリナが紙の一枚を持ってつぶやいた。

「まあ、簡単に言っちゃえば、お金の代わりにやり取りする書面よ。一定の期日にいくら払いますってね」

 ……泣いていいですか? 大山鳴動して鼠一匹ってか?

「あのさ、報酬は?」

 恐る恐る聞くと、エリナはスチャッとサングラスを掛け、手慣れた様子で紙筒に火を付けた。

「この紙切れ……じゃダメ?」

「泥棒稼業は現金払い!!」

 こんな気色悪い紙切れなど認めん!!

「じゃあ、なし!!」

 エリナは気持ちいいくらい清々しい笑顔を浮かべた。

 ……お、怒る気も失せた。

「なんだ、要らねぇのか? なら、俺がもらってもいいんだな。ツテがある。捨て値で捌いても、それなりの額になるが……?」

「ああもう、好きにしぃ!!」


 かくて、あたしの部屋は二段ベッドの相部屋から、ロイヤルスィートという名の単なる個室にランクアップしたのだった……。

 余談だが、この一件でアンドラス商会は、莫大な損害を負って倒産。街には平和が訪れたという……あたしたちのただ働きのお陰でね。くっそ!!  

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