第8話 押してダメなら引いてみな

 アンドラス商会は表向きは普通の巨大商店である。

 ペンタムシティーにもいくつか店舗を構えているが、あたし達が用事があるのは一等地にある巨大な「ペンタム商会本部」だった。何でも国王を見下ろす事などまかりならんという事で、これでも規模縮小したらしいという噂はあるが、少なくとも地上30階ある立派な建物だ。

 その近くにあるこれまた立派な宿に贅沢にも部屋を取り、あたし達はエリナが情報屋から仕入れてきた図面を頼りに作戦会議を繰り返していた。

「地上の警備は手厚いけど、屋上周辺に警備員はいない。ということは、マールが全員抱えて『浮遊』の魔術で運べば……」

 エリナがそう言った時、あたしは黙って手を上げて止めた。

「『浮遊』は本来荷運び用だから三人運ぶのは簡単だけど、移動速度が遅すぎるし派手に発光するから気づかれるわよ」

 そう、これが『浮遊』の魔術の利点であり弱点だ。ど派手に発光する様は夜空の花火のようによく見えるだろう。

「じゃあ、『高速飛翔』……」

「あんなに上まで上れない。一人なら行けるけど……」

 エリナの言葉を遮って否定した。あれは速度は出るけどトルクがない。本来一人用だ。

「うーん、困ったわね……。屋上がダメなら、下から行くか。ダメだ、死ぬ……」

 図面はもう書き込みで真っ黒だ。エリナが大きく息をつく。

「あの、よろしいですか?」

 セシルが口を開いた。

「ここの換気口は……」

 朗々と詩でも紡ぐかのように語りながら、セシルの細い指は図面を這っていく。そして、(不明)と書かれた階にぶち当たった。二十五階。その上から先は、真っ黒に塗りつぶされている。明らかに怪しい。

「ああ、情報屋の話しによれば、二十五階から上はフロアぶち抜きで。巨大な金庫になっているみたいよ。未確認情報だけど……」

 ……ふむ、ならば。

「穴潜りしますか。みんなで」

 これで、作戦の骨子は決まったのだった。


 一応、これでも上級魔道師なので……えい!!

 建物の外周を張っていた警備員がパタパタと倒れる。よし。

 言うまでもない。あたしの「睡眠」魔術だ。

「なんだ、暴れないの?」

 エリナの声に、あたしは思いきり脱力した。

「あのねぇ、何でも殺さないの!!」

 エリナの両肩には、物騒な小型大砲のようなものが載っていた。

「つまんないわねぇ。ここは景気よく……」

「アホ、バレる!!」

 何のための作戦だ。全く……。

「さて、冗談は置いて、行きましょ」

 ……冗談か。今の?

「ストップ!!」

 あたしの鼻が嗅ぎつけた「罠」の匂い。一歩踏み出しそうになっていたエリナが、足を上げたまま止まった。

「ああ、いわゆる「地雷」タイプの罠ね」

 これは、踏めば「アラーム」が鳴る仕掛け。シンプルだが、効果は抜群でしかも安価だ。

「ちょっと待ってね……」

 一個あれば三十個と言われるこの罠。あたしは「詳細探査の魔術」を使った。

「ああ-……」

 罠だらけだった。以上……では済まないか。こんなもの、いちいち無力化していたら朝になってしまう。あたしは「風」の魔術で床を作った。地表から十センチくらい浮いて歩くのと同じ効果が得られる。遺跡探査でもよく使われる手法だ。本来の床が風の圧力すら感知したりするほど敏感だったり、魔力を感知するものには使えないけどね。

「さて、行こうか」

 風の床の上に乗り、あたしたちは侵入経路に選んだ換気ダクトに取り付く。よし、罠はない。

「この前渡した眼鏡掛けて」

 エリナに短く言われ、あたしはゴソゴソと眼鏡を掛ける。そして、ダクト内を覗くと……異常なし。ただの縦穴だった。

「オーケイ、行くわよ。マール、「浮遊」よろしく!!」

 ダクト内は3人が並んで入れるほど広くはない。先に軽い順から中に入り、肩車しながら入って行くしかないのだが、ここで問題が起きた。

「あなたの方が重いって!!」

「なに言ってるのよ。絶対あんた!!」

「僭越ながら、私が一番軽いかと……」

 誰が一番体重が軽いか論争が巻き起こった。笑うなそこ。重要だぞ!!

 不毛な論争は小一時間続き……最終的にはくじ引きであたし、エリナ、セシルの順番になった。一番目にダクトに潜り込んで状況確認し、二番目のエリナ、三番目のセシルを呼び込む。これでよし。

 肩車三段で繋がったあたしたちは……ふむ、いい復帰戦ね。

 ダン!!と四肢を壁に押しつけ、あたしはせっせと登り始めた。

「ちょ、ちょっと!!」

 下でエリナが声を上げた。

「垂直登坂は遺跡探査の基本よ。おら、登れ登れ!!」

 久々だけど、体は覚えているものである。なかなか捨てたものじゃない。

「もしもーし、これ二十四階まで……」

「ルクト・バー・アンギラスに比べたら、これを登るなんて楽なもんよ。行くぞー!!」

 なんでも魔術に頼るな。死ぬぞ……我が師の言葉だ。

 こうして、一部の人間にとっては決死の筒登りが開始されたのだった。


「し、死ぬ……いや、死なないけど……」

「こ、これは、なかなか…… 」

 二人が水平に変わったダクト内で伸びている間に、あたしは周囲の点検をする。金庫? である上の壁は魔力を完全遮断するようで、探査系の魔術を一切受け付けなかった。

 自慢ではないが、あたしの探査系魔術は遺跡で磨いた本格仕込み。そこらの魔道師が使う物とは違う。それすら返すとは……やりおる。

「ハイハイ、二人とも仕事中を。へばってないで!!」

 小声であたしは二人を叩き起こした。

「この鬼軍曹!!」

 ほう、言ったなエリナ。

「鬼軍曹式で、ガッツリ遺跡探査方を身に染みこませてあげようか?」

 指をバキバキ鳴らずと、あたしは詳細探査の『窓』を確認した。

「静かに。警備員の巡回が来る」

 ぴたりと二人は呼吸すら止めた。ダクトのスリットから、コツコツと二組の黒い制服を きた警備員が下世話な会話をしながら通り越し、そして静かになった。

「早い方がいいわ。この床を抜いちゃった方が早いと思うけど、中の様子が分からないから正攻法か……」

 セシルの剣があれば抜けるだろうが、その先がどうなっているか分からない。一回フロアに下りて、正規に入った方が安全だ。

「あのさ、ここの防御がどうなっているのか分からないのよ。超機密が高くて誰も知らなかった」

 エリナがぼやくように言った。……ふーん、なら。

「金庫ごとパクるか?」

 私の頭がはじき出した結論はこれだった。

「はい?」

 エリナの間抜けな声が聞こえたのは、きっかり三秒後だった。


「はい、準備完了。セシル先生、よろしくお願いします!!」

 あたしは二十四階フロアの人間を魔術で眠らせた。

なにも言わず、セシルは剣を片手に廊下に飛び降り、固いものを斬る派手な音を立て始めた。

 エリナは何もしていない。珍しく顔色を悪くしているだけ。

 そこに、フロアを1周してきたセシルが戻ってきた。

「終わった?」

「はい、下らない壁と柱と窓と……下らない全部を斬ってきました」

 よろしい。では……。

「風の精霊よ……」

 この魔法で呪文を唱える事などまずないが、なにせ今回はモノがデカい!! フルパワー中のフルパワーである。

 ミシミシと音がし始め、ドスーンと一回尻餅をついた後、それはゆっくりと宙に上がった。お宝満載の金庫(推定)である、ビルの二十五階から上が!!

 その床にへばりついている換気ダクトのスリットからは、下界の様子がよく見える。さらばペンタムの光りよ!! なんちて。

「マール・エスクード完全復活ってところね。さすが、魔道院の最終兵器様!!」

 エリナが言うが応えている余裕はない。

「このままクランタまでGO!!」

「殺す気か!!」

 魔力が凄まじい勢いで消費されていく。しかし、ペンタムからなるべく離れねば!!

「こんじょー!!」

 ……結局、休憩を挟みながらも、クランタまで持っていったあたしは馬鹿だろうか?

 状況調査は明日から、とりあえず寝かせてくれ。おやすみ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る