第11話 前夜

 オヤジを含めれば四つの頭。それを総動員しても……。

「この見取り図だけじゃ、侵入経路の見当もつかないわね……」

 どうも、「草の者」が捕まえたのは下っ端だったようで、内部の警備システムが全く分からない。これでは、捕まりに行くようなものである。

「マリア……が知ってるわけなかったわね」

 魔道院直轄ではあるが、その院長にすら秘匿された施設がここ。当然、詳細な情報など知っているわけがない。

「ねぇ、あなたって本来遺跡探査専門よね?」

「聞かなくても知ってるでしょ?」

 あたしは質問に質問で返した。

「前情報がない時ってどうしていたの?」

 ふむ……。

「そうねぇ、当たって砕けろかな。とにかく、ありったけの装備で突っこんで調べる。それしか手段がないもん」

 そこまで言って気がついた。マリアが言わんとしている事を……。

「まさかと思うけど……」

「そのまさか。通行パスまでは用意出来ると思うけど、その先は私でも手が出せない。私がついていっても足手まといになるだけだから、先に魔道院に戻って、通行パスの準備と調べられるだけ調べてみるわ」

 それだけ言い残し、マリアは去っていった。気が早いこった。

「……オヤジ、どう思う?」

 あたしは、仕事に戻ろうとしていたオヤジに聞いた。

「ああ、そうだな。あそこに突貫しようなんざ、命知らずもいいところだぜ。若い頃の俺を思い出すな」

 オヤジはカウンターの向こうに消えてしまった。残されたのは、セシルとあたしだけ……。

「セシル、どうしようか?」

「はい……正直、気は進みませんが、行くしかないでしょう」

 だよねぇ。やっぱり。

「オヤジ、ちょっと留守にするからよろしく!!」

 一声かけてから、あたしとセシルは建物横の車庫に向かった。

 そこには、オヤジが仕入れに使っている小さなトラックがあり、その脇には大型バイクが二台駐められている。

 これも最近流行っている。そして、これの免許ならあたしもセシルも持っている。ということは?

 あたしはサングラスをかけ、ヘルメットを被った。鍵を鍵穴に入れて捻り、イグニションボタンを押と、素直にエンジンが掛かった。

 バイクに跨がると、あたしはアクセルを回した、魔道エンジンの甲高い音が高鳴り、あたしたちは街道をブチ進んで行くのだった……。


 王都に到着したのは、クランタを発って1時間後だった。いや、早い早い。どれだけ飛ばしたんだか。って、あたしだけどさ。

 街中に入ると、とりあえず魔道院に向かってバイクを進めた。そのまま敷地内に殴り込みをかけても面白そうだが、残念ながらもうそんな年齢ではない。

 大人しく、駐車スペースにバイクを駐め、入り口で上級魔道師の証であるペンダントを提示して中に入った。目指す先は院長室だ。

「相変わらず、無駄に古めかしいわねぇ……」

 混雑する院内の入り口ホールは、相変わらず古くさくもあり、懐かしくもあり……。あたしが何度も吹っ飛ばしているとは思えない。まあ、そういうふうに修復したのだけど……。

「あっ、あそこにマール様が……」

 セシルが指差す方向に目をやると、過去に「偉大なる」の称号を得た魔道師の肖像画が掲示されていて、一番新しいところに……あたしがいた。

「はぁ、やめて欲しいわね」

 魔道院の伝統ではあるが、そんな魔道師が今やコレである。お尻がむず痒くなってくるってね。

「なんか気恥ずかしいから、とっとと行きましょ」

 セシルを引き連れて、あたしは真っ直ぐ院長室に向かった。

「入るわよ」

 ノックついでに声をかけ、あたしは重厚な扉を開けた。

「あら、早かったわね」

 執務室の無駄に重苦しい机の向こうにいたマリアが、小さく笑った。

「『転移』の魔術ほどじゃないわよ」

 言いながら、あたしはサングラスをカチャリと取った。

 マリアが瞬間的にいなくなった理由が分からぬほど、私はまだ平和ぼけしてはいない。

 潜在精霊力こそ低い彼女だが、それでも上級魔道師である。工夫すれば転送の魔術くらい余裕だろう。

「はい、これ通行パス。敷地内と見学者を受け入れている一階までは入れるはずよ。あとは、あなたの腕次第ね」

 エリナはご丁寧に首から下げられるようにホルダーに入ったパスを、ポンと寄越してきた。

「あれ2枚?」

 あたしは意地悪く聞いた。

「だから、どう考えたって私は足手まといでしょうに……」

 困った顔をするマリアに、あたしはパタパタと手を振った。

「冗談よ。じゃあ、さっそく……」

 執務室を出ていこうとしたあたしたちを、マリアが引き留めた。

「待って。それ有効なの明日からよ。さすがに、当日からっていうのは難しくてね。あなたの名前で宿をを手配してあるから、まずはゆっくり休んで」

 ペロリと差し出された宿泊券は、このペンタム・シティーでも最高クラスのホテルのものだった。

「あれま、ずいぶん張り込んだわね」

 あたしは苦笑してしまった。

「あなたも知っての通り、経費よ経費。余っちゃってね。ちょうどいい機会よ」

 マリアも小さく笑う。滅多にないが、セシルが小さく息をついて、剣の握りに手を載せた。……呆れたな。

「あとで水増しした領収書でも送っておくわ。それじゃ、結果は待っていてね」

 再びサングラスをかけ、あたしとセシルは執務室を後にした。


「ほぅ……やり過ぎだ」

「確かに……」

 ホテルに到着したあたし達を待っていたのは……魔道院で来賓用に使うために確保しているロイヤル・スィートだった。

「広すぎて落ち着かないわねぇ……」

 リビング? ですら広いのに、何部屋あるんだ??

「……バーでも行こうか?」

「お供します」

 あたしたちは落ち着かない部屋を後にして、階下のバーラウンジに向かった。

「ふぅ、ここはまだマシね」

「そうですね」

 高級感バッチリではあったが、部屋より多少はマシだ。どうせ、支払いは魔道院である。ここぞとばかりに高い酒を注文し、つまみはまあ適当にチョイス。あたしにはこのくらいの贅沢でいい。

「セシル、暇だと思っていたら、いきなり盗みが連続しているけど、不服じゃない?」

 ほどよくお酒も回ってきたころ、あたしはセシルに聞いてみた。

「いえ、私はマール様の『介添人』ですから」

 小さく笑うセシル。いや……まあ、いいか。

 あたしは何本目かの紙筒に火をつけた。

「さて、明日は調査か。首尾良く行けば夜にでも潜るわよ」

 潜る……遺跡業界では「実行」を意味する。

「はい、承知しています」

 一杯金貨ホニャララ枚の高級酒の舐めながら、あたしは小さく息を吐いた。

「さてと、気合い入れますか。面倒な事はさっさと終わらせましょ」

「はい」

 あー、今回はさすがに自信ないなぁ……。

「私の家の家訓にあります『降りる、頂く、帰る。ただそれだけだ』。遺跡と同じかと」

 ……どんな家訓だ。それは!!

 こうして、下見前夜は更けていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る