第12話 実行

 ホテルで車を呼んでもらい、王立公文書図書館別館の正面ゲートへと乗り付けると、真っ直ぐ守衛室に向かっていった。ここでビビって、挙動不審になってはいけない。

「はーい、ご苦労さん」

 守衛のオッチャンに通行パスを提示し、サングラスを外す。

「おや、あんたは……。あの「マール・エスクード」様かい。コイツは驚いたね」

 ……ん?

 あたしはそっと通行パスを見ると「本名」が記され「本物の顔写真」が貼ってある……おいおい、これから泥棒の下見に入るんですけど。本名伏せないでどうすんのよ!!

 しかし、これは思わぬ方向に作用する事になった。

「今日の用件はなんだい?」

 妙に人当たりのいいオッチャンが、守衛室の中から聞いてきた。

「魔道器の見学です。ここには、見たことがないものが収蔵されていると、院長から聞いているので……」

 あたしの口から、全自動で嘘が吐き出される。まあ、馴れたもんだ。

「なるほどなぁ。しかし、このパスじゃ一階までしか入れん。ガラクタしかないぞ。少し待ってくれ」

 そして、オッチャンは電話の受話器を取り、どこかへと連絡を取り始めた。その声が段々ヒートアップしていく。もはや、人の良さそうな顔はない。完全に電話の向こうと喧嘩している。

「な、なにが始まったんだろ?」

「分かりかねます」

 セシルが剣の握りに手を掛けた。

 そして、オッチャンは派手な音を立てて、受話器を電話機の本体に叩き付けた。

「待たせてすまなかった。上の許可を取り付けたよ。まさか、「偉大な」魔道師様に、あんなガラクタだけ見せて、返すわけにはいかないからなぁ」

 オッチャンが差し出した通行パスには、「全館」という赤いスタンプが押してあった。

「これで全てのフロアに入れるよ。楽しんできて」

 ジーガチャと音がして、門の大扉の脇にある小さな扉が開いた。どうやら、ここから入るらしい。

 あたしとセシルが扉を抜けると、再びあの音がして閉ざされる。良く出来ているわね……。

「さて、仕事しますか……」

 作業はここから始まっている。地下の埋蔵施設の調査は重要だ。あたしが詳細探査の魔術で読んだ物を、セシルが見取り図に丁寧に書き込んで行き、あたしが確認しながら進んでいく。監視カメラで見られているだろうが、コンタクトを落としたとでも言うか……。

「さて、こんなもんか……」

 裏手に高圧電線のケーブルが埋設されている。どうせすぐに予備電源に切り替わってしまうだろうが、使えるかもしれない。

「さて、中に行きましょうか」

「はい」

 セシルを引き連れ、あたしは唯一の出入り口に向かった。

 パスを提示して中に入ると……確かにガラクタの宝庫だった。

 しかし、大事なのは収蔵物ではない。内部構造だ。

「うわ、監視カメラの山ね。重量センサーに魔力センサー、サーモセンサーまである……」

 さすがというか、一階でもこの警備。並の銀行を襲った方がマシだろう。

「さて、次の階行ってみましょうか」

 袋のネズミになるエレベーターは避け、階段を使ったのだが、ここにも感圧センサーとカメラによる警備が敷かれている。

「全方位隙なしか……」

 あたしは独りつぶやいた。

 信用されているのかなんなのか、私たちに付き添いはいない。お陰で、カメラで見て不審に思われない程度であれば、そこそこ好き勝手出来る。

 とはいえ、各種警備システムが目を光らせているので、詳細探査の魔術を使う程度しか出来ないが……。

 そして、地下六階。通称「パンデモニウム」と呼ばれる、最下層最奥部の部屋にきた。制服をバリッと着込んだ警備員が二名立っていたので、パスを見せて扉を開けてもらった。

「これはまた……」

 そこは、まさにお宝の山だった。幻といわれる銘品ばかりだが、欲をかいてはいけない。

 肝心の「ティターンの涙」は、ご丁寧にもケースに入った状態で、台座の上に安置されていた。

「……」

 強烈に罠の匂いがする。遺跡探査専門家としての本能が「触るな!!」と告げている。気づかれずに盗るのは、ほとんど不可能に近いだろう。

「ならば……こうするか」

 あたしの頭の中に、あるプランが浮かんだ。ある意味、最もシンプルな……。


 その日の深夜。全身黒ずくめに身を固め、あたしは王立公文書図書館別館正門にいた。光学迷彩の魔術を施してあるので、カメラはパス出来ているはずだ。

 守衛が詰めている小屋の前に陣取ると、昼間武器屋で買っておいた「吹き矢」を構えた。

矢はすでに装填済み。ちょっとばかり寝てもらう薬が塗ってある。

 夜勤の眠そうな兄ちゃんの首元めがけて、あたしは吹き矢を吹いた。

「こちら正門。第1段階成功」

『承知しました。こちらはいつでもいけます』

 耳に突っこんであるイヤホンから、セシルの声が聞こえてきた。これは、無線といって遠くと話せる機械だ。全く、便利になったものである。

「さてと……」

 あたしは警備員の服を探り、通行パスと……なんだこれ? とりあえずカードキーを失敬した。

「ゆっくりおやすみ」

 あたしはゲートを開けた。操作盤に書いてあるので簡単だ。

 ジーガチャンと扉が開くのももどかしく敷地内に侵入し、建物入り口の扉に取り付いた。

「ふぅ……」

 昼間確認した時も、ちゃっかりチェックしていたのだが、これがこの扉を開けるための機械だ。

「えーっと……」

 さっきパクったカードキーを入れる細長い穴を見つけた。機械にそう書いてある。

「とりあえず、差し込んでみるか……」

 あたしは穴にカードキーを差し込んでみた。

『キーコードニュウリョク』

  ……んなもん知らん。

 どうしたものかと辺りをチェックしたが、当然ヒントなどない。

 しゃーない、やるか……。

 あたしは機械の上に手をかざし、正解のコードを探っていく。なに、簡単な「施錠」の魔法だ。あたしの敵ではない。

「よし!!」


『16B28967543221GFDW996』


 機械の文字盤を叩くと、入り口のドアが音もなく開いた。

「うん、いい子。さてと、セシル先生。一発よろしく!!」

『承知!!』

 数秒後、どこか遠くで凄まじい音が聞こえ、館内を照らしていた明かりが全て落ちた。セシルが叩き斬ったのだ。電源ケーブルを。

 ここからが勝負。あたしは高速飛翔で一気に館内を突き進んだ。内部はさほど複雑ではない。目標の「ティターンの涙」は最下層。階段を一気に最下層まで降り、闇の廊下を突き進んで「パンデモニウム」へ。

 エリナの「眼鏡」は性能がいい。この闇の中でもしっかり見える。あたふたしている警備員二名ごと扉をなぎ倒し、「ティターンの涙」のカバーを叩き割る。

 すると、凄まじいアラームが鳴り始めた。やはり、独自電源を持っていたか。

「長居無用。ずらかれ!!」

 目的のブツを小脇に抱え、「高速飛翔」の術を使ったのだが……あれ?

 なにも起きなかった。なんどか試してようやく気づいた。

「『ティターンの涙』が吸収している?」

 そうだった。魔法石は貪欲に魔力を吸い取る、これだけ大きいと、ほとんどの魔術は使えないだろう。

「ちっ、走るしかないか!!」

 あたしは「ティターンの涙」を小脇に抱え、せっせと通路を走らざるを得なかった。このままでは、自家発電に切り替わってしまう。しかし、それしかない。

 警備員の群れが押し寄せてきたが、どうせこの闇では大した事は出来ない。適当にいなしながら、入り口めがけてひたすらダッシュ!! なんか、こんなスポーツなかったっけ?

 どうにも魔道師的には格好悪いが……クソ!!

「はぁはぁ……あー、しんどい!!」

 どうにか廊下を抜け、あとはひたすら階段を登る。これがシンドイのなんの……鈍ったな。

「セシル、応援要請。とりあえず、こっち来て。今四階の階段!!」

 散発的に襲いかかってくる警備員を避けながら、あたしは無線で叫んだ。そろそろ、自家発電が作動してもおかしくない。そうなれば、あたしに勝ち目など欠片もない。

 本来は、逃走用のバイクの所で待機だったセシルを呼び出した。あたしだけでは、とても捌ききれない。多分。

『承知しました』

 その時、自家発電に切り替わったようで照明と……あらゆる警報が奏でる、耳障りな不協和音が巻き起こる。あたしは「眼鏡」をサングラスモードにした。気休めだけど、多少は身元がバレる心配は減るだろう。四階と三階の間で、あたしは警備員の壁に挟まれた。チェック……。あたしは足を止め、ポケットから紙筒を取り出して点火した。

「あれま、ご苦労さん。悪いけど、お宝は頂いていくわよ」

 やっべぇと思いながら、顔には笑み。こういうのはハッタリだ。案の定、四階側と三階側、どちらの警備員も動けなくなっている。さまみろ!!

 そして、その時はきた。ど派手な斬撃音が三階側から聞こえ、急速接近してくる。壁は一気に総崩れとなった。

「こちらです!!」

 さすがに名前は呼ばない。よく出来ている。そこにいたのはセシルだった。

「はーい、助かったわ」

 セシルに先導され、あたしたちは一気に階段を駆け上っていく。そのまま一階まで来ると、建物から一目散に逃げ出し、バイクに跨がって深夜の街をぶっ飛ばす。

 門限は過ぎているので、街の外に出ることは出来ない。その足で魔道院に向かうてはずだ。ここなら、警備隊の手も及びにくいしちょうどいい。

 こうして、一つの仕事は終わったのだった。もうやらないからな。全く……。

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その魔道師危険につき……2 NEO @NEO

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