第6話:再びペンタム・シティへ
「まーったく、やってくれたわね……」
エリナがブツブツ文句を言っている。
ここは毎度おなじみ、クランタのハングアップ亭である。相変わらず誰もいない店内のテーブルの上に、ドンと置かれた巨大オーブがある。そのオーブの表面には派手なヒビが入り、このままでは巨大な粗大ゴミだ。
「あたしはオーブを盗りに行くとは聞いたけど、無事にとは聞いていないわ。大体、『パーティ』始めたのエリナじゃん」
オーブのついでにちゃっかり盗んできた短刀を手入れしながら、あたしはエリナに言い返した。この短刀は見た目は普通だけど、材質はオリファルコン・ミスリル合金。まだ何も魔力付加されていないが、それだけに育て甲斐がある逸品だ。
「そりゃそうだけど、まさか重要物保管室にためらいもなく破砕手榴弾放り込むなんて、さすがのあたしも思わなかったからさぁ。あー、どうしよう」
エリナがここまでグチグチ言うのは珍しい。これはなにか裏がある。
あたしは短剣を鞘に収めると、エリナの方を見た。
「そのオーブ、直せるわよ」
あたしがそう言うと、エリナの動きがピタリと止まった。そして、首だけギギギギーっと回してこちらに顔だけ向けてくる。
「ホント?」
なんか悪夢でも見そうな声で、エリナがそう言ってきた。
「嘘なんかつかないわよ。完全に粉々になっていたら難しいけど、そのくらいのヒビならよくある損傷だし」
これでもかつては遺跡を巡っていた身である。『出土品』が完全な状態で見つかる事などまずなく、修復術は基本中の基本である。
「じゃあ、直して。報酬アップするから」
まるで懇願するかのように言いながら、エリナはサササと人間の動きではない動きでこちらに近寄ってきた。
……ええい。怖いからやめい!!
「報酬アップもいいけど、そもそもこのオーブに執着する理由はなに? 話によっては修復は断るわ」
エリナの様子からして、ただ事でないのは容易に分かる。
「聞かない方がいいと思うわよ。どうしてもっていうなら、止めないけど」
エリナが珍しく渋るが、今さらである。
「いいから言って。マリアに顔を見られている段階でお尋ね者だし、あたしやセシルだって知る権利はあるわ」
あたしがそう言うと、エリナはため息をついた。
「ちょっと前にね、ペンタム・シティの飲み屋で賭けをしたのよ。そのオーブを盗めるかどうかってね。まあ、売り言葉に買い言葉っていうか、気がついたらそのオーブを持ってきたら一千万クローネ。失敗したらあたしの命ってなっちゃってさ」
そう言って、手をパタパタするエリナ。
「あたしへの依頼料一千万クローネってそこから来たのね。で、その賭けをしたっていう相手は誰よ」
やれやれと思いながら、あたしはエリナにそう言った。
「その辺の飲んだくれ親父を装ってはいたけど、あの目つきは堅気じゃないわね」
と、どこか遠い目をしながらエリナが言う。
「そこまで分かってるなら、なんで賭けなんてするかねぇ」
ため息交じりにそう言いながら、あたしはボロ椅子から立ち上がった。
そして、ひび割れたオーブの前に行き、そっと右手をかざした。
「……なるほど、爆発系の魔術……いや魔法が封じられたオーブか。また物騒なもん拾ったわね。使い方次第だけど、これ一つでペンタム・シティくらいの規模の街が一瞬で灰燼に帰すわよ」
そう言って、あたしはいったんオーブから右手を放す。
「その点を踏まえた上でもう一度効くけど、エリナはこのオーブを修復したい?」
あたしがそう聞くと、エリナはうなずいた。
「そのオーブを引き渡さない事にはあんたらに依頼料払えないし、いくらこの世界じゃ不死身のあたしでも進んで痛い思いはしたくないわ」
エリナはそう言ってもう一度うなずいた。
「依頼料五百万追加ね。こんな物騒なもん世に放つんだから、安いもんでしょ?」
そう言って、あたしはオーブの修復に掛かった。
……千五百万クローネか。中古の城でも買うかな。
そんなアホな事を考えつつ、あたしはオーブにある魔術を放った。
「復元、並びに回復!!」
瞬間、オーブに入っていたヒビが塞がっていき、元通り光を取り戻す。
「うおっ、凄い!!」
エリナが歓声を上げる
「ついでにちょっと細工させて貰ったわ。こんな物騒なもの、そのまま野放しにはできないからね」
軽くため息をついてから、あたしはエリナにそう言った。
「なんでもいいわ。オーブが元通りになれば言うことない」
オーブにキスなどしながら喜ぶエリナを見て、あたしは今度は深いため息をついた。
「で、受け渡しはいつなの?」
あたしが聞くと、エリナは即座に答えた。
「一週間後。ペンタム・シティ三十三番街」
ここクランタの街からの移動時間を考えると、決して余裕があるとは言えない。
「それじゃ、みんな行くわよ!!」
かくて、あたしたちはまたもやエリナの運転する車でペンタム・シティーに向かうこととなったのだった。
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