第1話 来訪者
ゴブリン退治からちょうど二週間後。
暇を持てあましていたあたしの元に、とんだ珍客が現れた。
「やっほー、生きてたみたいね」
どこまでも脳天気な声の主はエリナだった。
「ど、どうしたの?」
あたしとセシルはいつも通り、一階の酒場でグデグデしているところだった。
珍しく客が来たなと思ったらこれである。
「どうしたもなにも、仕事の話なんだけど……」
そう言って、エリナはわざとらしく周囲に視線をやった。
……なるほど。そういう類いの仕事ね。
あたしは指をパチンと鳴らした。
すると窓という窓が閉じ、入り口の扉も閉まった。
軽く結界も張ってあるので、これで外から誰かが入って来ることもないし、立ち聞きされる心配も無い。
「先に言っておくけど、あたしは『濡れ仕事』はやらないわよ」
あたしはそう言って、まず牽制しておく。
「そう警戒しなくたって、誰かの暗殺なんて頼まないわよ。で……」
エリナの視線が、新聞を読み続けているハングアップのオヤジにいく。
「ああ、大丈夫よ。あのオヤジの口の堅さは折り紙付きよ」
そう言って、あたしは手をぱたぱた振ってやった。
「ならいいけど……。今回の仕事は、このオーブが目的よ」
そう言って、エリナは一枚の絵を取り出してきた。
……いや、絵では無い。ここ最近流行し始めた写真というやつだ。
そのオーブはよくある球体ではあったが、ご丁寧にも透明なガラスケースに収められ、いかにもという豪華な台に乗せられている。
「このオーブがどうしたの?」
あたしが聞くと、エリナは珍しく真剣な顔で頷いた。
「今開発しているある機械にどうしても必要なの。で、こいつをちょっと失敬してやろうって話なんだけどね」
そう言ってエリナがニヤリと笑う。
「違法行為は受けないとは言わないけど、高く付くわよ」
そう言って、あたしはため息をついた。
あたしは決して善人ではない。
殺しの依頼は絶対受けないが、条件次第では盗みや欺しなら引き受ける可能性はある。
「依頼料は一千万クローネ経費別でね。悪い話じゃないでしょ?」
「い、いっせんまん!?」
あまりの金額にあたしは理性のたがが飛びそうになった。
……あー待て待て。これにはなにか裏がある。
「魅力的な金額だけど、もっと詳しく聞いてからね」
努めて冷静にあたしはエリナに言った。
「オーブの場所は分かっている。魔道院の重要物保管庫。通称『宝箱』よ」
「……ちょっと、マジで言ってるの?」
あくまでも真顔なエリナに、あたしはそう言ってやった。
魔道院の重要物保管庫とは、その名の示すとおり重要なものを保管している部屋である。
中には国宝級の品もあり、当然ながらその警戒は極めて厳重。
魔道院院長ですらおいそれとは入れず、今まで泥棒の被害に遭った事もない。
いわば、侵入者からしたら難攻不落の要塞である。
「マジじゃなきゃこんな田舎まで来ないわよ。あなたが受けるんだったら、あたしは今日ここに泊まって行く。受けないならあたし一人でやるからこのまま帰る。どうする?」
そういうエリナに、あたしはため息をついた。
「まず一点。なんで危険な真似をしてまでそのオーブを欲しがるのか?」
「詮索しないことも依頼料に入っているわ。あたしに取っては重要な事とだけ言っておく」
あたしの問いに、エリナはそう答えた。
……まあ、妥当な答えね。
「もう一点。この話はマリアは知ってるの?」
「知るわけないでしょ。多分、こんな計画夢にも思ってないわ」
……だと思った。
これで万が一の時、マリアのサポートは期待できない事が分かった。
さて、どうしたものか……。
「魔道院の重要物保管庫に行くんならちゃんとしたプランを立てろ。ノリと勢いでどうにかなる代物じゃねぇ」
今まで黙っていたハングアップが、新聞を読みながらそう言ってきた。
「行った事あるの?」
あたしがそう聞くと、ハングアップは新聞を畳んだ。
「まぁな、昔もうちょっとやんちゃっただった頃に名前を売りたくてな。結果は散々なものだったが……」
そう言って、オヤジが自嘲気味に笑う。
「……分かった。エリナ一人じゃ無茶しかねないし、この仕事受けるわ」
あたしがそう言った瞬間、エリナはいきなり飛びついてきた。
「ありがとう。一人じゃ心細かったのよね!!」
あまり見せないエリナの行動に、あたしは一瞬どうしていいか分からなくなってしまった。
「オヤジ、一部屋用意して。お客さんよ!!」
エリナにもみくちゃにされながら、あたしはハングアップにそう怒鳴った。
「はいよ、毎度あり~」
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