第2話 侵入そして
「分かってはいたけど、なかなかのものね」
エリナがそう言って口笛を吹いた。
ここはエリナの部屋である。
あたしたちはベッドの上に置いた魔道院の設計図を見ながら作戦を立てていた。
もちろん、こんなもの一般に出回っているわけはなく、セシルがどこからか手にいれたものだ。
問題の重要物保管室は最上階の六階にあるのだが……。
「重要物保管室への通路は一本だけ。途中の検問は四カ所か……中からはシンドイわね」
エリナはそう言ってため息をついた
「かといって、外からもキツいわよ。最上階なのは良かったけど、屋根に穴を開けて侵入しようにも、部屋自体が結界で覆われているからまずは『解術』が必要。でも、結界を解いた途端にアラームがなる仕掛け。なんとか鳴らないように結界を解いても、今度は厚さ三十センチのオリファルコン製の壁よ。ちょっと難しいわね」
設計図を指差しながら、あたしはそう言った。
「うーん、参ったわね」
エリナが設計図の上にペンを放り出してうなった。
「せめて壁が破れればねぇ。まさか、爆破するわけにもいかないし……」
当たり前である。爆破なんてしたら、こちらの所在を明らかにするようなものである。
そもそも、最強レベルの金属であるオリファルコンを爆破出来るわけがない。
「あの、私の剣で斬れるかもしれません」
セシルが遠慮したように言ってきた。
「あっ、そういえばあなたの剣ってオリファルコンよね」
「はい」
セシルは頷いた。
「ならば……ちょっと貸してくれる?」
あたしはセシルから剣を受け取り、手をかざしながら静かに精神を集中させる。
元々魔術により攻撃力プラス補正が掛かっているが、あたしはさらにそれを弄って攻撃力を上げる。
「はい、これで完了よ」
あたしはセシルにそれを返した。
「試しにその辺の壁でも斬ってみて。直しておくから大丈夫」
「はい」
そう言って、セシルは目にも止まらない速さで剣を振る。
魔力剣特有の緑がかった軌跡が虚空に浮かび、隣の部屋との壁を音すらなく斬り割いた。
「ふぅ、凄いですね。今まで以上の切れ味です」
と、セシルが言った。
「そりゃそうよ。その剣にもう斬れない物はないわ」
そう言って、あたしはパタパタと手を振ってみせた。
「エリナ、内部からの侵入はまず不可能よ。外部から行くしか無いわ」
あたしがそう言うと、エリナは難しい顔をした。
「どっかのアニメじゃあるまいし、こんなボロ宿の壁が斬れた位で厚三十センチのオリファルコンの壁が斬れるとは思えないのよねぇ」
……アニメってなに?
「大丈夫です。斬ってみせます!!」
並々ならぬ自信を見せるセシルだったが、どこまでもエリナは懐疑的だった。
「うーん、決め手が欲しいわね。何かいい物ないかしら……」
そう言ってしばらく考えた末、エリナは虚空に『穴』を開けて中から何か棒状の物を取り出した。
「これ斬ってみて。オリファルコン・ミスリル合金で最強クラスの防御魔術付加してある」
そう言って、エリナは棒状の物を掲げた。
「はい、では行きます!!」
言うが早く、セシルはエリナが捧げている棒を呆気なく切り落とした。
「わぉ、凄いわね」
エリナが歓声を上げた。
オリファルコン・ミスリル合金は、世界最強の金属と言われている。
しかも魔術付加も可能であり、当然ながらとんでもなく高価だ。
なんで、そんなものをエリナが持っているのかは謎である。
「これなら大丈夫そうね。それじゃ、早速外部から侵入の方向で考えましょう」
ようやく光明を得たという感じで、エリナがプランを練り始める。
「まずはどうやって屋根に登るかね。魔術じゃ目立つし……」
魔術を使うと、どうしても光が漏れてしまう。
魔道院の六階まで登るには……」
こうしてあたしたちは、様々なプランを立てていったのだった。
一週間後 魔道院
決行当日。天候は雨交じりの曇り。
絶好の天候とは言えないが、決行不可能ではない。
あたしたちは、人目に付かない魔道院の裏手に回り、ひたすら壁を登っていた。
登山用のハーケンをハンマーで壁の隙間に打ち込み、それを足場にしての地道な肉体労働だ。
「全く、面倒ね……」
次の一手を打ち込み、あたしは思わず毒づいた。
「たまにはこういうのもいいんじゃない?」
隣を行くエリナがそう言った。
「まあ、最近鈍っていたからちょうどいいけどさ」
今は魔道院の五階というところだ。
いざというときには魔術が使えるため、万一落下しても問題ないので命綱はない。
「もう少しですよ。頑張ってください」
あたしたちよりやや先に進んでいたセシルが、早くも最上階の屋根に到着したらしい。
こちらを見下ろしながら小声で声を掛けてくる。
「はいはい、じゃあ、ピッチ上げますか」
あたしとエリナは登る速度を上げ、程なく最上階の屋根の上に到着した。
「ふぅ、第一段階クリアね」
エリナがため息をつきながらそう言った。
「いや、けっこう疲れるわね」
このところ体を動かしていなかったせいか、なかなかハードだった。
「さて、疲れてる所悪いけど、マールとセシルの出番よ」
「はいはい、えっと……」
手にした設計図を光量を最低限にした『明かり』の魔術で照らしながら、あたしは重要物保管室の場所に見当をつける。
「セシル、今立っている場所から縦に二メートル、横に三メートルそっと斬って。くれぐれも、二メートル下の結界に触らないように!!」
「分かりました」
と、あたしの指示通りにセシルが切断作業を始める。
剣の使い方としては間違えているような気がするが、魔術が使えないので致し方ない。
「終わりました」
セシルの声が現実に引き戻す。
「さて、ここからはみんなで力作業ね。切った屋根を退けるわよ」
そういってあたしは、今さっきセシルが切り離したばかりの切れ目に手を掛けた。
「せーの!!」
ここで想定外の事が起きた。
重すぎて持ち上がらないのである。
「……まあ、さすがにそうか」
エリナがそう言った。
そう、人力で持ち上げるには屋根を切るサイズが大きすぎたのである。
しかし、あの巨大なオーブを運び出すには、このサイズが必要である。
あたしの判断は簡単だった。
「『浮遊』で浮かべるしかないわね。リスクはあるけど」
あたしの意見に異を唱える者はなかった。
「じゃあ行くわよ。なるべく光量控えめで……」
あたしは『浮遊』の魔術を使った。
さきほどセシルが切った切り口に従い、屋根が持ち上がり始めた。
どうしても魔術の光が漏れてしまうが、これはどうしようもない。
なるべく早くかつ慎重に屋根だった部分をそっと置く。
「ちょっと待ってね」
あたしはそう言ってしばらく辺りの様子を伺う。
どうやら問題なさそうだ。
騒ぎにはなっていない。
「よし、いくわよ」
あたしはそう言って、今度は結界の解除にかかる。
屋根の下から見えた金属製の天井(?)には、うっすらと魔力の光が掛かっている。
さて、腕が鳴るわね。
あたしはそっと結界に手をかざした。
一般的な解除方法だとアラームが鳴ってしまう。
そこで、あたしがとったのは特殊な方法である。
詳しい方法は、悪用されるとまずいので公表はしないけどね。
程なくして、天井を覆っていた魔力の光が消えた。
「はい、解除完了。セシル先生、後はよろしく」
あたしがそう言うと、セシルが剣を構えた。
そして、斬る!!
バキーンと金属同士がぶつかる音が聞こえ、その破片が……。
「おっと!!」
セシルが斬った破片が室内に落ちないよう、あたしは慌てて『浮遊』の魔術を使った。
そして、破片をそっと屋根に置く。
「さて、これでいよいよご対面ね。さっそく入りますか……」
そう言って、エリナが室内に入りかけたその時だった。
けたたましいアラームが辺りに鳴り響いた。
「えっ!?」
あたしは思わず声を上げてしまった。
「撤収よ。マール、『高速飛翔』!!」
エリナの声であたしははっと我に返った。
「室内に魔力感知式のアラームが仕掛けてあったみたいね。とにかく逃げるわよ!!」
こうなったら逃げるしか無い。
あたしは左右の腕にセシルとエリナを抱え、あたしは『高速飛翔』の魔術を使った。
元々一人用のこの魔術。三人となるとかなり速度が遅くなるが、それでも馬よりは早い。
「ずらかれー!!」
エリナの声と共に、あたしたちは魔道院からとんずらしたのだった。
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