第4話:下準備

 クランタの街から魔道院のあるペンタム・シティまでは、今までなら鉄道が最速の移動手段だった。

 しかし、今回は違う。

「たまにはこういう趣向もいいでしょ?」

 車のハンドルを握りながら、エリナがそう言った。

「そうね。乗り心地もいいし」

 以前にも車に乗ったことはあるが、あれは軍用特殊車両で乗り心地は最悪だった。

 しかし、今乗っている車は人が乗ることを前提とした乗用車である。

 ここ二年でアストリア王国でも爆発的に車が流行し始めたのだが、エリナの車は四人乗りの小型車で布製の屋根が開閉出来るタイプだ。

「マール様、あまり身を乗り出と危ないですよ」

 後部座席に座るセシルが、あたしに注意してきた。

「いいじゃない。気持ちいいんだもん」

 あたしは開け放った屋根から上半身を乗り出している。

 風を切る感覚が何とも気持ちいい。

 明け方クランタを出発してからそろそろ半日。

 このままなら、街門が閉まる夕方の鐘までにはペンタム・シティに到着出来るだろう。

「じゃあ、もっと飛ばすわよ!!」

 魔道エンジン特有のキーンという高い音がさらに高音となり、エリナの運転する車はガタガタと街道の石畳を駆けていく。

「エリナ様スペシャルを見せてやるわ!!」

 エリナの操る車は、ちょうど眼前に迫ってきた右カーブをタイヤを滑らせながら綺麗に抜けて行く。

 上半身乗り出したままのあたしは、正直ちょっと怖い。

「ちょ、ちょっと、エリナ。ほどほどに!!」

「ひゃっほー!!

 ……聞いちゃいねぇ。

 かくて、あたしたちの旅は順調に進んでいったのだった。


「こうして魔道院の正門を堂々と通るのも二年ぶりね」

 そうたいして感慨があったわけでもないのだが、あたしはそうつぶやいた。

「二年経っても魔道院は魔道院よ。マリアが院長になってから、だいぶ風通しは良くなったけどね」

 エリナは小さく笑った。

「なるほどね。さて、誰かに見つかるまえに、とっとと用事済ませるわよ」

 あたしは事前にエリナから渡されている眼鏡をかけた。

「はいはい」

 エリナも同じように眼鏡をかける。

 もちろん、これはただの眼鏡ではない。

 あたしの視力では、こんなものは必要無い。

 エリナ仕込みの様々な機能が搭載された逸品である。

「マール様。右十二度、距離百メートルに要注意人物がいます」

 同じように眼鏡を掛けているセシルがそう言ってきた。

 そちらを見ると。眼鏡越しに見える人に赤い丸が描かれ。ローザ・デミオと文字が入る。

「おっと、ローザね……。やり過ごしましょう」

 彼女と会うのも久々だが、今は積もる話をしている場合ではない。

 あたし達は適当に人混みに紛れ、そっと魔道院内に入った。

 行く先は二つある。

 まずは五階の機械室と六階の重要物保管室だ。

「さて、あのオヤジの偽造許可証が通じますように……」

 勝手知ったる魔道院内。

 あたしたちは、迷うことなく五階へと向かった。

 そして、人影が全くない『機械室』方面へと向かう。

 誰が言い出したわけではないが、オヤジが偽造した許可証を首からさげる。

 ほどなくして、通路に遮断棒までおいたご立派な警備兵詰め所が現れた。

「はーいご苦労さん」

 エリナがこちらから警備兵に声を掛けた。

「どうされました?」

 詰め所から出てきたのは、人の良さそうなオッチャンだった。

「重要物保管庫の警備装置に不具合があるみたいで、その点検よ」

 そう言って、すかさず許可証を見せるエリナ。

「はい、お疲れさまです。少々お待ちを」

 眼鏡を通して見る通路には、壁から壁に複雑な『線』が何本も張り巡らされている。

「単純な仕掛けだけど、最近開発された最新式の赤外線式アラームよ。あの線に触れたら即警報がなるわ」

 エリナがそっと耳打ちしてくる。

「よく分からないけど、あたしのトラップセンサーに引っかからないなんて凄いわね」

 もうだいぶ鈍っているだろうが、あたしはかつて遺跡探査専門としていた魔道師である。

 その『鼻』に引っかからない罠となると、なかなかのものだ。

「遺跡の罠とは勝手が違うわよ。こっちは最新の機械式だもん」

  エリナがそう言った時、通路を塞いでいた『線』が消えた。

「お待たせしました、作業終わったら声かけてください。

 そのオッチャンの声を背に、あたしたちは通路の先へと進んだ。

 扉に『機械室』と書かれた扉のドアノブを見て、あたしはまた?マークが頭に浮かんだ。

「なにこの数字が並んだ機械?」

 あたしはエリナに問いかける。

「あーここも最新式か。一定時間内に、正しい順番で数字を二十四桁打ち込まないと警報が鳴る」

「うげ……」

 あたしは思わず天を仰いでしまった。

 あたしたちが番号を知っているわけがない。

 しかし、エリナの反応は違った。

「この機械ってね、結界魔術を応用しているのよ。つまり、結界を解除する手順で番号が分かるから……」

「あたしの出番って事ね」

 エリナの言葉を遮って、あたしはそう言った。

「そういうこと。間違っても結界を解除までしちゃダメよ。警報鳴っちゃうから」

「あー面倒ね……」

 言いながらも、あたしは扉にそっと手をかざした。

 すかざずエリナが数字の入力体勢に入る。

 ……結界自体はさほど複雑ではない。

 結界の『構成』からキーとなる数字を順番に拾い上げていく。

「211162720169833456715739」

 あたしが言う通りエリナが数字を打ち込み、そして鍵が開いた。

「さすがマール様ね。泥棒でも食っていけるわよ」

 そう言って部屋の中に入るエリナ。

「あのねぇ、今回はそういう仕事受けたからやってるだけで、泥棒に転職する気はないわよ」

 返しながら、あたしも部屋に入る。

 真新しいその部屋は明るく照らされ、どこに何があるのかご丁寧にも表札が付いている。

 あたしたちが用があるのは、むろん重要物保管室関連だ。

「なるほど。三系統の動力系と二系統の通信ラインか……」

 機械は全く分からないあたしだが、エリナに掛かればあっという間に丸裸だ。

 そうつぶやきながら、エリナはてきぱきとなにやら『仕込み』を入れていく。

「何やってるの?」

 あたしがそう聞いても答えてくれない。

「これでよし。今晩やるわよ」

「えっ、今晩?」

 あまりにも急な話に、あたしは思わず声を上げてしまった。

「ええ、仕込みはしたわ。このまま一気にやるわよ」

 エリナはそう言って自信ありげに笑みを浮かべた。

「上の重要物保管庫は見なくていいの?」

 あたしがそう聞くと、エリナは首を縦に振った。

「大丈夫。やることやったし、下手に顔を覚えられるとまずいからね」

 そう言って、エリナはとびきりの笑みを浮かべたのだった。

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