異世界ファンタジー×剣豪小説ブーム到来の予感?

 エンタテイメント小説としての完成度が高く、一度読み始めたら止まらなくなる魅力を持った作品だ。西欧風異世界が舞台だが、魔法やモンスターといった要素はない。そこで繰り広げられるのは、剣戟の音響く胸躍る冒険譚である。多くの読者に自信を持ってお薦めできる。 
 本作の優れた点は主に二点。
 何といっても戦闘シーンに迫力がある。多人数が入り乱れる乱闘シーンもテンポよく、躍動感がある。登場する架空の武術には、
「そんなの無理だろ!」
と突っ込みたくなる部分もあるが、それもまた楽しめる要素の一つ。
 次に、人物造形が秀逸である。単なる記号的なキャラクターではなく、苦悩しながらも前向きに生きようとする人物たちが、物語に奥行きを与えている。主役級だけでなく、脇役やモブに至るまで生きた人間としての手触りを感じる。
 日本の大衆文学には、「剣豪小説」と呼ばれるサブジャンルが存在する。何しろ数十年かけて多くの作家・読者によって作り上げられてきた分野だけに、フォーマットとしての完成度は高い。他方で、時代小説特有の用語や設定に馴染みのない(主に若い)読者には、読み始めようにも敷居が高いという面がある。
 作者の目のつけどころは、おそらくそこにあるのだろう。ファンタジー小説やライトノベルを読み慣れた読者にはお馴染みの道具立て(無敵の戦闘メイドなんかも登場)を駆使しつつ、その骨組みは紛れもなく剣豪小説だ。まさにハイブリッドなエンタテイメント小説である。
 分量は多いが、タイトルのついたエピソードごとに話が完結しているので、どこから読んでもよいだろう。個人的には、第一話「酔憶」または第二話「回生」のどちらかを最初に読むのを薦める。
 ただ、エピソードを重ねるごとに、話のスケールがやや小さくなっている感もないではない。第一話、二話のような、緊迫感あふれる長編の登場を待ちたい。

2016.3.26追記
「剣士ヴァートの初陣」および「剣士マーシャと怪盗」第一話までを読了したのでレビューを追記。
 本作は、天下無双の剣士、マーシャ・グレンヴィルが活躍する痛快な剣戟アクション小説であると同時に、若き剣士ヴァート・フェイロンの成長を描く物語でもあるという側面を持つ。この「成長」というテーマに真正面から取り組みながらも、高い水準の娯楽性と両立させる作者の手腕に脱帽するしかない。
 WEB小説界隈では「武闘大会編」に突入するのは鬼門であり、物語が停滞する要因とされているとも伝え聞く。本作の「初陣」編はそのような心配は無用である。迫力ある戦いが小気味よく語られ、読後感もすこぶる充実している。
 とにかく「読んで面白い」物語に飢えている読者には必読の作品である。本作が広く読まれることを願ってやまない。

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